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2018年2月21日 (水)

【大磯今昔・加藤弘之1】(Vol.47)

○大磯町観光協会副会長、通称「あこちゃん」のシリーズです。
 最初から通してお読みになる方は、左のカテゴリー「大磯今昔」をお読み下さい!
  まだまだ掲載を予定しているシリーズがたくさんあります。
 なるべく読みやすいように一人、一日で完結するようにアップしていきます。

【16.05.23】掲載文
「大磯今昔」のあこちゃんです。
今更ながらですが、「大磯今昔は」大磯に関わった方達、例えば本宅を構えた方、別荘を持たれた方達、更には有名な、又は著名な方達(あこちゃん裁量で、ごめんなさい。)、そしてその方達の顔写真を載せられると1番解り易く良いのですが、著作権の問題がただ出るケースが多い方達という事も有り、語る前に出来うる限りお墓を訪ね、お参りさせて頂いて語ってます。

0219_1お墓は、多くの事を語ってます。
故人の遺言だったり、残された家族の愛情表現だったり、その時の役職の大きさだったり、亡くなられた当地のお墓、又出身地の菩提寺のお墓をも、お参りさせて頂きたいと思っています。
(菩提寺の場合は少し時期がずれるときも有ります。)

そんな訳で、お墓の写真を掲載させて頂くことも多く有りますが、興味本位というよりは、最大限の敬意の表れだと思って頂くとありがたいです。

今回は、加藤弘之氏を語ります。
このお名前ですぐわかる方がいらっしゃいますか?

明治25年に大磯の池田(大磯カトリック教会の西側)に別荘を構えられ、出身は但馬国出石藩(現在の兵庫県豊岡市)、(現・東京大学)第二代総長を務められ、「八重の桜」で有名になった新島八重の最初の夫(川崎尚之助)と、同期(身分は加藤氏の方が上です)、孫は喜劇役者の古川緑波さんです。

日本の政治学者、教育家、維新後は新政府に仕える官僚、次回は大磯にお住いの方々との繋がりを含めて、日本の近代国家の有り方を指導された、そんなお話を続けさせて頂きます。
今回のお写真は、現在の大磯町東町(字池田2038外)付近のお写真です。

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西湘を拠点にして色々なプロジェクトを立ち上げて奮闘しています。そして私も遊ばされています。

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