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2015年6月11日 (木)

宮崎県「日南市・飫肥」と曽我物語

九州の小京都と呼ばれる宮崎県「日南市・飫肥」
昭和52年に重要伝統的建造物群保存地区に選定され、商人町通りには樽を店頭に置いた商家や、格子に壁燈籠、番傘を飾った商家が軒を連ね、町を流れる堀割の清流など、江戸時代を彷彿とさせる町並みが楽しめる街です。

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ここの初代藩主は伊東祐兵(すけたけ)なのです。この伊東氏は工藤祐経(すけつね)の子孫にあたります。

工藤祐経の名前が出てくると自然と「赤穂浪士の討ち入り」と「伊賀越えの仇討ち」に並ぶ、日本三大仇討ちの一つである「曽我兄弟の仇討ち」を思い出します。

「曽我兄弟の仇討ち」は曾我十郎祐成と曾我五郎時致の兄弟が父親の仇である工藤祐経を討った敵討ちです。

そして曾我十郎祐成と聞けば、彼を生涯ただ一人、この曽我十郎祐成を愛し抜いた虎女「虎御前」を思い出します。

何度か虎女についてはブログにアップしましたが、大磯には曽我十郎祐成より事前に敵討ちを打ち明けられていた虎女の伝説に関わる地がたくさんあります。

「曽我兄弟の仇討ち」があったのが1193年5月28日のことです。
そして、伊東祐兵が400年ほどの時を経て日向国飫肥藩初代藩主に入ったのが1568年。

昨日のブログと同様に私が最初に飫肥を訪ねたのが1968年です。
正に伊東祐兵が日向国飫肥藩初代藩主に入って400年目の時だったのです。

当時はこの様な歴史には全く興味もなく「鄙びた街だな!」との想い出しかありません。

それが更に半世紀を経て、こうした思いで観る「日南市・飫肥」が非常に身近に感じたのは言うまでもありません。

だから「旅」って面白いのだと思います!

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