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2011年8月 7日 (日)

平和って?

昨日、8月は平和を考える・命の重みを考える月だとコメントを書きました。
1945年8月6日&9日に広島と長崎に投下された原子爆弾により、一瞬にして奪われた数十万の尊い命。
それだけに日本人は、戦争の残酷さ、平和の尊さを身にしみて感じている国民のはずです。

そして終戦の8月15日には平和記念式典も行っています。
平和記念式典は世界平和をも祈願する日でもあるはずです。
広島の原爆記念館や長崎の平和公園、沖縄のひめゆりの塔を訪れる修学旅行生たち。
それは、戦争等で尊い命を失った英霊を追悼し、平和への誓いを新たにする学習の一環だと思います。
戦後66年ともなれば、戦争は風化していきます。

そもそも「平和」と言う概念は?
どういうことを言うのでしょうか?
一般的に「平和」とは「社会の状態が戦争や内乱等で乱れていないこと。」
そして「国家の抑止力が内外の脅威を抑止している状態の事である。」と言われています。

確かに現在の日本には武器を行使した争い、戦争状況がないことを見れば「平和」だと思う気もします。
一方では、東日本大震災やつい先ごろの新潟・福島の水害等の災害面で見ると「平和」だとと言っていられない状況にあることも事実です。

更に、戦火を交えなくとも外交や経済を中心にした国家間の争いごとが周辺諸国の間に顕在化しています。
しかし、各国がお互いの独立と権利と自由を最大限に尊重しながら発展しようという国際協調主義の考え方があるから均衡が保たれているのだと思います。ただ、こうした考え方は日本人の我々には成り立つ考え方で、こうした考え方が通じない国もあることを念頭において置く必要もあります。

ところがどうして「平和」を実感できないのでしょうか?
組織は、実力主義や成果主義の導入に伴って「無用の用」なるものを忘れ去り、余裕をなくしてコストカットを至上命令とする利益追求競争に邁進している社会がありますが、極め付きは政局の混乱だと思います。
国民の視点、国民の意見を聞き入れて政を行っていると言いつつ、その内実は政党間で争ってばかりいる。

政党の、自分たちの関係することに精を出しつつ、実のところ平和なんかどうでも良いと言った議論が永田町で取り沙汰されています。

私の理想とする「平和」とは、自分への拘りを捨て、自分から解放される無我の胸中にどれだけ達することが出来るかです。だから、他人に対して謙虚でありたい。他人を許す心に溢れている心境に国民一人一人が到達すれば真の「平和」に辿り着くことが出来るのではと思う月間です。
これは、私の願望です。私はこれまでの胸中に達していません。

下の写真は、私の愛猫「タマ」が網戸越しに、アブラゼミと会話をしていました。
少なくとも、その様子をじっと見つめて、今夜のブログのネタに変化させることの出来る私は「平和」だと思います。

0807

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