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2013年1月11日 (金)

今日は鏡開き

今日、1月11日は鏡開きでした。
昔からお餅は神さまに捧げる神聖な食べ物とされています。
年神様は、全ての人や物に新しい命を与えると伝えられ、鏡餅には年神様が宿ってもいるので、鏡餅を食べると新しい命をいただくことにつながとされています。

しかし、神棚を造ってある家もも少なくなって現代ではこうした歳事も次第に少なくなっていくのでしょうね。寂しいですが、と言う我が家にも神棚がありません。
私は子どもの時にはお汁粉が嫌いだったのでこの11日の「鏡開き」は苦手でした。

ところで「鏡開き」は何故11日なのでしょうか?
私もどうしてなの知りませんでしたのでちょっと調べてみました。

「鏡開き」は遡ること室町時代に武士の家の風習として広まったと言われています。
当時は神棚とかにお供えをするのではなく、武家に取っては大切な「鎧かぶと」などにお供えをして、そのお餅をお雑煮等にして食べたようです。
これを「刃柄(はつか)(刀の刃と柄)」を祝うといい、語呂合わせで20日に行っていたようです。

それが徳川三代将軍家光が亡くなったのが1651年(慶安4年)4月20日 (旧暦)であったため、20日を忌日として避け、後に松の内の11日に繰り上げられたとされています。そういう説があるそうです。(出典Wikipedia)

それでは何故11日なのか?
1月7日までは年神様がいる松の内です。11日は松の内が明けて商家の仕事始め、蔵開きの日に当たります。ですから11日になったと。

そしてお餅は「切る」のではなく何故「開く」のか?
これも武家の歳事から始まっているので、本来は「切る」のですが「切る」は「切腹」を連想させるので嫌います。
結婚式などのお目出度い席で「切る」などは忌み言葉を嫌うのと同じなのでしょう。
まして、年神様にお供えした、また宿っているとされるお餅を「切る」訳にもいきません。
そこで開運の意味も含めて「開く」になったようです。
本来は木槌などで叩いて割ります。
この行為も年神様を叩く?「とんでもない!」ということになります。

こうして一つ一つの歳事には深い意味が込められていることを痛感します。
だから、歳事を大切にしていくことも大切なことだと思うのです。

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