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2017年8月 8日 (火)

【大磯今昔・浅野総一郎3】(Vol3)

大磯町観光協会副会長、通称「あこちゃん」のシリーズを連載しています。

【15.07.20】掲載文
「大磯今昔」のアコちゃんです。
浅野総一郎さんを図々しくも語らせて頂き、今回がシリーズ最終回です。
次回は伊藤博文公へと続きます。

浅野総一郎さんは、人生のスタートは挫折の繰り返しでした。
今の私達に彼は失敗を恐れて何もしないより、立ち上がれば必ず結果が付いてくることを、教えてくれた人だと思います。

自分自身が生きる事より、日本の国がこれから先、100年、1000年を見据えての仕事をして来た人でした。

最後の仕事になったベルリンで、体調を崩し、帰国後、大磯の別荘で静養しますが、食道癌である事が解った時(当時は、癌宣告は死を意味していた)、彼は何と言ったと思いますか?

「それは大変だ、仕事を急がねば」と、東京の自邸に戻り、命つきるまで仕事に打ち込みました。

昭和5年(1930年)11月9日午前零時52分、83歳
「死んだ後まで、社会に益す」の言葉を、残し亡くなった。

写真は、お身内が最後まで残していた400坪の別荘跡の1部です。

170808

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