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2012年1月 1日 (日)

戦後6度目の辰年は?

あけましておめでとうございます。
こんな私の稚拙のブログに大勢の方がアクセスいただくことを感謝申し上げます。
今年の一年間、また一生懸命に、浅学菲才の頭を絞って自分の考え方や身近に起こった出来事をつらつらとアップしていくことにします。どうか、お付き合い下さいますようお願いします。

2012年。辰年も戦後で6度目の辰年を迎えます。

○昭和27年
戦後、最初の辰年は朝鮮特需に沸いていて、戦後の混乱期にあっても日本経済の先の明るさは感じていたようです。最も、株価が1年間で118.4%上昇し、倍以上に跳ね上がれば、国民の誰もが先の明るさを実感したのではないでしょうか。正に竜が天に昇ったような年であったようです。
「君の名は」のブームで「真知子巻き」が女性の間では流行し「ラジオが始まる時間になると、銭湯の女湯から人が消える」と言われたのもこの年でした。

○昭和39年
東京オリンピックを開催し、東海道新幹線が開通しました。公共投資による景気に支えられて、高度成長を維持するかに見えましたが、前年までの投資により、過熱ぎみになった景気を抑えるために、金融引き締めが強化され、急速な転換を迫られ、翌年の証券不況へと連動していった年です。
前半までは大変に活力のあった年でした。

○昭和51年
オイルショックに端を発した当時の戦後最大の不況から立ち直りつつあり、先進国の景気回復を中心としてその傾向が次第に各地域に波及していった年でした。
「ロッキード疑獄」が発覚し、その事件の国会証人喚問で「記憶にございません」と連発をした関係者の発言は今でも印象的です。子門真人が歌った「およげたいやきくん」が大ヒットして、町中に「たいやき」が泳ぎ回ったのはこの年です。

○昭和63年
バブル経済の真っ只中。周りから株式等をやらないほうが馬鹿だと言われる位、法人も個人もマネーゲームに夢中になっていました。高級車が飛ぶように売れ「シーマ現象」が流行語になった年です。
前年の昭和62年に刊行された作品ですが長編小説としては上下巻併せて430万部を売り上げた村上春樹の「ノルウェイの森」、俵万智の書き上げた「サラダ記念日」が空前の短歌ブームも生んだ年になりました。

○平成12年
ITバブルが崩壊しました。そして三宅島「雄山」の噴火により全島避難が行われたのもこの年です。
年末の終値ではバブル崩壊後最低に。
そして「経済は変わった。そしてますます変わりつつある」と経済企画庁としては最後の「経済白書(平成12年度年次経済報告)」の序文に、このように書き出せるのは、必ずしも歴史的偶然だけではない。世の中の変化が政府行政機構の改革を求め、機構の改革が経済の変質に対応しているといえるからだと書いてから12年が経ち、平成24年を迎えました。

○そして今年の辰年はどんな年になるのでしょうか?
米大手証券ゴールドマン・サックスは「燃えよドラゴン2012年の相場展望」という勇ましいタイトルのリポートを出しましたが、内容は慎重で「本来、辰年は縁起のよい年とされているが、平成24年も株式市場にとって厳しい年になるのではないか」と分析している。

平穏な内に新年を迎えました。
多くは望みません。平和で穏やかな一年であることを願うのみです。

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西湘を拠点にして色々なプロジェクトを立ち上げて奮闘しています。そして私も遊ばされています。

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