« 河野太郎と21世紀に日本を語る会 2011 | トップページ | 今年の流星群は絶不調! »

2011年10月20日 (木)

慌しい日々こそ「離見の見」

湘南国際マラソン大会の打ち合わせ後、大磯警察署交通課と刑事課へ「大磯宿場まつり」の諸届けを済ます。
それから事務局長会議に出席をするために慌しく横浜へ。

こうして駆け回っていますが、本当にこれで良いのかと言う疑問を「ふっ!」と持つことがあります。
世阿弥の言葉に「離見の見(りけんのけん)」と言う言葉があります。

次の文章はここからは引用文です。

自分の姿を左右前後から、よくよく見なければならない。これが「離見の見(りけんのけん)」です。これは、「見所同見(けんじょどうけん)」とも言われます。見所は、観客席のことなので、客席で見ている観客の目で自分をみなさい、ということです。

実際には、自分の姿を自分で見ることはできません。客観的に自分の行動を批判してくれる人を持つなど、ひとりよがりになることを避けるよう、心掛けなければなりません。

ではどうやって、自分を第三者的に見ればいいのか。世阿弥は、「目前心後(もくぜんしんご)」ということばを用いています。「眼は前を見ていても、心は後ろにおいておけ」ということ、すなわち、自分を客観的に、外から見る努力が必要だといっているのです。これは、単に演劇の世界に限ったことではありません。

「後ろ姿を覚えねば、姿の俗なるところをわきまえず」(後姿を見ていないと、その見えない後姿に卑しさがでていることに気付かない)

それではいけない、と世阿弥は言っています。

歳を重ねれば重ねるほど、地位が上に行けば行くほど、前を見ることが要求され、自分の後姿を見ることを忘れてしまいがちですが、自分が卑しくならないためには、自分を突き放して見ることが必要なのです。

全体の中で自分を客観的に見ることは、いつの世でも難しく、しかし必要とされることなのです。

これが実践できれば苦労はしないと思う日々が続きます。

« 河野太郎と21世紀に日本を語る会 2011 | トップページ | 今年の流星群は絶不調! »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/544481/53045156

この記事へのトラックバック一覧です: 慌しい日々こそ「離見の見」:

« 河野太郎と21世紀に日本を語る会 2011 | トップページ | 今年の流星群は絶不調! »

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

facebookで私の交友を見てください

イソタビドットコム

私と東海道との係わりの源です

西湘を拠点にして色々なプロジェクトを立ち上げて奮闘しています。そして私も遊ばされています。

きれいな水と美しい緑を、再生し、育み、守るために活動しています

NPOな人 椎野修平ブログ