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2014年6月

2014年6月30日 (月)

相模湾のクルーズツアー

クルーズツアーと言うと、まず思い浮かべるのが地中海やカリブ海などの外洋のクルーズをイメージすると思います。

最近では日本近海を周遊するクルーズするツアーのプランも色々と販売されています。
もっと、身近なケースでは、ランチクルーズやディナークルーズなどで花火大会等を組み合わせたツアーを始め、一泊二日、二泊三日程度のクルーズもあります。

今や、クルーズは半世紀前からの二地点間の移動を行う海運業から純粋にレジャー・観光を目的とした船旅を対象としたホスピタリティ産業に変化をしてきています。
そして、限られた富裕で高齢の退職者だけに許される贅沢な旅という、定期船時代から引きずってきたクルーズのイメージは現在では一変しています。

航空会社と船会社の提携によるAir/Sea型主流になってきています。

私たちが模索しているのはもっともっと小さなクルーズなのです。
遊覧に近いイメージかもしれません。
そもそも、現在ある港を拡張しなければ、外洋を航海するような大型船が着岸できません。

従って私たちの目指すのは Drive/Sea型 観光です。
普段は海に馴染みのない所にお住まいの方に、圏央道や相模縦貫道も完全ではありませんが一部が開通もして高速道路網も整備されたきました。
この高速道の開通を活かして、大磯までドライブで来ていただき、車で訪れたことがあっても、海上から相模湾の違った姿を見ることができるツアーを模索しています。

そして相模湾の新鮮な地上がりの魚を食していただき、普段は鑑賞できない歴史的建造物を拝観できるようにすることにより付加価値を高め、相模湾の横断の手段の一つとして船を利用し、二泊三日をゆっくりと過ごすことの出来るクルーズツアーの可能性を大磯町商工会・葉山町商工会・真鶴町商工会と検討しています。
そろそろ具体的に動かなければと気持ちだけが前に行っています。

2014年6月29日 (日)

来週は大磯海水浴場開き

大磯海水浴場は明治18年(1885)年に初代軍医総監を務めた松本順によって開設されたオープンしてから、今年で130年を迎える、日本で最初の海水浴場です。
来週の7月6日に海水浴場が開場します。

今年は130年を記念して海水浴場開設期間中、ビーチテニスコートを4面常設します。
海水浴だけではなく色々な楽しみ方が出来ます。

日本の海水浴場の先がけになったのが、イギリスのロンドン市郊外にあるブライトンです。
1750年ころリチャード・ラッセルが医院を開業してからロイヤルリゾートが形成され、1841年にはロンドン~ブライトン間に鉄道が開通してからは大いに保養地として賑わってきました。

ここを岩倉使節団が訪問、視察したのが1872年のことです。
それから10数年を経た1885年に松本順氏により大磯海水浴場が開設されました。

今日はそのブライトンに行ってきたと言う方からポスターをいただきました。
品の良いポスターです。
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本場イギリスも日本最初の海水浴場の大磯も、海水浴場は健康から始まりました。
私には医学療法等のことは良く分かりません。
しかし、大海原をゆっくりと見つめながら過ごす時は心の安らぎになることだけは、小さい頃から海に育ててもらった一人として良く理解出ます。

昨日、圏央道も開通しました。
湘南海岸がぐっと近くなった方も多いと思います。
是非、大磯に足を運んでみて下さい。

2014年6月28日 (土)

圏央道、相模原愛川~高尾山間が開通

圏央道の相模原愛川~高尾山インターチェンジ間の14.8㎞が開通しました。
新区間の開通により東名高速と中央道、関越道が都心を通らずに結ばれ、都心の渋滞緩和が期待されています。

埼玉県や群馬県を始め長野県等から湘南の海へのアクセスが格段と身近になりました。
周辺の市町村では北関東を中心に観光PR等を盛んに仕掛けていましたが我が町は?

この圏央道の開通の開通を視野に入れて「大磯市」等のソフト事業を4年前に始めましたが、これだけでは大きな魅力になりません。

当年度中に東北自動車等とも繋がる様になるでしょう!
このまま、なにも手掛けずに、手をこまねいていれば大磯町も通過されるだけになってしまうでしょう?

個人的にはふらっと出かけるには西方面ばかり出掛けていましたが、都心を通らずに北に行くことが出来れば行動範囲がぐっと広がります。
そうした面では圏央道の開通を待ち焦がれていた一人ですので、嬉しいニュースでした。
早速?????

2014年6月27日 (金)

東海道シンポ東京・神奈川ブロック会議 in 藤沢

0627_in東海道シンポジウム、東京・神奈川ブロック会議が藤沢市民会館で開催されました。

各宿場から70名程の参加がありました。
9月には東海道シンポジウム藤沢宿大会を控えていることが盛り上がっている要因の一つだと思います。

しかし、このブロック会議の繋がりの強さはどこにあるのでしょうかね?
何処にも事務局がある訳でもありません。
会則もありません。従って会費等もありません。
会員?それも運営している一人である私にも分かりません。

それでいて1年に3回から4回ほど、定期的にこのように開催されていくのですから不思議な会なのです。
参加している人の共通点は「東海道」のみ。
参加者一人一人に「東海道」に対する思いがあることだけは確かなのです。
これが「東海道」の持つ魅力なのかもしれません。

会議終了後の懇親会では新たな出会いに接するのも楽しみです。
会議に間に合わなかった鈴木藤沢市長も駆けつけてくれました。
今夜も楽しい話を肴に美味しいお酒をいただけました。

2014年6月26日 (木)

いそっこ海の教室10周年

町に住む子ども達を主体に“大磯の海”についての正しい知識/活動に関する社会教育の支援をしている、「いそっこ海の教室」が今年も開催されます。

今回で第10回を迎える本イベントは、子供たちに海をもっと好きになってもらい、美しい海を未来に残すための意識を高めてもらうことが目的としています。

是非、夏休みの一日を親子で参加してみてはいかがですか?

○日 時:2014年8月4日(月)
     8:00 ~ 16:00
    ※予備日 8月19日(火)
 
○集 合:大磯港港湾管理事務所前 受付7:30~

○参加費:2,200円(保険・食事代込)

○募集対象:小学3年生以上
      (大人も参加可)
○コースと募集人数
 スノーケリング教室              (35名)
 アウトリガー・カヌー教室       (20名)
 ボディーボード教室              (25名)
 ヨット教室(+漁業体験)           (20名)
 ラフティング教室                  (28名)
 サバイバルセルフレスキュー (30名)

○事前説明会
 日時:2014年7月27日(日)
     14:00~16:00

○場所:大磯郷土資料館
○申込方法
     2014年7月1日~7月25日までにホーム
     ページまたは官製はがきで参加希望コース・
     氏名・住所・連絡先電話番号・生年月日を
     明記 (スノーケリング希望の場合は、身長,
     体重,足のサイズも明記) の上、お申し込み
     ください。官製はがきの場合は下記の住所
     までお送りください。
 (あて先) 〒255-0003 大磯町大磯1398-18
      大磯港港湾管理事務所

○お問い合わせ
       「いそっこ海の教室」実行委員会
       (蒲原)090-4743-3005
○掲載ホームページ
       大磯だいすき倶楽部
       http://www.oiso-odc.com/

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2014年6月25日 (水)

終わった日本の挑戦 世界の壁は厚かった!

世界との差をまざまざと見せつけられ、日本の挑戦は終わりました。
1次リーグ突破へ向け、ブラジルでの第3戦が幕を開けました。突破への最低条件は、目の前の敵、コロンビアに勝つこと。
そして同時スタートのギリシャVsコートジボワールの結果を待つしかない日本。
最初から「奇跡」に近い試合でした。

前半17分にPKを決められ、痛恨の失点を喫するが、その後も積極的にゴールを目指し突進。
ロスタイム、右からの本田のクロスを岡崎がダイビングヘッドで決め、同点に追い付きハーフタイムに。

後半も攻める姿勢を貫き、日本のスタイルをようやく見せ始めたが世界の壁は余りにも厚かった。
ミラクルは起きませんでした。

サッカーは、世界の中での位置を把握するのが難しい競技です。
他のスポーツのようにようにタイムなど記録がある競技なら、客観的に判断も出来ます
毎年のように世界選手権があれば、実力を知る機会もあるのですが、サッカーの「本番」は4年に1度。
W杯でしか、本当の力が分からない。

最終的にはFIFAランクのC組の結果はランク通り。
日本はやはり最下位でした。

こうして日本のW杯ブラジル大会は1分け2敗で終わりました。

2014年6月24日 (火)

「日本一住みたい町」への遠い道のり!

新たな観光の核づくり推進協議会で「大磯ブランド戦略部会」を立ち上げました。
町民レベルで案を創り上げることに意義があります。

観光の原点は先に外から人を呼ぶことを仕掛けるのではなく、町民が自らの周りの環境を活かし、愛着を持って活き活きとしたライフスタイルを創造できる町にすることだと思います。
誇りを持てる要素「これぞわが町の誇り」「日本一住みたい町」に。
そして、これが町のブランドになるのではと思います。

今年の3月に起きたベビーシッター事件では、大きな波紋を呼びました。

「インターネットで見ず知らずの人に簡単に自分の子供、しかも2歳の幼い子を預ける母親の神経も首を傾げざるを得ない。」
「ひとり親で」「近所に知人などもおらず」「経済的に困窮している」方もいる。
それぞれの立場から色々な意見が交わされました。

専業主婦があたりまえの高度成長期は、保育を近所の人々でやりくりするのが普通でした。

「今週末に子どもを預かっていただけますか?」
甘える勇気からはじまる、地域の絆。
このキャッフレーズは島根県隠岐島にある小さな町「海士町」のまちづくりのために「一人でできること」のコラムに記載してある内容です。

Iターンで海士町に住むようになった夫婦共働きで二人の子どもを育てている方の悩みです。
保育園が休みの時に取ったご夫婦の選択は「甘えること」でした。

知り合いのご近所さんの「何か困ったことがあったら言ってね」という言葉に「甘える」ことだったのです。今では2軒の家庭でかわるがわるに面倒を見てもらっているとのことです。
預けた子どもを引き取りに行くと「次はいつ来るの?」と。

この言葉が「また頼んで良いんだ!」との考えになったそうです。

どこでもありそうな話だと思います。
しかし、様々なサービスもお金で買える時代です。
それだけに、こうしたコミュニティが成り立つ町って素晴らしいと思いません?
こうした、一つ一つの積み重ねが「住みたい町」の実現に近づくと思います。

2014年6月23日 (月)

沖縄「慰霊の日」

沖縄は23日、太平洋戦争末期の沖縄戦から69年の「慰霊の日」を迎えました。
最後の激戦地となった沖縄の糸満市では戦没者追悼式が開かれました。
毎年8月15日の終戦記念日が近づくと平和への大切さが身にしみる時期です。

昭和20年の沖縄戦では、住民を巻き込んだ激しい地上戦の末、犠牲者は20万人を超え、県民の4人に1人が命を落としました。
終戦の前年の昭和19年には沖縄から疎開学童等乗せた対馬丸が米潜水艦のの攻撃を受け沈没し、犠牲者数1,476名の命が失われてもいます。

安倍総理は、沖縄戦の犠牲者に哀悼の意を捧げたうえで「基地の負担をできるかぎり軽くするため、『できることは全て行う』との姿勢で全力を尽くす」と述べました。
普天間基地の移設計画を巡り、政府は去年、仲井真知事が名護市辺野古沿岸部の埋め立てを承認したことを受け、移設に向け手続きを進めていますが、沖縄県内には県外への移設を求める意見が根強くあります。
戦争が残した悲しみや、今に続く重い基地負担と向き合う沖縄は今日一日、平和を願う祈りに包まれました。

そんな中で、石垣市立真喜良小3年の増田健琉(たける)君の「空はつながっている」と題した詩に感動しました。

世界の至る所で紛争も続いています。
平和は人類の永久の「テーマ」なのでしょうか?

2014年6月22日 (日)

「ボウリングの日」「つきやま」「日中友好コンサート」

今日、6月22日は「ボウリングの日」なのです。
昭和40年代半ばに中山律子プロを始めとする女子プロ選手の活躍により、戦後にボウリングが始まったと思われている方も多かろうと思いますが、実はボウリングの歴史は文久元年(1861年)6月22日に長崎で発行された英字新聞にボウリング場の新装開店の告知が掲載されているのです。
このボウリング場が日本で最初のボウリング場であると思われるため、社団法人日本ボウリング場協会が昭和47年にこの日を「ボウリングの日」と定めているのです。
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大磯町ボウリング協会の定例会がありました。
午前中のプレーは腰に大きな不安を残す私には傍観者です。
今日も来月の4市2町親善大会の予選会を兼ねていますので、ボウリングの日に相応しい熱戦が繰り広げられました。

「大磯全体を市(いち)にしよう!」というコンセプトで始めた「大磯市」
毎月第3日曜日に開催している大磯市ですが大磯市出店作家等によるセレクトショップが21日に誕生しました。
大磯駅から2分足らずの、大磯らしい小径、路地に佇む古民家を改装してしたショップ「つきやま」です。
こうした広がりが「大磯市」の目指すコンセプトです。
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そして今日の締めは「第2回国境を越えよう 日中友好コンサート」で海の見えるホールに行きました。
昨年に引き続き、二胡、ピアノソロの連弾を堪能しましたが、揚琴とピアノとの連弾は始めて聞きました。
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きっと音色を聞く限り、過去に(女子十二楽坊で見たことある?ような)聞いたことのあるような気もしますが、とにかく目の前で揚琴の生演奏を聴くのは初めてです。
弦が140数本あるそうです。
音を合わせるのが大変でしょうね?
揚琴の音は柔らかい音色で、ピアノの音色と溶け合う演奏に、とても良い時間を過ごさせてもらいました。

2014年6月21日 (土)

果てしなく続く網戸対策?

梅雨の期間中にある夏至は太陽の恩恵を受けることは少ない時期です。
今日はちょっとだけ雲間から太陽も顔を出してくれました。

蒸し暑いこの時期には窓を全開にして外の気持ちの良い空気を思い切り取り込みたいのですが、愛猫タマの好奇心は収まることを知らずに、どんどんとエスカレートをしてきます。

網戸だけにしておくと、スライドさせて開けてしまいます。
網戸を開かないように固定をしておくと、今度は頭突きで網戸を破って顔を出して涼しい顔をしていますし・・・・・?

今度の新兵器は、網戸の前に網を置き、そこに竹風鈴を付けてみました。
これがどれだけ役にたつのでしょうか?
タマとの知恵比べは果てしなく続きそうです。
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2014年6月20日 (金)

利用されない本が一冊

0620_2テーブルの脇に数冊の本が雑然と出ています。
手の届く範囲にその本はあります。
その他、煙草に灰皿、スマホと、とにかくリクライニングチェアーの周りに集まっています。

そして目の先に本箱があります。
歴史の本は手元と本箱を場所を変えているのですが、ここ数年間、場所を全く変えることのない一冊の辞書があります。

「広辞苑」は岩波書店が発行していて出版以来版を重ね、国内はもとより海外の社会情勢や約3,000点の図版、地図などを収録し、百科事典も兼ねる働きを持っている国語辞典です。

IT時代と言われる現在は辞書の引き方が大きく変わりました。
日本語も社会の変化を受けて影響を大きく受けます。
言葉は文化です。広辞苑は言葉の移り変わりがきちんと反映されているのも伝統です。

それにも関らず本箱に放置されたままの「広辞苑」
私の本箱にある広辞苑は第2版の昭和47年発行ですから、もう40年以上も愛読?している のです。

たまには手にしてあげなければと、久しぶりに手元に置きました。
しかしです。燈火では見にくい。字を読むことが出来ません・・・・・?
これも時代の移ろいでしょう?
そして分からない言葉をパソコンに頼る今夜でした。

2014年6月19日 (木)

グランド外の栄誉をピッチ上での勝利に!

FIFAランク1位の2連覇を狙ったスペインが1次リーグ2連敗でまさかの敗退が決定。
前回優勝チームの1次リーグ敗退は、10年南アフリカ大会のイタリアに続いて2大会連続になります。

大事な緒戦のコートジボワール戦を落とした日本チームは背水の陣で、明日のギリシャとの第2戦に臨みます。ともに14日の初戦で敗れているので、決勝トーナメント進出へ負けられない一戦となります。

確かにワールドカップで大事なのはピッチ上で勝つことです!

15日(日本時間)のコートジボワールでの終了後には雨の中でびしょ濡れになりながら試合に敗れた日本の選手たちがサポーターのもとへ行き、感謝をするという光景は私たちにとってはごくごく当たり前の光景が、世界の中にあってはきわめて感動的な光景に映ったようです。

数多くのブログやニュース記事、フェイスブックやツイッターの投稿などでそのことが強調されていました。

しかし、それ以上に大きく世界に広がったのは、試合終了後に観客席でゴミ拾いをしているサポーターたちの姿でした。
1998年のフランス大会初出場以来、日本のチームとサポーターはスポーツ文化の良い面を世界の舞台で当たり前のように届けてきたのです。
前回の試合はこうして日本のサポーターが世界に大きな感動を与えてくれました。

明日のギリシャ戦ではピッチ上で日本のイレブンが躍動する姿を見たいものですね!
不安は一つ?
私が余り入れ込むと?????なので、ちょっとだけ心配なのです。

2014年6月18日 (水)

通勤時の小径

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事務所の車両が複数台になってから、毎日の通勤が徒歩に変わり3ヶ月が経ちました。

車で通勤している時には季節の移ろいを感じることが出来ませんでしたが、徒歩通勤になると山の樹木の変化や、風の冷たさや、爽やかさの変化を肌で感じることが出来ます。
至る所で紫陽花が咲き誇っています。
帰り道には寄り道をして、遠回りをしながらの帰宅も良いものです。

何より、周りの景色を見ながら、今日一日やるべき仕事の整理が出来ることが最高の幸せです。
そしてお気に入りの小径に差し掛かると自然と集中力が高まってきます。

さあー、今日も一日、精一杯頑張ることにしましょう!

2014年6月17日 (火)

第26回なぎさの祭典「夏!!大磯!!祭!!」

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今年のサマーコンサートは
          岩崎良美&石川ひとみ

 
 日 時:7月26日(土) 17:00~20:30
     16:30 開 場
     18:15 開会式
     18:30 サマーコンサート
     20:30 花火打上げ

 会 場:大磯港内県営駐車場特設ステージ
 主 催:なぎさの祭典実行委員会
 共 催:(公社)大磯町観光協会・大磯町・大磯町商工会

当日は、できるだけ公共交通機関をご利用ください。

※荒天の場合 1週間延期で
       8月2日(土)19:30~花火大会のみ実施。

2014年6月16日 (月)

私の関連するイベント情報

7月13日(日) さかなの朝市
       整理券配布 午前8時 販売開始 午前9時

 
   20日(日) 第47回大磯市
       17:00 ~ 20:30 大磯港

   26日(土) 「第26回なぎさの祭典 夏!!祭!!大磯!!」
       18:30 ~ サマーコンサート
       20:30 ~ 花火

2014年6月15日 (日)

「大磯市」祝勝会が残念会に?

午前10時に日本とコートジボワール戦がキックオフ。
いつもの第3日曜日では、開始直後で賑わっている「大磯市」の時間帯です。

W杯の日本代表チームを応援して「勝利を皆で分かちあおう」と今月から夜市に変更した「大磯市」でしたが・・・・・?

前半に本田の先制弾で日本中(多分)がフィーバーした前半から、後半の19、21分に共に右サイドからのクロスからヘディングシュートを決められ、2分間で逆転負けの結果に、今度は日本中が重たい空気に包まれました。

大事な1次リーグ初戦でのリード。
「守りきろう」という意識が芽生えたのかな?
そうだとしても自然の成り行きかもしれません。

それにしてもコートジボワールで途中出場したドログバの存在感は凄かったですね。
いつの間にか日本のDF陣は引き気味になっていました。

先制点によるリードが、日本サッカーのスタイルでもある「攻撃サッカー」が貫けなかったような気がします。0615
気持ちを切り替えました。
夜市に変更した「大磯市」ですが大勢の来場をいただきました。
昼間の市と違い、最初からゆっくりと過ごすために来たと思われる来場者で芝生広場は家族ずれや若いカップルで大賑わいです。

滞在時間が長いためか、開催時間中はいつもより多くの来場者で賑わっているような感覚です。
昼間の開催時間より1時間半も短い開催時間の中で4千人弱の来場者に感謝です。

来月は盛夏です。
大磯の夏の黄昏の中で、来場者と共に素敵な時間を共有できれば最高です。
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2014年6月14日 (土)

暗いところから明るい場所が良く見える

湘南ベルマーレがJ2で首位を快走しています。
今日も讃岐に3-1で勝ち、1敗をした後を払拭する3連勝で勝ち点を51に伸ばしました。
続いてくる2位磐田も岐阜に4-0で快勝して同37に。その差は14です。

中田が所属していて天皇杯を勝ち取った頃のベルマーレ時代からJ2に降格してからは、J1に這い上がり定着できずにまたJ2に降格とエレベータが続いています。
今年はJ2から単にJ1に上がるだけを目標とせずに、J1に上がっても上位で戦う姿勢が実りつつある圧倒的な戦い方です。

明日はブラジルW杯で日本がコートジボワールとの初戦です。
日本のW杯への挑戦も1998年のフランス大会まではW杯に出場するのが悲願でした。
それが、5大会連続出場となると、国民も参加出来ることの喜びから勝利を得て、そして予選リーグを突破するのが使命、期待感に変わってきています。

逆境にある時に周りの動きを研究してきた成果がここにきて、ようやく実ってきたのだと思います。

「晦(かい)に処(お)る者は能く顕を見、顕に拠(よ)る者は晦を見ず」
佐藤一斎(言志後録64条)から

暗闇の中にいると明るい所が良く見えます。
明るい所にいると闇の中が良く見えぬものです。
逆境にある時に世の中の人や物の動きがつぶさに視えてくるもので順境の時には視のがしていた人の心や物事に気付くことが多いものである。と言っていました。

2014年6月13日 (金)

ウナギが遠くなりにけり?

昨日、ニホンウナギが絶滅危惧種に指定されたとのニュースがありました。
ここ数年ウナギの稚魚の不漁からウナギを食べる機会がめっきり少なくなりました。

それが世界の野生生物の専門家などで作る国際自然保護連合はニホンウナギについて、近い将来、絶滅する危険性が高いとして絶滅危惧種に指定し、レッドリストに掲載しました。
これにより今後、ニホンウナギの保護を求める国際的な世論が高まることも予想されます。

レッドリストに法的な拘束力はないとのことですので、市場から全く消えてしまうことはないのでしょうが、絶滅危惧種のリストとしては世界で最も権威のあるものとされるため、ニホンウナギが掲載されたことで、今後は国際的な取り引きの規制など保護を求める世論が高まる可能性があります。

関東で食べる「うな重」中京圏に行くと「ひつまぶし」・・・・・。
この様なニュースが流れると余計に食べたくなります。
が、こうした消費の拡大が資源を枯渇させる要因だと分かっていてもね!
複雑なニュースでした。
下の写真は昨秋、東海道シンポジウム宮宿大会に参加した際に寄った、開店前から長蛇の列で繁盛する、名古屋「蓬莱軒」と「ひつまぶし」です。
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2014年6月12日 (木)

サッカーでも日本旋風を期待しましょう!

2014FIFAワールドカップブラジル大会が明日、開幕します。
日本の活躍を期待したいところです。

日本が入っているC組は、下馬評ではコロンビアの力がやや抜けているものの、日本をはじめどのチームにも1次リーグ突破の可能性はあるとされています。

  本命 コロンビア
  対抗 コートジボワール
   穴  日本
  大穴 ギリシャ     ??????

15日の午前中に勝利を勝ち取って、そのために「夜市」にした「大磯市」で幸先の良い「祝杯」をあげるストリーなのですが・・・・・。そうなるでしょう!

MLBでは日本人選手が大活躍です。
ヤンキースマー君は9回に2ランを浴びて完封こそ逃しましたが、完投で両リーグトップに並ぶ10勝目を飾りました。

レンジャーズ・ダルビッシュ有投手もメジャー初完投初完封で7勝目を挙げました。

それにしてもダルビッシュが初完投初完封とは驚きです。
完全試合を後一人で逃した昨シーズン。そして今期にはノーヒットノーランを後一人で逃したり。
後一人で完封、ここで交代をしていたんですよね。
投手の分業化が進んでいるMLBならではのことです。

海外で日本人がこれだけ活躍するニュースは嬉しいものです。
サッカーでも日本旋風が巻き起こることを期待しましょう!

2014年6月11日 (水)

苫小牧~大洗~自宅(2003年6月11日)

色々なイベント等を主催していたりすると、メディア等の取材を受けることは少なくありません。
今日はフランスの雑誌で東海道をレポートしていると言うアリサさんから取材を受けました。
日本人の母とフランス人の父を持つ女性です。

最初から、初対面とは思えない気さくさにこちらの方が圧倒されそう。
まるで昔からの知り合いのように、矢継ぎ早に自分の聞きたいことを質問してくるのにたじたじの思いです。名刺に「通訳」と書いてありました。納得です。本当によどみない流暢な日本語で語りかけてくるのには驚きました。
半日、宿場のことや江戸時代の日本社会のことを話し、とても楽しい時を過ごしました。

4日からアップしてきた北海道旅行記も今夜が最終回です。

0611苫小牧から大洗へは商船三井フェリー「ばるな」です。行きのフェリー「らいらっく」が余りにも良かった為か特等室でもやけに狭く感じます。ちょっと贅沢な愚痴ですが。
それでも海もなぎていて快適な船旅が出来たました。
3日の夜から9日間も時間を取って旅をした銀婚式の旅です。
25年の間には本当に色々のことがありましたが、この様な旅を通して若い頃の苦労を一蹴できる想い出の旅に出来ました。
家族や職場のスタッフの好意を本当にありがたいと思う日々でした。

2014年6月10日 (火)

帯広~苫小牧(2003年6月10日)

今秋に第21回目を迎える予定の「大磯宿場まつり」を今後どのように運営するかをスタッフ役員が集まって協議をしました。
皆さん、手弁当で「宿場まつり」が楽しいからとボランティアで参加してくれる人たちです。

「我れ自ら感じて、而る後に人之れに感ず。」です

諸事、まず己が感動、楽しんで、始めて他人を感動、楽しんでもらえることが出来るのであって、事の形を伝えることは出来ても、その心を伝えることは難しいことです。

組織化させて運営していけと言うミッションは結構ハードルが高いのです。

4日からアップしてきた11年前の北海道旅行記もそろそろ終わりです。
北海道シリーズ七日目の旅日記です。

○コース 帯広(愛国駅・幸福駅)~更別(カフェ12月)~襟裳岬~様似~浦河~新冠     ~苫小牧

帯広から旧愛国駅と旧幸福駅を訪ねる。廃線になって17年ほど経過するのに未だに多くの観光客が来るとのこと。今でも、当時の愛国駅から幸福駅行きの切符はお土産にと非常によく売れるそうです。

幸福駅の旧駅舎の中には訪れる人の願掛けなのか、何十にもメモが張ってあります。我々の世代にはノスタルジーに浸るのでしょうが、若い世代も大勢やって来るとはちょうとした驚きです。
結局、皆、人は誰もが「幸福」な人生を送りたいと思う願望がそうさせるのでしょう。
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しかし、幸福って何だろう?
人、それぞれに価値尺度が違うので一論で語ることは出来ません。
お金? 物を所有するステータス? 時間に、健康に、家庭に、家族に・・・ETC。

広尾に向かうと途中にある更別村と言う小さな村。
国道236号線を走っていると「Cafe12ヶ月」という看板が気になります。

その看板を求めて国道から外れて林の中を走るとそのお店はありました。カシワ林の中にあり、大きく開放的な窓から林を眺めながらコーヒーを飲み、思わずゆったりとした時を過ごしてしまいました。
30歳代くらいの女性が経営するこのお店。本当にどれほどの人が来店するのか分かりませんが、手作りのモカシフォンケーキが美味しかったです。

埼玉にいた頃からこの夢を更別で実現させたという言葉に・・・・・。
経済原則で考えたら大凡、商売にはならないのではと余計な心配をしてしまいます。
しかし、彼女にはこの静かな自然との語り合いが最高の幸福の尺度なんだろう。これが本当の「幸福」なのかもしれません。お陰で良い時を過ごせました。

広尾から黄金道路を経て襟裳岬へ。この黄金道路は海岸線の難工事が続き、湯水のように工事費をつぎ込んだところからこの愛称がついたと聞きました。

0610_2海を見て走ることには日常的なのに海岸線の道路は落ち着きます。襟裳岬で風の館に入りました。
今日はアザラシが150数頭程見られますとの案内があり、二人で展望室から望遠鏡でアザラシを見つける。
別にアザラシを初めて見るわけではないのですが、この大自然の中にいる姿となると感動します。
思わず子どもの様にはしゃいでしまうのも自然の偉大さかな?

北海道のドライブもえりも国道をひた走り苫小牧を目指すだけ。このえりも国道はサラブレッドの産地だけにいくつもの雄大な牧場があります。
春は子馬の誕生時期なのか?親の後を懸命に追い掛ける子馬が愛らしいです。

苫小牧まで無事に走破。道内の走行距離が実に2206.0㎞に及びました。
行く前の計画では、道内の行程を60㎞/時間、で計画をしていましたが、実際は一般道路をその速度をはるかに上回る速度で走る車の多いこと。しかも、その速度で走っていてトラックに煽られてしまうのですから驚きます。それだけ道幅に余裕があるからでしょう。
その横を本格的な規格の高速道路の建設が進められている。
本当に ? なのかな?

交通量が少なく、ある一定の速度で走行が出来るのですから、一般道路の交差点等を立体交差等の再整備をすることで制限速度を80㎞程度で走ることが出来るように道路整備をすれば新たな高速道路の建設は必要がないのではとつくづく思いました。
そして今夜はフェリーで帰路につきます。

2014年6月 9日 (月)

根室~帯広(2003年6月9日)

旅に出たついで。
折角、遠くまで来たのですから、出来るだけ現地で色々の情報を仕入れます。
これが私の「旅」のスタイルです。

11年前今日も色々な施設、機関に寄り道してきたことを思い出す、北海道シリーズ六日目の旅日記です。

○コース 根室~太平洋コース~納沙布岬~オホーツクコース~風蓮湖~釧路湿原(塘路湖・コッタロ湿原)~白糠~浦幌~池田町(ワイン城)~帯広

0609_3霧が深く納沙布岬では歯舞諸島を見ることが出来ませんでした。羅臼方面でも四島返還の看板を見かけました

が根室半島では一段と「返せ!北方領土」の看板が目につきます。
根室港や花咲港はスケソータラ、サケ、マスに花咲かにの拠点。
ちょっと沖合に出れば領海侵犯になってしまう海域です。
後数百メートル移動すれば獲物があっても追いかけることの出来ない海域。戦後も60年になろうとしている

のにここではまだ戦後の処理が片付いていないのです。

道の駅「スワン44ねむろ」は風蓮湖の湖岸にある景色の良いところ。
ウエイトレスが先ほどまで目の前にタンチョウヅルが湖岸を歩いていたんですけれど、いないですか?との言葉に一生懸命に目をこらしますが視界には目にすることが出来ません。外に出て探すも、近くで鳴き声は聞こえるのですが姿は見えません。残念でした。

根室から釧路湿原に移動。昨日見た湿原とは反対側に入りました。釧路湿原の中では最大の湖、塘路湖。
湖畔にあるオーベルジュ・ピルカ・トウロで昼食。ゆったりとした良い宿でした。
標茶町の第3セクター、振興会社が経営する宿です。地方はこうした公社を始めとする施設が整っています。

大磯町などより財政状況が良いのではと錯覚を起こします。

釧路湿原の中に車が入ることが出来る道があるとは、現地に行くまで知りませんでした。
湿原の中のオフロードを進むとコッタロ湿原に。この辺もツアーでは絶対に行くことの出来ない場所です。こうした中にタンチョウを始め、アオサギ、幻の魚イトウ、キタキツネなど野生動植物が生息し、ラムサール条約の国内第1号登録地になっていることに納得をします。
ここは本当に開発は要らない。聖域「サンクチュアリ」であるべきだと痛感します。

15年ぶりの池田町。町づくりと言えば池田町。前回訪れた時は真冬でした。凍てつく中、誰も歩いていない町を一人で歩いたことやカーリングを体験させてもらったりしたことを思い起こします。
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池田町の存在を知ったのが30年前。当時は町が直営のレストランの経営など行うなど考えられなかったことを当然のように実践していた当時の丸谷町長(2014年6月3日逝去)に改めて感服します。
十勝ワイン、十勝牛も健在でした。嬉しいです。単品で村、町おこしをしていった地方自治もブームが去ると忘れ去られてしまいます。
丸谷町長が言っていた町おこしはかけ算だ。出来上がったものに付加価値を次々にプラスさせていかなければとの方針は今でも受け継がれている様子が伺えます。
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今夜の宿は、超開放的なホテルID。外からも中からもラブホテルとは到底思えません。
部屋も広く全てがゆったり。これで出入りが自由で前金1万円のみ。全面のバルコニーからは帯広の街並みも見渡せ、日高の山並みに沈む夕日にも満足しました。
早速外に出て六花亭の2階でステーキを賞味。満足しました。

2014年6月 8日 (日)

屈斜路湖~根室(2003年6月8日)

「身には老少有れども、而も心には老少無し。気には老少有れども、而も理には老少無し。」
佐藤一斎「言志耋(てつ)録283条抜粋」

身体の外見上には老人と少年の区別はあるかもしれない。しかし、心の上では老人と少年の区別はない。
健康上でも老いと若きがあるかもしれない。しかし、人として与えられた心(理)には老若の別はない。道理を求めて一生一度の人生を貫くことが大切だと。

時々、佐藤一斎の言志四録のことを書きますが、先の大戦後の占領下にあって、長い外国生活で洗練された個性を活かし、戦後の歴史を動かし、晩年も大磯で過ごした宰相「吉田茂」は、幼少時代に吉田健三の養子になっています。
その妻(士子(ことこ)は佐藤一斎の三男の娘です。つまり吉田茂の義母は一斎の孫娘だったことを最近になり知りました。
吉田茂の言動と佐藤一斎の言志四録を重ねていくと、面白い発見が出来そうな気がします。

今夜も11年前の北海道シリーズ五日目の旅日記です。

○コース 屈斜路湖~美幌峠~阿寒湖~オンネトー~釧路湿原(阿寒丹頂の里・釧路市湿原展望台)~釧路市(釧路フィッシャーマンズワーフMOO・幣舞橋)~厚岸湖~愛冠岬~霧多布湿原(琵琶瀬展望台)~根室

この時期でも朝の峠は寒い。風もあるから体感温度はもっと下がる。美幌峠も各種ガイドに必ず紹介されている峠です。眼下に広がる屈斜路湖、噴煙が上がる硫黄山を見ていると北海道の大きさを堪能させてくれる。逆に余りにも観光化されてしまった阿寒湖。湖の周辺まで行って二人でゆっくり見ていく気持ちが起きません。

0608むしろ何もないオンネトーへ行ってから雄阿寒岳と阿寒富士を映す静かな湖面を見て二人で暫し静かな時を過ごす。こうしたシーンで二人の感性が合うことをありがたく思う。

このオンネトーの静けさを堪能させてくれたのは、ここにやってくる途中で出会った親子でくつろぐエゾシカや車の脇迄やって来てお座りをしてしまうキタキツネ。こうした野生動物の出迎えが余計にオンネトーを神秘的なものに感じさせてくれたのかも知れない。自然は余り人の手を入れない方が良いと「阿寒湖」と「オンネトー」を見て感じる。

当初、阿寒湖からもう一度、弟子屈町に戻り、別海町経由で根室に向かう予定であったが、釧路湿原をゆっくり見たかったので、オンネトーから阿寒国際ツルセンター、北緯43度美術館を経由して釧路市湿原展望台に行く。

0608_2東京ドームが有に5千個は入ると言われる日本最大の湿原。
かって、大磯総合研究所を立ち上げた時にキャッチフレーズにした「サンクチュアリ」。
自然保護を第一義にした湿原だけにスケールが違う。湿原の中を釧路川が蛇行しながら流れているはずなのだが、さすがに展望台程度の高さからは分からない。ただ所々に陽光に光るところが釧路川かなと思う程度。
時期がもう少し進むと木々の緑が増してもっと素晴らしい景色に見えるのだろう。逆に極寒の人も寄せつけない時には「サンクチュアリ」を実感できるかも知れない。

0608_3
釧路フィッシャーマンズワーフMOO。まだ、県連に行っていた頃、視察に行きたいと思っていたところを女房と改めて来られるとは思ってもいなかった。今では、各地の港町でフィッシャーマンズワーフが出来すぎて斬新なイメージはないが、当時は大変な観光施設であったのだと思う。
現在では焼津や沼津の魚センターのように複合施設でない、魚だけをメインにした施設の方がクローズアップされているが、これも都会と釧路の方の立地の差だと思う。それにして幣舞橋の美しさ(日本一の夕陽との評判)見ることが出来ずに残念でした。

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釧路から根室までは、極力海岸線の道を通ろうと、道なき道のドライブ。厚岸町の愛冠岬へ行く途中で数頭のエゾシカに合う。途中の浜中町、霧多布湿原に行くと名前の如く急に一面が霧。
琵琶瀬展望台から見る湿原も霧の中でぼんやりと見えるだけです。夕日も霧の中に薄く広がって見えるだけ。根室に入っても、今夜の宿泊先であるイーストハーバーホテルは根室でも一番高層なのですが、その建物すら分からず通り過ごしてしまうほどの霧が根室では迎えてくれました。

2014年6月 7日 (土)

知床から屈斜路湖(2003年6月7日)

梅雨入りしてからの三日間は雨が続いています。
特別の用がないので家でじっとしています が

正に「清忙は養を成す。過閑は養に非ず。」です。

清々しく、爽やかな忙しさは養生になりますが、余裕がありすぎ、やることが見つからずに、ただボーと過ごす日々は逆に養生にならないと言うことです。
中々、この様には過ごさせてくれぬ社会なのですが、こうした気持ちだけは忘れないようにしたいものです。

今夜も11年前の北海道シリーズ四日目の旅日記です。

○コース 知床(ウトロ・オシンコシンの滝・知床五湖・カムイワッカの滝・知床大橋)~知床峠~羅臼~標津(野付半島)~中標津(開陽台・ミルクロード)~摩周湖~屈斜路湖

0607_1
知床五湖の駐車場のおばさんから、今日は三湖から先には行かないようにと注意を受ける。
熊が出没中との案内に、さすがに秘境知床を感じる。
実際、散策中に大きな方の足跡が昨日の熊で、小さい方がエゾシカの足跡との説明に思わずカメラに治める。

湖面に羅臼岳の稜線と春を増した新緑が綺麗に映る。北海道に入ってから晴天が続く。気持ちまで晴れやかになる。

0607_2知床大橋とカムイワカの滝までは久しぶりのオフロード走行。
今時、この様なオフロードなど体験したくても最近の大磯の方では出来ません。
女房に良い機会としてハンドルを任す。かなり緊張している様子が伝わる。
ステアリングの切り方、ブレーキング一つ一つの操作もいつもと違う車の反応に多少のスリルを感じている様子でした。

これだけの自然を残したところです。
これを舗装道路にして観光バスや乗用車が気楽に入り込める状況を作ってはいけない。それにしても、これだけ不便なところに道路に車をおいて更に30分の沢を歩いてカムイワッカの滝の露天風呂に行く若い人たちに自然の懐の深さを感じる。

知床大橋の上で超望遠レンズを構えて雑談をする3人の大人。
止まっている車のナンバーから推察しても知り合いではないだろう。目的はただ一つ。ヒグマを写真を撮ること。

じっとヒグマの出没を待つ間に、過去の写真に納めたシーン等をきっと語り合っているのだろう。
何もせずに、それでいて退屈さをも感じさせることもなく、ゆっくりと時間だけが流れていく。
これが秘境知床の魅力なのだろう。ここには物の所有に対するステータスやお金の富裕度なんて全く関係のない世界であり、必要なのは心根の豊かさ。それを持ち合わせている人のみをこの大自然が受け入れてくれる。

知床峠から見る羅臼岳の壮大さ。眼下には初めて目にする国後島が遠くに浮かぶ。
国後島も、漁業に携わっている漁民には近くにありて途方もなく遠い島。
羅臼に降りて見る国後島は本当に近くに見える。それが昔は日本領土であったのが今やソビエト領土。
魚介類の資源が少ないソビエトでは、この島を領土にしているからこそ恵まれた海の幸と漁業権での外貨獲得が国を支えているとなると簡単には返還に応じるはずはないことを目の前で見ると深く感じる。

至る所に北方四島返還の看板を見るが、普段神奈川の方で生活していると全く関係のない世界だと思っているが、こうした悲劇が目の前にあることを忘れてはいけないんだよな。

左手に根室海峡を見て、右側に野付湾を見ながら延々と10数キロ 延びる野付半島。
ここもメジャーな観光地ではないのだが、この旅で是非、行ってみたいと思っていたところ。
それでも最近は観光地化されてしまったのか、半島の最先端にある立ち枯れたトドマツ林が風化したトドワラの行く手を妨げて行くことが出来ずに遠くからの鑑賞となった。
この半島のドライブは表現のしようがない。ただただ感嘆するのみ。

0607
中標津の開陽台とミルクロード。ここもメジャーな観光地ではないのだが、ドライブをする者にとっては、牧場を抜ける1本道を走る、もっとも北海道らしい風景の中でのドライブが楽しめるところです。
女房も自らハンドルを握って上機嫌。
道の両側には 牧場が延々と続き、牛がのんびりと牧草を食べ、寝そべっている姿を見れば、些細なことに気を取られる自分の現実など本当に小さな世界の出来事と思う。
開陽台の330度の大パノラマ。これまた根釧原野のとてつもない懐の深さを痛感する。

0607_3霧の摩周湖。実際には見ることが出来る場合も多いそうだが、何せ、別名「霧の摩周湖」と呼ばれているだけに、夕暮れの中で摩周湖を見ることが出来て感激。
本当は、明日見れば良いと言って、今日の内に訪ねなかったら本当に霧で見ることが出来なかったかも知れない。
湖全体を断崖が囲み川の流出入が一切無い摩周湖は水が本当に綺麗。
昼間の晴天であれば、これぞ群青といった様相であったと思う。しかし、現実に何度も行って「いつも霧の中なの」と言う人に比べれば幸せなもの。しばし二人で魅入る。

今夜の宿は「オーベルジュてぃんくる」。今旅行の中で唯一夕食込みの宿である。
摩周湖から川湯温泉を経由し屈斜路湖の湾岸高速道?を飛んで宿に向かう。
途中、迷っているといけないからと携帯に電話が入る。そして懇切丁寧に道案内をしてくれる。
千葉県の土地等を全て処分をしてご主人とこの地に家族全員で移り住んでペンション経営を始めたというオーナー。
残念ながらご主人は4年前に他界してしまったとのこと。
しかし息子さん夫婦と頑張ってペンション経営をやっている姿に心を打たれる。
自家製のパンも美味しかった。周辺になっている山菜も上手に料理に活かしている。
部屋もシンプルで良かった。ただ、ネットで見た時には部屋の露天風呂から屈斜路湖が見えるはずだったのだが・・・・・。これもオ ーナーが亡きご主人と昼夜を徹し、冬場の雪の中で作ったという話を聞いて帳消しになってしまった。

経営も決して楽ではないはず。しかし、「食べていくには不自由はないですよ。冬は沢山、本を読む時間があります。」との言葉に不思議と気負いは感じない。
こうした出会いも旅の醍醐味だとつくづく思う1日の終わりでした。

2014年6月 6日 (金)

層雲峡からウトロ(2003年6月6日)

昨日に梅雨入り。終日、梅雨らしい雨の天気です。
事務所は日本政策金融公庫の夏期資金の個別相談会です。
定期的に通院している整形外科で腰痛の検診。
特に変わりなし。
今夜も11年前の北海道シリーズ三日目の日記です。

○コース 層雲峡~上川~滝上~紋別~サロマ湖~網走~東藻琴~ウトロ

0606層雲峡も自然が作り上げた芸術品。
ロープウエーで玄岳が目の前に見える展望台までまで上がる。まだ、根雪が一杯残っていて、雪合戦に興ずる高校生を見る限りはどこにでもいる少年です。
自然が子どもを育む。確かに富良野や美瑛、そしてこの層雲峡の大自然を見せつけられると、この雄大な自然こそが子どもの教育に、今、正に必要な要素であることを痛感する。

「母なる大地」その母が、狭い地に住んで世間体を気にしながら子育てをしていたら個性のある子どもや気持ちの大きな子どもには育たないだろうな。

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「滝上」「東藻琴」の芝桜。満開の時期は、若干過ぎていたが非常に綺麗でした。
滝上も東藻琴も普段は何もないところ。
それがこの時期だけは全国からこの地に芝桜を求めてやってくる。地元の人もこれだけ山一面に咲けば当然のごとく綺麗だと鑑賞する。しかし、心根は「春」がやって来たことを花の綺麗さよりむしろ季節の変わり目に感慨があるに違いない。

長かった、辛かった冬と別れ、太陽への憧れが強いはずです。
だから、北海道には「梅雨」がない。少しでも長い時間、太陽の恵み、自然の恵みを与えてくれる・・・・・。苦しい解釈かもしれないが当たっているような気もする。

この感慨に反して網走刑務所の「刑務官」の行動は?
午後5時前に刑務官が一斉に出てくる。5時も3分を過ぎれば自家用車で制服のままご帰宅。たまたまこの日だけがそうだったのかもしれない?

職業柄、時間を重視し1分単位で行動するのは分かるが、この時間にご帰宅出来ることは、その前に事務処理をしなければ不可能だし、また制服で通勤というのも疑問を感じる。

確かに法を犯して刑に服している人と接し、それも本当に犯罪を悔いて自分の人生をやり直そうとしている服役囚には力を貸して上げたいと思うだろう。逆に自分の罪を社会のせいだとか自分以外に転嫁している服役囚には自分の仕事の儚さを感じることも理解できる。

それだけに刑務官である前に一人の人間として接しなければ服役囚の更正のサポートは出来ない。そう理解するとやはり疑問が残る。

そして、刑務所が観光地化していることに多少の後ろめたい気もするので刑務官に写真の撮影許可を求めてから写真撮影をする。門の前で刑務官等の子どもだろうか、無邪気に自転車で遊んでいる姿にほっとする。
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紋別のオホーツクタワーで北海の海底を見る。北海の海は澄んでいて透明度が非常に高いのかと思っていたが濁っていてよく見えない。これはプランクトンが豊富である証でありそれが北国の魚の美味しさにつながっているんですとの説明に納得する。沖縄や南洋の海は綺麗だというイメージがあるが、確かに南の国の魚は旨いとの話は聞いたことがない。これがプランクトンの差だと。

前回、4月に小樽に行った時に一心太助で、今の時期は「ほっけ」も餌を沢山食べて身に栄養をため込んでいるので、この時期は旨くないと言われ、食べることが出来なかったことが納得できる。

今日のドライブはオホーツク海に沿ってのコース。天気も良し。きっと良いサンセットを見ることが出来ると、斜里からウトロを目指して快調に走る。が、午後7時近くサンセットに近い時間になると海岸線から遠ざかってしまう。遠く林の中に沈む太陽を車を休ませて二人で見入る。
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大磯で見る サンセットも北海道のオホーツクに沈むサンセットも変わりはない。しかし、北海道の北の地で女房と見ることの出来る幸せ。
そして、この幸せをくれた息子や娘たち、職場の仲間に感謝する。だから同じサンセットも違う感慨になるのは当然だ。皆んな、ありがとう。としか言いようがない。

ウトロの宿についてから、地元の「番屋」居酒屋へ行き食事を取る。地元産のここでしか食べることの出来ない寿司を相伴する。ウニ嫌いな女房が美味しいとウニを食べてしまったのにびっくり。
本物の旨さは好き嫌いまで無くしてしまうのか?

御前崎からやって来たという一見さんと意気投合。
息子さんを二十歳近くに亡くして、奥さんもだいぶ立ち直ったようだからとツアーで北海道にやって来たと。

あっ、明日は娘の誕生日だとも。
こうした会話が出来るのも、お互いが飾らずに本来の姿で接しているから自然と溶け込ませてしまうのだろう。
白夜?地元の方とも交流が出来たし良い一日でした。

2014年6月 5日 (木)

小樽から層雲峡(2003年6月5日)

気象庁は今日5日、関東甲信地方で梅雨入りしたとみられると発表しました。平年より3日早く、昨年よりも5日早い梅雨入りです。
長女の孫は明日から楽しみにしていたキャンプですがどうなることか?
天気のことばかりはどうしてあげることも出来ません。

3日前に「気になるブログ!」をアップしたKさんから「本日退院をしました。」とのメールをいただき安心しました。

今夜は11年前の同月同日の「小樽から層雲峡」までの日記です。

○コース 小樽(朝の誰もいない運河を散歩)~札樽自動車道~道央道~滝川IC~富良野(富良野駅・布部駅・麓郷の森・チーズ工場・ワイン工場・ジャム園・富田ファーム・吹上の湯・十勝温泉)~深山峠~美瑛(セブンスターの木・ケン&メリーの木・親子の木・マイルドセブンの丘)~旭川~層雲峡
0605

午前3時に起床。朝焼けの中で海を見ながらの朝風呂。最高の贅沢だ。
午前4時10分の定刻に小樽港に到着する。風もなく、波も穏やかで最高のクルーズだった。この北海道への入り口の選択はフェリーを使用して大正解でした。

朝の誰もいない小樽をゆっくり回る。人の気配を感じない静寂な小樽に、この町の持つ魅力を再発見する。
「早起きは3文の得」
人間はやはりお天道様が昇ったら きて、沈んだら静かに休む。
このリズムで自然に逆らうことなく生活が出来れば人間とし 最高の幸せかもしれない。

富良野の雄大さ、広さ(色々)もこうしたリズムの中に生まれる。
「北の国」のドラマロケ地「麓郷の森」を中心に観光の名所になっている。
これはこれで一つの事象としては良いのだろうが永久的な観光スポットになり得るのだろうか?
それは分からない!

ラベンダーやすずらんの季節の花々。これは観光客を集めるために育てている花ではない。長い雪との戦いの末に、それを乗り越えてた市民の太陽への憧れがもたらした自然の恵みであり、それに気づいた富良野市民の最高のイベントなのだと思う。

都会に住んでいる人は、物の充足感に不満はない。
しかし、心にぽっかり空いた虚しさが何であるかが分からなかった。人間が本来的に持っている本能、それが自然との共生。それに気づいた都会人は自然を求めて郊外に足を延ばすことを求め、現代流の「癒し」につながっている。
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富良野が特別ではないが、地方に出掛けるとそこに暮らしている人々の心の温かさに、自分たちの人間らしい本性をを取り戻す。

布部駅を出て、我々の車のナンバーを見て「これからどこへ行く?」と問いかけてくる地元の人。
「特別に行くところは決めてないんですよ」と答えると、富良野には「ワイン工場」「チーズ工場」がある。

「麓郷もある。これから麓郷の方へ行くので案内するから後から着いて来い」と20キロ近くを先導してくれるおじさん。

「富良野は良いところですね」との言葉に「ちっとも良くないよ」と答える。これは本音だと思う。
たまに、自分たちの癒しを求めて、気楽に訪れる我々に真の冬の厳しさなど知る由もない。お世辞でも、良いところですねという言葉も気安く使うこと控えなければと思う。こうした何気ない使う言葉の中にも、本当に相手を思いやることの難しさを痛感する。

美瑛の「親子の木」「セブンスターの木」「ケンとメリーの木」「マイルドセブンの丘」など、現在話題になっているFC(フィルム・コミッション)を30年前から実践していたかと?
実際の話は知らないが、正にそのように思わせるような現象。

0605_31本のポプラの木を求めて、道外ナンバー、道内の「わ」ナンバーの車や観光バスが、はるかに続く大地の中の1本の木を求めて、美瑛にやって来る。しかし、1本の木を求めてやってくる観光客を魅了させるのは美瑛の広大な大自然。

集まってくる目的は、それぞれ「車」「タバコ」のCMで登場したワンシーンなのだが、最後は美瑛の持つ本質的な物に惹かれていく。それも若い人たちが多いのに驚く。自然への憧れに老若男女の差はない。素直な気持ちでこの雄大な自然を受け入れることが必要なんだと思う。

2014年6月 4日 (水)

新潟港~小樽港(2003年6月4日)

今朝の新聞で元参院議員で北海道池田町の町長であった丸谷金保氏(享年94歳)の死去を知りました。
池田町長時代に財政再建のため自治体として初めてワインの製造・販売に取り組み、当時は「ホラ吹き町長」として言われ続けながら、今でいう地域振興事業の先駆けを築いた方です。

その丸谷氏を訪れたのが40年ほど前です。
約束もせずに丸谷氏を訪問した私を暖かく迎え入れてくれました。
その時から地域振興事業に興味を持つ、きっかけを作ってくれた方でした。

そして、2003年に銀婚式を迎えた私はカミさんと北海道の旅に出掛けたのが11年前の今日でした。
その時の「旅日記」が出てきました。
当時はブログなど自分の日記を公に発表するなど思いもしませんでした。

しかし、自分の想い出、戒めも含めて11年前の一週間を、当時の文章で振り返ってみたいと思います。

以下は、2003年6月4日の日記から
昨晩の内に新潟に向けて大磯を出発。八王子から入間へ。入間ICから圏央道、鶴ヶ島  JCから関越へ。
時間が深夜ということもあり非常にスムースに移動できる。寝不足のはずが気にならない。
ただ、昨晩夕食に飲んだ後の電話で妙な不整脈(※後で虚血性心疾患と診断される)が気になるが運転中は何でもない。
気持ちが高ぶっているのだけは確か。普段の自分の高速道路走行に比べて自重して走る。
新潟西港には午前2時頃に到着。一番早い到着かと思いきや先客がいることに驚き。
車の中で一晩を明かすなどは学生時代、少なくとも結婚してからは経験がない。
車の中で仮眠を取りながら全国を走り回っていた頃を懐かしく思う。

9時45分、らいらっくに乗船。このフェリーのスイートは今回の旅行のメイン。
乗船して部屋に入ると、これはもう動くホテル。それもかなりのハイクラスに匹敵する設備に本当に費用を張り込んで良かったと二人で納得する。
それだけに、気持ちがゆったりしていて、時までがゆっくりと流れる。
最高の贅沢だ。
船内には時間を意識させないためとの配慮か、時計が充実している他の設備に比較すると極端に少ない。

出航した後は携帯電話やPC通信など不可能。現実の世界から自然と離れざるを得ない。これがクルーズの魅力。しかし、どこでも携帯電話等で連絡が取れる日常生活をしていると、慣れるまで一種不安を感じる。頭の中で全てを仕事から遊離出来ない自分に戸惑いを感じる。1週間位クルージングをすれば、本当のクルーズの楽しさを理解できるのだろうが、所詮17時間では疑似体験だ。

スイート利用のお客には操舵室の見学・案内のサービスがある。
これは、ネットや本を始めとするパンフレット類には案内がなかった。
岡崎船長とキャプテン服を着せてもらって、夫婦で記念撮影のサービス。
今年4月に入社したクルーが操舵室の機器類の説明をしてくれる。
こうした行為に、自分の息子をオーバーラップさせてしまうところが、銀婚式の旅であることを再認識させる。

今回のクルージングの、もう一つの楽しみは日本海に沈むサンセットを湯浴みをしながら見ることだったが、夕刻に雲が広がってサンセットを見ることが出来なかった。
残念がる僕に「私たちにはサンセットはまだ早い。サンライズなのよ。」との○子(カミさん)の言葉に妙に納得してしまう。

ひとつだけ不満があるとすれば、食事をもう少しゆっくりと楽しめる時間があればと思うが、これは自分たちの我が儘です。
あくまでこの船はフェリーであって、自分たちは銀婚式の記念だといいスイートを利用して贅沢をしているが、この船にはコンテナを積んで目的地まで運ぶ仕事途中のドライバーたちが沢山いることを忘れてはいけないのです。

明朝は3時には起床。
それを考えて早くベッドに入るが、お母さん、気持ちが高ぶって寝られなかったと・・・・・・。

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2014年6月 3日 (火)

色々な応援があるものですね!

ブラジルW杯がもうすぐ開幕です。
米フロリダ州タンパで行われた国際親善試合、日本-コスタリカで日本が遠藤、香川、柿谷の3発で逆転勝ちしました。

この試合で日刊スポーツが行ったコスタリカ戦の読者採点で両エースの明暗が分かれました。
香川は最高の6・73点で、本田が最低の4・64点。
「香川の活躍が目立ったが、本田の元気のなさが気になる」
しかし、本田も本番までにはしっかりと調整をしてくるでしょう!

0603NHKでは2週連続で本田圭佑をプロフェッショナルで取り上げていました。
そして、テレビ番組欄では縦に読ませて「日本ガンバレW杯」と洒落た計らいまでしていました。

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これでは「大磯市」が負けるわけです?
日本の初戦は15日(日本時間午前10時)にキックオフです。

出店者、来場者、そしてスタッフまでもがミナトへ来ないことが予想されるため、時間をずらして夜市としました。

みんなで日本代表を応援しましょう!
そしてコートジボワールに勝って、夜のミナトで祝杯をあげることにしました。

2014年6月 2日 (月)

気になるブログ!

毎朝、目覚めると一服してから、まずPCで一日のスケジュールを確認します。
そしてメールをチェック、ToDoで今日、一日の仕上げる仕事の予定を組み立てます。
そして気になるブログやFacebookを確認します。

ところが懇意にしているKさんのブログが5月の末から更新されていません。
長期に旅行等に出掛ける際には、○日迄はブログの更新が出来ません とコメントが入っているのに、今回はそのインフォメーションもありません。

過日、気になるのでご家族に電話を入れました。
ちょっとした怪我をされて、写真を撮りに行くことが出来ないことが分かりました。

毎朝、大磯海岸、アオバトも集団が磯に海水を飲みに来ているのだと思います。
その様子も分かりません。
朝夕の大磯の景色や大磯の原風景に季節ごとに咲き誇る花の様子も分かりません。

早く、回復して元気なブログを見せていただかないと、周りの様子が分かりません。

事務職の私では、ウイークデーの活動フィールドは極端に狭い範囲なのです。
事務所の前の花壇の「さつき」がいつの間にか満開になりました。
精々、この程度の話題になってしまいます。
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Kさん、カワセミも待っていますよ!
きっと遊び相手のいないKさんの姿を見ることが出来ずに心配していると思います。
一日も早い、復帰を祈念します!

2014年6月 1日 (日)

浜辺のギャラリー

1985年ころ神奈川県が湘南なぎさプランを策定しました。
策定当時には湘南海岸一帯でも多くの課題を抱えていました。
その色々な問題の解決策を探る、あるいは新しいムーブメントのきっかけをつくるために、イベントという方式を使って、相模湾で何をなすべきか、何ができるのかを追求するために、1990年に相模湾沿岸で開かれたイベント。それがサーフ'90およびSURF'90でした。

このイベントの一環とし西湘バイパスの橋脚をキャンパスに町民に絵を描いてもらおうと始まったのが大磯町商工会青年部の「壁画制作事業」です。

毎年、10枚程度の画を描き足しほとんどの橋脚の四隅に力作が出来上がり、名実ともに「浜辺のギャラリー」として北浜海岸の美化に貢献しています。
そして今年も8枚の絵が追加されました。

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