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2010年8月 9日 (月)

65回目の長崎「原爆の日」

今日は65回目の長崎「原爆の日」です。
『核兵器のない世界』の実現は人類の願いです。

昨晩から今日の未明に掛けてNHKで広島、長崎で被爆された方々の手紙が披露されていました。そのラジオ放送をベッドで耳を傾けながら聞き入っているとあまりのむごさに眠気を忘れました。

被爆で身体的にダメージを受け、その傷が癒えた後は、結婚や就職の差別を受け、結婚して子どもができれば子どもの健康が心配になるなど、精神的な苦悩を持ち合わせた人生だったっと語っておられました。そして、自分だけが生き残っていることにさえ苦悶している姿に私たちはどのように応えたら良いのでしょうか?

また、このような事実、被爆体験談を次世代にどのように伝えていくことが出来るのかと思うと不安です。

日本は1945年の夏に広島と長崎に投下された原爆のことは忘れないでしょう。
原爆によって一瞬にして奪われた数十万の尊い命、原爆によってその後も後遺症で苦しむ人々は戦争の残酷さ、平和の尊さを身にしみて感じています。また、国民全体が感じなければいけないと思います。だから、日本人は平和ということに対して、どの国の人より敏感に反応する国民性を持ち合わせているはずなんです。

しかし、日本は本当に平和なのでしょうか?

ここ十数年間自らの命を絶つ人が年間3万人を超えています。異常です。
確かに日本では中近東やアフガニスタンのような殺戮戦はありません。
最近の日本人の心情を察すると、心の中が様々なものでいつも騒いでいる様に感じます。心がいつも揺れ動いて動揺しています。

それは心の平和、安定がないからだと思います。心の平和があればどれほど救われるかと思います。実は平和な心を保つのは意外と難しいものです。すぐ他人を非難し、周囲の者に八つ当たりし、強がって見せたくなるのが人間です。それの方が自分自身を正当化させて楽ですから。人間の一番の敵は自分自身です。その自分の心をコントロールするのは一番難しいんです。

この気持ちを根底に持って平和を語らなくては、次世代に真の意味での平和を継承できないのではないかと危惧します。
では、貴方はどうなの? と問われると自信がありません。
しかし、何も考えないよりは多少良いかなとは思う私の平和観です。

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