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2015年11月23日 (月)

続 新内 吉田茂

大磯英美都(えいみつ)の会と(公社)大磯町観光協会との共催による「続 新内 吉田茂」を大磯駅前の「海の見えるホール」で開催しました。

1123昨年も実施したのですが、好評だったために今年も実施しました。

お陰様で200名収容のホールは、ほぼ満員の盛況でした。

吉田茂は、四国で生を受け吉田健三氏の養子になったものの9歳で養父の健三氏が逝去し、少年期に莫大な遺産を相続しました。

東京帝国大学を出て外務省に入省し、外交官時代に太平洋戦争が勃発。

終戦直後に外務大臣を経てからの政治家、吉田茂はサンフランシスコ講和条約締結から終戦後の日本の復興まで駆け抜け、引退してから昭和42年10月20日に亡くなるまでの大磯暮らしの様子を三味線の音に乗せて新内で吉田茂の生涯を歌い上げていただきました。

GHQを「金はアメリカに任せて、日本は復興に精を出せば良い。この時代番犬くらい飼っていても良いだろう!」

吉田茂
「GHQって何の略なの?」

マッカーサー
「GHQとはGeneral Headquartersの略であって・・・・・。」(それは説明するでしょうね)

吉田
「Go Home Quicklyの略かと思ってた!」

これには、マッカーサーも「???」になるでしょうね。

晩年は「吉田さんいつまでもお元気ですね?」と記者から問われれば、
「君ね!食べているものが違うから?」
「何を食べているのでしょうか?」
吉田曰く「僕は人を食っているから」と。

吉田茂の人気は、ユーモアセンスがある日本人には珍しいタイプの政治家であり、イギリス仕込みのブラックユーモアで敵将とも渡り合えるセンスだと思います。

これらは最高のブラックユーモアだと思います。
こうしたところに人を惹きつける力があるのだと思います。

来年は旧吉田茂邸の再建が出来る予定です。
どのように運営していくのか、まだまだ不明なことが沢山ありますが、大磯にとっては貴重な財産になることだけは間違いありません。

吉田茂の名言となると自衛隊を組織した際の

「君達は自衛隊在職中、
  決して国民から感謝されたり、
  歓迎されることなく
 自衛隊を終わるかもしれない。

  きっと非難とか
 叱咤ばかりの一生かもしれない。
  御苦労だと思う。

  しかし、自衛隊が国民から歓迎され
  ちやほやされる事態とは、
  外国から攻撃されて国家存亡の時とか、
  災害派遣の時とか、
  国民が困窮し国家が混乱に直面している
  時だけなのだ。

  言葉を換えれば、
  君達が日陰者である時のほうが、
  国民や日本は幸せなのだ。
  どうか、耐えてもらいたい。」

ここのところ俄に自衛隊の出番が出ざるを得ない周辺諸国の動きが気になるところです。
吉田が望んだように「自衛隊が日陰者」の存在であることを望みたいものです。

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