« 日本には実に三大??と称する一覧が多いですね | トップページ | 湘南邸宅文化ネットワーク協議会シンポジウム&まち歩き@逗子 »

2010年12月 4日 (土)

親を見りゃボクの将来知れたもの

1972年に三笠書房から刊行された矢野 寿男著の単行本のタイトルです。

子どもに母(父)の無能を吹き込む愚かな父(母)を繰り返すと子どもは
「十四年 父の無能を吹き込まれ ようやく判った 母の愚かさ」と思うようになります。
これは当時の中学3年生の書いた一節です。

「母ちゃんはえらいんだ」と言える父親がいれば、母ちゃんは「あんたの父ちゃんはえらいんだ」と返ってくるでしょう。
お互いがそのように信頼し合っていれば父親、母親の教育力が倍増されるはずです。

時代の変化が激しい時代です。価値観も昔とは大きく変わっています。
従って、会社のことや社会のことで色々な不満も溜まるのも事実でしょう。
しかし、子どもの前でグチると子どもは

「ダメと絶望 愚父のグチ」 
「何もかも グチの種 死ぬまで父はかついでいくのか」
「努力する姿も見せず わが父は 社会に仕事にグチばかり」

父親は子どもの前に立ちふさがる存在であれ。壁になれ。これが父親としての醍醐味だと思います。
それを妙に分かった振りをして友達的な父親に成り下がって良いのでしょうか?

子どもと遊んでやるという発想も間違いだと思います。
遊んでやると言うと子どもは
「勝ちゆずる それが誇りを傷つける 親父よ頼む 対でやってくれ」
「ドンと行き ガンとはね返す そんな父 オレはほしいよ 男らしくて」

これも「親を見りゃボクの将来知れたもの」の中に掲載されている当時の中学生の文です。

父親は「子どもと共に遊ぶ」「子どもと時間を共有する」「子どもと共に考える」
こうした真剣勝負の中にこそ真の子育てがあるのだと思います。
今でも十分に通用する考え方だと思います。如何でしょうか?
それとも私の考え方が古いのでしょうかね?

« 日本には実に三大??と称する一覧が多いですね | トップページ | 湘南邸宅文化ネットワーク協議会シンポジウム&まち歩き@逗子 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/544481/50210188

この記事へのトラックバック一覧です: 親を見りゃボクの将来知れたもの:

« 日本には実に三大??と称する一覧が多いですね | トップページ | 湘南邸宅文化ネットワーク協議会シンポジウム&まち歩き@逗子 »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

facebookで私の交友を見てください

イソタビドットコム

私と東海道との係わりの源です

西湘を拠点にして色々なプロジェクトを立ち上げて奮闘しています。そして私も遊ばされています。

きれいな水と美しい緑を、再生し、育み、守るために活動しています

NPOな人 椎野修平ブログ