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2017年8月

2017年8月16日 (水)

今年も子ども達の成長を!

13日に迎え入れた仏様達も3泊4日の滞在もあっという間に過ぎて、慌ただしくお戻りになりました。
今年はお盆期間中が全て雨が降るという、余り記憶にないお盆になりました。

お布施餓鬼に出掛けるのに半袖では寒いくらいで上着を羽織っていく天気です。
送り火をする時間の頃にも雨が降ってきます。
何か追い立てるような送り火になってしまいました。

それにしても孫たちが幼かった頃は全員揃って、迎え火、送り火をしたものですが、成長と共に夏休み中でもテニスの大会等が入ってきて、次第に「じぃじ」「ばぁば」の仕事になりつつあります。

それだけに準備をする段階から、息子夫婦や子ども達に出来るところを手伝わせています。
そうしないと、このような習慣は忘れ去られてしまうのかも知れません。

子どもや孫たちには、家族揃ってお盆を迎え、迎え火や送り火を焚いたり、一緒にご先祖様とお盆期間中は過ごしたなどと、例え迷信だ、無駄だと思われても家族同士の絆も希薄になる世の中だけに続けていこうと思います。

お盆を機に私たちはもう一度先祖の残してくれた人間の知恵を噛みしめたいと思いますし、ご先祖様たちには、子どもたちの成長を確認して安心していただけたと思います。
今年も良いお盆でした!

2017年8月15日 (火)

お買い物の日

8月に入ってから天気がはっきりしません。
太陽がほとんど顔を出しませんが、今年の夏は何処にいってしまったのでしょうか?

13日に戻ってきたご先祖様たちもすっかり戸惑っている様子です。
今日は明日のご帰宅に備えて、お赤飯のおにぎりを持って買い物に行く日です。
着る物も一枚羽織っていかなければ風邪を引いてしまうような涼しさです。

各地で日照不足が心配されています。
海水浴客も例年に比べて非常に少ない感じがします。

海水浴場は、お盆が過ぎてしまうと土用波も立ってくらげも増えてきます。
子ども達の夏休みが続きますが、大人たちの夏休みが終わってしまいます。
ピークが過ぎてしまいます。
まだまだ今週もはっきりしない日が続くとの天気予報ですが、夏を謳歌したいものです!

2017年8月14日 (月)

【大磯今昔・伊藤博文2】(Vol.5)

大磯町観光協会副会長、通称「あこちゃん」のシリーズです。
最初から通してお読みになる方は、左のカテゴリー「大磯今昔」をお読み下さい!

【15.08.03】掲載文
最近どんなことがあった?
「大磯今昔」のあこちゃんです。

今回は、伊藤博文公です。
何故、彼を選んだかというと、鉄道が大磯にひかれた明治20年別莊が数多く増えたなか、明治30年に伊藤公は東京品川の伊藤町から住民票を移し、大磯(滄浪閣)に本宅を構えたのです。

明治23年に小田原の滄浪閣に別荘を構え、ある年に別荘に向かう途中、奥様の梅子さんの体調が悪く、大磯の駅上の旅館(招仙閣)に泊まり静養をしてた時、大磯の温暖で北山南海の気候風土に癒された。
それがきっかけで、大磯に本宅を構えることになったのです。

それも、初代総理大臣になった方が、自分で郡役所に赴いてですよ。
「なんか、カッコイイ~」と、思いませんか?

そんな彼は、現在の山口県光市車荷字野尻の百姓、林十蔵の長男として生まれます。
御父上は、とても苦労された方ですが、安政元年(1854)、長州藩の伊藤直右衛門に認められ一家揃って養子となり、伊藤姓を名乗ります。

安政4年、彼は吉田松陰の松下村塾に学び、倒幕運動に加わり、活躍します。
文久3年には、井上馨ら5名と英国に密留学し開国論に転じ(後に彼らは、長州ファィブと呼ばれます。)ます。

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次回に続く。
写真は、現在の小田原の滄浪閣跡に建つ伊藤公の銅像
           長州ファイブの写真
       もう一度現在の大磯の滄浪閣の写真です。

2017年8月13日 (日)

成長したものだ!

Img_106713日のお盆の入りは家族全員で迎え火を焚きご先祖様を迎え入れます。
迎え火は、オガラを燃やしたその煙に乗って、ご先祖様が家に帰ってくるとも言われています。

我が家の周りは10年、20年経っても景色は変わりません。
ですからご先祖様も道に迷ったり、上空から見ても迷うことは無い と思います。

無事に10人のご先祖様がやって来ましたが・・・・・?
家に入る前にみんなが一瞬戸惑っています?
一年ぶりの我が家です。

成長盛りの孫たちは一年で10㎝ほど背が伸びる歳です。
ですから、この子たちが玄孫、ひ孫か? と爺様たちは見違えるように成長した姿に目を細めていました。
16日までの短いお盆期間ですが子どもの成長を見ていって欲しいと思います。

そしてご先祖様たちが戻ってくると、精霊棚をお守りしてくれるのが、愛猫「タマ」なのです。
いつも私が家にいる時には膝の上で寝ている彼女ですが、このお盆の時期には私の役目とばかりに精霊棚の前でお守り?
いや、これはお守りではなく、ただ横になっているだけ。
(これでもタマはお守りをしているつもりなのです。)

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しかし、これも我が家のお盆の風景の一こまなのです。
今年も家族全員が元気でご先祖様を迎えることが出来ることに感謝です。

2017年8月12日 (土)

予想通りの結果でした

午前8時から午後の胃カメラ・大腸検査に備えて腸管洗浄剤2㍑と格闘。
ビールなら気持ち良く呑めるのに、水の2㍑は正直きついです。
大腸検査そのものは比較的に簡単なのですが、毎回、この前処置には苦労します。

そして大腸検査をやるたびに、ポリープが出来やすい体質なのか?必ず成長?したポリープを取り除いてもらい、その後に2、3日の安静を言い渡されます。

今回も結果は予想通りです。
Dr.曰く「小さいポリープも含めるとかなりありましたよ!小さめのポリープは無視。5㍉以上あるポリープを6個程取らせてもらいました。結構、大変でした。」と。

そして「2日間位は消化の良い食事を」これも予定通りです。
仕方がなく夕食はおかゆをいただきました。

正直、食事はどうでも良いのですが、当然、飲酒も厳禁!
夏です!こちらの方がきついです。

明日からお盆の入りです。
良い機会です、普段まとめものが出来ない作業に精を出すことにしましょう。
二日くらい静養を兼ねて家でおとなしくしていることにします。

2017年8月11日 (金)

今日の食事です

元々、食事に関しては大きな関心がある訳でもないのですが、それでも美味しい食事はいただきたいと思います。
明日は地元のクリニックで大腸と胃カメラの検診日です。

過去、何回となくこの種の検診を受けていますが、総合病院での検診だと全て病院に行ってからの処置になります。
食事にしても消化の良い食事を前夜の午後8時前までには済ますようにと言った内容だけだと思いました。

今回は前日の食事に摂るようにと写真のレトルト食品を渡されました。

最近は検査専用食として、この様なものまで出ているんだと感心しながらが食べましたが・・・・・・?
正直、美味しくありませんでした。

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2017年8月10日 (木)

【大磯今昔・伊藤博文1】(Vol.4)

大磯町観光協会副会長、通称「あこちゃん」のシリーズです。

【15.07.27】掲載文
「大磯今昔」のあこちゃんです。
シリーズ2回目は、イ行の伊藤博文公を取り上げます。

私が「大磯今昔」を語りたいと思ったのは、日本の近代を作った多くの方達が、大磯に別荘をもち、本宅を構えた。
当時の旅館に宿泊し、書を書き、歌を歌い、そして我が国の基盤となった、政治、経済を語り、今の日本を作った。
その人達の足跡がどれだけ多くあるか?
又、どれだけ多くの姿を消してしまったか?
少しでも、忘れられないうちに皆様にお伝えしたい。

そして、大磯初めて物語がいっぱい有る事。
又、初代~の方がいらした事か?

その筆頭が、伊藤博文公です。
  *初代総理大臣
  *初代枢密院議長
  *初代貴族院議長
  *初代韓国統監   等々

幼名は、利輔、利助、後に俊輔。
今、大河ドラマ「花燃える」に出ているのは、利助の時の彼かな~。
写真は、今現在の滄浪閣の石碑、大磯図書館所蔵伊藤公のお顔です。
では、次回に続く。

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2017年8月 9日 (水)

「無用のロス」なんですね?

08097月21日に南鳥島付近で発生した台風5号は、今日の午前3時に東北の日本海側沖合で温帯低気圧に変わりましたが、18日と18時間を台風としての勢力を保って史上3位の長寿台風を記録しました。
これまで統計がある昭和26年以降で約1700余りの台風の記録があるそうですが、その中で3番目の記録というのですから印象に残る台風です。
左の画像はtenki.jpから借用しましたが、それにしても随分と迷走したものです。
2週間前の「なぎさの祭典」の開催も心配させられました。

その台風5号が去って、朝から真夏の太陽が久しぶりに顔を出してくれました。
今度は、全国で猛暑日を記録するところが続出です。言いたくないけれど「暑い!」です。

さすがにこれだけ暑いと案内所を訪ねて来る人が少ないです。
電話も少なく、久しぶりに仕事に集中できました。

事務所には仕事に行っているのですから当たり前のことですが、来館者がまとまって来ると基本的に案内業務は一人で対応していますので、事務作業を中断して案内業務のサポートに入らざるを得ない状況になります。

中断した作業を再開するためには、結構負担が掛かるものです。
何かのニュースで読んだのですが「一度中断した作業に戻るには平均で23分15秒かかる」そうです。
これを1日4回繰り返せば1時間半位がロスになってしまう?
これも「無用のロス」?なのでしょうかね!

2017年8月 8日 (火)

【大磯今昔・浅野総一郎3】(Vol3)

大磯町観光協会副会長、通称「あこちゃん」のシリーズを連載しています。

【15.07.20】掲載文
「大磯今昔」のアコちゃんです。
浅野総一郎さんを図々しくも語らせて頂き、今回がシリーズ最終回です。
次回は伊藤博文公へと続きます。

浅野総一郎さんは、人生のスタートは挫折の繰り返しでした。
今の私達に彼は失敗を恐れて何もしないより、立ち上がれば必ず結果が付いてくることを、教えてくれた人だと思います。

自分自身が生きる事より、日本の国がこれから先、100年、1000年を見据えての仕事をして来た人でした。

最後の仕事になったベルリンで、体調を崩し、帰国後、大磯の別荘で静養しますが、食道癌である事が解った時(当時は、癌宣告は死を意味していた)、彼は何と言ったと思いますか?

「それは大変だ、仕事を急がねば」と、東京の自邸に戻り、命つきるまで仕事に打ち込みました。

昭和5年(1930年)11月9日午前零時52分、83歳
「死んだ後まで、社会に益す」の言葉を、残し亡くなった。

写真は、お身内が最後まで残していた400坪の別荘跡の1部です。

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2017年8月 7日 (月)

大磯の魅力発見ウオーク

0807今年も深まりゆく秋の一日に「大磯の魅力発見ウオーク」を実施します。
本年度第1回目の部会を開催しました。

例年と同じように4コースを設定しますが、私たちにはコース上に広がるのどかな農村を思わせる田園や山々です。

しかし、四季を通じて山々の彩りが刻々と変化していきます。
そして、作物や果実の実り具合の移ろいを見ていると、とても心和む風景になるのも身にしみて感じているのも事実です。

日頃から見慣れた風景に身を置いている私には当たり前の風景ですが、都会人が感じる原風景は、一人一人の心の奥にある個人の歴史を思い起こしながら懐かしさの感情を感じてもらうのが原風景だと思います。

参加者には大磯を散策し、実際の風景を見ながら幼少の頃の懐かしい記憶を呼び起こすことの出来るようなコース、おもてなしが出来る事業に出来れば良いなと思い、皆さんと協議をしました。

2017年8月 6日 (日)

無用の用第2弾

木曜日にデスク周りの配線がすっきりしました。
そうすると目の前に日々成長していく書類の山が気になります。

台風5号の影響もあり駅前の混雑がいつもの日曜日と違って少ないような気もします。
来館者も少ない、電話の問い合わせも少ないと決め込んで書類の取り崩し作業に掛かりました。

すっきりしました!
無用の用第2弾が終了しました。

これで今週はすっきりとした環境の中で仕事に取り組むことが出来ます。(はずです。)
こうした仕事の中にも「無用の用」は必要だと思っています。

まして人間社会の中で「必要とされない人間なんていない!」と思うことも大切だと思います。

「無用の用」の元は、老子の思想に基づくことわざです。
その、老子思想の中核である「道」も、目には見えないものです。
しかし、それでいて確かに存在しているはずです。

だから、所詮、人が人に対して下す評価など絶対的なものではありません。
だから「用」だの「不用」だのという評価に流されず、自分の道を進んでいくことが大切だと思います。
これもストレスを溜め込まない、一つの方法論だと思っています。

2017年8月 5日 (土)

【大磯今昔・浅野総一郎2】(Vol2)

【15.07.13】掲載文
こんにちは、あこちゃんです。
前回からの続きで、大磯にゆかりのある浅野総一郎を語ります。

損一郎とまで言われた彼は越中国を裸一貫で上京、お茶の水の名水に砂糖を入れただけの「水売り」から再出発。この発想も凄いね、懲りないのよ。
更に元手金ゼロで次なる事業を始めます。
常に情報をキャッチして、次々と商売の幅を広げ「廃物の運用」を仕掛けていきます。

そんな彼と、大磯の関係は何時頃だったのでしょうか?
王城山の麓に別荘を構え(現在は安田不動産大磯寮)たのは、明治26年頃、事業が上手くいったら静養に、事業に行き詰まったら「北山南海」の大磯の気候風土に癒されました。

本当に骨身を惜しまず日本の将来を考えた人でした。
そして、未来の子供達の育成も考え浅野学園を設立。

先週の土曜日に、浅野学園の丘の上に建つ彼の銅像、鶴見の総持寺のお墓を訪ねました。
偶然にそのお墓で、三女のお孫さんにお会いする事が出来、彼の苦労話しを生で聞く事ができ、鬼の目にも涙です。
涙で曇りましたので、このお話の続きは次回「完結編」で!

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写真は、浅野総一郎、安田不動産大磯寮、銅像、お墓です。

2017年8月 4日 (金)

【大磯今昔・浅野総一郎1】(Vol.1)

(公社)大磯町観光協会ではHPを始めFBでも色々な情報を発信しています。
その中で月曜日にFBを担当しているのが副会長の通称「あこちゃん」です。
大磯にゆかりのある方々を「あいうえお」順で掲載してもらっています。
残念なことにFBだと記事が流されてしまい時系列で見ることが出来ません。

取り敢えず私のブログにシリーズでアップすることにしました。
カテゴリーの「大磯今昔」にまとめますのでご関心のある方は是非ご覧下さい!
(明らかな誤字等を除いては彼女の原文通りにアップします。)

【15.06.29】
はじめまして、あこちゃんです。
これからシリーズで【大磯今昔】を投稿したいと思います。

明治以降の大磯は、日本屈指の別荘地でした。
最盛期には、240軒以上の別荘が建ち並び、政界財界をはじめとする著名人が訪れていました。
その頃の大磯ってどんな風だったのか?ちょっとだけタイムスリップしてみましょう。

たとえばこんな道路、国道と同じ11メータ道路が閑静な住宅の中に有ります。かってその先には、浅野財閥の始祖「浅野総一郎」の別莊が有りました。当時は、大磯で一番早く桜が咲く、素晴らしい景観で「一目千本の景」と言われました。

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この浅野総一郎については、次回のお楽しみ!

2017年8月 3日 (木)

無用の用「事務所の整理日」

以前からデスク周りの配線を含めて事務所のネットワークが複雑でトラブルが発生した場合に迅速に対応できない不安を抱えて2年間が過ぎてしまいました。

今日は、クラサバを導入した業者にお願いをして気になっていたたこ足配線等を含めて無駄な配線を簡略にまとめてもらって解消できました。
気持ちが良いです!これで気持ちも新たに仕事をすることが出来ます。

それでも片付いたのは自分のデスク周りだけです。
肝心の観光案内所の全ての片付けが出来ません。

365日(年末年始の6日間を除く)案内所を開いて、来磯者の応対を含めてサービスに当たっているのですが、月に1度程度の整理日等を設けないと、結果的にサービスの低下になってしまうのではないかと懸念しています。

頻繁にお客様が出入りしている中での整理整頓は厳しいものがあります。
資料等の入れ替えや、日頃からの整理が行き届いていないと、過去の資料やバックナンバー等を探そうとすると、探すのに大変な要してしまいます。
それだけ、お客様を待たせる結果になります。
この段階でサービス業としては失格です。

不要と思われるゴミ?も人によっては重要な資料かも知れません?
ですから事務所内の片付け等は全員が揃ったところでやらないと、根本的に片付きません。

無用の用「事務所の整理日」が必要そうです!

2017年8月 2日 (水)

卒論ですか?懐かしいです!

観光が脚光を浴びている?
それも若い方の関心が高まっているのか、このところ大学生、院生の卒業論文のヒアリングに三人の相談に乗っています。

美大・教育学部系に建築系と分野は様々で、それぞれの切り口から観光を見てくるので、私にとっても非常に新鮮味があります。

さらに高校生が夏休みのグループ発表のテーマで大磯を取り上げたいと、こちらは夏休みの宿題のお手伝いと、イベント明けは変な忙しさに戸惑っています。

それでも若い方が真剣にヒアリングされると力が入ります。

卒論か。45年も前の話ですね。
テーマが「1970年代の価格決定の理論」?だったと思います。
夏から秋にかけて原稿用紙と向き合っている自分もあったんだと懐かしく思い出します。

2017年8月 1日 (火)

「いそっこ海の教室」2017

2005年から始まった「いそっこ海の教室」も13回目を迎えました。
台風5号の影響も心配されましたが無事に終了することが出来ました。

スノーケリング・アウトリガーカヌー・ボディーボード&ライフセービング教室・ラフティング&SUP教室と「漁業体験」で稚魚の放流・定置網見学・魚さばき方教室の内容で実施しましたが、毎年募集と同時にほぼ定員に達する人気事業です。

久しぶりに乗船して沖に出てみました。
懸念されていたうねりもなく20組の親子にマダイの稚魚の放流をしてもらいました。
参加者の皆さんはそれぞれ夏休みの良い想い出になったことと思います。

そして終了間近に雷雲に見舞われて、土砂降りの中で帰途につきましたが、これも印象深い一日になったことと思います。

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