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2013年4月28日 (日)

サンフランシスコ講和条約から61年

大磯町の名誉町民である吉田茂が全権大使としてサンフランシスコに渡航し、サンフランシスコ講和条約を締結した1952年4月28日、講和条約の発効によって戦後の占領支配から解放された今日、政府は「主権回復と国際社会復帰を記念する式典」を憲政記念館で開きました。

一方で、講和条約発効と同時に日本から切り離され、米軍施政下に置かれた沖縄は、奄美、小笠原と共に主権回復からも取り残され4月28日は「屈辱の日」と呼ばれています。

沖縄に行ったのは40数年前の本土復帰前です。
鹿児島から学割で¥3,000程度だったと思います。1$¥360。車が右側通行。
そして沖縄渡航専用パスポートを取得して行ったこと、そして沖縄に入るとアメリカの統治下にあることを至る所で感じたことを想い出します。

そして沖縄戦の戦場地やサンゴ礁のエメラルド色の海の美しさに感激をしました。
当時は湘南の海も今とは比較にならないほど綺麗でしたが、海の碧さが絶対的に違いました。
日本に組み入れられるまでは琉球王国だった影響でしょうか?独自の文化を育んだ琉球舞踊等にも興味も持ちました。
日本が主権を回復したからこそ、このような素晴らしい沖縄が日本に戻ってきたのも事実だと思います。

安倍首相も今回の式典を「沖縄を軽視した式典でないことは言うまでもない。」「沖縄の人々が耐え忍ばざるを得なかった、戦中戦後のご苦労に対し、通り一遍の言葉は意味をなさない」と沖縄に配慮した発言になりました。
現実に、沖縄県・尖閣諸島沖での中国監視船の領海侵犯や韓国の竹島不法占拠・北方領土ではロシアの実効支配が進むなど領土・領海を巡る問題は、戦後70年近く経た今、日本の主権が多く揺さぶられている事実もあります。

四方を海で囲まれ、直接に隣国と国境を接していない日本でもこうした脅威があることを自覚することも必要なのではと思う「主権回復の日」でした。

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