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2013年1月

2013年1月31日 (木)

「今日は何の日」→ 「愛妻の日」

今日で1月も終わりです。
来月から始まる確定申告前に片付けておかなければいけない仕事と打合せを数本。
その打合せについても詳細を書くことの出来ない内容だとその日のブログネタに苦労するのです。
そんな時に調べて役に立つのが「今日は何の日」です。

そして、本日、1月31日は「愛妻の日」というのを皆さんご存知でしたか?
1月の1をローマ字のIに見立て「あい(I)さい(31)」の語呂合わせです。
そして、この記念日は「日本愛妻家協会」が8年ほど前に制定したのだそうです。
その「日本愛妻家協会」が設立された趣旨を同会のHPから引用させていただきました。

   日本愛妻家協会は、地球温暖化よりも
   家庭寒冷化現象の方をきにしてみました。
   愛妻家が増えるとこれまで夫婦環境を
   むしばんでいた倦怠感は削減され
   家庭が少し温かくなる。
   すると世界は平和になるかもしれない、
   と考えてみたのです。

そして、世界同時開催として「愛妻の日」を記念、また、倦怠感削減愛情持久力向上プログラムとして「世界一斉ハグタイム 2013年1月31日午後8時9分」を設定しているそうです。

確かに日本人はこの手の愛情表現は下手ですよね?
いや、ハグだけではなく言葉を伝える面でも。
だからハグは若い方にお任せして、私は、その時間に日頃の感謝の言葉を伝えることにしましす。

しかしです。急に優しい言葉を掛けると、逆に何かがある?疑われてしまう?
う~ん!微妙な記念日ですね。
ここでもう一つの疑問?「愛夫の日?」ってないですね。
父の日は知っていますが。

2013年1月30日 (水)

期限延長終了の中小企業金融円滑化法

中小企業金融円滑化法が今年の3月末に期限を迎えることから関東財務局横浜事務所長と打合せをしました。
平成20年秋以降、いわゆる「リーマン・ショック」と言われた世界的な金融危機の影響により、日本経済や中小企業者の業況・資金繰りが大幅に悪化し、これを受けて金融庁が中小・零細企業の事業主や住宅ローンの借り手を支援するために貸し渋り・貸しはがし対策として平成21年12月に約2年間の時限立法として施行された法律です。

2年後の期限を迎えても中小企業の業況・資金繰りが依然として厳しいことから2度にわたって期限延長が図られて今年の3月まで延長されてきました。

改めて色々な説明を受けました。
金融機関が貸付条件の変更等や円滑な資金供給に努める。それは、円滑化法の期限到来後においても変わらない。
金融庁も金融機関に対しては金融検査・監督の目線やスタンスはこれまでと変わらない。併せて不良債権の定義も変わらない。
従って貸付条件の変更等を行っても不良債権とならないとする要件は恒久措置だと。

確かに、借換等を要請する企業には色々な事情があり課題を解決出来なかったのです。
その企業が急に経営が好転するはずはありません。
相当の時間も要すのも現実です。だから3月末までに、最終的な解決も求めるものではないとし、従って金融機関に対して、借り手の経営課題に応じた最適な解決策を、借り手の立場に立って提案し、十分な時間をかけて実行支援するように促すそうです。

万事、この通りにことが進めば問題は生じないはずです。
それでも私には疑念を払拭できない、何かが奥歯に挟まるものを感じます。

銀行等は融資先に対して表向きには「円滑化法の趣旨に乗っ取り今までと同じように応援します。一緒に経営課題を洗い出し再建に向けて努力しましょう!」と言ってきた手前、円滑化法が終了するからと支援を打ち切ることは しないでしょう。 と思いたいのです。

しかしです、体力のある金融機関は早めに引当金を積み増し不振企業の淘汰、つまり支援の打ち切り宣言をするケースなどが現れないとも限りません。
それも、裏で。窓口では間違ってもそのようなことは口に出すはずもありません。

いずれにしてもこうしたケースに対応するために金融円滑化法に関するご相談窓口が開設されています。
気になることがあったら、ご利用下さい。

  ○金融庁 金融サービス利用者相談室

    0570ー016811(ナビダイヤル)
    03ー5251ー6811(IP電話、PHS用)

   ※受付時間(平日 午前10時~午後5時)

「新たな観光の核づくり認定事業」の審査会

0129_2神奈川県では横浜・鎌倉・箱根に次ぐ新たな観光の核づくりを目指す企業や市町村などから、その実現のための構想やプロジェクトを募集し、認定する「新たな観光の核づくり認定事業」を実施しています。
11月に第2回目の応募が締め切られ、一次審査(書面審査)を経て、本日は二次審査の公開プレゼンテーションが行われました。

大磯町は大磯町商工会と(社)大磯町観光協会の3団体が提案事業者です。
横浜・鎌倉・箱根等のエリアに比較し、第4の観光地を目指すとするならば既存の観光地にない良さを前面に打ち出すしか勝負できません。
ある面では「偉大な田舎」を自負し、町民全体が自分の住んでいる町に誇りを持ってこの事業を受け入れて

いく必要があります。
ハード整備も計画の中には重要な位置を占めるのは当然ですが、施設整備には必ずと言って良いほど賛否両論が渦巻き、サイレントマジョリティの意見がかき消されて、声の大きい方が正義として捉えがちです。ましてや、このように閉塞感が漂う経済環境下ではなおさらのことです。

ですから、私は個人的に一番重視したいのが、来町者を「町民挙げてのおもてなしをする!こころ」例え、大磯町に歴史・文化・芸術・景観・自然・環境面が素晴らしいと言っても、この気持ちがなければ、表面的な観光、一過性の観光地で終わってしまうはずです。
お金もかからず、実は一番簡単そうに出来ることだと思うのですが、一番大変なことでもあるのです。

今日は中﨑町長が自らプレゼンター役を買って出ましたが、このプレゼンした結果が認定されるか不認定になるのかは別として、これだけの方向性を観光面で町と協働して提案をしたのですから、私たちの組織として、これからは粛々と事業を実施していくことにします。

会場の様子は「写真撮影禁止」でしたので、傍聴人配布用の資料を掲載します。

2013年1月28日 (月)

「記録」よりも「記憶」に残る高見盛関の引退

プロスポーツには「記録」よりも「記憶」に残る選手も数多くいました。
昨日の大相撲初場所千秋楽に現役を引退した元小結・高見盛さんも「記憶」に残る関取の一人です。
真っ正直な関取は最後まで全力を尽くして土俵に上がりましたが、来場所は幕下への陥落が決定的の今場所の成績で「引退」を決意しました。

勝ち名乗りを受け、大歓声を気持ち良さそうに浴びながら胸を張って花道を戻る高見盛関。
負けた時には、がっくりと肩を落とし今にも泣き出しそうな顔をして花道を戻る高見盛関。

勝っても、負けても、何か見ている観客の方が手を貸してあげたくなるような、また、支えてあげなければと思わせる雰囲気を持った関取でした。

「角界のロボコップ」のあだ名がつき、お茶漬けのテレビCMなどメディアに数多く登場しました。
人気を博した、取り組前の独特のパフォーマンスも、「怪我をした後、その恐怖を拭うためであり見せ物でやった訳ではない。自分自身を鼓舞しただけ。」
これも愚直な男が見せるパフォーマンスだからこそ、嫌味を感じずに自然と受け入れられたのだと思います。

来場所からは「振分親方」として後進の指導にあたります。
3月の春場所はNHKの大相撲中継での解説も依頼されているそうです。
きっと、決まり手や技術面以外のメンタル面を含んだ楽しい解説が期待できそうです。

「記録」よりも「記憶」に残る通算563勝564敗46休 の高見盛関。
今後も持ち前のキャラクターで、明るく楽しく、角界を盛り上げていくことを期待したいと思います。

2013年1月27日 (日)

4市2町親善ボウリング大会 大磯

0127今年から小田原市ボウリング協会も参加するようになり、昨年までの3市2町から4市2町親善ボウリング大会となりました。(小田原市・平塚市・茅ヶ崎市・秦野市・寒川町・大磯町の各ボウリング協会)
小田原市が参加すすることにより今後はほぼ奇数月の開催になります。
今日も69名の参加によりハイレベルの試合になりました。
3月は小田原市での開催になります。

私のボウリングを本格的にやりたいと思ったのは、大学4年の時に近所にボウリング場がオープンし、そこでレーンメンテナンスのアルバイトを始めたことがきっかけです。

当時のボウリング場は午前2時まで営業していました。
そして営業が終了すると午前6時のオープンに間に合わせるように56レーンのレーンコンディショナーをポリマーで拭き取り新しいレンコンを入れて準備します。
少しでも早く終わらせて、営業時間前までに自分の苦手なオイルパターンを作り、その攻略をする練習に明け暮れたことを昨日のように想い出します。

そしてアルバイト中1972年(昭和47年)2月19日に軽井沢町にある河合楽器の保養所「浅間山荘」において連合赤軍が起こした事件を想い出します。
2月28日に警視庁機動隊及び長野県警察機動隊が突入し死者3名、重軽傷者27名を出しながら人質は無事救出され、立てこもり犯5人は全員逮捕された事件です。
突入の様子は、テレビで生中継され、民放、日本放送協会(NHK)を合わせて視聴率89.7%を記録して、現在でも報道特別番組の視聴率日本記録を保持している出来事です。
その突入した18時26分。いつも待ち時間が2時間近くあるボウリング場がほとんど待ち時間がなくなりました。

そして、この事件が起きてから、ボウリング場のマシーンがフル稼働する裏で卒論(テーマ:’70年代における価格決定の理論)を書いていた鉛筆の手が止まり、テレビに釘付けになったのも若かりし頃のひとコマです。

2013年1月26日 (土)

101歳詩人の「遺作」

1911年(明治44年)生まれの101歳の詩人、柴田トヨさんがお亡くなりになりました。
2010年10月のブログでは「白寿の先輩から学ぶもの」と題し、柴田さんの処女詩集『くじけないで』を買い求めて拝読させていただいたとブログにアップさせていただきました。

色々な人生を重ねてきたのだと思います。
一人息子の勧めで書きためた詩が2009年(平成21年)10月に自費出版されるや150万部とも200万部とも言える空前の大ヒット詩集になり多くの国民に力生きる力を与えてくれました。

そのトヨさんも寄る波にはかなわず、いつしか死期を覚悟してきたようです。
何回もそろそろとお迎えの誘いを受けたようです。
しかし、お断りをしてきたけれど、次にお迎えに来た時にはもう断るわけにはいかないと覚悟を決めていたようです。
ですから、そのお迎えが来た時には素直に従わうと。
だからこそ、その時を覚悟して遺作「皆様に」を残せたのでしょうね!
その遺作を礼状にしたため、葬儀ではトヨさん自身の詩を朗読した映像も流されたと・・・・・・!
きっと、これも彼女の希望だったのだと思います。

凄いですよね!私には到底出来ません。気持ちはありますけれど。
本当に人生を生き抜いたという表現がぴったりの一生だったと思います。
確かに生まれた時には裕福な米穀商の一人娘だったそうです。
しかし、若い時から家が傾き、料理屋などへ奉公に出るなどの苦労を重ねた人生だったそうですが最後はこのような有終の美を飾りたいものです。
下記の未発表の「皆様に」の遺作は「『下野新聞より転載』させていただきました。

           お迎えが 何回か来たけれど
     口実を作って お断りしてきたの
     でも私も101歳 次は無理かもしれない

     私のお葬式 たくさんの人が
     来てくれるかしら
     そのときは悲しまないで

       トヨさん がんばったね

     って 声をかけてください
     その言葉を励みに
     天国でも しっかりと暮らしてゆきます

     皆様のご多幸を
     日差しとなり そよ風になって
     応援します
     今まで ありがとうございました
     倅夫婦をよろしくお願いします

2013年1月25日 (金)

石塚沙矢香くんを応援する会

0125_4瀬戸内国際芸術祭に参加する石塚沙矢香くんを応援する会が開かれました。
50人以上の彼女を応援する若者たちが集まってくれ、その中の一人の仲間に入れてもらいました。
若者の集いは夢があって参加しても本当に楽しいのです。

給料だって毎年必ず上がる、土地だって持っていれば必ず上がると言う土地神話、バブルの中で踊ってきた世代から見れば、今の経済状況等を考え合わせたら大変だと思うのですが・・・・・。
しかし、彼等は社会に出た時からこの状況が当たり前だったんですよね。
不平不満等を出す前に、彼等はこの状況を完全に甘受しています。
それだけに、将来に対する課題を我々世代が先送りをしてはいけないのだと思います。

瀬戸内国際芸術祭の参加者の一人として選ばれた石塚沙矢香くん。
今までは茅ヶ崎を拠点に活動をしていて縁があって大磯に活動拠点を移しました。

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彼女の応援隊の中に、一人の大学を出てから営農を目指している青年がいました。
共に何もないところから彼女は「アート」に、一方の彼は「農作物」を生産すると、違いはあるものの新しい「命」を生み出すことに、意気投合した二人は昨年の暮れに結婚をし、そして、二人ともいつしか大磯を拠点に活動するようになりました。

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そんな二人を盛りたてようと、応援する人たちの沢山の手料理やそれぞれのお店の一品を持ち込んで盛り上げてくれました。当然に宴も盛り上がります。沙矢香嬢に捧げる彼のギターを抱えての熱唱に、二人の両親が会場の片隅で見守っている視線が印象的でした。
これからの活躍を期待したと思います。

2013年1月24日 (木)

大磯町商工会・法人会大磯支部・青色会大磯支部 新年会

3団体を構成している役員の方々は商工会&法人会・青色会と多くの方が重複しています。
10年ほど前までは新年会をそれぞれの団体で実施していましたが、役員が同じ会場に何度も足を運び、来賓にお声を掛けても大変だと言うことで合同で実施しています。

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今日も大勢のご来賓と会員が集まってくれました。
厳しい経済環境下には変わりがないのですが、ちょっとだけ好転への変化を望めそうな希望的観測が漂っていた様に感じました。
従って和やかな内に終了できました。

ご来賓のお一人が「今年こその こそ を取り除きましょう! 今年はに」
正に、そのように経済環境も含めて日本全体に漂う閉塞感から脱却したいものです。

2013年1月23日 (水)

新島襄の忌日「碑前祭」

01231890年1月23日、今日は新島(山本)八重さんの夫、新島襄の忌日です。
毎年、襄の永眠した同日に同志社大学と大磯町関係者等が集い、終焉の地(元百足屋の敷地内)の前で碑前祭が執り行われます。

現在、NHKで放映されている「八重の桜」の影響もあり、いつもより参列者も多かったと聞いています。
私は、明日の3団体合同新年会等の準備もあり行くことが出来ませんでした。
写真は大磯町産業観光課の職員から提供いただきました。

襄の父親は安中藩士ですが、襄は江戸の藩邸で生まれています。
安中市では市観光ボランティアガイドの会が企画展を開催し大勢の見学者で賑わっているようです。

八重の出身地である会津若松は言うまでもなく、現在大河ドラマで会津戦争時には断髪・男装し家芸であった砲術を以て奉仕し、若松城籠城戦で自らもスペンサー銃を持って奮戦するなどの活躍や今後このような内容が放映されるのでは?と思います。ストリーが襄との出逢いとなる京都に移るまではドラマの中心地です。

大磯町には旧百足屋の敷地内に「新島襄先生終焉の地」の碑があります。
この碑は1940年(昭和15)に新島襄の門下生が集い、建立し碑の筆は徳富蘇峰によるものです。

そして「徳富蘇峰記念館」がお隣の二宮町にあります。
現在、平成25年度特別展として「新島八重からの6通の手紙展」を2013年1月8日(火)~12月8日(日)の期間で開催中です。

内容は新島八重から徳富蘇峰に宛てられた6通の手紙を中心に、八重の夫で同志社創設者の新島襄や八重の兄・山本覚馬、また勝海舟、大山巌、山川健次郎らの直筆書簡を展示しています。西郷隆盛の外套やペリーの下田来航図(巻物)、三舟(勝海舟・高橋泥舟・山岡鉄舟)の書も展示しています。

さぁー、それでは大磯町では?????
何を仕掛けましょうか?

2013年1月22日 (火)

投げることを忘れたボウラー

西条八十作詩の童謡「かなりあ」です。

 ♪歌を忘れたカナリヤは
 ♪後ろの山に捨てましょか
 ♪いえいえそれはなりませぬ・・・・・・。

事務所から帰ると27日に行われる4市2町親善ボウリング大会等の準備に追われています。
昨年の7月からは腰の調子と相談し、投げるのをすっかり忘れています。
正に「投げることを忘れたボウラー」です。

自分が投げることが出来ないから裏方の仕事に徹する。
このこと自体、苦には感じないのですが、ボウリングだけは観る立場には回りたくないのですよね。
「もっと頑張ることが出来るのではないの?」と問い掛けてくるもう一人の自分がいるんですよね?

そうしてみると現役にこだわり続けるスケートの岡崎朋美選手やWTAランキング自己最高位をシングルス4位まで極めたテニスのクルム伊達公子選手の、未だに世界を相手に挑み続ける姿勢に頭が下がります。
こうした選手には頑張り続けて欲しいと思います。

自分も、もう少し暖かくなってから復活を・・・・・・!
そして目指すは昭和48年以来、40年ぶりのパーフェクトを!

2013年1月21日 (月)

私の関連するイベント情報

2月10日(日) ISO市
              9:00 ~ 12:00 大磯駅前
           年間カレンダー   
「Calendar.JPG」をダウンロード

   17日(日) 第30回大磯市(いち)
             
9:00  ~  14:00 大磯港
        ☆できるだけ公共交通機関をご利用ください。
         魚の整理券は午前8時からお配りし、販売は9時からです。

3月 3日(日 第6回東海道検定
           14:00 ~ 東海道7箇所




2013年1月20日 (日)

大寒の「大磯市」

今日は「大寒」
一年で寒さが最も厳しくなるころとされている中での「大磯市」開催となりました。
準備のために日の出前に港で作業をしていると確かに寒いです。
しかし、今朝の日の出は綺麗でした。
今日の良い天気を予感させる朝でした。

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          ▲
    スタッフが撮影した日の出を加工しました。

「大磯市」にとっては今月と来月が最悪の中での開催になります。
今朝も定置網には魚が入らず「朝市」は中止。
どの位の人が来場するのか・・・・・・・。

最終的には3,200人を超える来場者があり終日ゆっくりと過ごしていただくことが出来ました。
出店者の一人が「この寒い中での開催は大変だろう!出店者にとってもこの時期は厳しいんだよ!だけど、自分たちが売れると思う条件の良い時だけに出店するのは申し訳ない。自分も大変な時にあんたたちと一緒にやって協力していくよ!」と声を掛けてくれました。

いやぁー、こうした心掛けで出店してくれる思いが、来場者にこの気持ちが伝わるわるのだろうとい痛感しました。

出店者、来場者に「感謝」の一言です。
主催者としてもこうした言葉をいただけるからやっていけるのです!

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2013年1月19日 (土)

年賀状で確認する安否

今年も多くの年賀状を出しました。
そして、沢山の年賀状もいただきました。
その中でも気になる方からの年賀状が届かないと気になるものです。

松の内が明けると「寒中お見舞い申し上げます」の書状も、また、多くいただきます。
身内で不幸があったがために年賀状を出せなかった旨の知らせの中に交じって、ご家族からの書状には胸を痛めるものが少なからず何通かあります。

年賀状をいただいたお礼に、昨年○○月○○日に当主○○が永眠・・・・・
生前のご厚情に深謝する 旨のはがきが混じっています。
自分が生あることに感謝をする時でもあります。

私の方こそ生前に賜ったご厚情に感謝します。
そして改めて「ご冥福をお祈りいたします」

郵便制度が確立したのは明治維新後の1871年のことです。
この頃は新年の挨拶も書状で送るところがほとんどだったそうです。
2年後の1873年に郵便はがきを発行するようにり、年始のあいさつを簡潔にしかも安く送れるということで葉書で年賀状を送る習慣が急速に広まっていった経緯があります。

そして私の生まれ年と同じ1949年に、お年玉付郵便はがき発行され、そして大きな話題を呼び大ヒットし、これを機に年賀状の取扱量は急激に伸びて現在に至っています。

明日が平成25年お年玉付郵便はがきの抽選日です。
多くの年賀状をいただいても「切手シート」しか当たったことがないので、今年の景品の内容も知りませんし興味もありません。

ところで、第1回のお年玉付き年賀はがきの賞品はどのようなものだったのでしょうか?

 特等:ミシン
 1等:純毛洋服地
 2等:学童用グローブ
 3等:学童用こうもり傘‥‥

雨が降ると学校を休む?
今では信じられないことでしょうが、3等の賞品が「学童用こうもり傘」とは?
時代を反映していますよね。
「ミシン」「純毛洋服地」等もホームメイドで洋服を作れる家庭がある一方で既製服が高かったと言う裏付けなのかも知れません。そして、ベビーブームへの自己防衛だったのかも知れません。

1956年は三種の神器の一つ「電気洗濯機」
  65年は「ポータブルテレビや8ミリ撮影機・映写機セット」
  84年は「電子レンジ」
  86年は「ビデオテープレコーダー」 等が登場します。

その後の賞品を見ても「お年玉付き年賀はがきの賞品」からもバブル景気とその崩壊、その間の消費の多様化の変化を見ることが出来ます。

2013年1月18日 (金)

「海のもしもは118番」

0118電話番号118番とは、海上における事件・事故の緊急通報用電話番号なのだそうです。
一般加入電話・公衆電話・携帯電話・PHSから118番に電話を掛けると全国11ヵ所の各管区海上保安本部につながります。

海上保安庁は、電話番号の周知を図るために2011年より1月18日を『118番の日』に制定しています。2年ほど前に制定されたので、こんなに「海」を友のようにしていた私も知りませんでした。

海難事故のみならず、密航・密輸、不審船情報や海上環境事犯の通報先です。
『キャッチコピーは海の「もしも」は118番』です。

運用の歴史は2000年(平成12年)からですから、歴史はあるのです。
同年5月1日施行の改正電気通信事業法施行規則により110番、119番の緊急通信と同様に扱われる番号として運用が開始されています。

私も知らなかった118番です。
子どもでも知っている警察の110番、消防の119番に比べて、知名度が低いのも事実です。

しかし、四面を海に囲まれているのが日本です。
それだけに海難事故も多く、その海難救助は海上保安庁の役目です。
知られていない「118番」故に海の事故が発生しても警察や消防に連絡が入り、肝心の海上保安庁への通報が遅れることも多々あるそうです。

普段は海に行かない人であっても、たまに海に行った時に事故にあうかもしれません。
また、海の事件事故(釣り人や海水浴客が沖に流された、船が転覆したなど)を目撃したりするかもしれません。
その時には今日を機に「海のもしもは118番」を、ぜひ憶えておいて下さい。

2013年1月17日 (木)

厳冬の中の常夏?18年目の阪神大震災

0117久しぶりの振替休日です。
南に面した2階の角にある12畳のスペースが私とカミさんとのくつろぎの場です。
今日のように太陽が顔を出してくれていると、外は10℃に満たない陽気でも34℃までしか数字の付いていないカレンダーの温度計が計測不能になる程の暖かさになります。
本当に太陽のありがたさを実感します!

愛猫の「タマ」も「雪」の童謡ではないですが歌詞の如く丸くなって、ずっとこの状態です。
午後には陽が翳り始め、私がパソコンの手を休めソファーにもたれかかって休憩すると、今度は膝掛けの中に・・・・・!

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こんな平穏な生活を送らせていますが、今日は6434人が亡くなった阪神大震災から18年目を迎えています。
神戸市を中心にした被災地では、多くの人生を一瞬で変えた午前5時46分に鎮魂の祈りに包まれ、失われた命と、生き抜いてきた年月に思いを寄せる集いが開かれました。

南海トラフ巨大地震などの予想もあり、防災対策の一環で「地域密着」「市民参加」「防災および災害時の放送」がコミュニティ放送の特徴を活用もクローズアップされています。
コミュニティFMの可聴エリアは数十km規模の地域放送局です。従って全国キー局や県域局では報じない、地元の災害情報が得られる利点があります。

こうした機会に自分の住居地域のコミュニティFM局を把握する事がまず第一歩です。
76.0MHz~90.0MHzまでの周波数帯で聞く事ができるので、この機会に確認しておくことも必要なのかなと思います。

2013年1月16日 (水)

新春恒例の大磯警察署武道始式

新春恒例の「大磯警察署武道始式」が同署の武道場で行われました。
地域の治安維持を目的に、日頃から訓練をしている署員の成果を地域住民に披露するために毎年行われています。
武道始式では「柔道・剣道高点試合」「柔道・剣道五人掛け」や「実践逮捕術」などが披露され、特に普段から柔道・剣道に馴染みはあるものの、今日披露された試合形式は観る機会がないので、興味を惹きました。

「柔道・剣道の高点試合」とは、自分が敗れるまで連続して試合を行う勝ち抜き戦です。
「柔道・剣道五人掛け」は一人の実力者に格下の者が五人で次々に挑む試合の形式です。よほどの実力差がない限りできる業ではありません。

平成25年の神奈川県警察のスローガンは
「県民と 力を合わせ治安維持 
    笑顔あふれる まちづくり」です。

県民の一人として警察署員が忙しいようでは困ります。
枕を高くして寝ることが出来ません。
しかし、現実には犯罪等が多発しています。
県民・町民のための治安を守るために、今日の武道始式で見せた鍛錬を活かして活躍を期待します。

2013年1月15日 (火)

第6回東海道検定受付中

0115_6_3第6回目の東海道検定を来る3月3日(日曜日)に東海道の7箇所で実施します。
現在、検定の受け付けを行っています。

誰もが知っている東海道五十三次・余り知られていない東海道五十七次。
実は東海道が五十七次だったと説明すると「えっ!」と思う人って以外と多いのです。

東海道は1601年に徳川家康によって整備された五街道に一つです。
それより遡ること豊臣秀吉が大阪と伏見の間の交通を円滑にするために淀川沿いの堤防と道路を兼ねた「文禄堤」を築いていました。
東海道を整備した徳川家康(徳川幕府)は大坂城には、まだ豊臣家が健在であったため京都から大坂への街道の延伸をしなかったのです。
1615年(慶長20年)の夏の陣により江戸幕府(徳川家康)が大坂城を落城させると同時に東海道を大坂まで延長し、伏見、淀、枚方、守口の4つの宿場を設け大津宿から大坂(高麗橋)の東海道57次が成立したとされています。

東海道57次が成立した後も関西では「京街道」あるいは「大坂街道」と呼ぶ方が多く、あえて東海道という表現を使わなかったことと、何といっても浮世絵風景画の巨匠、歌川広重の東海道を描いたシリーズ、1833年(天保4年)に保永堂から出版された「東海道五十三次」は、現在でも良く知れ渡り日本美術史上に名を残す永遠のベストセラーとなった、その「東海道は53次」のイメージが余りにも強い結果だとも思います。

このような東海道五十七次のことを改めて勉強し、東海道検定にチャレンジしてみませんか?

■主  催:特定非営利活動法人「歴史の道 東海道宿駅会議」
■検定内容:3級 4択法 100問
      2級 3級合格者
         4択法式50問と記述法25問     
■日  程:平成25年3月3日(日)
■時  間:14:00試験開始
■受験会場:東京地区(品川宿交流館 東京都品川区)
      神奈川地区(大磯町商工会館 中郡大磯町)
       静岡地区 (静岡グランシップ 駿河区池田)
      愛知地区 (鳴海コミュニティセンター 名古屋市緑区)
      三重地区 (桑名市精義公民館 桑名市中央町)
      滋賀地区 ((財)滋賀県教育会館 大津市梅林)
      京・大阪地区(守口市教育文化会館 守口市京阪本通)
■受 験 料:3級・2級共 4000円(消費税込)
■要項請求先:東海道土山宿
       〒528-0211 滋賀県甲賀市土山町北土山1701
                NPO歴史の道東海道宿駅会議事務局
         TEL 0748-66-1164  FAX 0748-66-1165
                  URL http://www.tokaido.or.jp
■締 切 日:平成25年2月20日必着
■主  催:NPO歴史の道東海道宿駅会議
■主  管:歴史の道東海道検定委員会
■基準参考図書:問題集発刊(第2版)他 1部¥1,100発売中

私の関連するイベント情報

1月20日(日) 第29回大磯市(いち)
             
9:00  ~  14:00 大磯港
        ☆できるだけ公共交通機関をご利用ください。
 
         魚の整理券は午前8時からお配りし、販売は9時からです。

2月10日(日) ISO市
              9:00 ~ 12:00 大磯駅前
           年間カレンダー   
「Calendar.JPG」をダウンロード


    

2013年1月14日 (月)

最悪の成人式

相模湾沿岸の新たな観光資源開発事業の一環で大磯港~真鶴港へ。
真鶴町に行って中川一政美術館等を鑑賞し、真鶴港を出港。
途中で箱根連山に沈むサンセットをバックにしてクルーズは大磯港に向けて快走。
大磯沖に到着すると、海岸で左義長の点火を待つ人の賑わいが船上まで伝わってきます。

そして、19時に10mを超えるサイト9基に一斉に火が入ります。
お団子を付けた竹がサイトの周りを埋め尽くしています。
サイトに火が入って、暫くの間はジャンバーが触れないほど熱くなります。
ですから、火に近寄れません。

暫くすると、その年に決められた方向にオンベが倒されます。
そうすると、ようやくお団子を焼くことの出来る状況になります。

海に下帯一つの若者が大勢入ります。そうすると陸にいる人との間で綱引きが始まります。
それぞれ「豊漁」「豊作」を祈念してのヤンナゴッコ(綱引きです)が始まります。

そして綱引きが終わると、道祖神を乗せたそりに若者も一緒に乗り「伊勢音頭」を唄いながら地域に戻って行きます。
と言う状況を船上から観る事業が、爆弾低気圧の影響で中止になってしまいました。

全国で新成人を迎える人口は122万人と推計されています。
今日の天気のように厳しい状況が今後も予想されますが、貴女方が生まれた時からバブルが弾けて今と余り変わらない時を過ごしてきました。
それだけにバブル期の日本経済の状況を知る由もありません。
今の状況が当たり前の封通の状況の中で生きてきました。
それだけに、我々の様に成功体験的な人生を経験しているわけではないので、私たちと違った感覚で先を見ることが出来るのではないかと期待しています。

国立競技場で予定されていた第91回全国高校サッカー選手権の決勝や中山競馬場も雪で中止になりました。

午後から孫たちが5人で団子づくりを楽しんでいました。
しかし、この状況なので、無病息災を祈念しにく「左義長」に行って風邪をひかせる訳にはいかないので、今年は遠慮させてもらいました。
折角、一生懸命に団子づくりを頑張ったのに残念でした。
団子づくりに興じる孫たち
                      ▼

0114   団子を作り焼く予定だった団子たち
                       ▼

   

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2013年1月13日 (日)

今年最初のISO市

0113_iso久しぶりに穏やかな、陽だまりにいると何となく春を感じさせる陽気でした。
今年、最初のISO市です。
3連休の狭間の休日なのか?、正月明けの疲れなのか?、人出がいつもより少ないようです。

ニュースで報道される大手デパートの様な初売りほどの賑やかさはありませんが、それでもすっかり第2日曜日に開催されていることが地元の方に定着をしたISO市です。
地元の方はお昼のおかずの一品にと。
ふらっと大磯駅に降り立った方は、お昼代わりに買っていただくとそれぞれの購買パターンが出来上がってきました。

どれでも一品が¥150です。計算もしやすいし、通常の価格よりも安く販売しています。
それが人気の一つになっているのだと思います。
今年も第2日曜日に開催し続けます。

明日は3商工会連携事業の相模湾クルーズを実施する予定です。
こんなに天気の良い日から、明日は一転。大荒れの天気が予想されています。
昨日から、色々なところと調整をして実施する方向でいます。
最悪、大磯の沖から「左義長」だけでも「海」から観ることが出来れば・・・・・・。
と!願っています。

2013年1月12日 (土)

孫のスーパーママチャリグランプリ応援

親の血筋は争えないもです!
私は40年以上前に「富士スピードウエイ」に日参したものです。
自分で走るためでもあり、モータースポーツを観戦するために。

その富士スピードウエイに早朝をものともせずに息子が3人の子ども連れて行きました。
モータスポーツの観戦に?いやレース参戦するためです。孫たちは応援です。
私が走らせたのは、もちろん「自動車」です。
彼が今日、走らせるのは「ママチャリ」。そうです自転車なのです。

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スーパーママチャリグランプリ(第6回 ママチャリ日本グランプリ)に参加するためです。

この大会にエントリーするには予選を勝ち抜くのが大変なのだそうです。
予選と言っても実際にコースを走行する訳ではありません。「参加申込」そのものが予選レースとなります。そして、申込時の混乱を避けるため予選開始日(募集開始日)の事前告知を行っていません。従って、予選会が始まるだろうと思われる日から、日々チェックしておかないと予選失格?になってしまいます。
予選会が始まると、最近は人気が高く、おおよそ1,400チームが数日で埋まり、予選会が終了するとのことです。

1チーム3名以上10名以下でチームを構成し、交代しながら7時間を走り、走行した周回数で順位を競っています。
参加条件は、ママチャリを安全に運転できれば誰でも参加できます。
使用できる自転車は普段使用されている何の変哲もない「ママチャリ」です。スポーティなひし形フレームの自転車は不可。26インチホイール限定、シートは83センチ以下で固定、ハンドルは95センチ以上で固定していないと車両検査が通りません。

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こんな条件の中で本格的に上位を狙うチームから、色々なパフォーマンス、コスプレを楽しみながら走行するチームから還暦を超えた人に孫(子どもの参加も可能)のさまざまな年齢層のチームが参加して、それぞれの楽しみ方をしているようです。

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富士スピードウエイは、普段レーシングマシンが走行する一周4,563mのコースを舞台に走るのですから爽快だと思います。
そして家族や職場仲間と参加すればコミュニケーションを図るには最高かもしれません。

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★スーパーママチャリグランプリ(第6回 ママチャリ日本グランプリ)の
 公式ホームページは下のURLで確認して下さい。

  http://www.japan-racing.jp/fsw/12/12mama_s.htm

2013年1月11日 (金)

今日は鏡開き

今日、1月11日は鏡開きでした。
昔からお餅は神さまに捧げる神聖な食べ物とされています。
年神様は、全ての人や物に新しい命を与えると伝えられ、鏡餅には年神様が宿ってもいるので、鏡餅を食べると新しい命をいただくことにつながとされています。

しかし、神棚を造ってある家もも少なくなって現代ではこうした歳事も次第に少なくなっていくのでしょうね。寂しいですが、と言う我が家にも神棚がありません。
私は子どもの時にはお汁粉が嫌いだったのでこの11日の「鏡開き」は苦手でした。

ところで「鏡開き」は何故11日なのでしょうか?
私もどうしてなの知りませんでしたのでちょっと調べてみました。

「鏡開き」は遡ること室町時代に武士の家の風習として広まったと言われています。
当時は神棚とかにお供えをするのではなく、武家に取っては大切な「鎧かぶと」などにお供えをして、そのお餅をお雑煮等にして食べたようです。
これを「刃柄(はつか)(刀の刃と柄)」を祝うといい、語呂合わせで20日に行っていたようです。

それが徳川三代将軍家光が亡くなったのが1651年(慶安4年)4月20日 (旧暦)であったため、20日を忌日として避け、後に松の内の11日に繰り上げられたとされています。そういう説があるそうです。(出典Wikipedia)

それでは何故11日なのか?
1月7日までは年神様がいる松の内です。11日は松の内が明けて商家の仕事始め、蔵開きの日に当たります。ですから11日になったと。

そしてお餅は「切る」のではなく何故「開く」のか?
これも武家の歳事から始まっているので、本来は「切る」のですが「切る」は「切腹」を連想させるので嫌います。
結婚式などのお目出度い席で「切る」などは忌み言葉を嫌うのと同じなのでしょう。
まして、年神様にお供えした、また宿っているとされるお餅を「切る」訳にもいきません。
そこで開運の意味も含めて「開く」になったようです。
本来は木槌などで叩いて割ります。
この行為も年神様を叩く?「とんでもない!」ということになります。

こうして一つ一つの歳事には深い意味が込められていることを痛感します。
だから、歳事を大切にしていくことも大切なことだと思うのです。

2013年1月10日 (木)

110番の日

今日は1月10日。
1985年(昭和60年)12月警察庁が定めた、110番の日です。
普段は、と言うより私も直接110番通報をした記憶??????
う~ん、ありません。
それだけ60年以上も緊急事態に遭遇したことのない裏返し、幸せなのかもしれません。

私の住居地は神奈川県大磯町です。
意外と知られていないことなのですが、110番通報すると所轄の警察署に電話が繋がると思っている人が結構います。

だから何処どこで事故だ、事件があった。
「場所も、○○商店のすぐそばだ!」
「ご住所、目標物はお分かりになりますか?」
「だから○○商店のそばだと言っているではないか?警察なのにどうして分からないんだ?」
とちぐはぐな会話になってしまいます。
確かに電話をしている方は慌てています。電話に出る方はプロですから電話を掛けてきた方を落ち着かせようと呼び掛けます。しかし、電話を掛けている方は夢中ですから、妙に落ち着いた態度に腹が立つ?

何となく分かるような気がします。
しかし、私は神奈川県在住ですの110番通報しますと、横浜市中区の警察本部にある110番センター(通信指令室)に繋がります。ちなみに神奈川県警では一年間に約98万件の電話があるそうでう。
自分が知っているランドマークをいくら説明しても分かるはずがないのです。

ですから、住所等で案内する必要があるのです。

受け付けられた110番は、コンピュータで処理され、事件・事故などの発生場所を管轄する警察署に指令するとともに、GPS衛星を利用したカーロケータシステムにより、発生場所に最も近いパトカーをいち早く急行させることができるようになっているそうです。

そして「110番」は「緊急の事件・事故」の通報用の緊急回線ですから、通話料金はかかりません。
これは携帯電話からのダイヤルでも同じです。
通話料金は発生しませんから、あわてず落ち着いてお話して下さいと警察署は案内していると同時に、折り返し、110番センターや警察署から電話をかける場合がありますので、携帯電話などの電源は切らないで下さいとのことです。

しかし、通話料金が発生しないからといって警察業務の「総合案内」「フリーダイヤル」ではありません。「タダでできる相談ダイヤル」「免許証の更新手続き案内ダイヤル」などでもありません。
結構、こうしたことで「110番」に問い合わせるケースもあるようです。
あくまで「110番」は「緊急の事件・事故」の通報用に設けられた特別の緊急電話なのです。
出来れば「110番」通報などすることのないように済ませたいものです。

2013年1月 9日 (水)

妻が先か? 夫が先か?

国内最大規模のアートの祭典、「瀬戸内国際芸術祭2013」が春・夏・秋の3シーズンに亘って開催されます。2010年に第1回を開催して3年に1度開催されますので今年が2回目の開催です。
舞台は瀬戸内海に浮かぶ「直島」「男木島」「小豆島」を始めとする11島の島々を舞台にして、国内外を問わず若手から世界のトップクラスのアーティストが美術作品の展示や祭事と連携したイベントなどが開催されます。

この「瀬戸内国際芸術祭2013」の参加アーティストに「石塚沙矢香」さんが選ばれたのです。
2009年に行われた「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」にも参加しています。
その彼女が瀬戸内国際芸術祭への参加を記念して若い仲間が集まって「石塚沙矢香君を応援する会」を企画しました。

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私は2年ほど前に彼女の個展を見て知り合いになりました。
私も応援団の仲間に入れさせてもらいます。

そして、今日のタイトルが「妻が先か? 夫が先か?」と妙な標題をつけました。

2年ほど前から始めて、これまでも何度も話題にしている「大磯市」で一人の若い青年に出会いました。
その青年は「たいようまるかじり」と言う店名で自から育てた無肥料野菜を販売していました。
大学を卒業して就職せずに、農業の世界に飛び込んだ青年です。
その彼の活躍ぶりが、昨日の朝日新聞に大きく取り上げられました。

新聞なので転載するわけにはいかないでしょうから下記URLを見て上げて下さい。
  http://www.asahi.com/area/kanagawa/articles/MTW20130108150280001.html

私は彼の直向きさに魅せられていつしか彼のファンになり親しくつきあうようになりました。
その彼が「大磯市」で

「僕、今度結婚することにしました。」
「良かったね!今度、嫁さんを紹介しろよ!」
「今日、一緒に来ていますから後で紹介します」

そして連れてきたお嫁さん候補(まだ秋には)の顔を見て、
「何で、沙矢香なの。どうしたの?????。」
このようなドラマチックな出来事があるから若い人とのつきあいって楽しんですよね!

商工会はどちらかというと保守的な、場合によっては閉鎖的な組織のように見られますが、私の事務所にはこうした、若者の出入りが多くなり「楽しみな芽」が育ちつつあるのを実感します。
歳は取れません。だから歳を取ります。(一歳づつマイナスしていくことことにします。)

2013年1月 8日 (火)

今年の左義長は海から観る予定です!

0108大磯町で行われる国の重要無形民俗文化財に指定されている左義長が1月14日(月・祝)に北浜海岸(大磯海水浴場)で行われます。

1月14日に大磯町で行う左義長はセエノカミサン(道祖神)の火祭りのことでセエトバライ(サイトバライ)、ドンドヤキ、ダンゴヤキと呼ばれています。

正月飾りやダルマをセエノカミに集め、ワラなどを使ってお仮屋をつくります。
お仮屋では子どもたちが籠もり、餅を焼いて食べたりして過ごします。
私が子どもの頃にはここで一晩を過ごしても親に怒られることなどはなかったものです。
まして、このお仮屋にあがるお賽銭は上級生が頭になって子どもたちで分配も出来ました。
だから途中で帰ることなどなかったのです。
これが七所(ななとこ)詣りと呼ばれる行事です。
そして14日にはお仮屋をこわし、サイトと呼ばれる塔を海岸に作って火を入れます。これが左義長です。

そして当日にはサイトの火が燃え盛る頃に、若い衆が裸になって橇(そり)状の台に乗せたセエノカミの仮宮を海に引き入れ、さらに浜方と陸方に分かれて綱を引きあいます。これをヤンナゴッコといい、やがて陸に引き上げられた仮宮は、町内を曳かれ、セエノカミに納められます。

この行事は私の記憶では12月8 日から始まっていました。
一番息子という、石に縄をつけ子どもたちが町内の若い衆、独身のいる家々を巡り、「○○さんにいいお嫁さんが来ますように、一番息子!」などの願いを唱えながら玄関先で瓢箪状の石を地に敲きながら回った記憶があります。当然これにもお小遣いがもらえますから。

そして、この左義長は、島崎藤村が晩年を大磯で過ごしたのは、左義長の壮大さが気に入った為、とも言われています。

この勇壮な左義長の日に合わせて私は3商工会連携事業の一環としてクルーザーから観て、今後の観光事業の柱にならないかを実験する企画をしてみました。

そして、この左義長で焼いた「だんご」を食べると一年間、風邪も引かずに健康に過ごせると言われています。
ですから、是非左義長で「だんご」を焼いて食べて下さい。

遠くからお見えになる方は「だんご」を用意してくるのは大変だと思います。
大磯町観光協会では当日の午後1時30分から、さざんか通りで団子と竹棒のセット販売(約300セットの限定販売)を行います。ただし、限定ですので売り切れ次第に販売中止となりますのでご容赦ください。

是非、大磯の新春を飾る左義長にお出で下さい。

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2013年1月 7日 (月)

年末調整指導会

新しい年を迎えると個人事業者には年末調整の時期を迎えます。
個人事業者が専従者(家族従業員)及び、従業員を雇用している事業所は年末調整を行い、また、税額が出ない支払額であっても申告を行う必要があります。

毎月、徴収されている源泉税は概算の金額です。
月々の給料だけでは、1年間の総収入が分かりません。
毎月の給料からは、この給料額だからこれ位と細かに記載されている源泉徴収税額表によって概算の税金が引かれているにすぎません。
そして通常は毎月、源泉徴収をした源泉所得税は原則として翌月の10日までに納税を済ませます。

私たちがこの時期に源泉徴収指導会を行う背景には、小規模の事業者に対しては納税の負担軽減措置として「源泉所得税の納期の特例」と言われる制度があります。
この特例を受けるためには、事前に税務署に申請書を提出する等の必要があります。
その他にも「給与の支給人員が常時10人未満であること」等との条件はありますが、この届け出を提出すると、提出月の翌月から半年に一度の源泉所得税の納税、すなわち「1月から6月に支払ったものの源泉徴収税額は、その年の7月10日までに」そして「7月から12月に支払ったものの源泉徴収税額は、翌年の1月20日までに」納税をすることが出来ます。
(平成24年度税制改正の成立により24年7月1日以後の給与等の支払分より適用されます)
この税制改革の前は、10日迄に200社を超える会員の源泉徴収に係る年末調整を行わなければならず、結構ハードな日程で行っていました。昨年までは。

今年からは税制改革により20日(今年は20日が日曜日に当たるため21日まで)までに延びたので、短期決戦から、逆に指導期間が延びて妙な余裕が生じてしまいました。

2月に入ればすぐに確定申告の指導会です。
この忙しそうでいつもより若干余裕のある時期に次年度の組み立てを考える日々が続きます。

2013年1月 6日 (日)

遅ればせながらの初詣

今年は私自身の体調は良かったのですが、カミさんが体調を崩して正月も外に出掛ける元気もなく、ちょっとだけ心配をしていました。
ようやく今日になって初詣に地元の氏神様である高来神社へ初詣に行くことが出来ました。
彼女もこれで気持ちがすっきりしたことと思います。

神社に行き、お参りの仕方の美しい方に出会うと清々しく我が身の振りを一考させられます。
作法通りにお願いをしようとも、或いは作法にはずれていようが、要は参拝する人が純真に、邪心を持たずに素直に参拝すれば良いのだと思いますが、それでも美しい作法を見せられると魅入ります。

だから参拝するからには、なるべく作法に則った頼み方をする方が、神様の方だって気持ち良く願い事を叶えて下さることでしょうし、むしろ、頼み事をするのですから、神様にも礼節を尽くした方が良いのではないでしょうかと。
こうした思いを持つこと自体が自分に邪心がある?あるのかな?だからいけないのかな? と。

出来る限り神社の一番外側にある「一の鳥居」から順に鳥居をくぐって、参道に入っていきます。
鳥居をくぐる際には、軽く一礼をして入ります。これを「一揖(いちゆう)」と言うそうです。
そして、話をしながらいつしか二人で堂々と参道の中央を歩いています。
おっと、参道の中央を歩いてはいけません。
参道の中央は「正中」と言い神様が通る道なのです。二人が歩くところではないのです。

そして、手水舎で身を清めます。
本殿の前で鈴を鳴らします。
鈴を鳴らすことにより神様に自分が来たことをこれで知らせます。
お賽銭を静かに入れます。続いて願い事です。「二拝・二拍手・一拝」
「一年を家族全員が健康で過ごせるように!」高来神社への初詣を済ますことが出来ました。

1306秦野に「出雲大社相模分祠」があります。前から気になっていた神社なのです。
昨年の10月8日には、この出雲大社相模分祠にて第70代横綱となった日馬富士関の奉納土俵入りが行われました。
親方の伊勢ヶ濱親方(元横綱旭富士関)もここで土俵入りが行われたそうです。
天気も良かったので足を延ばして、お参りに行ってきました。

ところで何故、出雲大社や宇佐神宮・弥彦神社は「二拝・四拍手・一拝」なのでしょうか?
これは調べても分かりませんでした。

実は二拍手になったのは明治時代に神社が国家管理に入ってから後で比較的に新しい作法の様です。
作法を統一していったためにそうなっただけで、それ以前は各神社がばらばらな作法をしていたようですので、結局は出雲大社の四拍手の理由も良く分かりません。

最終的には自分の気持ちです。
今年も良い初詣が出来ました。初詣に行けること自体が「幸せ」なのです。
今年も一年間よろしくお守り下さい。

2013年1月 5日 (土)

グラム7万円のマグロ!

東京の築地市場でも今朝から新春恒例の初競りが行われました。
少しずつ、着実に2013年が始動していると、温もりの残る布団の中でラジオを聞いていましたが?

青森・大間産の本マグロ1本が過去最高値を約1億円上回る1億5540万円で、すし店を全国展開するお店が競り落としたニュースで完全に目が覚めました。

222㎏のマグロですから1㎏70万円。グラム7万円!!!!!。
マグロが庶民から遠くにいってしまうような価格に驚嘆しました。
しかし、このマグロを競り落とした「喜代村」の社長は、「握りずし1個に換算すると3万円以上になるが、各店では赤身134円~大トロ418円の通常価格(税込み)で販売するという。」
さすがにこれだけの大物を競り落とす社長の太っ腹のコメントにも驚きました。

青森県の大間町と言えば、本州最北端の町で、ここで取れるマグロは「黒いダイヤ」と呼ばれ毎年、築地市場で高値で取引されていることで知られています。
通常、マグロ漁と言えば「延縄漁業」です。
大手の企業が組織化して南洋に出掛け、一回出港すると1年~2年ほど日本に帰ってくることはありません。

しかし大間のマグロと言えばマグロ一本に夢を託し、一年に一本のマグロを水揚げ出来なくとも、「黒いダイヤ」マグロを求めて漁に出る漁師の姿が何度もマスコミに紹介されています。

庶民はすぐに気にしてしまいます?何を?儲けを!
今回のこのマグロは映像で見る限り、冷凍にされていませんでした。
本当に近海で取れたマグロであることは想像が出来ます。

1億5540万円で競り落とされたマグロの仕入れ値は?
そしてこれを釣り上げた漁師さんの手取りは?
ついつい、こんなことを考えてしまいます。

築地市場の初競りでは本マグロの最高値が2006年の382万円から7年連続上昇しており、昨年も「喜代村」が5649万円で落札した。市場関係者の間には「市場の価格形成に影響が出かねない」と懸念する声もある背景には、ここまで競り値が高騰してしまう背景には中国の台頭があります。
複雑な気持ちで聞いた新春のニュースでした。
それにしても「マグロ」が庶民から次第に遠くに去っていきそうな・・・・!

2013年1月 4日 (金)

’13年の始動です!

事務所に鍵を開けて入ります。
「おはようございます!今日も一日よろしく!」と
毎年、1月4日の仕事始めの時は
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」

鍵を開けて入るのに、誰か中にいるの?
いやぁー、誰もいません。「独り言です。」
自分自身に言い聞かせ、さぁー今日も一日頑張るぞ!という自分への「あいさつ」です。
こうして、今年の一年が始動しました。

まず最初の仕事は大磯町の新年賀詞交歓会です。
中﨑町長も任期の折り返しの二年が経ちました。
町の施策についての細部に亘っての方針を述べましたが、これ等を実行していくためには町民の協力が絶対的に必要だと。そして直接的には表現していませんでしたが「Ask not what your OISO Town can do for you; ask what you can do for OISO Town」と暗に呼びかけているように感じました。

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                ▲
     左から中﨑町長・渡辺議長・河野代議士・古澤県議

財政的に厳しい状況が続く以上、こうした思想は必要だと思います。
この考え方を町民に求めるためには、人気取りの「ポピュリズム」に惑わされてはいけないということです。
日本国全体が「国民の声」「町民の声」と称して耳を傾ける余りに、社会がおかしくなっている一面があると痛感しています。
民衆の声によって政治が成り立つのであれば議会民主制など必要ありません。
全てを国民の声を聞いて判断するのであれば直接政治にすれば良いのです!

今年こそは中央、地方を問わず強いリーダーシップを発揮して欲しいと思います。
今年はどんな年になるのでしょうか?
私も新しいドラマを創りを目指しての仕事始めです!

2013年1月 3日 (木)

さぁー、明日から頑張ろう!

第89回東京箱根間往復大学駅伝競走は日体大が11時間13分26秒で30年ぶり10度目の総合優勝を果たしました。
予選会から這い上がった優勝だけに監督も選手も喜びがより大きかったことだと思います。

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                                                 ▲
              箱根駅伝7区 中継所約1km手前

シードを得た学校は来年に向けて、もう明日からその準備にかかるのでしょう?
惜しくもシードに届かなかったチームは秋の予選会に向けて対策を考えていくのでしょう?

その予選会で本戦に出場できなかったチームの選手の多くは運営の裏方を手伝うのだそうです。
運営の一つに沿道の観客整理があります。

その観衆の整理をする選手に、どこかのチームの監督が言っていました。
「選手が通過する時には、ひたすら観衆の方を向いて整理に徹しろ!結して振り向くな!箱根駅伝は観るものではない!走っている姿を観てもらうものだ!」悔しさが凝縮している激ですよね。

スポーツに「たら」「れば」がないことを嫌と言うほど味わい、この気持ちが一年間の苦しさを乗り越えるバネになっていくのでしょうね。

しかし箱根駅伝は10人で戦うチーム戦です。
個人戦ではありません。まして一区間が非常に距離の長いコースですから、ちょっとでも故障を抱えたり、何気ない体調不調がチームに予想つかない結果をもたらすこともあります。

従って「体調不良を一時的に自分をだまして、周りを安心させ期待を持たせることは、ある面では簡単なのかもしれません。その場はそれで収まっていいかもしれません。」
しかし、その判断が「自分は本当にそれでいいの?」と「正直な気持ちになった時に自分の答えはどんなものでしょうか?」
もしかしたら、時には「期待に応えない勇気を出すのが必要なのかもしれません。」
こうした思考回路を持つのも一流アスリートの条件なのかもしれません。

しかし、我々凡人は、普段からこのようにギリギリのところで勝負をしていないので簡単に諦めてしまう。
特に私など「今日は腰が少し重いな?」
「じゃー、今日はゆっくりしよう!」う~ん!365日、同じようなことを言っているような気がする?
と言うようなことを考えている内に、今年も正月の三が日が暮れてしまいました。
「さぁー、明日から頑張ろう!」

2013年1月 2日 (水)

今年は何処に?

地図帳を広げて見るのが大好きでした。
読書だとすぐに飽きてしまうのが、地図帳は一日中見ていても飽きがこない本でした。

今では地図帳を広げることはすっかりご無沙汰してしまいましたが、その代わりにネットの地図ソフトを閲覧しています。
子どもの頃の癖って大人になっても変わらないと、つくづく思います。

今でもラジオや本を読んでいて知らない土地が出てくると、すぐにネットで何処だ?と調べる習慣が抜けません。
地図以外でもこの様にすぐに調べる習慣をつけておけば、もっともっと知識を吸収できたと思うのですがね。正に「好きこそ物の上手なれ」です。

まだまだ見知らぬところが沢山あるな?行ってみたいな?
しばらく訪ねていないところも変わったんだろうな?
今年はどこに行こうかな?と、思いつつ地図を見て過ごしました。

仕事の忙しい中で、空白の数日を創り出して「旅」が出来ることの幸せは現職の内の醍醐味だと思います。だから正月の三が日にこの一年間の仕事を組み立てておく必要があるのです。
いずれにしても「仕事」も「旅」も健康でなくては出来ません。
今まで「節制」などの言葉は考えたことがありませんでしたが、そろそろ多少は自制もしなければいけない歳なのかな?と

2013年1月 1日 (火)

穏やかな内に戦後6回目の巳年を迎えました

穏やかな年明けです。
元日には家族そろって年始のあいさつを交わすのが恒例ですが、今年は息子が元日から出勤です。
娘夫婦は息子の実家、岩手へと新年のあいさつを兼ねて岩手のじぃじからスキーを教えてもらうと年末からお出かけ。それぞれの予定があり我が家は静かな元日となりました。 

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                 ▲
      孫たちが盛り付けもしてくれたので?
      ありがとう! と 後は「ばぁば」の仕事です

昨晩からお嫁さんがお煮しめを作ってくれて、それを孫たちがお重に入れて元旦のお祝いをしました。
そして、一言を添えたお年玉を皆にあげて、私もお年玉もいただきました。
こんなことをしていただけれる新年に感謝です。

今年の巳年は終戦後は6回目です。主な出来事を調べてみました。

平成13年(2001年)
 ○21世紀の到来です。
 ○東海道が宿駅制度400年を迎えて東海道全体で色々なイベントが
  開催されました。袋井宿で「400年を迎えた東海道」として記念
  イベントを行い、東海道宿駅400年を記念して臨時電車を走らせて
    袋井宿に行きました。
 ○小泉純一郎氏が第87代首相就任。アメリカでは同時多発テロによ
  り世界貿易センタービルが一瞬にして崩壊したのもこの年でした。

昭和64年・平成元年(1989年)
 ○昭和天皇崩御。昭和も次第に遠くなっていきました。
 ○消費税導入。
 ○中国では天安門事件。ドイツではベルリンの壁撤去。東西冷戦時代
  が終結に。

昭和52年(1977年)
 ○王が756号本塁打を達成。
 ○日航機ハイジャック事件。ハイジャックの多発により、この年に
  始めて海外に研修で行きましたが、行く先々で入国チェックが厳し
  かったことを昨日のように思い出します。

昭和40年(1965年)
 ○アメリカが北ベトナムへの爆撃を開始。
 ○日韓基本条約調印

昭和28年(1953年)
 ○テレビ本放送開始。
 ○吉田内閣バカヤロー解散。
 ○忘れてはならないのがカミさんの生まれ年です!年女なのです!

いつしか二人で還暦を過ぎる夫婦になってしまいます。
老夫婦と呼ばれるのも目の前です。
身の回りのことが何一つ出来ない私は、カミさんにもう少し面倒を見てもらわなくてはいけません。
だから、最後は「今年もよろしくお頼みします。」と。頭を垂れる新年のスタートです。

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西湘を拠点にして色々なプロジェクトを立ち上げて奮闘しています。そして私も遊ばされています。

きれいな水と美しい緑を、再生し、育み、守るために活動しています

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