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2010年12月 3日 (金)

日本には実に三大??と称する一覧が多いですね

日本には実に三大??と称する一覧が多いですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%B8%89%E5%A4%A7%E4%B8%80%E8%A6%A7

国民の義務について述べよと言われれば「教育の義務」「勤労の義務」「納税の義務」
第二六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、
     その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。
第二七条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
第三〇条 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。
この三条を思い出します。

教育の中にも原則論ってあるんだと思います。
あえて、三つに絞ってみました。

○その1「親であること」
まず、親であることを自覚することから始まるんだと思います。今さら、「当たり前」のことだと思います。しかし、この「当たり前」のことが忘れられているように感じます。子どもを産んだという事実と育てている現実を謙虚に受け止めることにより親子の絆、母子と父という人間関係が出来上がり、必然的に教師とは異なる母親の役割と父親との役割が生じるはずです。「ふれあい」「におい」「ひかり」の中からしつけの教育が生まれてきます。

○その2「親という人間」
「親である前に一人の人間たれ」の原則を貫くことです。少なくとも子どもの前では「親という人間」としか表しようがありません。子どもにとって親が人間として生きている姿を見せることにより、子どもは感化され子どもも人間として育ち続けるのでは?

○その3「教師という資格のない教育者」
親は教師のように免許状を持っている訳ではないんです。「免許状のない教育者」です。
だから、所詮は体当たりで子どもと接すほかないんです。この体当たり教育の中に真の教育が生まれてきます。だからこそ「親の望む人間像」も可能になってきます。また、「自分の教育方針」も出来上がり、子どもと共に確認しあいながら自らも成長をしていきます。

最近、こうした教育も理論ばかりが先行して、実践教育を置き去りにしているような気がします。
子どもの心理を追究して理論化することを否定するつもりはありません。
しかし、余りに杓子定規に「育児書」「教科書」どおりにいかない、自分の思い通りに言うことを聞かないからと「虐待」が横行することを危惧しているだけです。
子ども言うことを聞かないのは当たり前です。
子どもは反抗するから成長をするんです。
親の言いなりになる方がむしろ問題です。
親も子も頭の教育からぶつかり合いの実践教育の必要性を痛感するこの頃です。

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