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2019年1月13日 (日)

【大磯今昔・原敬6】(Vol.164)

○大磯町観光協会副会長、通称「あこちゃん」のシリーズです。
 最初から通してお読みになる方は、左のカテゴリー「大磯今昔」をお読み下さい!
  まだまだ掲載を予定しているシリーズがたくさんあります。
 なるべく読みやすいように一人、一日で完結するようにアップしていきます。

【18.09.03】掲載文
「大磯今昔」のあこちゃんです。(敬称略)
今回で、原敬の最終回です。

大磯にかかわる方、そして明治150年にかかわる方、8人の総理大臣のお一人、失礼な言い方をすると、その通過点の方のように思っていました。
ところが今回の現地取材を経て(実は伊藤公も山縣公も西園寺公、大隈公加藤公、吉田さんも生誕地やお墓にほぼお参りに行っています)なのに、なんでこんなに気になってしまったんだろか?

016vol1641
私利私欲もなく、爵位もいらない、平民宰相と呼ばれた方が、何故現役で暗殺されなければならなかったのか?
この事が、1番気になっているのだと思います。

大正10年(1921)11月4日、午後7時25分、東京駅丸の内南口改札口近くで、刃渡り15センチのナイフを持った男に胸を刺され、ほぼ即死でした。
(その時の着衣が、原敬記念館に飾られています、本当におしゃれな方でした。ダークグレーの三つ揃えに、スタンドカラーのピンクの縞のシャツでした~シャツには血がオレンジに染まり、ピンクとオレンジの縞のようにみえました、それを見てて、涙が出てきました)

016vol1642犯人中岡艮一(18歳、大塚駅の駅員)暗殺の動機として、政友会党員の汚職事件や弱腰外交(シベリアからの軍隊撤退やアメリカとの協調外交)等への不満をあげていました。

記念館に、犯人中岡艮一は、大正10年11月4日を迎えるまで、計画実行失敗を3回繰り返した結果、11月4日を迎え実行しましたと書かれていました。
ここに、奥様が原にフロックコートを着ていくように声を掛けたのですが、改札口から列車まで直ぐだからと着ていきませんでした。
でも、コートを着ていたら即死は免れたと言われています。
とても残念です。要因がもう一つ、大磯にかかわることで同年、9月28日に大磯にて安田善次郎公が、朝日平吾により刺客された事件を、新聞がヒーロー化してしまったこと、この4日後に第1回目を実行しようとしたことです。誤解が生んでしまった残念な結果だと思います。

016vol1643ここに原の生き方や、大切にしていたことを載せて、ご供養とします。
(1)困難に負けず、強い信念で自分の道を切り開く。
(2)家族・友人・先生・上司・故郷を大切にする。
(3)宝積(仏教の経典にある言葉…人に尽くして見返りを求めない)心を大切にし自ら実行。
(4)公共性(社会全体の為になる事)を高める。
(5)46年間(19~65歳)自分の考えや出来事を書き続けた。
*味方にはやさしいが、対立する者にはとことん厳しかった。

今回はここまでですが、書けなかったお2人の奥様との秘話・他は別の語り部の会で語ります。
9月21日(金)に、大磯駅前ほっこりの2階、「湘南ギャラリーえん」で10時30分から語ります。
お問合せ・申し込みは0463-62-1888 入場料1000円です。

写真は、産湯の井戸から、大磯の地・腰越の別邸・菩提寺の大慈寺の原敬・浅のお墓です。
刺客された東京駅の写真です。

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