旅行・地域

2017年5月27日 (土)

現実の世界にご帰還!

上高地に入って三日目です。
朝から快晴になりました。最終日なので、昼頃までしか滞在出来ないのがこの好天なのに残念です。

夜明けとともにテラスに出て、青空を背景にした奥穂高連峰がとても綺麗です。
何よりも下界の空気と味が違います。
大磯の空気も大好きですが、またひと味違います。

新緑も綺麗ですし、この時期のアルプスは残雪もあり、それぞれの個性ある高峰が主張し合っている様で表情が豊かで、見飽きることがありません。
宿の近くにある、田代橋から梓川越しに望む穂高連峰もとても綺麗でした。

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天気に恵まれて、今日は野猿も観光客に大サービスです。
生まれたばかりの赤ちゃんを抱えた母猿。
ようやく一人前に動ける様になった喜びからか?観光客の間を駆け巡る小猿たちが和ませてくれました。

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楽しい時はあっと言う間に流れてしまうものです。
誘っていただいた人生の大先輩は、数年前までは行きたい時に行っていたのが、長距離運転に不安を持つようになったのか、一緒に行って欲しいと頼まれて、私は上高地レベルの距離では隣の町に行く様な感覚で同行させてもらいましたが、とても貴重な機会をもらい、お陰様でのんびりと過ごすことができました。
しかし、山を下れば、明日のイベントに30日の定時総会と大仕事が待っています・・・・・?
夜には現実に戻りました!

2017年5月26日 (金)

そぼ降る雨の上高地

0526そぼ降る雨の上高地です。
昨日の雨で地上の空気が洗われて新緑が一段と美しく見えます。

上高地は何度となく訪れていますが、連泊は初めてです。
ですから、久しぶりにゆっくりと河童橋から明神池の方まで足を伸ばし散策を楽しみました。

行く先々の散策路で「うぐいす」が迎えてくれます。
直ぐ近くで鳴くので、その方向を見ても姿は見せてくれません。
さすがに警戒心の強い「うぐいす」です。

ちょっ歩くと、また、「ホーホケキョ」と! 鳴き声が!
他の鳥に対する縄張り宣言が一定に保たれているようでとても面白いです!
二輪草を始めとする可憐な花もやさしく迎えてくれます。とても綺麗です。

確かに上高地の自然の中に身を置けば、気分がゆったりとすることは間違いありません。
それでも自分の気持ちにゆとりがあれば、それに輪を掛けてくれるのですがね。

しかし、まだ、そこまでの余裕はないのですが10㎞ほどを散策して、心地よい疲れが何とも言えない二日目の上高地でした。

2017年5月25日 (木)

異次元の世界!

人生の大先輩に声を掛けていただき、二泊三日の上高地の旅に出掛けました。
恐らく過去にも経験がありませんでしたし、これから先でもこのような旅行はないと思う旅でした。

ホテル等で行われているディナーーショーには何回となく行きましたが、総料理長の「特選料理の夕べ」などは経験がありません。

さすがに帝国ホテルです。
信州の美味を味わう美食会!
帝国ホテル総料理長田中健一郎「上高地帝国ホテル特選料理の夕べ2017」のオリジナルフルコースを堪能してきました。

食事の前には「フルートカルテット」のロビーコンサートを30分ほど楽しんで、ダイニングルームに案内されると、次はヴァイオリンとハープのBGM。その生演奏を楽しみながら、総料理長の本日のコースメニュー説明と・・・・・・?
私にとっては異次元の世界が2時間ほど続きました。

メニューが変わるごとにシャンパン、白ワイン、赤ワインと食事を楽しめました。

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2017年3月 1日 (水)

「旅」の想い出が悪夢に?

3か月に一度位の頻度でリフレッシュ休暇を取得させてもらっています。
特別に行きたいところもある訳ではないのですが、本当に気分転換です。
たまに大磯を離れて気分転換をしないと次の仕事へのスタートが切れません。
近場は行くところが無いと思うほど結構足を運んでいるのですが、それでも行ったことのない所は結構あるものです。

0301今日、訪ねた「伊豆の国パノラマパーク」もその一つです。
いつも利用している伊豆縦貫道で伊豆長岡付近を通過する時に国道を横断するロープウエイがあります。

私もカミさんもいつも気にしているロープウエイでした。
山麓駅から葛城山山頂まで、四季折々の景色を楽しみながら約7分の空中散歩を楽しむことが出来て、高低差411m、全長1,791mのロープウエイだったのです。

昨年の夏には山頂エリアの「空中公園」に「富士見テラス」がオープンして、テラスエリアからは、富士山と駿河湾とを一望できる、大パノラマをご堪能いただけますとのHPの案内に釣られて今日はここを訪ねることにしました。

雲が多くてパンフレットほどの絶景を見ることは出来ませんでしたが、天気が良ければ最高のロケーションを見られること間違いなしです!

そして、今夜の宿を予約していたペンションが何と貸し切り!
6つある露店風呂も貸し切りの贅沢な時間を過ごすことが出来たのもラッキーです。
(宿の方には二人だけの為に営業させるのには気が引けるのですが・・・?)
それでも最高のおもてなしで迎えていただきました。

実は、この番外のおもてなしを享受できなかったのが誰よりも、今日のこうした日を楽しみにしていたカミさんなのです。

景色に見惚れ、カワズ桜に見惚れて、階段をスロープと見違えた様です。

私の目の前でスローモーションを見ているように転びました。
そして、這い蹲って地球に丁重なご挨拶をしている姿が目の前に展開しました。

膝が痛い!痛い!と
確かに間違いなく転んだのですから、怪我をしていなければと慌てました。

しかし、痛いことより転んだ恥ずかしさの方が勝っているようでしたが、宿に近くなってから転んだ際のダメージが出てきて、ついに貸し切りの宿で露店風呂にも入ることが出来ない羽目に!

単なる打撲程度で済んだようですので、こんなコメントも書くことが出来ます。
珍しく私より早くご就寝されました。
これも、彼女にとっては「旅」の想い出(悪夢かも?)になる一日目でした。

2016年9月 3日 (土)

羽州街道・楢下宿

銀山温泉からの帰路に山形県上山市にある宿場町・楢下(ならげ)宿に立ち寄りました。
楢下宿は羽州街道の宿場町として栄え、東北の13藩が参勤交代の折に利用し、往時の町並みがそのまま保存されており、1995年(平成7年)に歴史国道、1996年(平成8年)に歴史の道百選に指定されている宿場です。

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楢下宿、そのものを訪れる人は少ないようですが、江戸時代の脇本陣であった旧丹野家滝沢屋は「丹野こんにゃく」の大本家で、現在は「こんにゃく料理専門店」として地元では大変知られ、観光客も多く訪れるスポットにもなっています。

こちらを目的に訪れる人の方が圧倒的に多いようです。
中々良いお店です。がちょっと行ってくると言うには遠すぎます。

上山市も山形県では有数の温泉地です。
機会があったら寄ってみて下さい!お勧めです!

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2016年9月 2日 (金)

青森から銀山温泉に

カミさんは朝からこぎん刺し教室に行き、本場で個人教授を受けることが出来てご機嫌です。
青森にまで来て教室に足を運べることは、考えようによっては贅沢な教室です。

その間、私は青森市内を散策。
今まで行きたくても行くことが出来なかった所をのんびりと見学してきました。

青森まで来ると流石に移動時間が大きく割かれます。
今日はこの旅の最終宿泊地の山形県・尾花沢市の銀山温泉に移動です。
この移動距離だけでも400㎞もあるのですから、東北地方は一県が広いと感じます。

銀山温泉は大正時代に銀山の鉱山の街として繁栄して、その往時を偲ばせる川沿いにある温泉宿が風情を醸し出しています。
冬の季節の雪景色は素晴らしいだろうなということは想像がつきます。

こんな所で数日のんびりしたいものです!

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2016年9月 1日 (木)

下北半島巡り

仏ケ浦を経由して本州最北端の町、大間町に。
何と言っても、大間と言ったらマグロ。
もう食べると言うより、食うぞ!と言うモードに入っています。

マグロの大トロや中トロは美味しいには違いないです。
しかし、刺身などは築地でも美味しくいただけます。

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そんなことを思いながら土産物屋さんを見ている内に、かなり大きなマグロのカマを網で焼いているお店を発見。

「朝から4時間を掛けて焼いているのが、ようやく食べごろになったと。」店員の若者がポツリと一言。
私は「一皿500円也。頬肉等が美味そう!」と独り言。
若い店員が、頬肉を増量してくれました。
ちょうど、食堂の中は満席なのです、それを求めて堤防で食べました。
ロケーションと言い、これでビールがあれば最高なのですがね?

これから先の移動が短ければカミさんに交代してもらうのですが、まだまだ今日の走る距離があります。
仕方なくお茶で我慢をしました。

マグロの一本釣りの拠点、大間港は流石に立派な港でした。
漁業協同組合の建物等を見ても、その勢いを感じますが、往年の漁師に聞けば、数年前から比較したら比ではないと寂しそうな顔をしているのも印象的でした。

0901_2次の恐山に移動しましたが、ここも一昨日の台風10号の影響を受けて、当初のコースが通行止めで大きく迂回をしていく羽目に。
恐山は比叡山と高野山と並んで日本三大霊山の一つです。

途中の駐車場で3人のワンボックスカーを改造した車でくつろいでいるグループに遭遇しました。

仲間かと思いながら話しかけると、佐世保・大阪・千葉からの個人個人のグループでした。
それでも連絡は取り合いながら、全国の至る所で方向が合うと合流をしているとのこと。

3人共70歳台と思われますが、それこそ気の向くままにハンドルを握り日本全国を縦横無尽に走り回る姿にちょとだけ羨ましいと思いました。

しかし、恐山に行き、道半ばで、私の近くから身を隠した友人達のことを思えば、こうした旅が出来る有り難さを身に染みて感じます。

改めて、色々な方を想い出しながらご冥福を祈りました。

三途の川は現世とあの世を分ける境目にある川です。
その三途の川を渡り、戻って来ました。
戻ってきたということは、閻魔さまに追い返されたってこと?

うーむ!もう一度やり直すチャンスをもらったのかなぁ?

いずれにしてももう少しだけ長生き出来るのかな?
そして、もう少しだけ生かさせてもらいたいと思う恐山でした。

今日は下北半島を一周して、青森市に戻りました。

2016年8月30日 (火)

台風10号をお出迎え?

本当は、今朝早くに旅立つ予定の東北への「旅」でしたが、明け方近くには何故か岩手県の前沢付近にいました。
昨晩の内に台風の影響を受けないようにと移動を開始して、休憩を若干入れながら前沢SA迄来て仮眠を取りました。
そして久しぶりの車中泊です。

ここまで辿り着く迄には、台風10号の外側を取り巻く雨域により、時折激しい雨に見舞われて走行が大変でしたが何とか岩手県まで来ることが出来ました。

今日の目的地は青森県鶴田町の舞鶴橋です。

そもそも、今回の旅の行き先はカミさんがJR「大人の休日倶楽部」の吉永小百合が津軽富士と称される木造の三連太鼓橋「鶴の舞橋」でロケしたポスターを見て、ここに行きたいということから始まったのです。

この橋の場所、「鶴田町ってどこにあるのか?知っている?」
「知らない」
「青森県だよ!」
「見たい!」

それじゃ、今回の旅は「津軽半島」「下北半島」巡りをすることにしようと!

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「鶴の舞橋」のキャッチコピーは、波のない湖面にしか映らない「津軽の逆さ富士」です。

しかし、残念ながら台風の影響を受けて強風が湖面を揺らし「津軽の逆さ富士」は見ることが出来ませんでした。
そして、太平洋側にある台風の雨域が岩木山も覆ってしまい、ポスターの様な岩木山も望むことが出来ませんでした。
風だけが強く台風10号の強風域に入っていることを感じます。
それでも、我々が見学する時には青空も広がってくれたことに感謝します。

0830_2今日は朝早くから現地に入っていたので時間はたっぷりあります。
明日の見学予定の太宰治記念館の「斜陽館」も今日の内に見学して14時にはホテルにチェックイン。
おとなしく台風10号を迎えることにしました。

ホテルに着くと、流石に昨晩からの強行軍に多少のお疲れモードも手伝ってベッドに潜り完全のお休みタイムと相成りました。
ただただ、台風10号が余り悪さをしないで通り過ごすことを祈るのみです。

2016年7月 8日 (金)

行田の「蓮」と「足袋御殿」

埼玉県行田市と言ったら「足袋」を最初に思い出します。
江戸後期から昭和中期にかけ「足袋」の生産で栄えた街です。

現在は足袋がどのくらいの生産高があるのか分かりませんが、かつて、昭和13年当時には足袋生産量が8400万足程あり、その内、およそ8割を行田市で生産されていた時代もあったようです。

0709だから「足袋御殿」もあるんですね?

今日、昼食に寄った彩々亭は、「足袋」の商いにより、一代で財を築き上げた足袋屋の名士である荒井八郎氏、彼が贅を尽くして建てた邸宅が「足袋御殿」と呼ばれています。
ここを料亭として復元させた「彩々亭」に寄ってきました。

館内は趣のある廊下、アンティークなランプシェード、風変わりな襖や障子など随所に大正ロマンの雰囲気が漂う和洋折衷造り。また各室窓から覗く、かつて昭和天皇がご覧になられた庭園は、富士山の溶岩でつくられたという築山があり、その上からは滝が流れています。

こんな雰囲気の中での食事!ご馳走様でした。美味しかったです!
そう言えば、かつて相模湾、それも大磯から西側の地域では「ぶり御殿」と呼ばれる名称もありましたね。

そもそも、今日はこの「彩々亭」に食事に行った訳ではありません。

行田蓮が見頃になったということで「古代蓮の里」を見に行ったのです。

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行田市の“天然記念物”に指定されている行田蓮(古代蓮)は原始的な形態を持つ1400年~3000年前の蓮であると言われています。

古代蓮の里にほど近い公共施設建設工事の際に、偶然出土した種子が自然発芽し甦り、池に開花しているのが発見されました。

地中深く眠っていた多くの蓮の実が出土し、自然発芽して一斉に開花した事は極めて珍しいことといわれています。

蓮の花は、開花から散るまでの期間は4日間だそうです。
これだけ、広大な広さがある「古代蓮の里」です。
2日目の一番、元気な状態の蓮もたくさん咲いていました。

そして、関東七名城に謳われた忍城(おしじょう)にも、久しぶりに足を運びました。
忍城は上杉、北条氏との戦いにも落城せず、石田三成の水攻めにも耐え、戦国の世を生き抜いた名城です。

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昨日のような猛暑日ではなかったのですが、やはり内陸部は海岸地域から比べると暑い!
ちょっとした息抜きになりました。

2016年6月 4日 (土)

御坂峠「天下茶屋」

昨日の甲府市からの帰路でもう1カ所寄り道をしてきました。
御坂峠、旧道の山頂に「天下茶屋」があります。

0604昭和42年に新御坂トンネル開通により、ほとんど旧道を通ることがなくなり、昨日は時間にも追われていなかったので久しぶりに旧道のワインディングロードを楽しみながら寄り道をしてみました。

旧道には車の往来が少なくなったためか、至る所で野猿を見掛けることが出来ました。

天下茶屋は木造二階建て、八畳が三間の小さな茶屋で、峠を行き交う旅人に食事などをふるまい、かつては多くの文人が訪れましたが、中でも井伏鱒二、太宰治の滞在は特に知られています。

開業したのが昭和9年ですから80年を超える老舗です。
ここからは眼下に河口湖を望み目の前に大きな富士山がどんと構える非常に景色の良いところです。

太宰治は、ここの絶景に約三カ月滞在して小説「富獄百景」に残しています。

文才があればこうした良い景色の所では次々と文書の構成が広がっていくのでしょうね?

【天下茶屋HP】から転載

  滞在中の太宰治に、ほうとうを出したところ、
  「僕のことを言っているのか」と不機嫌になったとの事。

  先代が「ほうとうは甲州の郷土料理である」と説明したところ、
   太宰治は安堵して喜んで食し、好物になったようです。

  その様子から先代は生前、
    太宰治は自身が「放蕩(ほうとう)息子」と勘違いしていたようだと当時を語っておりました。【ここまで転載】

一度は訪ねても良いところだと思うお勧めのスポットです。

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