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2010年8月31日 (火)

「一寸先は闇」を「一寸先は光」に

秋の気配を感じることなく8月が終わってしまいました。
これで本当に明日から9月なのでしょうか? という猛残暑です。

ここ数日、親しくしている友人からのメールに考えさせられていました。
自分のブログで比較的多く使用するキーワードに「幸福(しあわせ)」と言う言葉があります。26件もありました。

20・30年前のテレビだと思います。
サリドマイド児の少年が「僕は強い子で耐えることが出来るから僕の身体をこのようにしたんだ」と語っている姿に「神は惨い」と思ったものです。

子どもが欲しいのに中々授からなかった夫婦に十数年後に神は子どもを授けました。
子どもが生まれた時の夫婦の喜びは表現のしようのない程の喜びだったことでしょう。
生まれてきた赤ちゃんを抱いた夫は子どもに重度の障害があることに絶望をしました。
「私の赤ちゃんを早く見せて」とせがむ妻に赤ちゃんをそっと抱かせました。
その妻は一瞬の躊躇いの後に「十数年も子どもを望んでいた私達に、神様は私達だったら育てることが出来るとこの子を授けてくれたんです。だから一生懸命に育てましょうね」と言ったと・・・・・・。これも「神は惨い」と思いました。

神を信頼すれば、ここまでプラス思考になれるんですね。
しかし、私にはこの心境までは理解できません。そこまで人間が出来ていません。

「自分の女房は気が利かなくて馬鹿でしょうがらない」
「どうしてうちの子は親不孝なんだろう」

世間にはこの種の話をたくさん聞きます。
これも、この人に、この環境を与えても大丈夫と神様が厳選?した結果なのでしょうか?

世の中にはどのような状況にあろうとも「幸福」だと思い一生懸命に生きている人も実に多いことに頭が下がります。しかしです。実は私の尺度の中での「幸福」の価値観を決め込んでいるから私もこうしたメッセージを発すんでしょうね。

このようなことは、普通の人であれば落ち込んだり悲しんだりするような出来事だと思いますが人生の自分の与えられた環境を受け止めることによりハッピーな人生があるのかも知れません。

しかし、明日は我が身かも知れないのも事実です。
だから「一寸先は闇」なんです。
それを「一寸先は光」に代えるのも心の持ち方次第で可能なのかも知れません。

「一寸先は光」良い言葉だと思いませんか?私はこれを目指すことにします。

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