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2011年3月

2011年3月31日 (木)

平成22年度の終了です

暦は何があろうと間違いなく一日一日と前に進みます。
結して後戻りはしません。
だから今日をスタートに前に進むしかありません。
そうすると、あっという間に1年が経過してしまいます。
そして一年を振り返ってスケジュールを見直すと、こんなに多く色々なことをやって来たのかと改めて驚きます。不本意な内容も沢山あります。
新年度にキッチリと実施するしかありません。

ところでこの年度と言う概念は会計など事務作業を目的としたものが中心で、この区切りは明治時代から続いています。日本における具体的な年度としては4月1日から翌年3月31日までを括る「会計年度」や「学校年度」などが代表例です。
「会計年度」はアメリカなどでは10月~翌年9月。ヨーロッパや中国などでは1月~12月、つまり暦年と同じです。
「学校年度」は日本の場合、4月1日開始で翌年の3月31日まで。アメリカや中国では9月開始。韓国では3月開始だそうです。

そうして今日31日は多くの企業の決算の期末に当たります。
東京株式市場の日経平均株価は、東北関東大震災や福島第一原子力発電所の事故で、日本経済の先行きに対する懸念が強まったこともあって、1年前より12%値下がりしました。
今後の見通しについては、原発の事故の影響が収束するまでには長期化が避けられそうもないので、こうした懸念材料がじわじわと影響してこないことを願うのみです。そして、明日からスタートする新年度を一歩ずつ前に歩むしかありません。

2011年3月30日 (水)

22年度から23年度へ

年度末です。年度の締めと年度初めから予定している事業をスタートさせることが入り交じるこの時期は日々を慌ただしく過ごします。
今年は東北・関東地方を襲った地震等の影響で余計に拍車が掛かります。

こうした時期に自分自身を諫めなければいけないことがあります。今年は特にです。
この震災を出来なかった理由の隠れ蓑、伝家の宝刀にしていないか?
私自身が仕掛けた会議等、案内をいただいて出席を予定していた会議等の中にこうした考え方がなかったか、もう一度考える必要が在ると思います。

本当に必要な会議だったのか?
場合によっては忙しい中を集まらなくても良かった会議かも知れません?
会議を行い合意形成を得る。必要だと思います。考えなければいけないのは、会議の裏に介在する、責任を分散するために会議を行うケースです。良く見かけます。私がそのように感じるのかも知れません。

明治維新は近代日本誕生の一大ドラマです。
その最大のヤマ場は「江戸無血開城」に集約されると思っています。
勝海舟・西郷隆盛の二人は国家の一大事に、お互いが官軍としての権威や一徳川家の将来ということだけにこだわっていたとすれば、交渉は決裂して、官軍を支えたイギリス軍と幕府方のフランス軍の力を借りた代理戦争になっていたかも知れません。
少なくとも官軍にも幕府側にも主戦論を唱えていた人もいたはずですから・・・・・・。

この時の二人の共通した思いは、ここで日本人同士が争ってはどちらが勝利を得ようと日本が疲弊して強いては国が滅んでしまうとの危機感だと思います。

だからこそお互いの小異を捨てて大同につくべき時だと考えた結果が「江戸無血開城」が出来たのだと考えます。だからこそ指導者は目先の枝葉末節にとらわれずに大所高所から事象をじっくりと見て、何が一番大事であり、何が本当に正しいのか自問自答を繰り返し見極めることが大切だと思います。

正に日本国の状況がこのような時だと思います。
そして我々の様な小集団でもこのような考え方を持って新たな年度を迎えなければと・・・・・・。
思っているんですが中々出来ないんです。

2011年3月29日 (火)

年度末の理事会

年度末から新年度に移行する時期です。
地震の影響により多くの会議が延期等になっていましたが、理事会はキッチリと開催して新年度の重点事業等について協議をしました。

重点事業等をペーパーにしてしまうとどうしても概略的になってしまいます。
そこを具体的に記載を求められるとペーパー一枚に収めることは出来ません。
究極的に会員が儲かれば良い。多くの役員の意見がこの辺に集約されます。当然だと思います。
商工会は慈善事業者の集団ではありません。
稼いで利益の一部を地域等に還元、社会貢献をしていくのだと思います。

商工会は会費を出し合って運営していく組織です。だから会員ニーズに合った支援を会員に向けて行うことが基本になります。
経済成長期には商工会への加入もお付き合いで加入する会員も増えて、バブル崩壊後の成熟社会に移行する間にいつしか会員との距離が拡大してしまったのも現実です。

本来は会員の発展があって始めて「会費」をお預かりして、それを地域への活性化に活動が連動するからこそ補助金も投入される、この循環が大切だと思います。

それでは具体的にどうしたらよいのか?
会員へのメリットを明確したプロモーションを展開し、そのためには、地域の産業振興ビジョンを明確に示して創業支援もサポートしていく、また、第一次産品等の素生産物との掛け合わせで地域独自のブランド等を創り上げて、その資源を活用した新たな産業を創出していく。

あれっ! またまた概念論になってしまいました。

今日の会議で、商工会はいつの間にか補助金依存体質がはびこってしまった。自主財源の確保がおろそかになって、自主財源確保への危機感が不足しているのでは?これからの商工会は「収益事業⇒金儲け⇒業務範囲外」という意識を変えていくという方向性だけは確認出来たようです。が、これをペーパーに表現していくのが難しいです。

2011年3月28日 (月)

ソメイヨシノの開花宣言

最近は夜明けと共に行動を開始します。
今朝、夜明けと共に窓を開けると外の世界が一面の雪化粧!
車の上も、ボンネットからルーフ、トランクの上まで1㎝~2㎝程冠雪に驚きました。
事務所に行く前にお湯を掛けて一作業してからの出勤となりました。

同じ大磯内でも局地的な雪だったらしいです。
職員に話しても「どこの、いつの話ですか?」と訝しがれる始末です。

それでも季節は着実に春に向かって進んでいます。
東京では本日待望のソメイヨシノの開花宣言がありました。平年並みだそうですが、ここ数年は開花が早かったので何となく、ようやくと感じます。例年では3月20日ごろには開花し4月1日ごろに満開を迎えていますが、今日が開花ですと満開は4月7日頃になりますか。

今年は満開の桜の中で入学式が迎えられそうですね。
そして、桜前線は世の中の出来事に関係なく北上していきます。
桜前線が北上した暁には、震災で大きな被害を受けた方々に一時でも桜を愛でる気持ちの余裕が戻っていることを祈るのみです。

2011年3月27日 (日)

東日本巨大地震の陰に隠れて

千年に一度言われる東日本を襲った巨大地震の発生により、話題のニュースも新聞の片隅に小さく掲載されています。その後は一体どのようになったのでしょうか?

3月13日(日)には、九州新幹線の博多駅と新八代駅間が開通をして、新大阪駅から鹿児島中央駅までの直通運転が始まりました。東京駅。新大阪駅での乗り換えも必要ですが新青森駅から鹿児島中央駅までの2000㎞が新幹線で結ばれました。
開業前には博多・鹿児島中央駅まで3時間40分掛かったのが部分開業した時点で2時間12分に。更に全線開業して新幹線つばめで約1時間20分と2時間20分も短縮されたそうです。

当日、沿線の各駅で予定されていた記念式典や一番列車の出発式、出迎え式などのイベントを東日本巨大地震の発生により大きな被害に見舞われたことから中止にしたそうです。

鹿児島と言えば新燃岳の噴火は?こちらも既に2ヶ月が経過します。
「最盛期に比べて活動は低下しているが、噴火は今後も続く」と見られており、噴火警戒レベル3のままです。雨による土石流や泥流の恐れと、引き続き噴火の可能性があるので突然の噴火に警戒をしているようです。

第17回統一地方選挙の前半戦も始まっています。
東北地方太平洋沖地震の影響で選挙の期日を延期する地域もあります。
最近の戦況にマニフェストがすっかり定着をしました。
大変良いことだと思う反面、マニフェストの内容が大衆受けを狙う余りに目先の施策が目立つことに危惧を感じます。大衆は目先のことは大変重要です。為政者はそれを上回る施策を有権者に問うて欲しいと思います。従って有権者の我々も自分にとっての損得でない選択をする思慮が必要になってきます。

3月18日(金)には東京スカイツリーの高さが634㍍の完成時の高さに到達しました。
2008年7月の着工より約3年をかけ、ついに世界一高い自立式電波塔となりました。
来春の開業時には、「東京スカイツリータウン」として、商業施設やプラネタリウム、水族館もオープンする予定です。このスカイツリーの明るいニュースで、世界一高い自立式電波塔から“元気”“希望”が発信されることを願いたいです。

2011年3月26日 (土)

早春のウグイス!

東北地方太平洋沖地震が発生して2週間が経過しました。
未だに被害の全容も把握が出来ないほぞ未曾有の大災害になりました。
福島原発の今後の推移も心配です。

改めて、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますと共に、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。
また、被災された方々の救助や災害対策に全力を尽くされている関係各所の皆様にも心からの敬意を表します。

それでも季節は確実に春に向かっています。
今朝も近所でまだまだ調子外れのウグイスが鳴いているのが聞こえました。
いつもヤブの中に隠れていて姿を見せないことが多いウグイスです。
早春には人里でホーホケキョと鳴く練習をして、春の深まりと共に山へ帰って、巣づくりをします。だから奥深い山に行けば盛夏まで聞くことが出来ます。

本来は土曜日で休みなのですが諸々の打ち合わせで横浜に行きました。いつも賑わっているベイサイドエリアもこの震災の影響でか、下の写真のように非常に人出が少ないです。

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津波で大きな被害をもたらした海ですが、平時には人々の心を和ませてくれます。和ましてくれてきました。
被災地の方も心のケアをしっかり行い、この穏やかな海、恵まれた大自然と生活を共にしてきたのでしょう。再び、故郷を誇れると思えるように立ち直っていただくことを願うのみです。

2011年3月25日 (金)

のんちゃんの六歳の誕生日

11日以降、明るい話題を取り上げることを躊躇しています。
今日は孫の次女「のん」ちゃんの六歳の誕生日です。
一昨日は停電の中の写真をアップしましたが、今夜の写真は計画停電の「ろうそく」ではありません。
バースデーのキャンドルです。

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私も女房も孫を通して色々なことを学ばせてもらっています。
最近は「孫育て上手」なる本も出版されています。

その中に「おもちゃの選び方」に次のようなことが書いてありました。

かわいいお孫さんに、おもちゃを買ってあげるときには、下記のことに注意しておもちゃを選びましょう。おもちゃは、赤ちゃんの成長と発達を促すものもあれば、逆に赤ちゃんの力を奪い取ってしまうものもあります。できるだけ天然素材のもので、シンプルなものがおすすめです。

● おもちゃ選びのポイント ●
 ・木のおもちゃなど天然素材のものを
 ・音がでたり、動いたりするものでなく、自分の力で動かすものを
 ・お孫さんの成長にあったおもちゃを
 ・ママやパパの意見を聞く
 ・子どもに選ばせない

なるほどと思う指摘です。
お手玉、剣玉、独楽(こま)、すごろくやあやとりetc。

こうしてみると、まだまだ「じぃじ」「ばぁば」の出番がありそうです。

2011年3月23日 (水)

計画停電のあいだに・・・・・・。

本日も午後6時20分。時間通りに停電しました。
子ども達は先に食事をしていたので、私だけがキャンドルの光での食事になりました。
被災地の方には申し訳ないですが、私どもの停電はある一定の時間を我慢すれば間違いなく回復します。

従って、暗闇に対して子ども達も怖さ等は感じていないようです。

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むしろ、キャンドルの明かりを楽しんでいるかのようです。
誕生日の時にはろうそくの明かりを体験出来ます。それも一瞬のキャンドルだけの明かりを楽しんで「ふっと」一息掛ければ元の明るさが戻ってきます。

停電中は何も出来ません。
家族で話をするしかありません。何もすることがないので孫たちのおしゃべりは、この時ぞとばかりに色々な話をしてくれます。こうした、この家族の会話が大切なんです。
今夜の停電は「ばぁば」先生のあやとり教室です。
小学校1年生の孫は、この停電の間に一人あやとりをマスターしてしまいました。

こうしてみると、停電もまんざら悪いことではありません。
私は天気さえ良ければ、外に出て星空の写真を撮るつもりでした。
残念、小雨模様で星が輝く満天の空を見上げることが出来ませんでした。

お子さんのいる家庭では、この停電を利用して停電の時にしか出来ないことを沢山経験させて上げて下さい。時にはテレビのない生活も必要なのかも知れませんよ。テレビゲームより昔ながらのアナログゲーム等を実践してみて下さい。

2011年3月22日 (火)

愛猫「タマ」の学習能力

4年目を迎えたタマが一つ新しい事を学習したようです。
夕食時には家族の周りを回り、高い所から食事を見つめていたタマが、食事時になるとテーブルの下に仕舞ってある自分のえさ箱を引っ張り出して、ママの顔を見て「ニャーン」と甘えた声で鳴くようになりました。

えさ箱に鰹節を入れて上げると美味しそうに食べます。
足らないと再びママの顔を見て「ニャーン」。ある程度満足すると、食事が終わるまでじっとしているか、我関せずと部屋に戻っていきます。

「ニワトリは三歩歩くと忘れる」と言います。ネコだって負けていないと思っていましたが・・・・・・。
いやぁー、結構頭が良いですよ!

ご存じ「我輩は猫である」
吾輩(猫)が、苦沙弥先生の家に転がり込み、人間は不徳だと教えられた猫ちゃんは鋭い人間観察を行い、人間の生き方を垣間見ます。

この主人公の吾輩(猫)の言葉に「義経が鵯越(ひよどりごえ)を落としたことだけを心得て、義経でさえ下を向いて下りるのだから(略)。猫の爪はどっちへ向いて生えていると思う。みんな後ろへ折れている。それだから鳶口のように物をかけて引き寄せる事は出来るが、逆に押し出す力はない。」
吾輩(猫)が「落ちるのと降りる」を理論立てて説明をしている一節です。

そういえば、最近、階段の手すりがツメだらけなんです。
どうも、一人で留守番をさせられた時に、この鵯越の遊びに興じているようです。

そして、この主人公の吾輩(猫)のように、我が家のタマの家族観察も中々鋭いようです。
ママにはこのように鰹節をねだり、2階に上がれば「ばぁば」に本来の食事処のえさ箱に餌が入っていないと「ニャーン」、パパが風呂から上がれば、足の間に入り込んで「すやすや」。そして私が2階に上がれば一緒に付いて来て、仕事中は目の前でまたまた「すやすや」とお休み。休憩してソファーで一服すると今度は膝の上に来て甘えてくる。
きちんと家族を使い分けています。

ニワトリのように三歩歩いても忘れないようです!

2011年3月21日 (月)

ガソリンの供給状況

各地で燃料が不足をして大変不自由な思いをしています。
食料にしてもガソリンにしても物が無い訳ではありません。
しかし、何故か不足、不自由しているんです。
本当に不要な購買を控えればこのような混乱は起きないと思いますが・・・・・・。

今日は河野代議士から発信されている「ガソリン関係」の記事を抜粋して転載させてもらいます。

【19日】
千葉と川崎の精油所が昨日から出荷始めました。塩竃の油槽所は動いています。塩釜の油槽所は、二社動き出したという情報があります。JR貨物は宇都宮までガソリンの輸送できるようになりました。灯油、軽油も同様に動いています。被災地優先、緊急車両用、病院関係車両用、避難車両用優先で振り分けていますが、かなり動き出しています。

【20日】
東北地方の一日あたり必要量38000klを供給する能力、ほぼ確保。ガソリン切れのひどい福島原発周辺に600klを搬送。横浜市根岸から鉄道で、線路が被害を受けていないところを選んで新潟、秋田を経由して青森から南下して盛岡に26時間かけてガソリンを搬送中。この搬送は毎日継続する予定。
関東圏には三連休中に40000klを出荷する予定。川崎、千葉の製油所は既に運転再開済み。一都六県に161カ所の拠点SSを指定、重点供給開始。

【20日-2】
震災前に行われていた輸出を停止し70万klを確保。反対に3、4月分で50万klを緊急輸入。八戸油槽所から21日以降軽油等毎日300klを出荷。仙台製油所から毎日ドラム缶400本の灯油等を20日から出荷。
三連休に西日本の製油所から5.6万klを関東に転送。さらに関東地区の製油所の在庫を三連休に2.8万klを取り崩し。161ヵ所の拠点SSを明日にも拡大。

 以上、「ごまめの歯ぎしり」を転載

連休明けには、かなりガソリンの供給が可能になります。
だから1時間以上も待って給油する必要もありません。

2011年3月20日 (日)

思い掛けない三連休

毎週土・日曜日はやって来ます。
祭日も確実にやってきます。
ところが、この土・日には多くのイベント等が予定されていて仕事になります。

11日に東日本を襲った巨大地震の影響で会議やイベント等が延期、中止が相次いで思い掛けない三連休になりました。

お彼岸です。お墓参りに行きました。この時期の墓地は花が添えられていてとても綺麗です。墓地が春を感じさせてくれます。
被災された方々は、ご先祖様の供養に行くことも出来ません。
しかし、供養は形ではありません。
大きな災害に遭われて、この世に存在している一命です。「精一杯に生きる」その姿こそが最高の供養だと思います。目の前で、その、思うことすら出来ない2万人を超える方に対しても供養になるのではと・・・・・・。
そう思って下さい。そう思われなければ、九死に一生を得た意味が無くなります。

自分の意志や自分の力によって生まれてきた人は一人もいないはずです。
自分が生まれることすら自分の力ではなかったはずです。
これは自然の道理です。天地自然から私たちはあらゆるものを得させてもらいました。
今回は、その自然から大きな痛手を与えられました。しかし、この道理を忘れずに時間を掛けていけば、必ず復興します。
それが「自然の道理」だと思い、自分の出来るところから協力をしていくことにします。

2011年3月19日 (土)

火を征服したと思った人間?

霊長類の出現から、ホモ・サピエンス(ヒト)が誕生し、他の生物種を支配下に置くようになった要因の一つに「火の征服」があったに違いありません。
その火を進化させた原子力により、今、日本は大きな危機に陥っています。

若かりし頃、40年も昔の話です。
中学校の校庭に、鉄道の枕木を譲り受けて大キャンプファイヤーを行ったことがあります。
「火の神様」に扮した子どもの台詞を次のような内容を書いたことを想い出しました。

「大昔、山火事があった時に動物たちは恐れおののき逃げ回りました。その山火事を私たちの祖先は火を使うことを覚えました。歴史を経て私たちはそれを電気や原子力に変えて今日の繁栄を築いてきました・・・・。火に感謝して今宵は大いに楽しみましょう!」

それから「遠き山に日は落ちて」を大合唱したものです。

♪遠き山に日は落ちて♪
♪星は空を 散りばめぬ♪
♪今日のわざを なし終えて♪
♪心かろく やすらえば♪
♪風はすずし この夕べ♪
♪いざや 楽しき まどいせん♪

山陰を代表する神社といえば名実共に「出雲大社」です。この「出雲大社」を超える神社の一つに火の発祥の神社とされている「熊野大社」があります。
神職には禰宜(ねぎ)権禰宜(ごんねぎ)宮司等の階級があります。出雲の宮司、国造は現在84代目です。日本の歴史上天皇家に次ぐ歴史を持っていると思います。

出雲大社の奉祀する宮司(国造)が代替りする時には、国造の代替りは火の継承でもあることから、熊野大社の神火を戴き火継を行います。こうした神火相続の儀は、出雲大社の宮司(国造)が現在も古式のまま継承しています。

だから山陰地方に旅行をする人がいると「出雲大社」に行く前に、時間があれば松江市にある「熊野大社」をお参りするように勧めています。

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太平洋戦争で原子は爆弾に変えて殺戮兵器として使用されました。しかし戦後には原子力発電という平和利用として活用し、今や電気供給の4割を占めるまでに発展してきました。

人類の進化は自然へ挑戦して征服することで利便性を手にしてきました。
しかし、あくまで自然に挑戦して逆らっていることであり何処かで無理が生じてきます。
自然は征服しきれないのかも知れません。自然流に生きる大切さも価値があると思います。

今日も一日、命がけで身の危険を顧みずに、爆発による大量の放射性物質の拡散という最悪の事態の回避へ向けて頑張っている関係者がいます。世界中が貴方たちの活躍を祈っています。沈静化することを祈るのみです。

2011年3月18日 (金)

暗いニュースの中での一筋の光

お彼岸お入りも忘れそうです。
連日、イベントや会議の開催中止や延期の連絡をいただき調整に苦労しています。
計画停電を視野に入れて、電気が確保されている時にはこの仕事。停電になったからこの仕事と、何かプライオリティーの高い順に仕事をする実践を強いられているような気がします。

日本高野連は、選抜開催を開催することにしました。
私は良いと思います。

選抜大会は、関東大震災の発生から7カ月後の1924年4月に産声を上げました。きっかけの一つに復興を後押しし、国民に希望の灯をともしたいとの願いも込められたいたのだそうです。そして1995年1月に起きた阪神大震災の後も、大きな地震のつめ跡の残る被災地である甲子園で大会は開催されもいます。

何より被災地の東北地方にある出場予定校が、既に16日には、大会が開催された場合には出場する意向を表明していることです。地震発生後から練習を差し置いて、避難所で給水活動のボランティアに尽力してきた選手達の夢を実現させて上げて良いと思います。

高校球児は被災地の方々への追悼と言った使命感を持つことはありません。
誰のためにと言った犠牲的な精神を背負ってプレーをすることもありません。

君たちは、今までの練習の成果を甲子園で発揮し、ひたむきにボールを純粋に追えば良いのです。
その純粋な姿を見せてくれることにより、その姿を見た人々に君たちの気持ちが届きます。
それこそが、被災地の方を含めて気持ちが沈み込んでいる日本中の「一筋の光」になると信じます。

2011年3月17日 (木)

書類の山が小さくなりました

本日、私の事務所では初めての計画停電が実施されました。
予定されていた13時50分に停電になりました。

想像はしていましたが、実際に停電になると仕事になりません。
パソコンが使えない、いや、ノートパソコンは使用できるのですがサーバーが動かないのでデータの呼び出しが不可能です。従って、新規のデータや文書の作成等に限られてしまいます。それでも過去データを参照できないので時間だけは、いつもの倍かかってしまいます。
一昔前はどのように仕事をしていたのでしょうか?こうした状況が当たり前だったのがわずか十数年前のことです。

無駄な抵抗は止め、日頃から後回しにしていたデスク回りの書類のファイリングの整理を黙々と行いました。書類の山は見る見る内に低くなり、明日からの仕事を気持ち良く出来る環境が出来ました。それがせめてもの停電により効果かも知れません。

日本全体が大災害に襲われていても、カレンダーは確実に一日づつ進みます。
今日は孫「のんちゃん」の卒園式でした。
終了証書を一番先に受け取り緊張をしたようです。

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こうした東北・関東地方の地震災害により、何となくお祝いモード一色にはなれません。孫たちに言い聞かせてささやかな卒園祝いとなりました。

2011年3月16日 (水)

日本ってこんなに物が不足していたの?

東日本大震災の被災地での燃料不足が深刻化しています。
直接被害を受けなかった私も、何故か不自由を感じています。

全国レベルで見れば、生活に困るような物資の不足が生じていないはずです。被災地に輸送がうまくいっていないし、我々の地域には高速道路等の通行止めで、同様に思うように供給されていない。それだけの問題だと思います。
結局は燃料や食料の買い占めに走らないように国民一人一人が冷静に判断するしか方法がありません。おかしいですよ!

被災地の方々を結果的に苦しめている、物資不足に追い込んでいるのは、被災地域以外の我々なんです。
今日も小売店向けにチラシを作成しました。
「買い占めをしないようにご協力を!」
何故、このようなチラシを作るの?これが仕事だと思うと寂しくなり、悲しく、そしてそれを通り過ごし、終いには憤りを感じてきます。
本当に、どうしてコメやトイレットペーパーといった食料品や生活必需品までが品薄になってしまうんでしょう?

心配なのは、東京電力福島第1原子力発電所の大量の放射性物質の拡散という最悪の事態も予測される事態です。
私には原子力発電所のメカニズムは分かりません。

運転中の原子力発電所が緊急停止した時に、非常用電源で冷却システムが正常に働けば、数時間の内に炉内の水温を下げられることが出来る。それが、津波により非常用電源が作動しなかったのでポンプ車により海水を注入する緊急対策をとっているものの、十分な冷却効果が得られず、水温が思うように低下しない。

命がけで身の危険を顧みずに、爆発による大量の放射性物質の拡散という最悪の事態の回避へ向けて頑張っている関係者の努力に期待するしかありません。
日本中の人があなた方の活躍を見守っています。
そんな中で、自分さえ良ければと言う買い占めなどの行為を少しは恥じて欲しいと思います。

2011年3月15日 (火)

地震列島 日本です

とにかく400社近い確定申告指導会が終わりました。
先週の金曜日に発生をした「東北地方太平洋沖地震」の影響で終盤の3日間はバタバタの確定申告会になりました。

この計画停電の周知徹底?により、振り回されています。
停電するか、しないか、停電してみなければ分かりません。これって計画停電?って言うのでしょうかね?
停電をさせれば大きな影響が出ます。極力、停電に至らないように東電は一生懸命に頑張っているのでしょう。可能であれば、何時からこの地域は停電になりますとのインフォメーション後にプツンと切れてくれると有り難いのですが・・・・・。関係者の方が一番そのようにしたいと思っているはずです。それが出来ないから大変なんですよね。
結局、指定された時間に停電はありませんでした。

全てのお店が品薄です。私がノー天気なのでしょうか?何をそのように買いだめをするのでしょうか。

ここまで書いて中断してお風呂に。

カミさんが2階から「大丈夫!」と駆け下りてきました。
「なに?」
「すごく揺れて怖かった」と。
何も気づかなかった私は幸せ!

今度は、東海地方、震源地は富士宮市付近です。確かに震度6強ではこの辺でもかなり揺れたはずです。
言われた時には既に収まった後。
そう言えば風呂に入った時に、今夜は妙に裏山で鳥がギャー、ギャーと鳴いていて不吉さを感じてはいました。この地震で騒いでいたようです。

本当に「地震列島 日本!」
地震も含めて全ての事象が揺れ動いています。

2011年3月14日 (月)

打合せ・会議・イベントが次々と

本日は休みの入っているパートさんにも出社をお願いし、東海道線が終日運休していましたが全員揃いました。
朝の打ち合わせでは、特に計画停電が実施された場合に、以外と盲点になると思われることから協議。

職員の帰宅時に停電になることも予想されます。従って16時頃には執務中であっても事務所と廊下のシャッターを降ろす。そして事務所を出る際に事務所の警備をどのようにするかを警備会社と詳細を協議する。
パソコンも停電が予定されている10分前にはサーバーも落として、個人のパソコンもシャットダウンさせる。
電話やFAXも使用できなくなります。その間の通信手段は携帯電話だけです。ノートパソコンのバッテリーも古いので1時間ほどしか持ちません。緊急時には携帯電話でメール等の通信は可能ですが、その時に携帯電話がつながるかが問題です。

更に、今週から来週に掛けての会議・イベント等について中止や延期等の検討を。

確定申告指導会が明日までとあって、9時の開始時にはもう5人ほどの会員さんが来館。
打ち合わせを早々に切り上げ、全員で確定申告指導会に取り組む。明日が最終日とあって大勢の方が来館。昼食を取る時間も交代で。最終的に昼食を食べ終わったのが16時頃・・・・・・。お疲れ様でした。

その間に会員企業へ計画停電が実施されて場合に予想される影響を電話でヒアリング。
停電の時間がまもなくだ・・・・・・。しかし、停電しません。う~ん。「パソコンあげますか?」「どうしようか?」情報がありません。「仕事にならない。立ち上げよう。」と決断。

結局、大磯町では計画停電が実施されませんでした。が、これで突然停電したら・・・・・・。
色々と考えます。しかし、結果オーライの選択はやはり危険です。

この時間になっても明日の計画停電等の情報が不確定です。
当分、悩みそうです。しかし、最終的には被災された方、お亡くなりになった方からすれば、こんなことは悩みだなんって言ってられません。しっかりと、この現実を受け止めなければいけないんですよね。

2011年3月13日 (日)

影響がじわじわと

「逸品の会」のISO市を駅前の特設会場で行いました。今日は、むしろ販売より「東北地方太平洋沖地震」の募金を中心に行いました。

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東海道検定も行いました。
しかし、何か、今日一日の出来事の詳細をアップする気になりません。

明日から東京電力管内で地域ごとの交代による「輪番停電」が実施されるそうです。
病院や鉄道の運行等はどのようになるのでしょうか?
信号機が止まったら、大きな渋滞も発生するんでしょうね?
コンビニやスーパーの24時間営業も不可能になるでしょう。

14日、15日は確定申告指導会の終盤。
この時間帯に停電となると、大きな影響が出ます。
さあー??????

これから対策を考えます。

2011年3月12日 (土)

東北地方太平洋沖地震の記録

3月11日午後2時46分頃、そろそろ今年の第1回なぎさの祭典実行委員会が終わろうとしていました。確定申告の終盤を迎え、自宅でも深夜までの作業も続いていました。議事録をまとめようと下を向いて一生懸命書いていました。う~ん。気持ちが何となく悪いな?血圧が上がったのかな?隣の委員が「揺れているよな?」「揺れている?地震か?」
町役場の4階の委員会室が静かに横揺れをしています。その内に会議に出席をしていた委員全員が気づき始め、「長いなー」「これは大きい地震になるぞ?」そんな会話が出来るほど長かったです。
その内に縦揺れも含め、大きな地震がやってきました。

すぐにワンセグを視ると、震源地が三陸沖だと判明。役所の人は防災対策室のメンバーも呼び出され、私も事務所にすぐに戻りました。
事務所に戻ると、一応の冷静を取り戻して、ホットしていると、また次の揺れが。私の事務所は結して新しい建物ではありません。確定申告に来ていた会員さんを全員に表に非難誘導。
電線や電柱が揺れ動くような地震は久しぶりです。

その後は、今夜の会議の中止案内をするにも、携帯電話や固定電話もほとんどつながらず。
「FAXで同報案内を!」「電話がつながらないのにFAXは届くんでしょうか?」「届く訳がないじゃん???」「そうですよね!」「ダメじゃん」
このような時は、時として会話が成り立たなくなるんです!
停電にはならなかったので、メールアドレスを持っている会員には同報メールで対応。

夜まで、会員の状況を調べるが特に大きき被害は出ていない様子。
町に確認をしても同様の結果。

次は、職員をどのように帰宅をさせるかが問題です。皆、比較的近場から勤務をしていますが、在来の交通機関はストップ。国道は西湘バイパス等が大津波警報の発令により通行止めのために大渋滞。
指導車の乗り合いや事務所の自転車で帰宅する職員etc・・・・・・。無事にその日の内には辿り着いたようです。

そして、次の日に予定されていた「第2回大磯運動公園まつり」の中止の案内等で忙殺。
この地震は「東北地方太平洋沖」と命名されました。

被災から1日を経て被害状況が克明になるほど、津波の破壊力の強さに驚きを禁じ得ません。
東京電力福島第1原発1号機で、午後3時36分ごろ、爆発音とともに白煙が上がった事故で、福島第1原発の半径10キロ以内の住民に出された避難指示は半径20キロ以内に拡大された。福島県が住民に避難を要請するなど新たな懸念する要素も発生しています。心配です。

まだまだ多くの方が孤立しているそうです。
無事をお祈りしておりますと共に、亡くなられた方々へのご冥福をお祈りいたします。

2011年3月11日 (金)

東日本を襲った巨大地震

11日の午後に三陸沖を震源とするマグニチュード8.8の観測史上最大の極めて強い地震が起きました。時間の経過と共に被害が広がっているようです。

私どもの地域では表だった被害はない模様です。
被害が大きかった地域の方には、心よりお見舞い申し上げます。

明日予定をしていました。
第2回大磯運動公園まつりは中止となりました。

2011年3月 9日 (水)

デザイン灯台を突堤に運びます?

'09年11月に大磯港西防波堤灯台デザイン化検討委員会の開催の内容をアップしました。
大磯港に現在設置されている灯台は昭和16年に作られました。
数年前に防波堤が延伸されても灯台は元の位置のまま。
灯台って突堤にあるのではと?この委員会に出席をするまでには素朴な疑問を持っていましたが、正に現在の灯台の位置では安全が保てないとのことです。そこで突堤に新たに設置し直すことを機会にデザイン灯台を検討して、港の駐車場で工事が進められていました。

その灯台が11日(金)の早暁に動きます。
港の駐車場からクレーンで台船に乗せ、突堤まで灯台を乗せて移動します。そして突堤に灯台を降ろして据え付けます。想像しても興味のある風景が浮かびます。
興味がある人、朝の行動が早い人は、是非この珍しい光景を見て下さい。
ただし、波が高いとか、その他の想定外のトラブル等により中止になることもあり得ます。
その責は負いませんので、悪しからず・・・・・・。

0309

2011年3月 8日 (火)

邸園文化交流園・大磯

春から秋にかけて標題の事業を(社)大磯町観光協会を中心に開催します。
春は、この事業に併せて大磯町商工会が中心になって「おおいそフラワーフェスタ2011」を開催しますが、「おおいそオープンガーデン」を邸園文化交流園・大磯と連携して開催することにしました。

現在、オープンガーデン開催に向けて、自宅や店先などの庭を一般公開してくれる参加者を募集中です。

今年の開催期間は期間は4月23日(土)~24日(日)と5月21日(土)~22日(日)です。前期と後期どちらかの日程だけでも参加できます。
対象は大磯町在住者になります。
参加希望者は住所・氏名・電話番号をおおいそオープンガーデンホーム運営委員会(大磯町商工会内)【電話】0463(61)0871まで連絡を下さい。

このイベントを見に来る方には、地図等の準備が出来ましたら詳細をアップします。

“花”は住民と来訪者を元気にしてくれる
大磯は豊かな自然と気候風土を供えた土地です。和風・洋風を問わず小さなプランターから巨木のそびえる庭園まで個性あふれる庭が生き生きと存在している町です。私たちのこの豊かさを多くの人と分かち合いたいと考えています。

“花”と共に大磯の歴史が楽しめる
来訪者に歴史的資産や文化資産など先人の残した過去の文化と共に、四季折々の自然が楽しめる「今」の町を散歩路として回遊して楽しんでもらいます。「豊かな心の持てる時を過ごしてもらえる町」として大磯の特色と資産の保存価値を高めたいと考えています。

“花”で大磯の新しい文化が始まる
私たちの育てる花は、それを見る多くの人の心を癒します。このような形で社会に貢献することはこの街の生活文化を高め、そしてこの街を愛する心から生まれた「新しい大磯の歴史」となって次の時代にも受け継がれていくと考えています。

この様なコンセプトで開催をします。

2011年3月 7日 (月)

3月7日付 よみうり寸評から

子供の頃から知り合いのおばさんが年5万円、5年で25万円の政治献金をしてくれた。少年は政治家になり、外務大臣になっていた◆これだけなら、いいかたちの個人献金で美談のたぐいともいえる。おばさんは在日韓国人だ。京都で焼き肉屋を営んでいる◆外国人の政治献金は法が禁じている。それをおばさんは知らず、外相は献金の事実を知らなかった。おばさんは残念がったが、外相は脇が甘いと言われても仕方がない。職務が職務だから、とりわけ厳正に守るべきルールだ◆そのうえクリーンを標榜(ひょうぼう)し「政治とカネ」には、批判の目を人一倍持っていた経緯もある。ということで前原外相が辞任した。やむを得まい◆職責上当然、潔いとも言えるが、先々の政治生命を思えばそれが身のためとか、泥船から逃げたの見方もある。危険水域の政権からポスト菅の最有力候補が先に消えた◆厚労相の辞任ドミノも心配される。〈そして誰もいなくなった〉――アガサ・クリスティーの小説の題が頭に浮かんでくる始末だ。

ここまで読売新聞をよみうり寸評を引用

そして内閣支持率が24%と最低。
早期退陣を51%。
民主党の支持が18%。
マニフェストを見直すべきが78%
支持政党なしが52%

こうした世論調査の結果を見てみると、日本の国会は議会民主制が崩壊し、確実に直接民主主義に近づいているように感じます。だから、マニフェストがどんどん大衆受けするような身近なものに偏っていくんだと思います。
色々な考え方の近い議員が集まって日本の将来を論じていくために政党は必要だと思います。
しかし、全ての議案に党議拘束をかけるのもおかしいですよね?国民から選ばれた議員ですよ!
本会議に提案された議案は、それぞれの議員の判断に任せれば良いのではないかと思います。

2011年3月 6日 (日)

大磯運動公園のカワズ桜と菜の花

「啓蟄」です。
今日のように暖かい陽気になると、大地も暖まり、地中からた虫が這い出してきてもおかしくはありません。

孫の三女の誕生日です。昨日までインフルエンザで三人揃って布団の中だったのでささやかにお誕生祝いだけしました。

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陽気が良かったので、三人の無料モデルを連れて運動公園のカワズ桜と菜の花の写真を撮りに行きたかったのですが、まだまだ熱が下がりきっていません。多少元気になった長女だけを連れて大磯運動公園に行ってきました。
カワズ桜も綺麗に咲いています。
三年前から幼木を植樹しているので、山(斜面)全体が桜で満開になるのは、まだまだ数年先です。
菜の花は見頃でした。

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今週の土曜日(3月12日)に「第2回大磯運動公園まつり」を開催します。
綺麗に咲き誇っている菜の花も今週いっぱいは楽しめそうです。
そして、この「菜の花の摘み取り」もイベントの一つとして実施します。
是非、運動公園に足を運んで下さい。春を満喫できると思います。

2011年3月 5日 (土)

インフルエンザの中のひな祭り

今年のひな祭りはインフルエンザの猛威に犯されて何も出来ずに終わってしまいました。
我が家の内孫の三人娘はインフルエンザB型に罹患して仲良く揃って布団の中。
娘のわんぱく盛りの息子達は、これは何故か?A型(娘曰く流行遅れだそうです?)とのこと。

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     ▲
  昨年は5人でひな祭りをお祝いをしたのに?

ひな祭りは、元々高貴な生まれの女の子の厄除けと健康祈願のお祝いとしての「桃の節句」が、いつしか庶民の間にも定着して行うようになったお祝いです。お七夜やお宮参りと同じく女の子の健やかな成長を願う行事です。
お雛さまは、子どもに降りかかろうとする災厄を、代わりに引き受けてくれる災厄除けの守り神のようなものなのです。最終的には気持ちの問題になります。だからこそ、こうした歳事は省略せずにきちんとお祝いをして上げたいのですが・・・・・・。

ばぁばが娘に「お雛さまを早く片付けないと嫁に行き遅れますよ」とばぁばも自分の母親から教えられた言葉そのまま嫁さんに。これも伝承の一つですか?
しかし、ひな祭りによく耳にするセリフですよね。

根拠は何なのでしょうかね?

ひな人形にその子の厄や災いを移すという考えから、いつまでも身近におかず、早く片付けて災いを遠ざけたほうが良いと考えられ「厄払い説」

ひな人形は綺麗です。いつまでも眺めていたくなります。そして、いざ片付けるとなると面倒です。しかし、片付けも満足に出来ないようではきちんとした女性になれず、いいお嫁さんにもなれません。そこで、「お雛さまを早くしまわないと嫁に行き遅れますよ」と言った「しつけ説」

早く飾り出すと「早く嫁に出す」、早くしまうほど「早く片付く(嫁に行く)」。ひな人形は婚礼の様子を表しているので、飾る時期を娘の結婚になぞらえた「結婚象徴説」

う~ん。何となく諸説、全てを支持したいような気持ちです。

私はあえて「しつけ説」を採りたいと思います。
最近、片付けを出来ない女性の存在に危惧をいたいている方が多くいます。
こうした、後片づけも親子で共同作業をしているのか?ここが問題です。
たかが「片付け」されど「片付け」
だから、体調が回復した娘と孫たちが天気の良い今日、片付けました。
そして、「また来年までね!」と一言づつおひな様に声を掛けて仕舞いました。

口うるさい舅、姑と嫁さんには写るでしょ?
しかし、これが大家族に良いところでもあると嫁さんが受け入れてくれることに感謝です。

2011年3月 4日 (金)

犬のアジリティー選手権

現在国内の犬の登録頭数は実に1300万頭を越えているんだそうです。
人口の10分の1に匹敵しますね。それだけ人間にとっての犬は、人の心の安らぎを得る最良のパートナーとしてなくてはならない存在となっています。犬の責任も大変です。その一方で目をつぶることができない悲しい現実もあります。1年で28万頭。1日にすると700頭の犬たちが犠牲(殺処分)になっています。

日本最大のドッグフェスティバルであるインターナショナル アジリティー選手権には毎年、3000人以上が参加しているそうです。訓練を中心に行われるコンペティションは全国唯一の大会であり、全国の予選を勝ち抜いた、1000~1200のペアが3日間、参加。4クラスの上位、3~5組が世界大会への出場切符を得ることができます。また、中国、韓国、香港の代表者も参加します。アジア選手権として位置づけられる、この犬のアジアインターナショナルアジリティー選手権の開催について検討をしています。

このイベントを通して、素晴らしい能力を発揮する犬たちと触れ合うことで、動物に対する心の優しさを実体験できるコーナーや、愛犬の健康相談会、法律相談会、不妊手術やマイクロチップ装着相談なども行い、里親募集をはじめ、災害救助犬や介助犬、盲導犬、聴導犬などの社会の理解を深めるステージ等もイベントの柱にして実施する予定です。

このイベントを大磯で開催することの可否を検討しています。

2011年3月 3日 (木)

地域禁煙サポート研修会

神奈川県では昨年の4月1日に「神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例」が施行され、また、5月には海水浴場のたばこ対策に関するルールとして「神奈川県海水浴場等に関する条例」も施行されました。
年々、受動喫煙に対する周りの意識が確実に高まる中にあって、喫煙者の私にとっては、かなり苦痛の研修会でもありました。

タバコの煙には有害物質がいっぱい!
タバコは心臓や脳などの循環器に悪い影響を及ぼします。
それ以外に脳卒中、肺がん、胃潰瘍、十二指腸潰瘍等の消化器の病気、そして喘息や慢性気管支炎などの呼吸器etc・・・・・・。

こうしたことはある面では自己責任の範疇です。
しかし、このように書くと、また、色々とお叱りを受けそうです。たばこ税は年間約2兆3千億円ほどある反面、喫煙者の医療費が1兆3千億円ほど掛かっている実態があるのだそうです。

私は完全にニコチン依存症なのだと思います。今、改めて禁煙しようとする気持ちもありません。

一つだけ言わして下さい。開放された空間の中で喫煙者がタバコを一服する副流煙で本当にそのような害を及ぼすのでしょうか?もし本当にそれで健康を害するようであれば、余りにも抵抗力がなさ過ぎると思いませんか?

ただ、私は、これからも他人が嫌がる場所での喫煙はしません。そうして自分だけの喫煙を楽しんでいくことにします。

2011年3月 2日 (水)

半兵衛と官兵衛の孫子の兵法

昨日は「二兵衛」の竹中半兵衛と黒田官兵衛が日本国を納めるようになったら、きっと素晴らしい日本になるんでしょうね と結びました。

天正5年(1577年)秀吉は信長の命を受けて播磨に侵攻して福原城を攻撃していました。
この時に秀吉旗下であった、半兵衛と官兵衛の「二兵衛」は「囲師必闕(いしひっけつ)」の孫子の兵法を用いました。

数に劣る敵軍を包囲して、勝つと思われる戦においては、相手は死を覚悟して思いもよらぬ反撃にあう可能性があるので三方を囲み一方だけは空けておく。敵は必ず戦況が不利になれば、空いている一方の門から城を放棄して逃げ出してくる。従って、あらかじめその一方に兵を伏せておいて敵に徹底的なダメージを与える。
この戦法が「囲師必闕」です。

何か、孫子の兵法というと昔の戦のための兵法、戦略のイメージがありますが、現在の混沌とした社会の中だからこそ活かせる考え方だと思います。

国会が混乱しています。「二兵衛」を抱えているのが自民党なのか民主党・・・・・・?
昨日の六韜三略(りくとうさんりゃく)にある「天下は天下の天下。一人の天下に非ず」と組み合わせて考えると、何となく打開策が生じてくるように思えるんですがね。

2011年3月 1日 (火)

政治は本当に国民目線?

平成23年度予算案が衆議院での予算審議が未明まで続き、なんとか通過したようです。これで年度内の成立が確定しました。しかし、予算関連法案を衆院で「3分の2」で再可決、成立させる選択肢が難しくなるなど課題は山積しています。
菅首相は、「国民生活を守るため、予算関連法案で与野党の合意を目指して全力を傾けたい」と野党に責任の共有を求めたコメントを出しています。

今の政治が、本当に国民の目線に立った政治であるのか?ふっと疑問を感じる時があります。

六韜三略に「天下は天下の天下。一人の天下に非ず」と言う言葉があります。
戦国の混乱期に「二兵衛」と呼ばれた竹中半兵衛と黒田官兵衛の二人を結びつけた根本的な思想がこの言葉だと思います。

「誰が天下を手中にするのか、実はそんなことは、それほど重要なことではない。天下を取った後に、どのような政(まつりごと)が出来るか、また、なさねばならぬのか。そして、そのこと以上に大切なのは天下は万民のものなのだ。天下を目指す者は常にそのことを考えていなければならぬ」

「二兵衛」の竹中半兵衛と黒田官兵衛の二人がこの国の政を掌ったら、きっと素晴らしい日本になるんでしょうね。
国会議員の先生方はこうしたお二人を見習って欲しいです。

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