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2012年9月23日 (日)

棟梁と日本書紀

昨日も日本最後の宮大工「西岡常一棟梁」のことをアップしました。
宮大工に必要な要素に「木を知るためは土を知らなければならない」という祖父の常吉の教えに従い本人の意志とは相反する農業高校に入学をさせられて、若い頃、一時は腐った思いをしたと伝記に綴っています。

コンピュータ等を始め時間的、費用対効果を中心にする考え方が万能になった時代、全てが数字やロジック化された時代には「個性」を大事にするという考え方と相反する考え方にあるとも言えます。

日本書紀の木種播きの条には「宮殿建築には檜を使え。杉や楠は舟を作るよう。槙は棺にせと!」と記載されているとのことです。

日本書紀と言えば、奈良時代に成立した日本の歴史書で日本における最古の歴史書です。
この時代に、木の性質をこれだけ詳細に記載してあるということは、それ以前の経験則があったからこそ記載出来た内容でることは容易に想像がつきます。

檜の寿命は2,500年から3,000年あるそうです。
西岡棟梁曰く、木の樹齢分の耐用年数があると。だから1,300年から1,400年を経ても法隆寺五重塔は建ち続けているんだと。非常に重きのある言葉です。

もう一つ興味のある表記があります。
「同じ檜でも、生きて立っている時に年相応の風格がある。年を経た檜は銀色に輝いて、苔が生えていて、すごい木だというのが見上げただけで感じられる。年を経ている大きな檜でも、中が空洞やウロができている木は一見若々しいと。歳を取って中がしっかりと詰まっているのは栄養が回りきらないから黄ばんだような、くすんだ感じがする。これも弱って黄ばんでいるのではなく、材としての風格だ。」

こうした考え方って人間社会でも大いに言いかえることの出来ることだと思います。
棟梁が日本書紀からこうしたことを学んでいる凄さを感じます。
だから、魅力ある言葉が次から次へ出てくるのでしょうね!

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