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2010年5月14日 (金)

歴史浪漫、上杉謙信のゆかりの地

春日山城、春日山神社、春日神社、毘沙門堂、林泉寺、御館(おたて)跡を訪ねました。
戦国の名称と言われた上杉謙信は何故天下統一を目指さなかったのか?
謙信の跡目を継いだ景勝も直江兼続という類い希な参謀を抱えていたのにも関わらず天下人を目指さなかったのか?

上杉謙信は戦国の名将であることは間違いがないでしょう。
武田信玄との5度にわたる川中島の戦い。その武田信玄も名将に1人でしょう。
隣国にこの名将がいたことにより越後を離れることが出来なかった不運も要因の一つでしょう。

そして敵将に塩を送ったりしながら、自ら領土拡張のための戦を起こしたことが無かったと言われるほど「義」に篤かった性格。
また、関東管領職を名乗るなど、時代の波に乗り遅れていたことにより天下人を目指す機会を逸したのではと思います。

しかし、最大の要因は天下人より、何より越後をこよなく愛し、「米」(よね)にこだわり越後の土に愛着を持っていたことが最大の要因だとと思います。

跡を継いだ景勝も同じ思いだったのだと思います。
兼続の「愛」の一字を兜の前立てに使用したのは、「師」と仰いだ謙信が愛した「土」「米」に起因して、京の雅より勝っていたのだと思います。

こんな思いを感じた二日間でした。

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