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2012年10月26日 (金)

伊藤博文 凶弾に倒れる!

伊藤博文、明治42年(1909年)10月26日、ロシア帝国蔵相ウラジーミル・ココツェフ(ココフツォフ)と満州・朝鮮問題について非公式に話し合うため訪れたハルビン駅で、大韓帝国の民族運動家安重根によって狙撃され暗殺された。
幼名は利助のち俊輔(春輔、舜輔)とも称した。号は「春畝(しゅんぽ)」「滄浪閣主人(そうろうかくしゅじん)」など。「春畝公」と表記されることもある。

1026大磯には伊藤博文の邸宅「滄浪閣」があります。
もともと、明治23年に小田原に別荘「滄浪閣」を設けましたが、大磯の旅館招仙閣へたびたび宿泊していた博文は、交通の便や梅子夫人の療養に考慮し、そしてこの地を気に入ったこともあり、明治29年滄浪閣を大磯に移しました。
明治30年には本籍を大磯に移し、滄浪閣は別荘から本宅となり、大磯町民となった博文は、自ら役場へ赴いたといいます。
海へ散歩に出かけた際、漁師や住民に気軽に話しかけたりするなど、博文の気さくな人柄をうかがわせる逸話も数多く残されており、町民から親しまれた人物でした。
現在では個人の所有となっています。(この項大磯町郷土資料館ノート転載)

伊藤は4度にわたって内閣総理大臣を務め、44歳2ヶ月での総理大臣就任は、日本の歴代総理大臣の中で最も若い記録である。

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