日記・コラム・つぶやき

2018年9月 8日 (土)

上棟式の餅まき

我が家の近所に来年1月の開所を目指して住宅型有料老人ホームの建設が進んでいます。
ちょうど、このPCをタイプしている窓から正面に見えます。
多少目の前の王城山から水道山に掛けての緑が見えなくなりましたが、思ったり圧迫感も、違和感も感じません。

その建物が今日は上棟式を迎え、夕方に餅まきがあるとの回覧が数日前にポスティングされたました。
上棟式または建前は、災いを払うために行われた神事である散餅の儀(もしくは散餅銭の儀)が発展的に広まったものであると言われていえて、一般的には、上棟式を終えた後、建設中の住宅の屋根などから餅をまく形式です。

そして帰ってきてPCに向かい記事をアップしようと改めて言われ等を間違えてはいけないので「餅投げ 上棟式」を検索しましたら上棟式の投げ餅の通販が沢山あるのに驚きました。

昔は上棟式での餅まきは日常的に見ることの出来る風景でしたが、最近ではほとんど目にすることがなくなってしまいました。
お餅をいただくより、久しぶりその風景を撮りにカメラ持参で出かけました。
そして、ご年配の方は懐かしそうに、子どもたちは珍しそうに餅まきを見て、お餅をいただいてきました。

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2018年9月 6日 (木)

災害大国を痛感!

昨日の台風21号に続いて今日の未明には大地震も起きました。
午前3時頃を回ったところで、ラジオから緊急地震速報が流れました。
半分眠っている中で「どこだ?」と思いながら揺れは来ないな?と思いつつ北海道地方って言っているのだけは分かりました。

直後に各地の震度等のニュースが入ってくると震度6強の地震だと言っています。
北海道南西部の胆振(いぶり)地方を震源として安平町で震度6強、新千歳空港で震度6弱、札幌市や苫小牧市、千歳市の一部で震度5強を観測されました。

午後になって気象庁は北海道厚真(あつま)町の震度は7だったとの発表がありました。
国内で震度7が観測されたのは2016年の熊本地震以来で観測史上6回目となる大地震です。
気象庁は北海道胆振地方で震度7を観測した地震の名称を、「平成30年北海道胆振東部地震」と決定したと発表しました。

夕方には死者7人との発表もあり、時間の経過と共に被害が大きくなってきます。
余り広がらないことを願うのみです。

それにしても本当に災害大国です。自然災害だから起きることは避けられなませんが被害を最小減にする工夫は必要だと痛感します。
これで本当に首都圏を含めて大地震等が発生した時にはどうするのでしょうかね?
拠点の分散化って本当に考えていかなければいけないのでしょうか と思う、この頃の災害です。

明るい話題もありました。
米大リーグ、エンゼルスの大谷選手はレンジャーズ戦に「3番・DH」で出場し、2本の本塁打を含む4打数4安打3打点1四球の大活躍でした。

昨日の本塁打で2003年のヤンキース・松井秀喜氏の16本を超えた思ったら2試合連続本塁打を放って17号ソロ。
さらに第5打席でこの日2本目の本塁打となる18号2ランを打ち、2006年にマリナーズ・城島健司氏が記録した日本選手のメジャー1年目の本塁打記録18本に並んびました。

この日は先日の復帰登板により右肘靱帯に新たな損傷が判明し、医師からは靱帯再建手術(通称トミー・ジョン手術)を勧められていると発表があったばかりです。
こうした衝撃のニュースを自らのバットで打ち消してしまいました。

凄いと思うのは松井・城島元選手は野手で年間140試合ほどの出場機会がありました。
大谷選手は野手としての出場がありませんからDH専門。現在まで80試合ほどの出場機会しかありません。
打数もほぼ両元選手に比べて半分位しかありません。
スポーツに「たら・れば」はありませんが、と思いたくなるほどの立派な数字です。

こうなったら新人王を目指して打者一本でポストシーズンを乗り切って欲しいとファンの誰もが思うでしょう。
期待しましょう!

2018年9月 5日 (水)

今年の台風 2018年

昨日は非常に強い勢力で徳島県南部に上陸し、午後に神戸市付近に再上陸した後、強い勢力を保ったまま京都府舞鶴市沖の日本海へ抜けた台風21号です。

近畿や四国、東海、北陸地方を中心に猛烈な風雨となり、近畿沿岸では高潮が発生しました。
関西国際空港では4日の午後に58.1メートル、和歌山市でも57.4のを最大瞬間風速が観測されました。
同空港では連絡橋にタンカーが衝突してが通行不能に約5千人が孤立が今朝まで続いています。
そして各地で強風で飛ばされた飛来物が当たるなど7人が死亡しています。

こうして各地に多くの被害を置いて日本海の東北・北海道沖を北上していった台風21号ですが、お亡くなりになったり、被害を受けて方々にお見舞い申し上げます。

それにしても今年の台風の動きは分かりません。
7月25日に発生して私どもの28日に予定していた「なぎさの祭典」を吹き飛ばしてくれた台風12号は東から西に進み、三重県に上陸。その後は中国地方を西に走る「逆走台風」となる、記憶にない迷走をしてくれました。

8月中旬から日本の南海上で12日から16日には5日連続で台風が発生するなど1951年の統計開始以来初めてのことです。

台風の発生数は8月までの平年発生数は13.6個ですので大きく上回っています。
8月までに21個の台風が発生したのは史上2番目の多さです。

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※グラフは8月18日現在の発生数です。

もっと分かりづらいのが台風17号です。
太平洋の日付変更線をまたいできたからハリケーンが台風に変わるなど越境台風?です。
これも珍しい台風ですね。

1967年には年間39号まで数えています。
しかし、興味深いことに日本に上陸したのは、何と3個。確率 .076 です。
逆に2004年は発生数が29個で上陸したのが10個。確率 .345 です。
ちなみに今年は台風21号まで上陸した台風は4個ですから 確率.190 なのですが、これから秋の台風はスピードが早く、台風発生から接近・上陸までの期間が短くなります。

例年9月には大きな災害を伴う強力な台風が発生しています。
願わくば日本列島には近づいて欲しくはないですが、いずれにしても日頃からの備えが大切なのかと思います。

2018年9月 4日 (火)

日和山公園で聞く復興の槌音(石巻市)

東日本大震災で最大級の被害を出したのが宮城県・石巻市です。
今年の7月までに震災に起因する関連死を含めて3,500人を超え、未だに行方不明者も400人以上もいます。

その中でも最も悲劇的な出来事は、児童108人のうち84人、教職員は13人のうち10人が行方不明となった石巻市大川小学校。
北上川の河口から4キロ上流に位置する学校で起こった現実を、どう考えたら良いのか分かりません。
震災当時の津波浸水予想図では、大川小学校は浸水しないことになっており、避難所にも指定されていたところです。

大川小学校がいざという時の避難所であったこと。
山と堤防に遮られていて津波の動向が把握できない環境だったこと。
宮城県も石巻市も昭和三陸大津波レベルなら大川小学校には津波が来ないことを公言し、津波浸水予想図にも反映されて、それ以上の大津波への対応は全く考慮していなかったこと。

資料を色々と検証すればこうした見方も成立してくるのかも知れません。
現在も係争中の事案だけに多くのコメントは控えたいと思います。

それにしても石巻市は何故、これだけの多くの被災者を出したのでしょうか?
石巻は平成の大合併により海に面した雄勝町 北上町 牡鹿町 北上川にある河北町また内陸部の2町と合併して新石巻市になりました。市の面積が広く海に接している町が多いので被害が大きくなったのかなと?と感じました。

旧市街地には高台がありません。
逃げ場が日和山しかなかったことも一因だと思います。

石巻市に行くと必ず最も被害の大きかった地区のひとつ「石巻、南浜地区」を一望できる山の上にある公園。
日和山公園に登ります。
太平洋方面、北上川にかかる橋方面を中心に復興の槌音を聞くことができます。

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今日はこの公園にあるパネルを利用して写真を撮らせていただきました。

震災から7年。
映像や写真から伝わってくる現実に対しては、どこか別世界のような感覚を持っていたカミさんです。
震災の津波の現実を至る所で目の当たりにしたカミさんの言葉が次第に少なくなってきます。
しかし、二人でこうした現実を知り、共有できたことに今年の夏休みは特別の思いがあります。

石巻市と言えば萬画家・石ノ森章太郎さんのふるさとです。
建物だけ見てきました。

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 石巻を襲った大津波の証言・その1(参照下さい)
  http://memory.ever.jp/tsunami/shogen_ishinomaki.html

【訪問日 2018.08.30】

2018年9月 3日 (月)

「南三陸さんさん商店街」累計で100万人突破

毎年9月1日は防災の日です。
防災の日を中心とした1週間が防災週間となっていますので「東日本大震災」関連のことを話題にアップしています。

南三陸町の大型観光施設「南三陸さんさん商店街」が2017年3月にリニューアルオープンして8月に来場者数が累計で100万人を超えたとの明るいニュースにつられて久しぶりに行ってきました。
オープンから1年5カ月で大台達成です。

久しぶりと言っても、私が行ったのは被災後にいち早く「復興市」を立ち上げて、2012年に仮設商店街として開設していた時です。
仮設時代の2013年(平成25年)経済産業省の「がんばる商店街30選」に選定された元気のある商店街でした。
現在地に移設してからの商店街は初めての訪問になります。

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リニューアルされた「南三陸さんさん商店街」は、日本を代表する建築家「隈研吾氏」監修の元で設計されたものでも話題になりました。

新商店街のコンセプトは「仮設当時からの心地よいノイズ感やワクワク感を残しつつ、より温かみのある商店街にしよう」という隈氏の想いが込められており、高台から一望できる志津川湾を活かすように建物が配置され、中央のとおりから海を見通すことのできる設計になっております。

そして今回の商店街には「美人杉」といわれる南三陸杉がふんだんに使われ、温かみを感じる空間が演出されています。

ちょうどこの日は午後からかなり強い雨に見舞われ人出がさっと引いてしまい、写真が寂しそうな風景になってしまいましたが前述の来場者数で判断していただければと思います。

09前回、南三陸町を訪ねた時には現在地の商店街の所も嵩上げの工事を行っていたところです。
「震災遺構」としての「防災対策庁舎」も2階部分までは見ることが出来ません。また、前回訪問時には献花させていただきましたが、現在は現場に行くことが出来ません。祈念公園事業の進捗に伴い、献花台は少し離れたところに移設されていました。

ここでも「防災対策庁舎」を「震災遺構」として保存するかについて、町民は「保存」「解体」で意見が二分しています。震災から20年となる2031年の3月10日まで県が保有して維持・管理し、議論を続けることになっているそうです。
町民の方の「保存」「解体」。
「どちらも正しい答えだ」との言葉に私など口をはさむ余地がありません。

ただ、同じ志津川地区にある海水浴場「サンオーレそではま」では、今夏は好天に恵まれ来場者数は過去最高を記録との明るいニュースを耳にして、少しだけホッとしました。
【訪問日 2018.08.30】

2018年9月 2日 (日)

東日本大震災「震災遺構」(陸前高田市)

前職にある時に陸前高田市に陸前高田商工会が中心にむらおこし事業を積極的に実施して、昭和63年に陸前高田地域振興株式会社を設立して全国から脚光を浴びました。

今まで廃棄等をしていたムール貝などを中心として地域資源の主力商品化に成功させるなど、非常に参考になる事業を展開していたので何度か足を運んで事業の内容や地域振興株式会社の運営等の話を聞かせていただきました。

0902「道の駅高田松原」タピック45は岩手県内で2番目の道の駅としてオープンし国道45号線に面する道の駅でした。
その道の駅内にこの会社の本社がありました。
そして、隣には同社が営業受託を受けたキャピタルホテル1000がありました。
今回もキャピタルホテル1000に宿泊をしましたが、高台の方に移転をしています。

道の駅に隣接しているのが国の名勝でもあった白砂青松の景勝地・高田松原です。
過去の津波から陸前高田の町を守ってきた存在でもあった約7万本の松は2011.3.11の津波により全てなぎ倒されました。

そんな中で10mを超える津波から奇跡的に生き残った1本の松が陸前高田市の復興を照らすシンボルとして立ち続けています。
これこそ、今やその名を全国に広く知られる存在となった「奇跡の一本松」です。
そんな奇跡の一本松の後方に見える建物、半分で折れ曲がったような姿になっている建物は「陸前高田ユースホステル」でした。
あえて震災の記憶を後世に伝えるために「震災遺構」として残すこと対して賛否両論があります。
我々の様に数年に一度しか現地に入らない人間からすれば、こうした風景を目の当たりにすれば想像をはるかに超える津波の恐ろしさを実感できる震災遺構ですが、実際に体験された方々はこうした「震災遺構」は見るに堪えがたいという感情が働くのもごく自然だと思います。

宿泊地のホテルに向かうにもナビゲーターは主要道路の国道45号線で近くまでは案内をしてくれましたが、そこから先は全く機能しません。
震災から7年。
今を見ればまだ完全なる復興への道のりは遠く感じます。

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「現地を訪れる観光客が増えれば、陸前高田に元気が戻ります。復興はここからなのです。今こそ陸前高田を訪れ、再生・復興の目撃者になってみてはいかがでしょうか。」
今回はこの言葉を信じて観光客の一人として訪れることにしました。

風化させるにはまだまだ早過ぎます。
【訪問日 2018.08.29】

2018年9月 1日 (土)

2022年に新たな町が?

8月の後半に夏休みをいただき、2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による災害およびこれに伴う福島第一原子力発電所事故による災害である東日本大震災のその後を久しぶりに訪ねました。
私は何回か被災地を訪ねていますがカミさんを連れて行くのは初めてです。

各地で復興の槌音は響いているのですが、地域によって大きな差があります。
この地震により、場所によっては波高10m以上、最大遡上高40.1mにも上る巨大な津波が発生し、東北地方と関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害が発生しましたが、一歩ずつではありますが復興の兆しが見えます。

0901仙台からいわきまで国道6号線を走って南下してきました。
国道6号線は帰還困難区域の特別通過交通制度の運用を変更し、通行証の所持・確認を要せずに当該区間を通過できることとなっています。しかし、引き続き自動二輪、原動機付自転車、軽車両及び歩行者については通行出来ない状況です。

福島第一原子力発電所事故で放射線量が高く帰還困難区域となっている双葉町・大熊町の国道沿いの施設や民家の全てにバリケードがされている異様な光景を目の当たりにすると言葉を完全に失いました。

脇道に入ることの出来ない道路は点滅信号。正常に信号が働いているところはバリケードに警備員が配置されて許可証を持っている方のみ(工事関係者?)通行可能。

所々で防護服を着用して作業、多分、除染作業等だと思いますが、この風景はテレビを通してしか見ることがありませんでしたのでこうした風景も異様に映りました。

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海側の土地は広大な荒野?が広がっています。
今まで見てきた東北地方の黄金に実った風景と余りのも違いすぎました。
数年前には同じように稲刈りを前にした黄金色の風景が広がっていたのだと思います。

正確な数字は分かりませんが、昨年のデータでは帰還困難区域(約24,100人/約9,000世帯)だそうですが、2022年をめどに避難指示を解除する方針を出していますが・・・・・?

4年後に以前のような町が出来ることを期待したいと思う反面、この現状を見ると懐疑的にならざるを得ないと痛切に感じました。
いつもは「旅」の帰路は会話が弾むのですが、この日ばかりは大磯まで寡黙の状況が続きました。
カミさんには酷な旅の終結になったかも知れません。
【訪問日 2018.08.31】

2018年8月24日 (金)

何もなければ便利!トラブルが一つ発生すると?

普段はとても便利に利用しているフェースブックです。
この2ヶ月の間に2度ほど乗っ取りにあい、FBでつながっている知り合いに大変なご迷惑と心配を掛けてしまいました。

確かにFacebookを開くと「身に覚えのない投稿がされている」「パスワードが変わっていてログインできない」などの、Facebook乗っ取り被害が増えていることはニュース等見ていましたので承知はしていました。
が、まさか自分がその当事者の真っ只中になろうとは余り想像をしていませんでした。

この状況を放置していると、自分のFacebookアカウントが悪用されていることであり知り合いを詐欺サイトに誘導するリンクをシェアされたりします。
まさにそれが今日の午後に起きてしまったのです。

こうした状況、つまりアカウントを乗っ取られたということは、ID・パスワードが(仕掛けられた)犯人にバレているということです。
場合によればアカウントが犯罪に使用される可能性もあります。

主に使用しているメールアドレスは30年近く愛用しています。
これを変えることは色々なところに支障を来すので簡単に変えるわけにもいきません。従って定期的にパスワードを変えて対応するしか方法がありません。

もっともっと頻繁にパスワードを変えれば良いのでしょうがね。
しかし、パスワードを変える度に、職場を含めて使用するPCの全ての環境、そうですスマホ、ipadも変更していかなければならないので負担はとても大きいのが本音です。

普段、何もなければ便利!トラブルが一つ発生すると大変です。
ある面では嫌な世の中になっているとも言えるのかな と 感じる一日でした。

2018年8月18日 (土)

3000本を超えたんですね!

今日のブログの記事が3002本目です。
還暦を迎えた誕生日を機にブログを書き始めて満9年が経過しました。
今日まで3300日ほどですから、毎日アップしていれば3000本近くになるのかなと?ふっと思い改めて調べましたら先の本数になっていました。

還暦を迎えたから単純に「還暦一念発起」などどタイトルをつけてしまいましたが、来年は「古希」ですよね!
このタイトルもどうしようかと悩んでいるところです。

0818それはさておき、昨日から関東地方上空の空気の入れ換えがあったのか、一気に秋の気配を感じる気候になりました。
北海道、大雪山層雲峡・黒岳では夏、秋を通り越して冬がやって来たようです。
昨日の未明に初雪を観測しました。
これは1974年の観測開始以来最も早い記録ということです。
15年前の6月に大雪山層雲峡・黒岳ロープウェイで上った時、6月でも写真のような残雪を目の前にして感動したものです。
一方の西日本では、相も変わらず猛暑日に迫る残暑になっています。
改めて、縦に長い日本を感じます。

そして、今年は台風の発生の早さも気になります。
8月12日に台風15号が発生してから16日の台風19号まで5日連続で台風が発生しました。
これは統計史上初めてのことだそうです。

8月16日に発生した台風19号は1971年7月30日が一番早く2番目の早さだそうです。
1951年以来発生数が一番多かったのは1967年の39個です。
余りこの記録に近づいて欲しくないですね。

こうしたたわいもないことを書いていて、たまに過去のブログを回想すると懐かしくなるんですよね?
2009年8月17日(火)は衆議院議員選挙の公示だったんですね?
ここから政権交代が実現したのですが。
良かったのか悪かったのかは、色々な考えがあるのでしょうから。どちらでしょうか?
振り返ると全てが懐かしくなります。

2018年8月16日 (木)

安心して帰路についたご先祖様

お盆あけです。
カミさんのお寺と私のお寺の宗派は共に真言宗です。
今日は平塚の薬師院に「お施餓鬼法要」に行ってきました。

0813施餓鬼とは、お盆の時期に行われることが多い仏教行事の一つとのことですが、薬師院・地福寺にしても「お施餓鬼法要」には周辺の同派のご住職が一堂に集まり「お施餓鬼法要」が行われるので薬師院はお盆明けの16日で地福寺はお彼岸のお中日の9月21日前後に行われます。

ところで「施餓鬼」とはどういう意味なのでしょうか?
まず餓鬼(がき)とは、俗にいう生前の悪行によって亡者の世界に落とされた魂や無縁仏となっているような霊や魂の事を言い、常に飢えと乾きに苦しんでいるものを指します。
そして施餓鬼とは、そういう者たちにも食べ物や飲み物などの供物を施すことで餓鬼の供養を行う法要行事のことです。

お盆は自分のご先祖たちの供養を行います。同時に、このように餓鬼の供養も行なって徳を積むことで自分にも救いがあるとされています。
ですから、今日のように大勢の人がお寺に集まって盛大に「お施餓鬼法要」に出席できて供養することが出来る人は幸せなのだと思います。私は幸せだと思います。

13日に我が家に戻ってきたご先祖様たちも、家族が元気に過ごしている様子を確認し、安心して帰路につきました。

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西湘を拠点にして色々なプロジェクトを立ち上げて奮闘しています。そして私も遊ばされています。

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