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2010年10月

2010年10月31日 (日)

分を持って生きる難しさ

人間は自分の置かれた現状に足をおいて「出来ること」を「精一杯にやる」と言うは易し、中々難しい一面を持っています。調子に乗れば分を越えて、何か自分自身が偉くなったような錯覚を覚え、傲慢さを伴った行動をとることも間々あるものです。(気をつけなければ)

日柳 燕石(くさなぎ えんせき)は讃岐国仲多度郡榎井村(現・香川県仲多度郡琴平町)の出身の志士です。

豪農で育った燕石は、幼いときから儒学の勉強に励み、若い頃には既に「四書五経」を読破していたと言われています。

反面、任侠の世界で千人を超える郷党浮浪の徒たちの首領となり、博徒の親分としても知られていた人物です。
賭博場で銭箱の背にもたれ掛かって頼山陽が書いた「日本外史」を読み耽っている光景にはおかしさを感じます。しかし、それが様になっていたそうですから不思議な人物です。

そんな光景が「讃岐に日柳という勤王の博徒」がいると全国に知られるようになり、我々が良く知っている幕末を走り抜けた多くの志士が日柳を訪ねたそうです。
日柳を訪ねた志士は、長州の吉田松陰、桂小五郎、高杉晋作、久坂玄端・伊藤俊介(博文)、土佐の中岡慎太郎や越後の長谷川正傑らがいたと言われています。

普通の人間真理からすればここで「いい気になり」「人に接する態度が一変する」つまり分を忘れてしまうのが普通だと思います。
自らを訪ねてきてくれた志士より自分の方が勝っているような考え方より、彼等を補完するのが自分の役目だとおもったのでしょう。

そう思っていても、中々こうした生き方が出来ないんです。
ついつい「俺が俺が」って?

慶応元年(1865年)には、高杉晋作が追われて榎井村に燕石を頼って亡命したのをかくまい、そして逃亡させたことから4年のあいだ獄に幽せられたりもしました。

4年後に出獄し、その後には赦免の朝命に接して京都に上って、桂小五郎(木戸 孝允)と共に西国地方に周旋させたのですから幕末の不思議な志士の一人で魅力のある人物なんです。

2010年10月30日 (土)

自然現象にはかなわない

台風14号も直接に大きな影響を与えずに関東地方から遠ざかっている様子です。
本日は駅前に宿場まつりの幟旗等を立てたり、備品の確認等の作業をする予定でしたが、3日に全て延期をしていましたので大きな混乱はありませんでした。

明日にイベントを控えているところは大変な苦労をしていると思います。

台風が近づくと当然気圧が下がります。
雨も朝から断続的に振り、肌寒さを感じます。
腰に影響をするらしく、行動が緩慢になります。
完全休養を決め込んだ一日になりました。

2010年10月29日 (金)

戦国の武将から学ぶ危機管理 講談から

神奈川県自動車整備振興会の研修会に行きました。
この研修会は平塚支部長から研修会を実施するにあたり、今までと趣を変えて実施をしたいとの要望を受けて講談師を紹介しました。

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  平塚支部長と松鯉師匠

テーマを「戦国の武将から学ぶ危機管理」として、講師に神田松鯉師匠にお願いをしました。久しぶりに松鯉師匠とお会いしました。

3万の大軍を引き連れて京に上洛をする駿河の今川義元に対し、今川勢の10分の1程の軍勢を引き連れて挑んだ尾張の大名・若き織田信長。局地戦を展開して今川義元を討ち取って今川軍を潰走させた、日本の歴史上最も華々しい逆転劇と言われる非常に有名な戦いである桶狭間の戦い。

この戦で勝利した織田信長は、これ以降は畿内の制圧に向かって急成長していったことで戦国時代の重要な転機となった戦です。

この戦から何を学ぶのか?
今川義元側から見れば「まさか」織田信長には「もしも」の発想があったれば成り立った戦です。これを現在に置き換えれば思い当たる節が周りに沢山あります。
肝心なことは聞いただけでは事態は変わりません。自らに置き換えて考えなければ聞かなかったに等しいんですよね。

織田信長の先見性について長篠の合戦を例に講談がありました。
当時最新兵器であったものの一発撃った後に時間がかかりすぎていたもてあましていた火縄銃。この鉄砲を3000丁を用意し、更に新戦法の三段撃ちを実行して、当時最強と呼ばれた武田勝頼軍の騎馬隊は撃破した長篠の合戦。(この戦には歴史的には様々な論点に異論が存在していますが、今夜は無視しましょう)

火縄銃を改造して連射が不可能だと分かれば、使い方の方で連射と同じ様な効果を上げた戦術は確かです。
この発想の転換には、私の周りにも思い当たる節が沢山あります。

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   皆さん、真剣に耳を傾けてくれました

それが出来ないからこそ凡人なんです。
しかし、凡人は凡人なりに自分らしく生きていけば良いんです。
講演後に師匠と杯を酌み交わしながらの個人講談はまた格別の一時です。

2010年10月28日 (木)

電子化により業務が繁忙に!

来年の確定申告に向けての打合せです。
もう、確定申告のことを心配する時期になってしまったんですね?
税務署と e-Tax の普及についての打合せです。

税理士が納税者の申告等のデータを作成し、送信する場合には、税理士等の電子署名を付与し、電子証明書を添付することにより送信することが出来ます。しかし、商工会では代理送信が出来ません。

納税者自らが送信する場合には、まず、住民票のある市区町村の窓口で、住民基本台帳カード(ICカード)を入手し、「電子証明書発行申請書」等を提出して電子証明書(公的個人認証サービスに基づく電子証明書)の発行を事前に受ける必要があります。
当然発行手数料もかかります。

電子証明書の有効期限は3年間です。有効期限が切れた場合には、電子証明書を取得した市区町村の窓口において更新手続が必要になります。
そして、自らがPCから送信するには、別途に電子証明書に適合したICカードリーダライタが必要です。多分、一般の方は、このICカードリーダライタの使用は年1回、この確定申告等の送信に使用するだけになると思います。

そこで、欲しいのがインセンティブですが、それが全く無いんですよね。こうしたところにも普及をさせにくい一面もあります。
パソコンのOSはWindows7まで対応しています。

10月をもって、は~とふるカード会のシステム変更等が一段落をしたので、次は「電子入札共同システム」への会員サポートを準備しています。
既に平成23・24年度競争入札参加資格定期申請の受付は、平成22年10月1日から始まっています。

当然、電子入札システムの申請にはパソコンにそれなりの環境に対応していなければならないことは当然ですが・・・・・・。

Internet Explorer8、Windows7には対応していません。
Windowsの自動アップデートを利用している方も多いはずです。
当然私のPCだって、かなり以前からInternet Explorer8にアップデートされています。グレードアップではなくグレードダウンしなければなりません。

情報化に対応する先行投資をしてWindows7のOSを搭載している方は大変です。
そして、電子入札システムの入力作業は午前中にアクセスが集中する傾向がありので、画面遷移に時間がかかる場合があるので、午後に操作するなど時間をおいての操作をと言っています。
利用時間は平日8:30~20:00です? 窓口ではないですよ。ネットでの受付です。

電子入札の申請ですよ。
何故、24時間、土・日でも作業が出来ないのか不思議に思いません?

しかし、どのように苦言を申してもこのシステムを利用し、申請しておかなければ公共事業等への入札に向けてのテーブルにも乗ることが出来ません。

私たちは事業を通して業務が忙しくなること自体は望むところです。
しかし、このような相手側に立って配慮に欠ける対応には理不尽さを通り越して憤りを感じます。

2010年10月27日 (水)

10年ぶり、10月の「木枯らし1号」

今月の初めには、やっと残暑が終息して、ようやく秋めいた気候になってきました、と書いて20日足らず。今日には気象庁が26日夜に東京地方に「木枯らし1号」が吹いたと発表しました。昨年より7日早く、10月中の観測は10年ぶりだそうです。

木枯らし1号とは、10月中旬~11月末、西高東低の冬型の気圧配置になって最初に吹く最大風速8メートル以上の北寄りの風のことです。

しかし、私の初冬のサインはいまだに出ていません。本格的な寒さはもう少し先だと思います。
いずれにしても、寒暖の大きさに対応するのが大変です。

今夜は「大磯宿場まつり」最後の運営スタッフ会議です。

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今夜も30人を超えるスタッフが集まってくれました。
週末に駅周辺の幟旗で飾る計画していますが、どうも台風14号の影響を受けそうです。
昨年も台風の影響で幟旗を緊急避難(一時撤去)により大変な労力を要しました。
最初から作業を11月3日に延期することにしました。

2010年10月26日 (火)

今後の商工会のあり方

商工会の役員研修会並びに副会長会議で標題のテーマの研修等がありました。

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  挨拶する関戸県連会長

商工会はこれまで記入、税務、労務、記帳支援など、小規模企業の経営の支援を重点的に行い、地域の物産等については販路開拓等の事業を中心に行ってきました。こうした事業は日本経済が右肩上がりの状況下では一定の効果もあり、有効な施策でした。
しかし、この所の経済状況や今後もますます、国内市場も縮小されるような状況の中で事業そのものの考え方を変えていかなければと思います。

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  グルーブに分かれて真剣に討議

菅首相が重点に置く「新成長戦略」では、日本国内だけではなく、アジアなどの海外市場における販路開拓や中小・小規模企業の省エネ化、休暇取得の分散化等を見据えた観光資源の整備等などの支援を必要としています。
非常に難しい課題だと思います。

このような視点も大切です。
しかし、商工会は地域の商工業者や住民と、良好なコミュニティを維持しながらビジネス化させるような身近なところから、地道にやっていくことも必要なんだろうなとも痛感しました。

2010年10月25日 (月)

疲れが取れない原因?

私は気分転換を上手に行い、ストレスを溜め込まない方だと思っています。
それは、仕事が忙しくなればなるほど必要になってきます。

健康の大切さを痛感しています。
いくら、秋だ、読書に一番適した季節だと「燈火親しむべし」とはおっしゃいますが「読書」ばかりでは気分転換になりません。

仕事が詰まってきます。それを解決しなければいけません。当然の如く、問題を解決することは重要です。しかし、そのことばかりに意識が行ってしまうと本当の問題解決策が見えてこないことが良くあります。(年がら年中かな?)

そこで、別のことに意識を向けるようにすることが必要になります。
そして一時的にストレスの対象に意識を避けて、心の余裕を作るのが「気分転換」だと思います。(そうすると年がら年中気分転換をしなければ?)

今月の初めに腰を痛めてから完治しません。
唯一、気分転換を含めて週一度の楽しみにしているボウリングのリーグ戦に参戦できない状況が続いています。
今夜から新リーグがスタートします。
顔を出すだけと思い久しぶりにセンターに行きました。半分は見学と思い ・・・・・・。
しかし、ボウリングは見るスポーツではありません。私にとっては。

レーンにボウルを置いてくるだけと自分自身に納得をさせて3Gを投げてきました。
スコアはどうでも良いんです。投げられることに意義を感じました。
と、自分自身を納得させて投げたつもりなんですがそうはいかないんですよね。

だから、日頃から身体のケアを大切にしなければいません。
しかし、結果はどうであれ、久しぶりに良い気分転換になりました。

2010年10月24日 (日)

宿場まつりの準備が着々と!

出店者や関係者用に借用をする旧工場跡地と会場内の駐車場の草刈りを行いました。
地元青年会の協力を得て午前中に綺麗になりました。

今日の作業には参加出来ないから、事前に自分の分くらいはと草刈機で充分すぎるほどの作業をしてくれたスタッフ。そして30人ほどのメンバーがこうした地道な活動に集まってくれるんですから、このイベントは成り立つんですよね。

ボランティア活動の原則は一般的に自主性、無償性、利他性(社会性、公共性、公益性)先駆性の4つの要素から成り立っているんだと思います。

日本では昔から町内会・自治会などの地縁・血縁によって強固に結びついた相互扶助の慣習があったためにボランティア組織が育ちにくい一面を持っていると思います。
我が町のコミュティーは健在だという証です。

それだけに、ボランティア活動に参加する個人の「楽しみの場」として機能もして自己満足も達成できるように持って行かなければと思いますが・・・・・・。

これが難しいんです。
とにかく「今日はありがとうございました。お疲れ様でした。」としか言えません。

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  綺麗になりました

最近は自治体も財政の悪化から行政コストの一層の低減を求められています。
だから、ボランティア組織を、新たな相互扶助の仕組みとしても注目をしていますが、先に挙げた無償性、利他性(社会性、公共性、公益性)のみを要求しているように感じます。
都市化・核家族化による地域の相互扶助も成り立たない都市も多く見受けられます。
ますます、その傾向は強くなると思います。

自治体や企業も、ボランティアは有意義な活動としながらも、一歩踏み出せない状況を検討していくべきだと思います。

2010年10月23日 (土)

大磯宿場寄席(ふたり会)

11月7日は第17回「大磯宿場まつり」です。
そのプレイベントとして古今亭菊千代師匠と桂歌助師匠を招き大磯宿場寄席(ふたり会)を高麗にある慶覚院で行いました。

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  会場の慶覚院

二人の師匠の共通のテーマの一つに「東海道」があります。

古今亭菊千代師匠は自身のホームページで「真打昇進が平成5年3月21日からという年の1月、某新聞社の方の提案で東海道五十三次を歩き、街道を行く人やお店などで突然行って落語や小咄を聞いてもらい、笑いの修業の旅をするという企画がありました。通しで全部ちゃんと歩いたわけではなく、言われるがままに道を行き、言われるがままに人の前で落語をやり、自分の才能の無さ、センスの無さをことごとく知り、けなされ叱られ本当に辛い旅でした。けれどもそのお陰で、色々な経験も出来、またそこでも土井たか子さんが京都三条大橋で迎えてくれるという素敵な結末を作ってくださり、土井さんとの思い出の宝物が増えました。けれども、私の中では不完全な思いがずーっと残っています。」と語っています。
そこで再び東海道の宿駅で落語会を行っています。
東海道検定にも受検をしていただきました。
その結果、見事に東海道検定に合格をして「東海道マイスター」の称号をNPO東海道宿駅会議から受けています。

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  古今亭菊千代師匠

もう一人の桂歌助師匠は以下ホームページから「高校時代は、甲子園をめざして練習にあけくれた毎日。が、あと三歩のところで涙をのみ、甲子園は観に行きました。ポジションは一番。投手、内野、外野すべてやりました。大学では数学を専攻し、英語研究部に所属。在学中に落語家になりました(何と計画性のない人生)。」
「また、落語家の家業に入ってからは、得意のパソコンやインターネットの知識を活かして、自作の公式ホームページを平成八(1996)年に開設。「歌助だより(中日のご祝儀)」という名のメールマガジンを不定期で発行しています。以前は、所属する落語芸術協会のIT部門を指導していました。」

そして師匠は東京理科大学理学部数学科卒業の変わり種。
平成11年(1999年)の6月から8月にかけて、「東海道五十三次一宿一席宿場寄席」を行い、宿場落語を創作発表。
平成13年(2001年)の一年間を掛けて「東海道五十三次四〇〇年祭宿場寄席」を行いました。

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   桂 歌助師匠

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 最後には得意の奴さん披露してくれました

そんな「東海道」を縁にした二人の落語の競演を楽しみました。

2010年10月22日 (金)

時間降雨量

鹿児島県奄美大島では記録的な豪雨で死者3人が出るなど大きな被害が出ています。
時間降雨量が120ミリなどと普段経験をしない降雨が発生しています。
この降雨量の目安ってどの程度なのでしょうか?
以下は地震防災対策百科を参照しました。

1 やや強い雨( 8~15mm未満)
すぐに水溜りができ、雨の音が聞こえます。

2 強い雨( 15~20mm未満)
地面一面に水たまりができます。雨の音で話がよく聞き取れないことがあります。寝ている人の半数くらいが気づきます。長く降り続く雨の場合は災害の警戒が必要です。

3 激しい雨( 20~30mm未満)
土砂降りになり、傘をさしてもぬれます。下水があふれ、氾濫する小川がでてきます。がけ崩れの危険性も高くなります。

4 非常に激しい雨( 30~50mm未満)
バケツをひっくりかえしたように降ります。危険地帯では自主避難の準備をする必要があります。

5 猛烈雨( 50mm以上)
滝のように降り、しぷきで辺りが白っぽくなります。土石流が起こりやすくなります。がけ崩れの件数は,時間雨量20mm以上の強雨で多くなり、40mm以上で急増します。3の激しい雨が長時間続くようでしたら、崖の近くに住んでいる方は自主避難しましょう。

また、河川や低地に住んでいる方も増水する前に自主避難してください。

と、記載してありました。

100ミリを超える雨とはどのような状況なのでしょう?
ちょっと想像がつきません。

23日午後6時までの24時間に多い所で150ミリの雨が予想されています。
これ以上の被害が広がらないことを祈ります。

2010年10月21日 (木)

2010農商工連携フォーラム

「木」や「花」と会話が出来ますか?
「花を見て怒る人っていないでしょ。花っておいしいだけじゃなく、心の栄養になるんです」と。

本日の「農商工連携による新事業展開の可能性を探る」のテーマで行われた、2010農商工連携フォーラムの基調講演『花を素材とした商品開発』のテーマで伊勢原市 加藤花園・加藤京子さんのあいさつの言葉です。
素敵な言葉ですよね。

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加藤さんは、全国でも数少ない、エディブルフラワーを生産する花農家「加藤花園」をご夫婦で経営をしていて、1年を通して約30種類のエディブルフラワーを生産しています。

加藤花園が「エディブルフラワー」の生産に本格的に取り組むようになったのは8年ほど前からだそうです。それまでも、ご主人のオランダ留学の経験から、海外では花を食べる習慣があることは知っていたそうです。

ところで、私も知りませんでした。何だ!この「エディブルフラワー」とは?
Edible=食べられる Flower=花
花屋さんで販売されている観賞用の花と違い、最近では食用花のことを「エディブルフラワー」と呼ぶようになり、食用花として栽培されているそうです。そしてその歴史は古く、起源前にも遡ると言われています。

「農商工連携による新事業展開の可能性を探る」のテーマでのパネルディスカッションも続いてありました。

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大磯でも農商漁連携の一環で「大磯市(おおいそいち)」も始めています。
このように事業を通して商品化にまで進むかも知れない要素が隠されています。
それを発見していくこともイベントの楽しみです。

2010年10月20日 (水)

86,400秒の一日

一日を86,400秒と書くと何か、時間が一杯あるような気になります。
だけど、現実は、あ~今日も終わりました。
朝から晩まであんなこんなでアッという間の一日が過ぎます。

今日も、この86,400秒の中で大勢の方から沢山の話を聞かせていただきました。そして、自分も良くしゃべりました。

余りにも自分のペースで楽しく過ごしてしまうものですから、熟考をしている暇もないのも確かです。これは、ちょっといけないな・・・・・・。と反省します。

計画も色々とあります。長期、中期、短期計画と。
日々の仕事でも当然、プライオリティーがあります。
本当にそのように計画的に進んでいるのかと問われると?
問わないで下さい。

「暇で、一日が大変に長い!!」とおしゃる方もいます。

同じ86,400秒の中で、同じ時間の流れにありながら時間の認識の差は、それぞれ個人で大きく違ってきます。

どちらが人生の中で幸せなのかは分かりません。
一つだけ言えることは、「忙しい」と感じようが、また「暇」だと感じようが、それぞれの個人の価値観で、この時間の使い方や行動、その内容で価値を決めてだと思います。

私はアクティブに行動をして、健康である限り目標に向かって行動をして86,400秒の一日を過ごしていくことが、自分の人生を楽しく生き抜くこととなるのだろうと思い、自分を忙しくしている一面もあります。

そうしてみると、私の忙しさは幸せへのプロローグなのかも知れません?
しかし、一日が90,000秒であれば? ふっと思う時もあります。

2010年10月19日 (火)

消えた金魚?

大磯駅前に「海内第一避暑地の碑」があります。
明治41年に行われた「日本新聞」の国内避暑地百選の全国投票で、大磯が第一位に選ばれました。それを記念して建立された記念碑です。

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 海内第一避暑地の碑(大磯町HPから) 

その前に小さな池があります。
ちょっと荒れていたいけでしたが、最近はある方を中心に町も協力をして清掃も行き届き、金魚も入れ、更に近々の内に古代ハスを咲かす準備をして張り切っていました。

その方が夕方に「駅前にあるロータリーの中に入れておいた金魚が消えてしまった」「だから、子ども達が楽しみにしているので30匹ほど入れてきた」と事務所に来ました。

最近は子ども達も楽しみにしていた金魚がどうして忽然と消えてしまったのでしょうか?

私たちもオープンガーデンを開催中に駅前の「花」が時々消えてしまうこともあります。

拝借をしていった「金魚」や「花」を鑑賞しても少しも綺麗には見えないはずです。
癒してくれるはずの「金魚」や「花」を見るほどに心を痛めるのではないかと思います。

それ程までに気持ちの余裕を失っているのでしょうか?
複雑に感じる身近なニュースでした。

2010年10月18日 (月)

串揚げやさんの「プロ意識」

今日は会議のために横浜に出掛けました。
昼食にお気に入りの串揚げ屋さんに行って昼食を取りました。
お客さんの食事の進み具合に合わせて季節の野菜等を盛り合わせて10本の串揚げを目の前で揚げて出してくれます。

いつも、食事をしながら手際良く揚げて、次から次へと出てくる串揚げに感心をしています。
10人のお客さんがバラバラで入ってくれば、当然串揚げを出す順序が一人ごとに違うワケです。

そして、今日は更に感心したことが「お客さん、今日も茄子がありますけれど、如何いたしますか?」と言われたのには驚きました。
前回(9月30日)行った時に「我が儘を言って申し訳ないですが、茄子はパスして下さい。」と言ったら「分かりました。茄子に変えて違ったものを揚げましょう」と代わりにタマネギを出していただきました。

それを、覚えていてくれたんです。
自分で気に入って行っているお店です。食べたいと思っているお店です。常連でもありません。
それがこのような出来事に遭遇すれば、いつもより更に美味しくいただくことが出来ました。

これが本当のプロ意識なんでしょね。
きっと、日頃から当然に求められる結果を出すために日々の研鑽や努力を惜しまない姿勢を持っているからこそ、それをさり気なく、さらりと出来るんでしょう。

最近、色々な分野で不祥事や醜聞が続いています。
それこそ、「プロ意識が足りない」と思うニュースが多くある中で、非常に清々しい一日となりました。

2010年10月17日 (日)

四日市宿と桑名宿

四日市宿の日永の追分にまず行きました。追分とは道が二またに分かれるところで。ここの追分は京に向かう東海道と伊勢に向かう伊勢街道の分岐点にあたります。日永の追分は、四日市宿と石薬師宿の間に立つことから間の宿とよばれ、周辺には多くの旅籠や茶店などが並んでいました。浮世絵にも饅頭屋が描かれています。

この日永には江戸から100里の一里塚があります。ある筈なんです。一里塚は、1里毎に旅行者の目印として設置した塚(土盛り)でしが、ついにこの一里塚後は見つかりませんでした。

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桑名に移動して多度大社に行きました。

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多度大社は五世紀の後半に雄略天皇の御代に御社殿が建てらたとされています。
境内には神馬がお遣えしており、春には上げ馬神事、秋には流鏑馬祭り、更には、神の使者である白馬が、人々に幸せを運んでくるという「白馬伝説」など、馬と関わりが深い神社です。特に春の上げ馬神事は迫力があります。急坂を駆け上がる馬の勇姿を一度は見たいと思います。

市内に戻り六華苑(ろっかえん)を見学しました。

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旧諸戸清六邸で国の重要文化財・名勝になっています。実業家二代目諸戸清六の新居として明治44年(1911年)着工し、大正2年(1913年)に竣工した邸宅は、洋館とそれに連なる和館、複数の蔵などの建造物と池泉回遊式日本庭園を持っている素晴らしいところです。

桑名と言えば七里の渡しです。
慶長6年(1601年)に江戸と京都を結ぶ東海道が制定され、桑名宿と宮宿(現名古屋市熱田区)の間は、海路7里の渡船と定められました。宮までの所要時間は3~4時間掛かったと言われていますが、潮の干満にもよりコースは違い時間も一定ではなかったようです。
東海道宿駅制度が制定されたその年に本多忠勝により築城されたのが桑名城です。城跡には現存建造物はなく、石垣、堀が残るのみで、現在は桑名城址九華公園として整備されています。

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もう一つ、桑名と言えば忘れてはいけないのが「桑名のハマグリ」です。徳川家康を初め歴代将軍に献上するのが慣例になっている、この地の名物「焼き蛤」は東海道膝栗毛でも紹介され、三重県の特産品として全国にその名が知られています。それを食べない訳にはいきません。
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皆さんに蛤を堪能していただきました。

2010年10月16日 (土)

第23回東海道シンポジウム四日市宿大会

本日は第23回東海道シンポジウム四日市宿大会に出席をしています。四日市市からのアップです。

四日市市は現在、人口31万人を超す立派な地方の中核都市です。

徳川家康が伝馬制度を導入した当時の四日市宿はどのような宿場であったのでしょうか?
江戸から立つと四日市宿の一つ手前に桑名宿があります。その前の宿が宮宿(熱田)です。
この宿間には木曽川、長良川、揖斐川の3つの大河があります。現在のように橋が架かっていたわけではありません。従って、この宿間に七里の渡しと呼ばれる海上交通が発達をしました。

七里の渡しとは桑名宿と宮宿です。四日市宿と宮宿は十里の渡しです。

四日市宿の特徴は、一時幕府直轄の天領であり、代官所も置かれていた政治的に中心の宿でした。そして廻船を中心にした港町でもありました。

このシンポジウムは歴史的な考察も必要です。しかし、人と人のつながりの方がもっと大切なんです。だから、皆、一年に一度会えることを楽しみにやってくるんです。
時間があっという間に過ぎ去ってしまいます。

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  都市化の中の宿場
 パネルディスカッション

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  旅路の像が大津宿から四日市宿へ

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  来年開催地の吉原宿(富士市)へ

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  さぁー、おまちどうさまでした 乾杯
  これからが、真のシンポジウムです

2010年10月15日 (金)

私の愛用薬「とげぬき地蔵尊御影」

皆さん、よくご存じの「おばあちゃんの原宿」と呼ばれる商店街が、巣鴨駅から都電荒川線庚申塚駅までの道路沿いにあります。

その商店街の中に曹洞宗萬頂山高岩寺というお寺があります。
ご本尊は「とげぬき地蔵」として霊験あらたかな延命地蔵菩薩です。

実は、この高岩寺のご本堂で授与されている「とげぬき地蔵尊御影」は、私の幼少時代から、そうですね、50年来の愛用薬なんです。

私は、小さい時から年がら年中熱を出していたひ弱な少年でした。
熱が出ると、いつも母親は咽にネギを刻んだガーゼの中にこの「とげぬき地蔵尊御影」を入れていました。後で、紙のお薬だと言いこの「御影」を飲ましてくれたものです。非常にお世話になりました。過去形ではなく進行形です。それが実に良く効くんです。

この一週間、腰痛を患っています。腰に「とげぬき地蔵尊御影」をさすりながらこの「御影」をいただくんです。
そうすると、日毎に快方に向かっていくんですから不思議です。
(当然、日柄ものなんですよ!)

しかし「一番大事なのはお地蔵様に治してくださいという素直な気持ちでお願いしていただくことです」
病は気から「病気は気の持ちようで、重くもなれば軽くもなる。」その置き換えかも知れません。

だから、今でもカミさんと巣鴨にお礼に行きます。そして「とげぬき地蔵尊御影」を求めて来ます。間に合わない時には、巣鴨に近い職場に勤務している息子にお願いをして買い求めてきて貰うほどのファンなんです。

(カミさんも隠れファンなんです!)

この、科学が発展した中で馬鹿げていると思われそうですが・・・・・・。
いやぁー実に良く効きます。

2010年10月14日 (木)

チリ 鉱山落盤事故に思う

8月5日に起きたチリのサンホセ鉱山落盤事故で閉じ込められた作業員33人の引き上げ作業が完了した。それにしても奇跡的な救出劇でした。
地下700メートルに70日間も閉じ込められ過酷な地底生活を強いられた作業員33人が無事に生還できたことに驚き、感動しました。

全員の無事が初めて確認されたのは事故発生から17日後。普通であればこの段階で色々な不安の襲われて、パニックに陥っても不思議ではない状況です。

ついに、最後の33人目の作業員、現場監督のルイス・ウルスアさんが姿を現しました。
ずっと救出作業を見守っていたピニェラ大統領が、彼を固く抱きしめました。
息子さんが駆け寄りました。
チリ国歌が斉唱されました。
鉱山全体が熱気で包まれました。

どんなドラマよりも感動的でした。

日本でこのような事件が起きたら、日本国民が日の丸を掲げて、国歌を斉唱してと・・・・・・。
このような光景を見ることは出来ないでしょうね。

2010年10月13日 (水)

大磯宿場まつりが近づきました。

本日「第17回大磯宿場まつり」出店説明会と第3回目の運営スタッフ会議を開きました。街道市、諸国街道名産市等については、当初予定していた約90店が出揃いました。
宣伝もしないのに良く集まってくれます。もう!感謝の一言です。

運営スタッフ会議も30人ほどが集まってくれました。
熱気が帯びてくると、本当に宿場まつりが目の前に迫ってきているんだと思います。

「帰ってきた花魁道中」今年の呼び物の一つになると思います。
総予算200万円足らずでこれだけのイベントを実施することは不可能だと思います。
それだけの自負はあります。
では、どうして出来るのか?
善意のボランティアの集結です。
このイベントに携わるのが楽しいから、集まっていただいたメンバーが自主的にやりたいことをむずからの企画で実施する。その繰り返しです。だから200万円足らずの予算でこれだけのイベントが実施出来るんです。

私も与えられた仕事ではないんです。自分がやっていて楽しいから仲間の一人に加えていただいているんです。
とても、シンプルな考え方だと思いませんか?

昨年の楽しそうな様子を下のURLで見て下さい。
そして、11月7日に大磯にお越しいただきますことをお願いすると共に、スタッフとしても参加してみませんか?

http://27.pro.tok2.com/~oisokankou/09syukuba-re.htm

2010年10月12日 (火)

神在月(または神有月)

今月は神無月です。全国の神々が出雲の国に集まり、神々が地元を留守にするからです。

反対に出雲では、全国から神々がお集まりになられるので「神在月(または神有月)」といいます。

日本書紀による、大国主大神が天照御大神に「国譲り」をする際に、自分は引退する、だから、全国から神々をお迎えして「これからも目には見えない縁(えん)を結び、私に変わって貴方が国を納めて下さい」と会議をする信仰が生まれたとのが始まりと言われています。

また、全国から神々が集まるのは、縁結びの相談のためとされている説もあります。(だから毎年集まるのかも知れません)だから一部地方では10月の縁談を避ける風習も未だに残っている地方もあるそうです。

北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)が三男・金正恩(キム・ジョンウン)への事実上の後継を決める10日の労働党創建65周年記念軍閲兵式から比べると、日本のこうした伝統文化は夢がありますよね。

私達には不思議な巡り合わせがあります。
そして、苦しい時は神に仏に頼み、もしかしたら遭遇したかもしれない災難に遭わずに済んだ神等の御利益を経験したことを持っています。だから神や、仏に時々依存するのかも知れません。

しかし、最終的には織田信長ほどではないにして、自らが「神」的な考え方も必要だと思います。
その考え方が余りにも強くなりすぎると「独善的」になってしまうのでほどほどに自立しようと思います。

2010年10月11日 (月)

大磯小学校「第137回運動会」

今日は絶好の運動会日和です。
体育の日に相応しい天気です。
何でこのような素晴らしい秋晴れにも関わらずソファーとベットを友だちにしているのか?もどかしい気分ですよね。これでは余計に悪化してしまいそうです。

しかし、ここが大切なんですよね。自分の置かれた現状を受け入れなければいけないんですよね。頭では理解しているんです。でも身体がそうはいかないんです。
「じゃー、動いてみなさいよ!」「あーっ、イタイ!」「それ、動けないではないですか?」
やっぱり、受け入れなければいけないんですよね!

だから、孫の大磯小学校「第137回運動会」と午後から聖ステパノ学園の「海の見えるホール」で行われた「チャレンジ人生 ジョン万次郎」の中濱武彦氏の講演会は残念ながらキャンセルをしました。

それにしても大磯小学校の運動会は第137回を迎えたんですね。私が在学中の時でも80回の回数を超えていたんです。息子や娘の時代には100回を超える歴史があったんです。改めて大磯小学校の歴史を感じます。

大磯小学校の歴史は4月11日を参照下さい。
 http://oisoharu.way-nifty.com/blog/2010/04/post-d1db.html

孫が帰ってきて早速に頑張っている姿を納めた写真を私の所に持ってきました。

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未就学児対象の出番に俄然ハッスルの次女

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応援に疲れて帰りはママに!

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2010年10月10日 (日)

白寿の先輩から学ぶもの

一日、二日では、腰の調子が一気に回復する訳がありません。
終日、ソファーとベットに長々と伸びてゆったりと過ごすことにしました。

手元に2冊の本を持ってきました。
7、8年前に聖路加国際病院理事長・名誉委員長の日野原重明先生に講演をいただいた時があります。その際に求めた先生のサイン入り著書「生きかた上手」を用意しました。

まずその本のカバーに「人間はひよわな存在です。だから寄り添って生きることができます。」と表装してあります。

この本の最後の方は「子どもにいのちの重みを、いかに伝えるか」「死が何であるかを子どもに伝えるのはおとなの役目」としてバーチャルリアリズムに警笛を発しています。

家族とは「ある」ものではなく、手を掛けて「育む」ものです。
私も失われた20年と言われる前、今ほど物も溢れていなかった時代を懐かしむ気持ちはありませんが、確かに人の温もりは今より確かにあったように感じます。あらゆる営みに数段の利便性を手にした反面「物が豊に手に入るようになった分、心が満たされていない」と感じているとが多くなっているのは事実だと思います。その原点に「家族」の絆が弱くなったことに危惧を感じざるを得ません。

もう一冊の本があります。
白寿になって処女詩集を出版した柴田トヨさんの詩集があります。
白寿って数え年で99歳ですよ!(前述の日野原先生も1911年生)
「くじけないで」と90歳を迎えてからまとめた詩集です。

その詩集で一番の幸せを感じたのは家族が出来たのが幸せの始まりだったとして次の詩を掲載しています。

「思いで Ⅱ」 柴田トヨ 作

 子どもとてをつないで
 あなたの帰りを
 待った駅
 大勢の人の中から
 あなたを見つけて
 手を振った
 三人で戻る小道に
 金木犀の甘いかおり
 何処かの家から流れる
 ラジオの歌
 あの駅あの小道は
 今でも元気で
 いるかしら

きっと、50、60年前の今頃の状況を歌った詩だと思います。
この、素敵な詩集は、詩にある一緒に迎えに行った息子(倅)さんのアドバイスで生まれ詩集なんだそうです。42作品、一作ごとに非常に味わいのある詩です。

2010年10月 9日 (土)

休日・休養・静養?

秋雨前線の悪戯で孫のひーちゃんの楽しみにしていた運動会が11日の体育の日に延期になってしまいました。

私は金曜日から休日・休養・静養?
ここ一年の内に一、二度、急に腰に力が入らなくなり動くことが出来なくなってしまうのが癖になってしまいました。

別に何をした訳でもないんです。
金曜日のもいつもの通り出勤をして、普通にゴミ出しをし、デスクの雑巾がけに掛かった途端に・・・・・・あっ!。もう、動けません。

その途端に 休日・休養・静養? 生活に移動です。

金曜日は休日でもなく、平日です。業務を自らが休んでいるので休暇です。
そして今日からは3連休です。
折角の3連休なんですから有意義に過ごしたいものです。
日曜日は「大磯駅前ISO市」月曜日の体育に日には「ジョン万次郎」の講演会の仕事が入っています。が、この調子では行くことが出来そうにありません。

休養or静養です。
仕事などを休んで体力・気力を養うことが休養で、病気や疲労の回復などのために、心身をゆったりと休めることが静養であるとするならば、ここの連休は、どうも静養のようです。

本来は、秋空の下でアクティブに動くことで、心身を休めることが出来ます。
こうしてベットに横になっているようでは、身体に良くありません?

2010年10月 8日 (金)

28年間ずっ~と幼稚園児のコボちゃん

耕二さんと早苗さんの息子であるコボチャンは「たんぽぽ幼稚園」に通う5歳児です。
1982年から28年間ずっ~と幼稚園児です。そして、28年を経た今年に待望の妹「ミホ」ちゃんが誕生しました。

何の話?読売新聞の朝刊に連載されている、「植田まさし」さんの1982年4月1日から連載が開始された4コマ漫画のことです。今朝の連載で10114回になります。読売新聞での4コマ漫画の長期連載は鈴木義司さんの『サンワリ君』(夕刊連載)の1万1240回に続く記録なんだそうです。

朝、新聞を一面から斜めに読んでいきます。そして俗に言う三面記事というページでしょうか? 固いニュースを見てきた後に、その時々のニュースをタイムリーに、また、ウイットに富んだこの4コママンガに辿り着きます。そして田畑家の普段の生活の4コマに癒されるんです。

そこに登場する早苗さんの父親、母親、つまりコボちゃんの「じぃじ」「ばぁば」が良い味を出しているんですよね。
この「じぃじ」遊び友達を始め交友関係も広く、友達も多くいるようです。そして、かなりの孫煩悩でもあり、老人らしからぬ奇抜な行動を取ることもあることも結構あるようです。それを30年続けているんですから羨ましいと思う反面、こんな田畑家の日常がどこの家庭でも実践できれば、明るい日本が出来上がるんだろうなと思います。

2010年10月 7日 (木)

不要になった学校のいす再生展

西湘をあそぶ会と地元アーチストのコラボによる学校イス再生プロジェクト、椅子展が明日から10日迄開催されます。

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不要になった学校のイス。捨てることなくアートで再生するこの企画。
とにかく彼等の手に掛かると、魔法のように蘇ってしまうから不思議です。

この蘇ったイスの素晴らしい写真を塩谷卓也氏の湘南番外地をご覧下さい。

この企画の中心が茅ヶ崎在住の真壁陸二さん。
真壁さんは現在開催中の「瀬戸内国際芸術祭2010」で男木島の路地壁画プロジェクトの中心メンバーです。

その真壁さんたちが蘇らせたイスを見に行ってみませんか?

○会 期:2010.10.8(金)~10日(日)
○会 場:うつわ菜の花
     小田原市南町1-3-12  Tel 0465-24-7020

2010年10月 6日 (水)

柴刈りって大切なんですよね!

むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へしばかりに、おばあさんは川へせんたくに行きました。

良く知られた「桃太郎」の一節です。

このおじいさんの「山へ柴刈りに」の意味は、山野に自生する小さい雑木を薪などにするためにその枝を刈り、台所のかまで燃やして燃料にしたものです。

実はこの柴刈りが日本の山林を守ってきたんです。と思います。
山林の間伐等を怠ると、木の下の方に植生する雑草等に陽が当たらなくなって、その雑草等を餌にする小動物が減ってしまいます。

最近、対馬の「ツシマヤマネコ」が推定100匹足らずになって絶滅が危惧されるとのニュースを耳にします。

日本に分布するネコ類は、イエネコを除けば、対馬のツシマヤマネコと、西表島のイリオモテヤマネコの2種のヤマネコのみだそうです。このうちツシマヤマネコは、1960年代に劇的に発見されてマスコミなどで注目を集めたイリオモテヤマネコほど知られていませんが絶滅が危惧される希少動物です。

その絶滅の一端が山林の手入れを怠っていたつけが要因の一つになっているそうです。
最近は、自然を守るというと人間の手を入れることに、異議を唱える人が多くいらっしゃいます。人間の手を入れない自然は放置です。

「おじいさんは山へしばかりに行く」
今、この時代こそ価値があるのかも知れません。

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     ▲
上のツシマヤマネコの写真はウィキペディアからの転載です。

2010年10月 5日 (火)

東海道での新たな出逢い

東海道シンポジウム東京・神奈川ブロック会議が神奈川宿であり出席してきました。
この会議は会則等も持ち合わせないで民間が主体で運営をしています。
唯一の接点は、参加者全員が東海道に愛着を持っていることだけです。その東海道が身近なところにあるので、その東海道を活かして「まちづくり」が出来たら良いよね!と集まっています。
今夜も各宿から行政の方も含めて大勢の方に出席をいただきました。

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各宿の情報交換で品川宿から出席をしていた、若い女性のS・Kさん。
鳥取出身とのこと。幼い頃から家の目の前の街道の先に江戸があると・・・・・・。江戸に出てきて就職を、今度は目の前に旧東海道があり、仕事の合間に品川のゲストハウスを手伝うようになり、今回初めてこのブロック会議に出席をしたとのこと。

懇親会でそのS・Kさんが私の前に。出身が鳥取とのこと。でも市内ではないよね?との問いに「鳥取市の隣の方の岩美町です」私の方が驚きました。

元国連大使・外務次官であった澤田廉三氏は取鳥取県岩美町の出身です。
その澤田氏の奥様が大磯でエリザベスサンダースホームを作り、戦後の混血児教育等に心血を注いだ澤田美喜先生なんですよね。

大磯には日本最初の海水浴場があるにも関わらず皮膚の色が違うからと大磯町民は受け入れませんでした。そこで、ご主人の澤田氏の出身地である岩美町の熊井浜海岸まで連れて行き、子ども達に海水浴をさせた話題等で話が弾みました。

S・Kさんがお手伝いをしている「ゲストハウス品川宿
外国人向けのゲストハウスを品川でやりたいと発起して10年を経て、軌道に乗り始めた館長の渡邊さん。全国の宿場にこうした施設を作りたいと、仕事の合間を縫って、自転車で東海道をリサーチすると張り切っていました。
大磯に見える時には寄ってくれると思います。

こうした新たな出逢い等があるのがこの会議、東海道の魅力なんですよね。
お陰で、楽しいお酒を飲むことが出来ました。

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2010年10月 4日 (月)

あって良いファジー&あってはならないファジー

あいまいな値を扱う理論に米カリフォルニア大学のL. A. ザデー教授が提唱した「ファジー集合論(fuzzy sets)」があります。
このファジーを英単語辞書で引いてみると「毛羽立った、ぼやけた、ほぐれた。」と言う意味が出てきます。要するに境界や境目がはっきりしていない状態のことを言うようです。

私はここでファジー理論など論ずる気持ちはありません。

しかし、世の中にはファジー(あえて曖昧さと表記させていただきます。)もあって良い場合とファジーであってはいけない部分があると思うんです。

人の考え方は百人百色です。千差万別です。議論を重ねて意見が割れれば、参加している人数分の考え方があります。当たり前だと思います。
ケースバイケースによってはファジー的な要素も加味して先送りした方が良い場合もあります。
結論を出す必要がある時には、「多数決」も一方法でしょう。
逆に少数の意見の方が勝っていると感じれば、そちらの意見を採用することもあると思います。その時には最終的に判断が出来る人の判断で決定をすれば良いのです。

人とのつきあいの中には、このファジーさをとても大切にしたい時があります。
私の好きな詩に吉野弘氏作「祝婚歌」があります。

全て引用してはまずかな?
                   
 二人が睦まじくいるためには
 愚かでいるほうがいい
 立派すぎないほうがいい
 立派すぎることは
 長持ちしないことだと気付いているほうがいい
 完璧をめざさないほうがいい
 完璧なんて不自然なことだと
 うそぶいているほうがいい
 二人のうちどちらかが
 ふざけているほうがいい
 ずっこけているほうがいい
 互いに非難することがあっても
 非難できる資格が自分にあったかどうか
 あとで
 疑わしくなるほうがいい
 正しいことを言うときは
 少しひかえめにするほうがいい
 正しいことを言うときは
 相手を傷つけやすいものだと
 気付いているほうがいい
 立派でありたいとか
 正しくありたいとかいう
 無理な緊張には
 色目を使わず
 ゆったり ゆたかに
 光りを浴びているほうがいい
 健康で 風に吹かれながら
 生きていることのなつかしさに
 ふと 胸が熱くなる
 そんな日があってもいい
 そして
 なぜ胸が熱くなるのか
 黙っていても
 二人にはわかるのであってほしい

何かこの様な気持ちを忘れ去っているような気がします。

しかし、一方ではファジーで対応してもらっては困る事案も最近は多くあり過ぎます。
特に永田町やどこかの地検等には毅然とした対応を取っていただきたいと思います。

そして私たちが、吉野氏の書き下ろした詩を心底から味わうことの出来る社会を創造していただきたいと痛感します。

2010年10月 3日 (日)

OISOチャレンジフェスティバル

天気の崩れ方が予報より遅れて秋晴れの良い天気になりました。
スポーツの秋にふさわしい天気の下で、今年で第7回目を迎えた「OISOチャレンジフェスティバル」が大磯運動公園と万台こゆるぎの森で開催され、チャレンジ種目やスポーツ教室、健康コーナーに大勢の町民が参加、気持ちの良い汗を流し一日を楽しんでくれました。

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     ▲
大磯町商工会では「大磯逸品の会」を始め、青年部が本格的な仕込みで焼きそばを作ってくれて盛り上げてくれました。

2010年10月 2日 (土)

(仮称)山王町松並木敷整整の会説明会

土曜日でも会議等が結構あります。
本日は標題の会議が山王町の地元でありました。
ここの旧道は来月には我々が宿場まつりで会場として使用させていただくところです。

この旧東海道の景観を保持していくために地元、沿道の皆さんに協力をいただいて町とのコラボレートで美化活動等の維持管理を自主的にしようとして任意の会を立ち上げようとする説明会がありました。

ここは昭和63年に景観形成事業の一環として県と町が事業を計画して、その事業計画の内容が住民の意見を反映していないとの理由で頓挫をしている経緯があります。
従って整備の詳細等については、個人的な意見を持ちつつも、ちょっと差し控えておきます。(委員会ではきちんと発言をさせて頂いています。)

その街道にも例年より2週間ほど遅れて「彼岸花」が綺麗に咲きました。

1002_2

「彼岸花」は道端などに群生し、9月中旬に赤い花をつけますが、稀に白い「彼岸花」もあるそうです。が、大磯ではこの白い「彼岸花」を多く目にするので余り、希とも感じていませんでしたが、実は希なのだそうです。

1002

上の写真は 大磯の風<NEW>のK氏から借用させていただきました。

2010年10月 1日 (金)

第三四半期のスタートです

10月を迎えると今年もあとわずかだなぁーという気持ちが入ってきます。
そしてこの年末までの3ヶ月間が一番忙しい時期になります。

まず、今月から「大磯は~とふるカード会」のシステムを変更します。
最初にご安心を!今までの溜めたポイントは無効になりません。

今までは350ポイントで500円分の商品券としていましたが、今後は450ポイントで650円分の商品券に代わります。旧カードの時より100ポイント多くためる必要がありますが、満点カードになった時に150円増の650円の商品券になります。お得感はあると思います。

今回の変更ポイントは
①旧満点カード及び旧カードにあるポイントは「無効」になりません。
②お買い上げ100円(税別)につき「1ポイントの進呈」に「変更はありません」
③旧満点カード及び旧カードにあるポイントは「10月5日より」加盟店で、順次「新カード」へ移行します!
④新「大磯は~とふるカード」の「満点」は450ポイントの金券等としてご利用は「650円」となります。

制度の見直しを機に更に、魅力ある「大磯は~とふるカード会」のイベントを企画していきます。

12日からは歴史街道「ぶらり大磯」買物券の交換が始まり、年明けまでこの換金手続きに大きな時間も取られます。応募が多かった場合は抽選、それも往復はがきで申し込む手間を嫌ったのか、20%のプレミア率にも関わらず前回ほど人気がないようです。
しかし、小売店等にとってはこれを呼び水として自店でのアイデアを組み合わせて、閉塞感のある消費に少しでも役立てていただければと思います。
9月の中旬からは「敬老祝金」も商品券で出しているので相乗効果を期待したいところです。

先月から「大磯市(おおいそいち)」を始めました。
大磯市は「大磯全体を市(いち)にしよう」をコンセプトにメイン会場となる大磯港にて開催されるマーケットと併せて大磯町内の商店・ギャラリー・個人邸によるイベント・ワークショップなどが連携して歩いて、自転車で、一日散策できる大磯を目指しています。手探り状態でスタートした第1回目です。大きな課題、宿題を沢山いただいていました。

今日も、実行委員会を開催していくつかの課題は解決の方向に向けることが出来ましたがイメージ通りの「大磯市(おおいそいち) 」になるには2~3年の期間を要すと思います。
そして、興味深いのは他の市町村からの出店問い合わせの多いのに多少の戸惑いを感じています。ロケーションが良いからか?コンセプトを理解していただけたのか?分かりません。しかし、こうした外側からの刺激に町内の商工業者の奮起につながれば、それこそ我々が望んでいたことです。これからが楽しみです。

「大磯宿場まつり」も佳境に入ってきます。

さぁー、エンジン全開です、いや半開か? まだ、先は長いです。
いずれにしても充実した第三四半期の初日でした。
そして最後には、仲間と語り合って、呑んで、あっ?こんな時間?
アップが一日遅れになりました。

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私と東海道との係わりの源です

西湘を拠点にして色々なプロジェクトを立ち上げて奮闘しています。そして私も遊ばされています。

きれいな水と美しい緑を、再生し、育み、守るために活動しています

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