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2010年8月

2010年8月31日 (火)

「一寸先は闇」を「一寸先は光」に

秋の気配を感じることなく8月が終わってしまいました。
これで本当に明日から9月なのでしょうか? という猛残暑です。

ここ数日、親しくしている友人からのメールに考えさせられていました。
自分のブログで比較的多く使用するキーワードに「幸福(しあわせ)」と言う言葉があります。26件もありました。

20・30年前のテレビだと思います。
サリドマイド児の少年が「僕は強い子で耐えることが出来るから僕の身体をこのようにしたんだ」と語っている姿に「神は惨い」と思ったものです。

子どもが欲しいのに中々授からなかった夫婦に十数年後に神は子どもを授けました。
子どもが生まれた時の夫婦の喜びは表現のしようのない程の喜びだったことでしょう。
生まれてきた赤ちゃんを抱いた夫は子どもに重度の障害があることに絶望をしました。
「私の赤ちゃんを早く見せて」とせがむ妻に赤ちゃんをそっと抱かせました。
その妻は一瞬の躊躇いの後に「十数年も子どもを望んでいた私達に、神様は私達だったら育てることが出来るとこの子を授けてくれたんです。だから一生懸命に育てましょうね」と言ったと・・・・・・。これも「神は惨い」と思いました。

神を信頼すれば、ここまでプラス思考になれるんですね。
しかし、私にはこの心境までは理解できません。そこまで人間が出来ていません。

「自分の女房は気が利かなくて馬鹿でしょうがらない」
「どうしてうちの子は親不孝なんだろう」

世間にはこの種の話をたくさん聞きます。
これも、この人に、この環境を与えても大丈夫と神様が厳選?した結果なのでしょうか?

世の中にはどのような状況にあろうとも「幸福」だと思い一生懸命に生きている人も実に多いことに頭が下がります。しかしです。実は私の尺度の中での「幸福」の価値観を決め込んでいるから私もこうしたメッセージを発すんでしょうね。

このようなことは、普通の人であれば落ち込んだり悲しんだりするような出来事だと思いますが人生の自分の与えられた環境を受け止めることによりハッピーな人生があるのかも知れません。

しかし、明日は我が身かも知れないのも事実です。
だから「一寸先は闇」なんです。
それを「一寸先は光」に代えるのも心の持ち方次第で可能なのかも知れません。

「一寸先は光」良い言葉だと思いませんか?私はこれを目指すことにします。

2010年8月30日 (月)

ブログのネットワーク

26日に「港は特産品の宝庫」のコメントを書きました。
「あぶらっこ」&「しこいわし」をどうしたら酒の肴として味わえるかを試験的に作りました。そしてその作ったつまみをいち早く酒の肴として試食したのが東海道を縁にした知人だったとは?何の打ち合わせもしていません。彼が「凄い偶然だ!」と驚くのは無理ありません。むしろコメントをいただいた私の方が驚きました。

だから人との出逢いは大切にしたいと思う一瞬でした。

政局については書きたいことが一杯あります。
読売新聞の「8月30日付 よみうり寸評」が私の気持ちを代弁していますので引用させていただきます。

政界の常識は世間の非常識。民主党代表選に向けた動きを見ていると、そんな皮肉も言いたくなる◆民主党が衆院選で大勝し、政権交代の悲願を果たしたのは、ちょうど1年前のきょうのことだった。それがわずか1年でこのていたらくは何とも情けない◆菅直人首相と小沢一郎前幹事長が対決するという。首相が短期間でころころ代わるのはよくないと言ったのはどこの党だったか。「政治とカネ」の問題と失政で当時の鳩山首相と小沢幹事長がともに退陣したのはわずか3か月前ではなかったか◆退陣した前首相はあまり影響力を行使しない方が望ましいと言ったのは鳩山前首相ではなかったか。その人が菅氏と小沢氏の間を動き回っているのは異様に見える◆〈菅氏67%、小沢氏14%〉――どちらが次の代表にふさわしいか。本社世論調査の結果。他紙でも同様な結果が出ている。無論、世論調査が万能ではないが、民主党内の世論とは違いすぎないか◆ぶれ続けて首相を辞めた人に「大義」などと言われても???だ。「以上、引用文」でした。

2010年8月29日 (日)

夏を惜しむ? 秋のつるべ落とし

今日は一番下の孫、ぺーくんの誕生日です。3歳になりました。
歳を取るわけですね。
今年の残暑はことのほか厳しいです。
中々、秋のモードに切り換えることが出来ません。
8月も終わりに近づき9月を目の前にするこの時期、日にちが変わるこの時間になると秋の虫の音の大合唱を聴きながら床につくんですが、今年はその合唱もかすかに聞こえるだけです。

それでも、目覚めて雨戸を開けるとパソコンのある所まで朝陽が差し込んできます。
午後には部屋の中央まで西日が入ってきます。

そして、夏が待ち遠しかった頃と比べると陽がストンと落ちていきます。
秋の陽は「つるべ落とし」に形容されます。秋の日の入りの速さをとてもうまくに言い表しています。

このような現象に着実に季節の変わり目を感じるんですが・・・・・・。
秋は日照時間が短く、西日が一気に沈み、あっという間に日没となります。
そんな、もの悲しさを漂う秋も目の前です。

そして、日が短くなるこの時期が一番イベント等で忙しくなる時です。
今週から9月です。気持ちを切り換えて頑張ろう!

2010年8月28日 (土)

家族旅行(PartⅡ)

軽井沢に一泊した後は、碓氷第三橋梁、通称「めがね橋」と知られている4連アーチ橋に寄りながら、「碓氷峠鉄道文化むら」です。

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    めがね橋

ここは子どもだけではなく、大人の鉄道ファンだったら是非とも言ってみたいところです。ここは日本で唯一!本物の電気機関車、碓氷峠専用EF63形電気機関車の運転体験ができます。一日講習を受け、修了試験に合格すれば憧れの機関士になれます。そして本物の電気機関車を自分の手で動かすことが出来ます。そして、経験を積み重ねると連結体験等も出来るそうです。

講習を受けるだけでも相当先まで日程が詰まっています。

私も、そこまでの鉄キチではないので、家族全員で、平成9年に廃止となった信越線横川~軽井沢間の下り線を使用し、碓氷峠鉄道文化むら内~碓氷峠の森公園交流館「峠の湯」(およそ2.6km)のトロッコ列車に乗車してきました。

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  途中駅の旧丸山変電所です

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  EF63形機関車&運転席

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  189系電車(特急あさま)の運転席

童人夢農場『(ドリームファーム)相模原市津久井町』に寄り、子ども達がピザ生地を使って思い思いのデザインを薪を使う石焼き窯で香ばしく焼き上げてもらいました。
さすがに自分たちが作ったパンです。皆、ご完食です。

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2010年8月27日 (金)

家族旅行(PartⅠ)

私が還暦を迎えた昨年から家族全員での旅行が定着しそうです。
今年は息子夫婦が仕組んだミステリーツアー?
娘婿たちには、最初の目的地は上州、高崎駅とだけ。

ところがこの高崎駅からSLに乗車するのは、息子、娘夫婦に子ども(孫)たちだけです。
じぃじ&ばぁば は車を終点の水上駅に回送するのが役目です。

したがって下の高崎駅での写真は息子たちが撮った写真です。

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昔を思い出しましたね。
学生時代に黒部ダムに行った時に、大町から黒部第4ダムを見学しながら反対側の奈名月温泉まで行には車が邪魔になります。そしてくじ引きで負けた人間が車の回送が係に。
ふっとそんなことを思い出させる一こまです。

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  工事中の八ツ場ダムです

軽井沢に移動し避暑で訪れていた天皇陛下移動に出会いました。
元気そうな天皇陛下のご尊顔をご拝見できる幸運に出くわしました。

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2010年8月26日 (木)

港は特産品の宝庫

港に行くと私たちの食卓に上がる前に逃がしたり、あるいは廃棄処分にされる魚も結構あることが分かりました。組合長も「めしや大磯港」をやるようになる前は雑魚と呼ばれている魚には目もくれませんでしたが、我々がその雑魚が酒の肴に最高だという声に耳を傾けて商品化するようになりました。

「あぶらっこ」と呼ばれている小魚。ひいらぎの小魚も、とても味のいい魚であるが食材としてのの知名度は低く、子どもの頃から魚に親しんできた私でも魚屋さんの店頭に並ばないので知りませんでした。今までこんなに美味しい魚を知らず、それも廃棄されていたことが残念です。だから、大磯産の「あぶらっこ」として一工夫をすればブランドになり得ます。

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そして、今日の課題は「しこいわし」です。
「しこいわし」も栄養価が高く、今はやりのEPAとかDHAとかが多く含まれているので健康食としてもお勧めの魚の一種です。

これもオリーブ等につけてサラダ等にすれば高級素材に変身をします。

こんな商品化の打ち合わせをしていました。そんな中に、今夜は満月かな、十六夜かな?とにかく素晴らしい月の出を見て、そして、遠くにあがる打ち上げ花火を鑑賞している内に、ビールがすすんで良い飲み会になってしまいました。

2010年8月25日 (水)

愛猫「タマ」の大樹

今日も一日色々な出来事がありました。
重要な打ち合わせもいくつかありました。

このブログをアップするのにこの内容をコメントして良いのか?いつも悩みます。
この内容を書くことが出来ないとすると、それ以外にブログの材料を何にしたら良いのか?
就寝前に今日一日の出来事を振り返るのがこの一年間の日課になりました。

そして、私がソファーで沈思黙考をしていると愛猫「タマ」が今日一日の出来事を報告したいのか膝の上にすり寄って甘えてきます。

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彼女にとっての私の存在は「寄らば大樹の陰」といったところです。
「たよりにするなら、力のあるしっかりした人物がよいということ」
愛猫だけではなく、私の関わりを持つ人からこのように思われなければいけないんだと、

猫から教えられるようです。だから、頑張れるんですよね。

2010年8月24日 (火)

枝葉末節にとらわれずに

今日は午前、午後と役場に行って会議です。
目的が決まっている会議、目標が何処にあるか分からない会議と同じ会議でも疲れ方が全く違います。

一つの会議で必要なのは「枝葉末節にとらわれずに真理を求める」ことだと思います。

孔子が言っていました。「朽ちた木には彫刻できない。糞土の壁に上塗りをしても仕様がない」とおっしゃっていました。

人にはそれぞれの考え方によって判断基準が大きく異なります。
だから、意見が食い違っても私は違和感を余り感じません。
しかし、答えが一つ、異論は受け付けないという会議は疲れます。

ジョン・スチュアート・ミルが『自由論』で「多数者の暴虐」で警告をしていたのは19世紀の半ばです。議論をする上で少数派の議論の方の筋が通っていれば、多数派は自分の意見を引っ込めるという前提があっての多数決なんです。その根底がなければ多数決は無意味です。それがなければ議論をしたという形式だけを繕う会議で、会議そのものが無意味になってしまいます。

そんなことを考えると現在の国会は明らかに民主主義とはほど遠い状況ですね。

2010年8月23日 (月)

相模湾清掃&塩づくり体験はいかが?

今日は処暑。暑さが峠を越えて後退し始めるころ。その気配は全くなし。
ただ救いは二百十日・二百二十日とともに台風襲来の特異日とされているのが今年はその気配がないと言うことです。

私の所属する「水と緑の環境ネットワークの会」では「きれいな川と海であそび隊プロジェクト」の一環として9月12日(日)に大磯ロングビーチ前の浜で「相模湾清掃&塩づくり体験」を行います。

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塩は人間が生きていく上で必要不可欠なものです。
日本は岩塩などの資源に恵まれていないので、昔から海水で塩を作ってきました。日本は四方八方を海で囲まれています。海の資源に恵まれているので簡単だ!とうまくいかないんだそうです。

以下のコメントは、今回のこの事業で協力をいただく財団法人塩事業センター海水総合研究所の「日本の塩づくりの特徴」を参照しました。

なぜなら、
理由その1:海水の塩分濃度はたった3%
理由その2:日本は多雨多湿なので、海水は天日だけでは塩にならず、たくさんのエネルギーを使って煮詰めて塩の結晶を取り出すしかない

広い土地を持ち、海水を陸に引き込んで1~2年放っておけば塩の結晶が採れる諸外国とは異なり、日本ではたった30gの塩をつくるのにも、1リットル近い水分を蒸発させなくてはならず、コストがかかってしまいます。そのため、海水をそのまま煮詰めるのではなく、いったん濃い塩水に濃縮してから、その濃い塩水を煮詰めて塩の結晶を取り出す、という効率のよい方法で塩づくりが行なわれてきました。

この、海水を濃縮して、それを煮詰めるという2つのプロセスからなる日本独自の製塩方法は、技術的には大きな進歩を遂げていますが、原理は大昔から変わりありません。【以上引用文】

このような滅多に体験できない事業に参加をしてみませんか?

【事業の内容】
 と き:2010年9月12日(日)
 ところ:大磯ロングビーチ前の浜
 日 程: 9:30  集合
     10:00~ 清掃活動
     10:30~ 塩作りについての説明
     11:00~ 塩作り体験
     13:00  解散
 持ち物:帽子・飲み物
 主 催:水と緑の環境ネットワークの会
 後 援:大磯町・大磯町教育委員会
     (財)かながわ海岸美化財団
     (財)海上保安協会「海守事務局」
 協 力:塩事業センター海水総合研究所

【お問合わは】
  水と緑の環境ネットワークの会
  TEL/FAX 042-511-6080  E-mail  info@silvamare.org

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2010年8月22日 (日)

地福寺 島崎藤村忌

1943年(昭和18年)島崎藤村先生は「東方の門」を執筆中に脳溢血のため大磯の自宅で死去しました。最期の言葉は「涼しい風だね」であったと多くの先輩から聞いています。雨戸を開ける時の今朝の風は正に「涼しい風」でした。

地福寺で大磯町観光協会主催による島崎藤村忌があり参列をしてきました。

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    地福寺

今日も大変厳しい残暑です。しかし、正門から本堂の前にだけは、「涼しい風」がそよそよと吹き抜けています。そして、春になれば見事に咲ほころび、藤村先生がこよなく愛した梅の木が参列者へ木陰を作り出してくれました。その中をご住職の回向(えこう)だけが響き渡ります。

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   住職の回向に聞き入る
   後ろ姿は三好大磯町長と井上観光協会長です

大磯の暮らしは2年半ほどです。67年を経ても大磯町民の心に生き続けています。
しかし、参列者の多くの方が高齢になりました。
若い人に継承していく難しさがこうした行事にも課題として残ります。

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   桜井住職による藤村先生にまつわる話がありました

大磯の若者にあっては「ふじむら」等と呼ぶことの無いようにしたいものです。

2010年8月21日 (土)

大磯ルネッサンス03 草刈り

大磯ルネッサンス03は国土交通省が提唱するボランティアサポートプログラムの一環として旧東海道松並木の植栽事業等を03年から行っています。この植栽により春にスイセンやクリスマスローズ等が綺麗に咲き、道行く人や渋滞が多く発生する国道ですのでドライバーに安らぎを与えてると自負しています。

今日は国土交通省の協力も得て草刈りを行いました。今年は残暑が厳しいのですが、午前中から良い汗をかきました。何よりも綺麗になり気持ちまで晴れます。この草刈りは雑念を振り払ってくれますし、目の前にある雑草を刈り取ることに夢中になるので、本当に無心になれるから不思議です。

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しかし、毎回、毎回参加人数が少ない中で草刈り作業を行っているので、必然的に取り残し等が至る所に出てしまいます。

そこで思い出すのが千利休が息子の道庵に「今日はお客さまが来るので庭を掃き清めておくように」と命じました。道庵、一生懸命に葉っぱ一葉残さずに掃き清めました。その掃き清められた状態に利休は庭の木を揺すって庭に葉を散らしたという話があります。

完全、綺麗であれば最高です。後で、わざわざ掃き清めた庭に葉を改めて落とすのであれば、最初から掃除なんかしなくても良いじゃないかということになります。
実はこれが「侘び」なんだそうです。

私には「侘び」の世界など分かりません。完全すぎるのはいけない?

いや、完全を目指す必要はあるんでしょう。
本当に完全を理解するには不完全さをも受け入れる余裕が必要だと言うことなのかな?

我々が取り残す雑草は全員がアップアップの状況の結果です。
とても「侘び」「寂び」の世界とはほど遠い作業ですが、それでも、綺麗になったと自己満足をして、草刈りをして、このようなことを考えることの出来ることに幸せを感じることにします。

2010年8月20日 (金)

真鯛の稚魚放流事業 大磯港みなとまちづくり協議会 

大磯港みなとまちづくり協議会主催で真鯛の稚魚放流事業で千匹の真鯛を放流しまた。
真鯛は大きくなると120㎝に達する大型魚ですが、私たちが普段目にするのは、目の下一尺の鯛というと結構、大きく感じます。

水産資源といえども資源は無限ではありません。持続的に、一定の漁獲をあげるためにはこのような放流事業を行う必要もあります。しかし、これも相当の費用を要する事業です。どうしたら持続的に放流体制を維持できるのか、そのシステムを構築することが今後の大きな課題だと思います。

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  夏休みの想い出に! 出発前です

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  漁協の組合長から定置網の説明です

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  さあー、乗船です

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  鯛さん! 大きく育ってね!

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  定置網を現場で ほとんどの方定置網を
  目の前にするのは初めてです

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  一昨年の台風9号により被害を受けた
  西湘バイパスを海から見ました

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  乗船後は魚のさばき方教室です

鯛にまつわる諺もさすがに「鯛」と思わせるものです。

【海老で鯛を釣る】
マダイの釣り餌に小さなエビを用いることから転じ、小さな元手で大きな利益を得ることを例え。

【腐っても鯛】
マダイは鮮度の落ちが遅いことから転じて、時を経てもかつての力や価値を失わないことの例え。

2010年8月19日 (木)

第17回大磯宿場まつり運営スタッフ会議

宿場まつり運営スタッフ会議が開かれると、もうすぐ秋だなーって感じるんですがね。今年はえっ!もう宿場まつりの運営スタッフ会議なの?と言った雰囲気が出席者にも漂っています。それだけ暑いと言うことだと思います。それでも25人位のスタッフが集合してくれました。
宿場まつりの実施時期は晩秋です。今年は11月7日の開催になりますので立冬、初冬です。

しかし、この宿場まつりに生き甲斐を感じて携わっている方も多くいます。
だから議論も活発に行われます。自然と暑さなんて吹き飛んでしまいます。
この宿場まつりへの参加者の中には、終わった翌日から来年の出店を準備をしている方も大勢いらっしゃいます。その方たちに応えなければいけません。
主催者の一人としては、参加を希望する方は全て受入をしたいと思っていますが、会場が旧東海道の松並木と400メートル足らずの町道と限られた場所での実施になります。毎年、お断りをするケースも多々あることに心苦しく思います。

第16回「大磯宿場まつり」の様子は下のURLを見て下さい。
     ▼
http://27.pro.tok2.com/~oisokankou/09syukuba-re.htm

第17回「大磯宿場まつり」の日程等

 日 時:平成22年11月7日(日)
     10:00~15:00
 場 所:山王町旧東海道松並木

 詳細は後日掲載をさせていただきます。
まずは、乞うご期待です!

2010年8月18日 (水)

職員との暑気払い

お盆が終わったら暑気払いをやって、これから忙しくなる時期を乗り切ろう!と前々から計画していたこの日です。まさか、これほど残暑が厳しく、本当の暑気払いになってしまうとは予想外です。
本日の会場は二宮町です。本会の会員さんが経営するカレー専門店「SAGER」です。
本場インド人が仕込む本格的なカレー店です。各種カレーをナンで食べる味は格別です。
そして、何よりロケーションが最高です。
シーサイドに面したテラスで、潮風を受けながらのビールの味は、風味を倍増させてくれます。久しぶりに職員と仕事を忘れて懇談が出来ました。

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  テラスの利用は夏期のみです。
  予約をした方が賢明かも?

アフター5に職場の上下関係を持ち込むのは厳禁です。
自分では意識をしていないのですが、それでも周りのスタッフが気を遣ってくれます。
私の方が気を遣わなければいけないのに恐縮です。感謝!です。

気持ちの良いお酒を飲んできたのでまとまりません。
明日の朝、自分の書いたブログに驚くのは自分かも知れません。

2010年8月17日 (火)

気温は上昇で猛暑日、株式市場は下降で最安値

いやぁー、時候の挨拶が「暑いですね!」すっかり定着をしました。
昼間の昼下がりは、人の移動がめっきり減っています。
事務所の来客も非常に少ないです。

今日も各地で猛暑日を記録したニュースに沸いています。東京都心の最高気温が37度を超えたのは今年初めてで3年ぶりだそうです。今年は三重県の桑名市、岐阜県の多治見市の最高気温が話題に載ります。今日も、それぞれ38.2度と38.1度だったそうです。

今夜は本会の50周年事業実行委員会がありました。
議論に議論が重なって熱帯夜もどこかに吹き飛んでしまいそうな勢いでした。
だけど、暑い! です。

こうした暑さで都心ではバナナの木に美味しそうな実がなる珍事?もあるそうです。そして各地を襲うゲリラ豪雨はまるで亜熱帯のスコールそのもです。このような現象は、単に地球の温暖化だけでは解釈できないような現象です。

そして、この暑さはしばらく続き、今月いっぱいは高気圧が広がりやすく、ほぼ全国的に気温が平年より高めになる見込みと言っています。

しかし、「暑い、暑い」と言っても一ヶ月もすればこの暑さが懐かしくなります。
水分をこまめに取って、気合いを入れて熱中症にならぬようもう一頑張りしましょう!

もう一つの懸念する上昇は、円相場の上昇です。世界的な景気減速懸念を背景にしているんでしょうがこの上昇は困りますね。
そして、逆に上昇して欲しいと思っているのに下がってしまうのが、日経平均株価です。

続落の結果、今年の最安値を更新してしまいました。今後も株価が反転をする要素が少ないだけに、この先が不安です。何とかして! そう願います。

2010年8月16日 (月)

娘たちが、孫たちが「送り火」を

今夜は京都五山の送り火・奈良の高円山の大文字送り火などが行われたんだと思います。
海の送り火として各地で「灯籠流し」「精霊流し」が行われたことでしょう。

我が家の送り火は?
今年は家内の従姉妹のご主人が急逝してしまい、お盆中にお通夜・告別式となってしまいました。日頃から娘たちにこうした行事を教えていく大切さを痛感しました。
私たちが葬儀に行っている間に、家内の菩提寺の布施餓鬼法要にはお嫁さんが孫を連れて行き、そして夕方には娘夫婦たちと一緒に、お盆で帰ってきていたご先祖様をきちんと送ってくれました。有り難いことです。これも、毎年家族全員でこうした行事を行っているから出来ることだと思います。

数日前に「今日という一日が人生の全てである」と書きました。
送られる側に立ったら・・・・・・。何も出来ません。
だから、「悲しみ」「寂しさ」「貧しさ」も全てこの世に生を受けているからこそ出来ることとして受け入れる心が必要なんです。

時間はこれから先も永遠に流れるます。人類が地球上に登場した時から思えば自分の人生なんて一瞬です。逆にこの一瞬に未来が託されているのかも知れません。だから「今日という一日が人生の全てである」と思うんです。
明日はどうなるかは誰にも分かりません。それが人間ですから。

本当に、今日一日を「一生懸命」に生きたんでしょうか?

2010年8月15日 (日)

65回目の終戦記念日

先の大戦で亡くなった約310万人のご冥福を祈ります。
そして世界の平和への誓いを新たにしなければいけません。

何故、人は愚かな戦争を繰り返すのでしょうか?

人間一人一人は本来弱い者です。何も出来ないで生まれてきた赤ちゃんの時や年老いて周りの方の協力を得なければ生きていけなくなった時に端的に人間一人の無力さを語っています。自分の弱さを知っているから、自覚をしているから、その中から優しさが生まれます。他人に寛容にもなれます。

現在の社会は競争社会です。競争社会の基本は弱肉強食の社会です。私は適度な競争は必要論者です。だから小さい内にある程度の競争を経験して、その中から自らに打ち勝つ考え方を醸成しておく必要はあると思います。競争社会では、誰もが自分の強さを誇示したがります。お金や地位、名誉等は、強さを保ち、行使するための手段であり、目的はあくまで自らを輝き光らせるための手段の達成にするべきだと思います。

偏った考え方の人間が組織を持ち、集団化した時に争いが生じます。
組織間が大きい者同士の争いになると戦争に発展をするかも知れません。

日本人が広島・長崎に原爆を投下され全面降伏という敗戦と引き換えに手に入れた平和主義を風化させては犠牲になった方々に申し訳がたちません。

国民一人一人が、他人に対して謙虚であり、他人を許す心に溢れていれば戦争など起こりえないのではと考える一日です。何度も書きます。私にはこのような寛大な心を持ち合わせていません。ただ、一歩でもこうした考えに近づきたいと思います。

2010年8月14日 (土)

ご先祖様との情報交換?

さあーお盆でご先祖様が久しぶりに家に帰ってきました。
ご先祖様には我が家が、どのように写っているのでしょうかね?
賑やかな、天真爛漫な孫たちを見て安心してくれていると思います。
今のところは心の優しさ、豊かさをたくさん持っている子に育っています。
息子も娘もお陰様で夫婦仲良く子育てに一生懸命励んでいます。

人間には、人並に楽しみたい、人並みなことをして生活したいという欲望は誰にでも持ち合わせています。我が家のおもちゃの少なさは伝統です。いやぁー、おもちゃは沢山あるんです。段ボール、ティシュの箱、チラシなどが全て遊び道具です。既成のおもちゃが少ないと言った方が正しいのかも知れません。

欲しい物を際限なく追い求めると刹那的になります。だから子ども達には、適度の我慢が必要になります。

第三者的に見て、貧しそうに見える方、悲しそう、寂しそうに見える方にも、人の心の豊かさはあります。今の、自分が置かれている現状を受け入れることによって、豊かになれます。豊かさのシンボルは決してお金では買えないものです。その人の生き方ででる。例え、貧しくとも、寂しくとも、悲しくても受け入れる勇気を持っていれば、心は豊かに育つはずです。

個人の豊かさは、とかく経済的、財産の多寡で測られることが多い一面もあります。
と言いつつ、精神論、理想論だけでいつまでも生活は出来ません。

日本経済も世界経済的なマクロ的な観点で相互関連を重視していかなければ立ち行かなくなっています。可処分所得も水面下です。今後の消費税等を含めて国債の残高も気になります。
こうした、将来の道筋がはっきり見えて、これからの世代の人々が豊かな生活に結びつける政策が打ち出せた時に、前述の考え方が生きてくるんだと思います。

どうもご先祖様たちは、こうした日本の、また、世界情勢を、最近、仏様になった方達から情報として聞いているようです?
我が家のご先祖様達も妙に、納得をしている様子でした。

2010年8月13日 (金)

迎え火 お盆です

お盆は、正式には「盂蘭盆会(うらぼんえ)」のことで、略してお盆と言っています。
お盆は、ご先祖様の霊があの世から帰ってきて家族と一緒に楽しいひとときを過ごし、また帰っていくという日本古来の信仰に基づく行事です。その大切な時にご先祖さまや亡くなった人たちが苦しむことなく喜んでくださるるようにと、私たち子孫が報恩の供養をする時なのです。

夕方には門前で「おがら」をたいて「迎え火」を焚きました。
「迎え火」を焚いた後は孫たちも神妙に仏様に手を合わせてくれます。
これが教育だと私は思います。こうしたことを考えずに、また実践もさせずに観念論で教育を論ずることに腹立たしく思うこともあります。

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このような行事一つにしても、核家族化が進んで「迎え火」を焚くことすら知らない家庭も多くなってきているんでしょうね。家族の絆も薄くなる訳です。
しかし、核家族になったって分かれる前の核になる原点があるはずです。
お盆という機会に考える必要があると痛感します。

今日もお墓には、娘(お嫁さん)と孫の3人が行ってくれました。親父やお袋たちもさぞ喜んでくれたことと思います。そして一年ごとに成長をしている姿に安心をしてくれていると思います。いつまでも自分たちが生きている訳でもないし、出来ることから息子たちに譲っていかなければいけないんです。
ある面ではそれが出来るのは幸せなのかも知れません。

2010年8月12日 (木)

日本航空123便ジャンボ機墜落事故から25年

1985年8月12日午後6時56分、日本航空123便、羽田発大阪行のジャンボジェットが群馬県上野村の御巣鷹の尾根に墜落して25年。四半世紀があっという間に経過しました。

前原国土交通相も機墜落事故の現場となった群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」に慰霊登山を行いました。航空行政、事故調査の担当大臣による慰霊登山は25年目にして初めてとのこと。

人間には誰でもこの世の中に生を受けた時から死と直面をします。
今日一日の終わりも就寝です。人間の一生の終わりも眠りです。
まだまだ健康に大きな不安を感じていません。
年配の方が、朝の目覚めに感謝すると言うことは、このようなことを指しているんでしょうね。夜、寝て、朝になったら目覚める。そして新しい一日を迎える。生まれた時から毎日毎日この繰り返しをやっている。こんな単純な繰り返しは嫌だ、やっていられないと言える幸せを感じなければいけないんですよね。

だって、こうした航空機事故は一瞬にして、当たり前に行われていたことを、次の日を無くして、明日を不可能にしてしまうんですから。

人間にとって、明日はどうなるかは誰も分からないのが現実です。

逆説的に言えば「今日という一日が人生の全てである」とも言えるかも知れません。
そう考えると、自分の身の回りに日々起きる、色々な出来事も大変そうであるかも知れないけど、以外と些細なことなのかも知れません。

改めて、520人の亡くなった方々に改めてご冥福を祈ります。合掌!

2010年8月11日 (水)

情報の選択って大変です!

日々人との接触や電話の内容により知っていなければいけない情報、知っていた方が良い情報、知らなかった方が良い情報 と 色々あります。
その中には「知らぬが仏」と思われる話題も多く含まれています。

「知らぬが仏」とは、知れば腹も立つが、知らないから仏のように平静でいられる。
また、本人だけが知らないで平然としているのを、あざけっていう語のことです。

物事は全て、真実や真相を知らなければならないということはありません。
本人に知らせない方が良いケースもあります。だから周囲の人が詮索などしない方が万事うまくいくということもあるのです。正に当を得ています。

特に噂話的な話題は知らない方が良いと言うケースの方が多いものです。
私自身はかなり好奇心が強い方です。
しかし、この噂話的な話題は苦手な分野ですし、また、興味もありません。でも、否が応でも結構この種の情報が集まってきます。

余り興味津々で情報を集めるばかりに「夕鶴」の「与ひょう」のようになって欲しくないものです。真実を知りたいばかりに「つう」に布を織っているところを「決して覗き見しないこと」と言われていた約束を我慢できずに中を覗いてしまい、鶴となって布を織っている「つう」の姿を見てしまった「与ひょう」。全てが終わりです。

同じ様な言葉で「知らぬが花」があります。
「本当の内容を知ってしまったら、ガッカリするだけだから、むしろ知らない方がいい。」という意味ですね。

話を聞かされた後に「知らぬが仏」「知らぬが花」と思う時って結構あります。
日本には良い諺が沢山あります。

最終的には自分の頭の中で情報を選択するしかありません。

2010年8月10日 (火)

「道の日」の市民交流シンポジウム

今日、8月10日は「道の日(みちのひ)」だそうです。1986年(昭和61年)に道路の意義・重要性に対する国民の関心を高めるため、当時の建設省が制定をしました。

1920年(大正9年)8月10日に近代的道路整備計画となる「第一次道路改良計画」がスタートした日に由来されています。
そういえば、車で走っていると、電光掲示板で8月は「道路ふれあい月間」と標示されているのを見ますが、道路に関するPR活動もこの「道の日」に関連していることを知りました。

そしてNPO神奈川県歩け歩け協会とNPO神奈川東海道ウォークガイドの会の両団体がこの「道の日」に併せて東海道の歴史や文化・道づくり・街づくりの理解を深めるため、2002年の川崎宿を皮切りに、小田原宿・藤沢宿・平塚宿・戸塚宿・箱根宿・神奈川宿、そして昨年は保土ヶ谷宿と順次開催してきて、今日は神奈川9宿の締めくくりとして大磯宿で市民交流シンポジウムが開催されました。

川崎・砂子の里資料館長・神奈川県観光協会長の斎藤文夫氏が「東海道の魅力・浮世絵から学ぶ」をテーマにしてご自身、所蔵の浮世絵を沢山ご持参されて記念講演がありました。お話だけではなく浮世絵での説明だけに非常に分かりやすい話でした。そして、出席者の多くが「大磯」に関する浮世絵の多さに関心をしていました。それでもまだ10数点くらいは大磯に関する浮世絵があるはずです。

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こうした会で挨拶の機会をいただいたことに感謝です!

事務所に戻ると「小菊」と「テッポウユリ」かな?
飾ってくれてありました。
いつもいつも職員の心遣いに感謝です!
     ▼

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2010年8月 9日 (月)

65回目の長崎「原爆の日」

今日は65回目の長崎「原爆の日」です。
『核兵器のない世界』の実現は人類の願いです。

昨晩から今日の未明に掛けてNHKで広島、長崎で被爆された方々の手紙が披露されていました。そのラジオ放送をベッドで耳を傾けながら聞き入っているとあまりのむごさに眠気を忘れました。

被爆で身体的にダメージを受け、その傷が癒えた後は、結婚や就職の差別を受け、結婚して子どもができれば子どもの健康が心配になるなど、精神的な苦悩を持ち合わせた人生だったっと語っておられました。そして、自分だけが生き残っていることにさえ苦悶している姿に私たちはどのように応えたら良いのでしょうか?

また、このような事実、被爆体験談を次世代にどのように伝えていくことが出来るのかと思うと不安です。

日本は1945年の夏に広島と長崎に投下された原爆のことは忘れないでしょう。
原爆によって一瞬にして奪われた数十万の尊い命、原爆によってその後も後遺症で苦しむ人々は戦争の残酷さ、平和の尊さを身にしみて感じています。また、国民全体が感じなければいけないと思います。だから、日本人は平和ということに対して、どの国の人より敏感に反応する国民性を持ち合わせているはずなんです。

しかし、日本は本当に平和なのでしょうか?

ここ十数年間自らの命を絶つ人が年間3万人を超えています。異常です。
確かに日本では中近東やアフガニスタンのような殺戮戦はありません。
最近の日本人の心情を察すると、心の中が様々なものでいつも騒いでいる様に感じます。心がいつも揺れ動いて動揺しています。

それは心の平和、安定がないからだと思います。心の平和があればどれほど救われるかと思います。実は平和な心を保つのは意外と難しいものです。すぐ他人を非難し、周囲の者に八つ当たりし、強がって見せたくなるのが人間です。それの方が自分自身を正当化させて楽ですから。人間の一番の敵は自分自身です。その自分の心をコントロールするのは一番難しいんです。

この気持ちを根底に持って平和を語らなくては、次世代に真の意味での平和を継承できないのではないかと危惧します。
では、貴方はどうなの? と問われると自信がありません。
しかし、何も考えないよりは多少良いかなとは思う私の平和観です。

2010年8月 8日 (日)

Sun Sun マルシェ 平塚

平塚駅南口で毎月第2日曜日に「平塚南口を楽しみませう。」とSun Sun マルシェが開催されています。こぢんまりとした会場ですが大勢の方で賑わっていました。
メインのmoto Rosso(モトロッソ)会場を中心に周辺のカジュアルレストラン、フレンチレストラン、洋菓子店がそれぞれのお店で参加をして外側から盛り上げています。

回遊性もあり非常に良いイベントだと思います。
何より、参加している人が若いです。お客も若い。
特徴のあるお店も多い。これが人気の秘訣でしょう!

正に私たちが目指している「大磯いち」の原点がここにありそうです。

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 上の紙バックはチラシ・新聞紙を利用したものです。

昨晩は我が家の孫たちが娘夫婦の家にお泊まり。
今晩は全員で夕食です。全員集まると11人です。
食卓に11人分並ぶと、どんなに粗食であろうとも食卓が超豪華に感じます。
そして何より、5人も子どもが揃うと普段食べない食材まで競争をして食べてくれます。
3人姉妹と2人兄弟が一ヶ月に何度か5人姉弟になります。そして今夜は食事後に仲良く花火に興じていました。

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2010年8月 7日 (土)

立秋です!「残暑お見舞い申し上げます」

残暑お見舞い申し上げます。残暑? 時候にそって残暑とは書きましたがとても残暑とは思えません。気象庁は今夏は比較的低温気候と言っていたのに、予想を上回る太平洋高気圧に向こう1カ月も高温傾向の見込みで、残暑も当面「猛暑」の予感だそうです。

この暑さの中で、高齢者のミステリーが続いています。
それにしても30年前、40年前に家を出て行ったきりだ!それで済んでしまっていることに驚きですよね。
その息子、娘達は我々よりはるかに年上の世代ですよね。
我々に 家庭とは? 家族とは? を教えてきた世代ではないですか?
それがどうしたんですか? このニュースは。

家庭は社会の中で一番小さな共同体です。人にとって生まれた時に最初に経験をする共同体であり、この中で成長もしていくんだと思います。死ぬ時までその共同体の中にある と思っていました。
家族だから何でも話せる? 私は少なくともそう思っています。
だって母親はお腹に子どもを授かった時から子どもの教育を始めています。
父親は、命に代えて子供が危険な目に遭った時には守ってやろうとする。
子どもにとって親の地位や名誉という外面は関係ありません。親の本心を見抜く天才です。だから子どもは親に自分の本心をぶつけてきます。だから必至に、それを受け止めてもらおうとするんです。だから子育ては必死になるんです。

個人が一番影響を受けるのは自分の親であることは間違いがありません。
それがどうしたんですか?こういう高齢者の親たちが行方不明のニュースが社会を賑やかすとは?本当に悲しいですね。

こうしたニュースに、海外では日本の「長寿国家」を疑う声が上がっています。当然ですよね。私だって一瞬そのように感じました。
そうしたら、日本人の平均寿命は5年に1度実施している国勢調査が基本だそうです。今回問題になっている住民基本台帳は算出根拠にはしていません。さらに国勢調査でも男性では98歳以上、女性では103歳以上のデータは曖昧の部分が多く使用していないとのことです。

その国勢調査をもとに算出した平均寿命(2009年)が、女性が86.44歳で世界1位、男性が79.59歳で世界5位だったそうです。
素直に信じることにしましょう。

2010年8月 6日 (金)

広島原爆投下から65年

8月は平和を考える月間だと思います。次世代にこの惨劇をきちんと伝える必要がある月間だとも思います。
今日は、広島市の平和記念公園で「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)が営まれました。今年始めて原爆投下国であるアメリカからルース駐日大使、国連の潘基文(バンキムン)事務総長が出席をしました。その他、核保有国のイギリスやフランスもそれぞれ初参加し、核軍縮の機運の高まりを受けて過去最多の74か国が参列しています。

確かに、昨年4月のオバマ大統領のプラハ演説を契機に、核軍縮・不拡散に向けた動きが活発化してきていますし新たな方向性が示されようとしているのも事実です。

私たちは、日頃から年月の経つのが早いとぼやいていますが、被爆をされた方々には今日のこうした日を迎えるまでにはどのように長く感じたことだと思います。

広島の秋葉市長は、アメリカが参列した式典の平和宣言で、日本政府に対し、アメリカの核の傘からの離脱を求めるコメントが如実に語っています。菅首相は「核抑止力は、わが国にとって引き続き必要」だとコメントを出しています。当然だと思います。そして、「私たちは核兵器のない世界を目指し、今後も協力していかなければならない」というコメントだけを発表し、被爆地を後にしたルース駐日大使の言葉が実現すればと願うのみです。

8月6日に広島に原爆が投下された後に長崎に移動して二重被爆にあった悲劇が、本日夕刊の「よみうり寸評」に記事になっていました。以下は引用文です。

1945年8月、原爆投下直後の広島から長崎に向かう列車に乗った人たちがいた。そして、2度目の閃光(せんこう)を浴びる◆先月出版された「キノコ雲に追われて 二重被爆者9人の証言」(あすなろ書房)に、過酷な体験が収められている。57年に米国で刊行された本の邦訳で、著者はニューヨーク・タイムズの記者。二重被爆者への取材は55年からだった◆同じ年、広島平和記念資料館が開館し、長崎の平和祈念像が完成した。原爆乙女が治療のために米国の地を踏んだのもこの年だ◆しかし、東西冷戦の時代。米国、ソ連、英国、フランスは競うように核実験を重ねた◆きょう広島の平和記念式典に初めて米英仏の代表が参列。ロシア代表の姿も◆米国人記者に証言した9人の中に、後に語り部として核兵器廃絶を訴え、今年1月に93歳で亡くなった山口彊(つとむ)さんがいる。「ひとりひとりの心のなかに戦争に反対する砦(とりで)をきずかなくてはいけないのだと信じています」。半世紀を経て、その思いが世界に刻まれることを願う。(2010年8月6日 読売新聞)

やはりこの日は平和について考えさせられる複雑な気分の日です。

2010年8月 5日 (木)

東海道シンポジウム東京・神奈川ブロック会議

徳川家康が慶長6年(1601年)に定めた東海道伝馬制度。江戸から6番目の宿、藤沢宿に行ってきました。
会場は通称「遊行寺」正式名は清浄光寺です。

藤沢宿は東海道五十三次整備以前から遊行寺の門前町として栄え、鎌倉街道、大山街道、江ノ島道の分岐点としても重要な地点だったようです。
徳川将軍家の宿泊施設、藤沢御殿も設けられ、慶長年間の利用が多く、関ヶ原の合戦や大坂の陣などの軍事行動でを中心に徳川家康、秀忠、家光と30回近く利用されている記録も残っています。この藤沢御殿は天和2年(1682年)まで設置されていました。現在でも御殿橋、陣屋小路、陣屋橋などの地名が残っています。

このブロック会議は各宿の成合を知ることも大切なんですが、東海道をベースにした仲間が久しぶりにあって会議後の懇談会に意義があるんです。

しかし残念なことに、この会議の前に伊勢原で会議があり車での参上になり、仲間と盃を酌み交わすことが出来ずに残念でした。
それでも気兼ねなく、各宿での出来事等の情報交換を楽しくしてきました。
楽しいから長続きするんだと思います。

会議の様子、懇親会の様子をメンバーの一人が写真を送ってきてくれました。

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2010年8月 4日 (水)

打ち水の効果も30分?

毎朝、仕事前に雑巾がけをしています。
この仕事前の作業は実に貴重な時間なんです。何よりも気持ちが良いです。
これから始まる一日のことを考えながら、黙々とデスクの雑巾がけをしている間に色々なアイデアが浮かんできます。

そして、作業後の雑水を夏場は玄関前の打ち水に使用しています。

打ち水を行うことで真夏の温度が2℃下がる、と言われています。実温度もさることながら気持ちの問題も多分にあると思います。

一方で、「日本一暑いまち」として知られている岐阜県多治見市も夏の風物詩として散水車で「打ち水作戦」が行われています。ところが今日のニュースでは「水が一瞬で蒸発して余計に暑く感じる」と市民から苦情が多く寄せられて今夏は中止にしているそうです。

確かに都会のアスファルトようなところに、それも陽が高く昇った正午の炎天下に水を撒くのは正に「焼け石」に水であり、効果があるとは私でも思えません。

私が実践しているのは、どうせ流し等に流してしまう水ですから打ち水に使った方が有効だと思います。
何より事務所の前を通って通勤する方と「今日も暑いですね」との会話も交わせます。
打ち水を見て一瞬でも「涼」を感じていただければ幸いです。

しかし、自己満足で良い気持ちに浸っていても、会員さんが見える頃には・・・・・・。
あれっ! あの打ち水は? あの涼しげな玄関前の打ち水は?
何処に消えてしまったの?
今夏のこの暑さは30分間の「涼」を感じさせてくれるだけで終わってしまいます。
それ程、暑いと言うことでしょうか?

2010年8月 3日 (火)

ビキニ環礁が世界遺産登録に

このニュースを機に世界遺産についてちょっと調べてみました。
まず、世界遺産とは、1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基づいて、世界遺産リストに登録された遺跡や景観そして自然など、人類が共有すべき「顕著な普遍的価値」をもつ不動産を指すとのことです。

そしてその世界遺産はその内容によって次の三種類に大別されています。
【文化遺産】
 ○顕著な普遍的価値をもつ建築物や遺跡など。
【自然遺産】
 ○顕著な普遍的価値をもつ地形や生物、景観などをもつ地域。
【複合遺産】
 ○文化と自然の両方について、顕著な普遍的価値を兼ね備えるもの。

まず世界各国で2010年8月時点で、世界遺産が911件も登録されていることに驚きました。
日本での世界遺産は14箇所、95の施設が登録をされています。

文化遺産として
1.法隆寺地域の仏教建造物(1993年12月)
2.姫路城(1993年12月)
3.古都京都の文化財(1994年12月)
4.白川郷・五箇山の合掌造り集落(1995年12月)
5.原爆ドーム(1996年12月)
6.厳島神社(1996年12月)
7.古都奈良の文化財(1998年12月)
8.日光の社寺(1999年12月)
9.琉球王国のグスク及び関連遺産群(2000年12月)
10.紀伊山地の霊場と参詣道(2004年7月)
11.石見銀山遺跡とその文化的景観(2007年6月)

自然遺産として
1.屋久島(1993年12月)
2.白神山地(1993年12月)
3.知床(2005年7月)       の14箇所です。

今日、あえてこのテーマを取り上げたのは、世界遺産が目的としているのは「顕著な普遍的価値」を持っているから指定されたはずなんです。
この意義を外して観光地化してはならないはずです。
登録を受けた地域の方はそれなりに制約も受けます。不便さも強いられるかも知れません。それでこそ「普遍的価値」を持続できるんだと思います。
だから私たちも、世界遺産の公共性を曲解した観光客に成り下がってそこに生活をしている住民の日常生活を興味本位に、無遠慮に覗き込む行為などをしてはいけないんです。

そして、今回新たに世界遺産に登録をされた、ビキニ環礁周辺では米国が大戦後の10数年の間に数多くの核実験を実施した地域です。54年3月の水爆実験では、近くで操業していた日本のマグロ漁船「第五福竜丸」の船員23人全員が被曝して、今もその後遺症に苦しんでいる現実もあります。

過去に96年には「広島平和記念碑」(原爆ドーム)、79年には第2次大戦時にナチス・ドイツがユダヤ人大量殺害を行ったアウシュビッツ強制収容所(ポーランド南部)が、惨劇を伝える目的で世界遺産に登録されています。

この8月は、広島・長崎の原子爆弾の投下。第2次世界大戦の終戦と平和について特に考えさせられる月なんです。孫達に伝えなければと思います。責任もあると思います。

2010年8月 2日 (月)

多品種少量生産から少品種大量生産?

終日、ベットを友にしていると色々なことが浮かんでくるものです。
ここ、数日期間限定で大手牛丼チェーン各社の値下げが行われています。コンビニエンスストアや弁当店などに波及をしていくと思います。
単に、消費者の一人として考えれば値段が安くなることはウエルカムです。

今回は一週間から二週間の期間限定の値下げ競争ですが、しかし、これ以上の価格戦争って意義があるのかなと、ふっと感じます。

牛丼、ラーメン、ハンガーガーチェーンとこの業種等に値下げ競争が激しいようです。
世界的に消費者の節約志向も高まっているようです。同じ牛肉でもすじ肉のように丼物を作る習慣のない外国からの輸入も、この所の円高で安く調達が出来るも一因でしょう。

この種の業種はメニューも大幅に絞り込むことが可能です。製造部門も自社で装備をし、中間コストを徹底的に削減も図っているのでしょう。そうした結果だと思います。
お店も注文から精算までタッチパネル等を導入して徹底的に経費削減を図っています。
そして、少品種大量生産の手法が導入できなければこうした値下げに対応できないでしょう。

私達の会員はこうした値下げ競争に巻き込まれては商売が成り立ちません。
地場品等を多く使用したり、生産者の顔が見えるような工夫をして頑張ってもらうしかありません。消費者も2極分化、それ以上かもしれません。支持をしてくれるお客も大勢いらっしゃいます。

2年目を迎えたブログです。特徴のある会員企業を少しずつ紹介していこうと思います。

2010年8月 1日 (日)

なぎさの祭典は鬼門です

昨日無事になぎさの祭典が終了。
午前中から港に行き昨日の打ち上げ花火のカスが港湾の砂利作業所に落ちていないかを確認。
今日も朝から真夏の太陽が照りつけ海水浴場には大勢の方が見えていました。
駐車場も満杯です。
昨日の風の向きが良かったのでしょう。花火カスが落ちていないことにほっと!

気温が高いので自分の体温も上がっているのも余り気になりませんでしたが・・・・・・。
家に帰りクーラーの効いた部屋に。やけに寒く感じます。熱が大部上がっています。

昨年はこのなぎさの祭典で腰を痛め、今年は不覚にも風邪?
またしても、夏布団を出してもらい友だちに。

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私と東海道との係わりの源です

西湘を拠点にして色々なプロジェクトを立ち上げて奮闘しています。そして私も遊ばされています。

きれいな水と美しい緑を、再生し、育み、守るために活動しています

NPOな人 椎野修平ブログ