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2011年5月 6日 (金)

鯖街道・若狭熊川宿

京都から若狭へ至る街道や峠道には固有の呼び名があります。街道には多くの物資も行き交います。産物の一つに「鯖」があります。この「鯖」が特に注目され有名になったことから、これらの道を総称して「鯖街道」と呼ぶようになりました。

その内、最も盛んに利用された道は、小浜市から、若狭町熊川を経由して高島市朽木を通り、大原を抜け京都・出町柳に至るルートです。これが本来の「若狭街道」です。

朽木谷には、朽木谷城を本拠として代々室町幕府奉公衆を務めた朽木氏の拠点場所。足利義輝・義昭にも仕えていました。
将軍の威光を頼りとする藩主と古い秩序を破壊しようとした信長が台頭してきた時代が大きく変わろうとしていたこの時代です。

1570年(元亀元年)に、朝倉攻めを開始した織田信長は破竹の勢いで越前に攻め込んだ。ところがお市の嫁ぎ先、友軍であるはずの浅井氏がにわかに朝倉氏に味方したため、織田軍は散々な敗北となった。その信長が命からがらに京に逃げ帰ったのも、この朽木谷経由。その時点では朽木氏は必ずしも織田信長に心服していた訳ではなかったのだから・・・・・・。これからの時代は将軍を中心にした世ではないと先を読んで行動していたとしたら、この時に日本の歴史が大きく変わっていたのかもしれません。

最終的には将軍義昭を奉じる強い気持が信長の逃亡を助け、加担したのだと思います。しかし、最終的には信長は将軍職を廃してしまうのですから時代は皮肉なものです。

この若狭街道の途中に国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている宿場の面影を残す熊川宿の町並みがあります。

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この宿場を歩いていると京都と若狭を結び、多くの人や物、そして文化が行き交ったことが想像されてきます。
そして、街道を歩けば人との出会いもあります。
気持ちの良いおもてなしをご馳走に!
いやぁー、鯖のご馳走もいただきながら歩いてみました。

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