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2013年1月19日 (土)

年賀状で確認する安否

今年も多くの年賀状を出しました。
そして、沢山の年賀状もいただきました。
その中でも気になる方からの年賀状が届かないと気になるものです。

松の内が明けると「寒中お見舞い申し上げます」の書状も、また、多くいただきます。
身内で不幸があったがために年賀状を出せなかった旨の知らせの中に交じって、ご家族からの書状には胸を痛めるものが少なからず何通かあります。

年賀状をいただいたお礼に、昨年○○月○○日に当主○○が永眠・・・・・
生前のご厚情に深謝する 旨のはがきが混じっています。
自分が生あることに感謝をする時でもあります。

私の方こそ生前に賜ったご厚情に感謝します。
そして改めて「ご冥福をお祈りいたします」

郵便制度が確立したのは明治維新後の1871年のことです。
この頃は新年の挨拶も書状で送るところがほとんどだったそうです。
2年後の1873年に郵便はがきを発行するようにり、年始のあいさつを簡潔にしかも安く送れるということで葉書で年賀状を送る習慣が急速に広まっていった経緯があります。

そして私の生まれ年と同じ1949年に、お年玉付郵便はがき発行され、そして大きな話題を呼び大ヒットし、これを機に年賀状の取扱量は急激に伸びて現在に至っています。

明日が平成25年お年玉付郵便はがきの抽選日です。
多くの年賀状をいただいても「切手シート」しか当たったことがないので、今年の景品の内容も知りませんし興味もありません。

ところで、第1回のお年玉付き年賀はがきの賞品はどのようなものだったのでしょうか?

 特等:ミシン
 1等:純毛洋服地
 2等:学童用グローブ
 3等:学童用こうもり傘‥‥

雨が降ると学校を休む?
今では信じられないことでしょうが、3等の賞品が「学童用こうもり傘」とは?
時代を反映していますよね。
「ミシン」「純毛洋服地」等もホームメイドで洋服を作れる家庭がある一方で既製服が高かったと言う裏付けなのかも知れません。そして、ベビーブームへの自己防衛だったのかも知れません。

1956年は三種の神器の一つ「電気洗濯機」
  65年は「ポータブルテレビや8ミリ撮影機・映写機セット」
  84年は「電子レンジ」
  86年は「ビデオテープレコーダー」 等が登場します。

その後の賞品を見ても「お年玉付き年賀はがきの賞品」からもバブル景気とその崩壊、その間の消費の多様化の変化を見ることが出来ます。

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