文化・芸術

2016年1月26日 (火)

1月26日は「文化財防火デー」

0126今月の16日に「鴫立庵」で防火訓練を行いました。
今日、26日が「文化財防火デー」です。

「文化財防火デー」は、昭和24年の1月26日に解体修理中だった法隆寺の金堂で火事が起き、国宝の壁画が損傷したことをきっかけに定められた記念日です。

この日に合わせて法隆寺で、地元の消防や寺の消防団が参加して訓練が行われました。

文化財は、国、また、文化財が存在するその地方にとって長い歴史の中で生まれ、育まれ、今日まで守り伝えられてきた貴重な財産です。
災害から貴重な文化財をみんなで守り、後世に伝えていくために日頃からの備えが必要であることを認識する日でもあります。

2014年4月21日 (月)

第16回 国際バラとガーデニングショウ2014

おおいそオープンガーデンの4月開催が無事に終了しました。
5月(16日~20日)の「おおいそオープンガーデン」は、参加者のお庭のバラも咲き誇り、4月とは趣を変えたお庭が皆さんを待っていると思います。

この事業はオープンガーデンに参加されている方々の有志で作った団体「おおいそオープンガーデンホーム運営委員会」に大きなご協力をいただいて実施しています。

同団体では、5月に西武ドームで行われる「国際バラとガーデニングショウ」のバスツアーを計画して、23日から参加者の募集を受付します。

  第16回 国際バラとガーデニングショウ2014

  ○日  時:平成26年5月14日(水)
         8:00~18:00(渋滞等により到着時間が遅れる場合があります)
  ○集合場所:大磯駅・国府支所・石神台・二宮ラディアン
  ○参 加 費:4800円(交通費・入場料込み)
  ○定  員:40名
  ○申込期間:4月23日(水)~5月7日(水)先着順
  ○記入事項:氏名・住所・電話及びFAX番号・乗車場所
  ○問合せ先:おおいそオープンガーデンホーム運営委員会 事務局
        090-1796-2102(大倉)
        メールアドレス asda@mh.scn-net.ne.jp
    ※別料金で昼食を用意しております
   (パンの蔵ランチボックス&お茶 ¥600)

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2013年7月23日 (火)

祝! モコ木工さんの初個展

大磯に工房を構えて3年目を迎えました。
毎回、大磯市にも出店していただく、新進の女性木工作家の「モコ木工」さんが、初の個展を開くことになり案内をいただきました。

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海を見ながらスツールが並んでいます。
彼女がこのスツールの先にある大海原から、もっともっと木のぬくもりが感じられるような作品のアイデアを考えたのだと思います。
だから、力作がそろったと思います。

ひとつひとつ心をこめて創り上げたモコ木工さんのスツール他が、皆様のお越しをお待ちしております。
是非、足を運んであげて下さい。

 ○会 期:2013年8月1日(木)~ 13日(火)
 ○時 間:平日  11:00 ~ 17:00
      土日祝 11:00 ~ 18:00
      最終日は 16:00 までとなります

 ○会 場:okeba gallery&shop
      神奈川県茅ケ崎市香川7-10-7 熊澤酒造 敷地内

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2012年9月24日 (月)

大磯 うつわの日

     秋、大磯で・・・・・・・・・・
     ぶらり港を見ながら
     朝市で地産の魚や野菜を手に
     老舗の旨いものを辿り
     鴫立庵や藤村邸で古(いにしえ)にふれ
     手には、とっておきのうつわ・・・・・・・・・・
     小旅行気分で暮れゆく秋を
     満喫しませんか?

       【主催】ジェル・アーキテクツ
       【協力】オオシマ草花店/AUI-AO Design
       【後援】大磯町/大磯町教育委員会

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2012年9月 3日 (月)

木に学べ「西岡常一棟梁」から学ぶ

経済がどんなにグローバル化されても、ソーシャルネットワークが無限に発展した世の中にあっても、飛鳥時代の工人から学ぶものが沢山残っています。
むしろ、最近の学術化された論文を読むより、むしろ参考になると思います。
それは、基本が「原理原則」にあるからだと思います。

職員と一緒に商工会のアクションプランなるものを作成しています。
どんなに小さな集団でも組織には違いがありません。
その組織を運営していくヒントが西岡常一棟梁」の著した「木に学べ」が大変参考になります。
確かに飛鳥建築の「法隆寺」やもう少し時代の下がった「薬師寺」の伽藍造営を手掛け、建築に関する口伝なのかもしれませんが、現代の組織運営にも充分に役に立つ口伝なのです。

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※写真と共に
 木に学べ ー法隆寺・薬師寺の美ー から口伝を転載
 させていただきます。 

 ○神を崇めず、仏を拝せずして堂塔伽藍を口にすべからず
 ○伽藍造営には四神相応の地を選べ
 ○堂塔造営用の用材は木を買わず山を買え
 ○堂塔の木組は木の癖組
 ○木の癖組は人の心組
 ○工人の心組は工人への思いやり
 ○百工あれば百念あり。一つにする器量のない者は、
   自分の不徳を知って、棟梁の座を去れ
 ○諸々の技法は一日にして成らず、祖神達の徳恵なり

「西岡常一棟梁」の生まれは1908年9月4日で、明日が生誕104年なのです。

2012年8月22日 (水)

資料館・美術館巡りの一日

大磯町郷土資料館の「東海道大磯宿 ~小島本陣資料を読み解く~」に行きました。
大磯宿には3つの本陣(小島・尾上・石井)がありましたが、資料が現存し、その様子を伝えるのは北本町に位置した小島本陣のみです。

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宿記録帳等を見ると、年間50~60位の西国に位置する、紀州や尾張等歴史書でお馴染みの大名たちの往来を記録した資料が残されています。
東海道がこうした大名を始め、庶民の往来で賑わっていたのだろうことが想像されます。

平塚市が市制80周年を記念して開催している平塚美術館の「上村松園と鏑木清方」展に。
両氏の作品は「近代美人画」の巨匠という点で共通しています。
同時期に活躍し、江戸情緒を懐かしむ美人画の作品ですが、京都育ちの松園、ちゃきちゃきの江戸っ子の鏑木で女性表現のそれぞれの特長があり、京都と東京の下町の時代、風俗の差におもしろいものがありました。

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松園は1948年には女性として初めての文化勲章を受章しています。
幼いころから画に卓越した才能を持っていた松園は10代の頃から頭角を顕しています。
明治時代です。「女は嫁に行き家を守ることが最上の美徳」とされている時代ですから、世間を始め、男性画家の絶好の中傷の対象にもなったようです。

こうした社会の偏見とも戦ってきて創作活動に没頭してきましたが、40歳代頃に年下の男性に失恋してスランプに陥ってしまうこともあったようです。
今まで、清らかな美人画を描く続けてきた松園が1918年(48歳)で発表をした「焔(ほのお)」は、『題材となったのは、光源氏の愛人・六条御息所が、正妻の葵上に嫉妬して生霊となった姿だ。能面では白目に金泥を入れると「嫉妬」を表現する面になる。この絵でも金泥が入っており、乱れた髪を口で噛むなど何ともオドロオドロしい。松園自身、「なぜこのような凄絶な作品を描いたのか自分でも分からない」と語り、この作品の発表後、3年間展覧会への出品を一切断つ。しかし皮肉にも、この作品が松園の評価をさらに高めた。それまで彼女を単なる美人画描きと否定していた連中は、凄まじい情念が込められた『焔』に、松園のすごみに圧倒された。』と評されています。

 『焔』は下のURLから見て下さい。

 http://www.tnm.jp/modules/r_collection/index.php?controller=dtl_img&size=L&colid=A11098&t=
残念ながら本画は今回の企画展には展示されていません。

大磯宿の本陣資料で江戸時代の東海道を想像し、明治期から大正、昭和の江戸(東京)と京都の風物と美人画を鑑賞した有意義な夏休みの一日になりました。

2011年6月25日 (土)

島崎藤村先生が取り持つ縁

二日続きで芸術関係の内容をアップしたので、今日は文壇のことについて書きます。

今夜は、姉妹都市小諸市と大磯町体育協会との交流会に行ってきました。
大磯町と小諸市。
姉妹都市を結んでいるのは島崎藤村先生の縁です。

以下の文章は「10.02」にアップした島崎藤村先生に関する私の記述です。

高校生の時に大好きな詩でした(若菜集・初恋の一節です)

 まだあげ初めし前髪の
 林檎のもとに見えしとき
 前にさしたる花櫛の
 花ある君と思ひけり

島崎藤村は長野県馬籠村(現岐阜県中津川市)で生まれました。その後は東京に出て教師になり、1899年(明治32年)、小諸義塾の教師として長野県小諸町(現小諸市)に赴任し6年を小諸で過ごしました。その間に小諸を中心とした千曲川一帯をみごとに描写した写生文「千曲川のスケッチ」を発表し、その後は詩から離れて1906年(明治39年)に発表した「破戒」によって小説家としての地位を確立しました。その後は歴史小説「夜明け前」の大作等を始め数多くの作品を発表してきました。そして日本ペンクラブの設立にも力を入れて初代会長に就任しています。

小諸に赴任した年に冬子と結婚しました。
1910年(明治43年)妻冬子は末娘を出産後に産後の肥立ちが悪くこの世を去ってしまいます。妻の死去をきっかけに、この後は前述の若菜集からは想像もつかないような女性関係が続きます。1918年(大正7年)に「新生」を発表し、この関係を清算しようとしたようです。

藤村の生活に安定期が訪れたのは、1928年(昭和3年)に静子さんと再婚してからです。

(静子さんだけさんづけ? 若い頃、静子さんとは着物談義をした経緯があります。藤村から送られた帯や着物も沢山見せていただきました。地福寺は私の家の菩提寺でもあります。だから地福寺に行くと藤村より先に自然と静子さんの墓前に先に手を合わせてしまうんです。)

この生活の安定が藤村の生涯の代表作「夜明け前」につながったのだと思います。

1941年(昭和16年)藤村は大磯の左義長を見にきて大磯を終の棲家にしました。
1943年(昭和18年)「東方の門」の連載中に同年8月22日に脳溢血のため自宅で「涼しい風だね」と言う言葉を残して亡くなりました。

島崎藤村については姪、こま子との過ち等を通じて好き嫌いのある文豪かも知れません。
しかし藤村を介して大磯町は中津川市と小諸市とは文学姉妹都市として今でも交流を行っています。
以上、過去の引用文。

しかし、先生が亡くなって70年近くが経ち、その後に生まれた者が民間レベルでこうした文化交流やスポーツ等の親善・交流が出来ることに幸せを感じます。

それは島崎藤村先生が日本を代表するロマン主義詩人であり代表的な自然主義作家であったと言うことです。

2011年6月24日 (金)

竹芸家 藤塚松星の世界

昨日に続いて今日は、大磯在住の竹芸家 藤塚松星氏を紹介します。
2005年の「婦人画報100年記念別冊付録」に100人のニッポン人から「100年後の女性たち」への特集号号で根曲竹(ねまがりたけ)を燻した鳳尾竹(ほうびちく)を使い、シンプルなラインで理想の女性を表現した作品を発表しました。

その時の氏のコメントが「竹のしなやかこそ、理想の女性のイメージです。男は強そうに見えても、すぐにボキッといってしまう。でも女性は柔軟な中に強さがあるよね。それは百年後の女性も変わらずに持ち続けてほしいと思います。」と。

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工芸界の世界でも常に新しい手法を創作しています。
第49回東日本伝統工芸展でMOA美術館賞を受賞した「彩変化花籃」では、
「竹工芸の技法には大きく分けると編み技法と組み技法の二つがありますが、この「彩変化花籃」は組み技法の作品です。籃は二重構造になっており、内側はやや幅広の平割り材の輪を積み上げ、外側はヒゴを縦に並べた櫛目編で構成しました。ヒゴと言えば通常、丸か四角形ですが、この作品では三角形のヒゴを使っています。そのヒゴの面を朱色と黒色に染め分け、色の境の角を正面に向けて並べています。そのために、見る角度によって色が朱から黒へ、黒から朱へと変化して見えます。さらに、胴部分に入れた曲線を境にヒゴの向きを逆にしてあるので、そこでも朱と黒が逆転して見えます。このように、この作品では見る角度の違いによる色の変化の面白さや、やわらかいグラデーションが最大の特徴であり、見所です。
なお、作品名の「彩変化(さいへんげ)」とは、この新しい技法に私が付けた呼び名です。」
日本工芸会東日本支部HPを引用。

そして、最近では「SADO 伝統文化と環境福祉の専門学校」にある「竹芸デザイン学科」で若手も育成しているようです。

実は昨日と今日紹介している二人の芸術家は小学生の同級生なのです。
身近な友がこうした活躍をしていることは、本当に嬉しいものです。
芸術の世界では還暦の年などまだまだ若手です。
これからの活躍を期待したいと思います。

2011年6月23日 (木)

「川瀬忍の青磁 天青から 静かなる青へ」展

今日は大磯在住の陶芸家 川瀬忍氏の展覧会を紹介しましょう。

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川瀬氏は中国、官窯青磁の魅力に憧れ、自然界からの閃きを求め、そのつどテーマによる個展発表を続けてきました。これからも、土の持つ「柔らかな、温かみ」を表現したいそうです。

官窯青磁の魅力は「静かで、控えめで、温かく、柔らかく、見る人を吸い込んでいく」ところにあるようです。「見る人を吸い込んでしまう」と思う青磁は「フラッシュの光を吸収する」と2009年東洋陶磁学会の講演「魅せられた青磁と自作」で語っています。

この世界に飛び込んだのは、「高校を出てすぐ。いいも、悪いも、たまたま、家業だったからです。」とはご本人の弁です。彼の師匠は先々代、先代の川瀬竹春氏です。つまり先々代から見れば孫に当たります。

作品集は下記URLを参照下さい。
 http://www.shinobu-kawase.com/collection.html

「川瀬忍の青磁 天青から 静かなる青へ」展
作品展のプレリリースは下記を参照下さい。
http://www.musee-tomo.or.jp/pressrelease/05_26_Kawaseshinobu_press.pdf

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