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2012年4月17日 (火)

歴史の道東海道宿駅会議 in 「宮宿」

歴史の道東海道宿駅会議に出席のために名古屋に来ています。
東海道で名古屋と言えば「宮宿」です。
「宮宿」は、東海道五十三次の41番目の宿場。当時の幕府は「熱田宿」と呼んでいる場合もあります。
東海道でも最大級の宿場であり、天保14年当時では本陣2軒、脇本陣1軒、旅籠屋は248軒を擁し、人口も10,000人を超えていたそうです。
古くからの熱田神宮の門前町、港町で、桑名宿とは東海道唯一の海路である七里の渡しで結ばれていました。現在でも、毎年秋にはイベントで宮~桑名間を現代版「七里の渡し」が行われています。

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 七里の渡し跡 現在は「宮の渡し公園」

折角ですから熱田神宮に参拝し、織田信長が桶狭間出陣の際に熱田神宮に願文を奏し、歴史を変えたといわれる程の大勝し、その御礼として奉納した「信長塀」を見てきました。(永禄3年(1560)

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 土と石灰を油で練り固め瓦を厚く積み重ねている。
 三十三間堂の太閤塀、西宮神社の大練塀と並び日本三代塀の一つといわれている。

そして休憩所の「お休み処 清め茶屋」でお茶を一服してしていると目の前の池にある獅子の頭にアオダイショウがお昼寝中。毎日、数匹出てくるそうです。目の前の木にも一匹。お茶を運んで来てくれた方が「縁起が良いんですよ!」の一言で、カメラを向けて一枚。
その写真が下の一枚です。

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歴史の道東海道宿駅会議の内容については、フェースブックの東海道グループに詳細を掲載します。

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