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2011年4月26日 (火)

津波を避けた街道整備

歴史の道東海道宿駅会議の役員会で掛川宿に一日行ってきました。
本日の議題は来月に開催する通常総会への提出議案の検討です。

10月に第24回東海道シンポジウム吉原宿大会を開催します。
その吉原宿は当初、現在のJR吉原駅付近にあった(元吉原)が、1639年(寛永16年)の津波により壊滅的な被害を受けたことから、再発を防ぐため内陸部の現在の富士市依田原付近に移転した(中吉原)。しかし1680年(延宝8年)8月6日の津波により再度壊滅的な被害を受け、更に内陸部の現在の吉原本町に移転した。このため原宿 - 吉原宿間で海沿いを通っていた東海道は吉原宿の手前で海から離れ、北側の内陸部に大きく湾曲する事になり、それまで(江戸から京に向かった場合)右手に見えていた富士山が左手に見えることから、"左富士"と呼ばれる景勝地となった。(Wikipediaより転載)

3.11の東日本大震災で奥州街道等の江戸時代に整備された街道は浸水をしないで済んだそうです。仙台平野は400~500年おきに大津波に見舞われておりその教訓から、街道は過去の浸水域を避けて整備された結果今回の大津波で浸水しなかったとと東北大学の平川教授が指摘しています。

非常に興味深い説明だと思います。
過去の教訓を生かした「まちづくり」の大切さがこのようなところにもあるんですね。
経済原則だけに捕らわれることのない施策を望みたいものです。

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