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2017年9月 5日 (火)

【大磯今昔・伊藤博文6】(Vol.9)

大磯町観光協会副会長、通称「あこちゃん」のシリーズです。
最初から通してお読みになる方は、左のカテゴリー「大磯今昔」をお読み下さい!

【15.09.03】掲載文
前回、伊藤公の初代総理大臣誕生秘話に付いて、お話する約束でしたね。

伊藤公は、貧農の出で武士になったものの身分制度からいったらとても総理大臣を争うような立場では無かった。
伊藤公が尊敬していた木戸孝允が、伊藤公を評した言葉に「剛凌強直」ごうりょうきょくちょく~(地位や命ですら、いつでも捨てる覚悟で信念を通す生き方~その責任感をもった男)と、又彼をこんな風に言う人も居ました。

「王侯将 相 寧 有種」おうこうしょう しょう いずくんぞ しゅあらん~(王者・諸侯や将軍・宰相となるのは、家柄や血統で決まっているのではなく、各自の才能・努力などによるものである)
まさに、彼はこの言葉を地でいったのです。

では誰とトップの座を争ったかというと、藤原北家閑院流の嫡流で清華家の1つ三条家の生まれ、公爵である三条実美公です。

伊藤公を色々、良く評価してくれた木戸さんは明治10年に亡くなられてるしいざ決戦、宮中での会議では誰もが口をつぐんでいました。

そんな中、伊藤公の盟友である井上馨が「これからの総理大臣は赤電報(外国電報)が読めなくては駄目だ」と口火を切り、更に山縣有朋公が「それなら、伊藤君より他にはいないではないか」と賛成したのです。(前回の時に、伊藤公が自分の語学力の確認をして、足らない所の補足勉強をしたお話が有りましたね。)

これを見ている若者達よ、明治のこの時代に英語力で2者択一されたのですよ。今の時代にも繋がりますよね、凄い事だと思いませんか?

今の政治の世界も、通訳を通してではなく生身の声を聞けないと大変ですよね。「今昔~を語っているつもりが、現代にも通じました。」
でも、ここからが大変です。

この心を癒すことが出来たのが、大磯での暮らしでした。
次回へ続く。

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