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2010年11月19日 (金)

虎御前&虎御石と延台寺

28日の日曜日に富士市に曽我物語サミットに出席をするために延台寺に話を聞きに行き、ご住職に色々とお話を賜りました。

以下は延台寺のHPから抜粋をしました。

天下分け目の関ヶ原の戦いの前の年、慶長4年(1599年)、東海道を旅する身延山久遠寺第19代法主法雲院日道上人がここに一夜の宿をとられ、自らが開山となり、延山直末の寺として開かれた寺院です。以来、今日まで28人の住職が継承してまいりました。
当時、ここには荒れ果てた草庵が朽ちかけていたそうで、寺から20メートルほど緩やかな坂を上ると、江戸(現在の東京)と京都を結ぶ東海道に出ます。
 
幕府が発効した街道の詳しい絵地図によりますと、その右の角に「虎御石」という名物の石が置いてあり、広重や北斎という人気画家も筆に残しています。
この石こそ、鎌倉時代の伝説の舞姫、虎御前の誕生のきっかけとなり、曾我兄弟の兄、十郎佑成の「身代り石」と伝えられる御霊石「虎御石」です。

また、この庵はこの寺の古文書によると、「当寺は元法虎庵と称し、虎御前の草庵なり。
中古大磯宿の東林の辺虎池に創設ありしを永禄年間(1558年)に今の寺に移す」とあります。

朽ち果てた草庵には十郎の想われ人、虎女、すなわち虎御前が兄弟亡き後、19歳で尼となり、この石を兄弟とも思って大切に守り暮らした法虎庵の跡と伝えられています。
寺は江戸から明治にかけて三度大火に焼かれ、仮のお堂で70年が過ぎました。
28代目の住職は60余軒の檀家と力を合わせて再建計画をスタートし、昭和57年には本堂、書院、庫裡の完成を祝い、以後山門、水屋を再建し、平成16年(2005年)法虎庵曽我堂の再建が成り、付属の納骨堂、動物墓苑も完成し、25年がかりでの復興事業は完成しました。

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     ▲
    延台寺

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     ▲
    虎御石

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     ▲
   曾我兄弟座像

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     ▲
   虎御前位牌

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