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2010年5月

2010年5月31日 (月)

大磯町の木・花・鳥

大磯町の町の木は高木が「くろまつ」低木が「さざんか」
町の鳥は「かもめ」で、そして町の花は「はまひるがお」です。

その「はまひるがお」が見頃を迎えています。

大磯町は相模湾を前面に大きな海岸線を擁しています。
目の前には伊豆大島がぽっかりと浮かび、右手には伊豆半島、左手には三浦・房総半島を見渡すことが出来ます。

かつてこの海岸を伊藤博文候始め、明治の政財界人が愛し歩いた海岸です。
答えが見いだせない時、袋小路に陥ってしまった時・・・・・・。
このような時に大自然に触れるとふっと答えを見いだすことも出来るのが自然です。
私も若かりし頃、失恋をした時などはぶらっと寂しく一人で海岸に行きました。
そして、何度もこの大きな海に慰めてもらったものです。

海は良いですよ。
どのような心の状態で訪れても必ず応えてくれます。

心が沈んでいる時に見る砂浜の景色は時として無機物のように写るかも知れません。

ふっと振り返るとそこには、淡紅色の花。そうです。そこには「はまひるがお」が貴方を待っています。
普段から答えの出ない課題に何かしらのヒントを与えてくれますよ。
きっと、この大海原と「はまひるがお」が。

世の中が混沌としているとどうしてもこのようなコメントになってしまいます。

もちろん元気な方も是非来て下さい。元気倍増になります。

「はまひるがお」群生地への行き方は
北浜海岸はJR大磯駅より徒歩15分。大磯漁港より東側の大磯高校前海岸。

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   北浜海岸の「はまひるがお」

こゆるぎの浜はJR大磯駅より徒歩10分。照ヶ崎海岸(大磯町役場)より西側海岸一帯。

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  こゆるぎの浜の「はまひるがお」

皆さんをお待ちしております。
2枚の写真は大磯町観光推進室より提供していただきました。

2010年5月30日 (日)

邸園文化交流園 大磯

(社)大磯町観光協会が中心になり行っている標題の事業に、大磯町商工会女性部の部員が6月10日の商工会の日(商工会法が施行された日を商工会の日としています)に合わせて花の種子を参加者に配りました。

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     ▲
 花の種子を配る大磯町商工会女性部

緑の初夏?はずですが花冷えのような陽気です。
さつき咲く?いつもこの時期だと咲き終わってしまい1週間前だったらとかの声が聞こえるんですが、今年は1週間後くらいの方が良かったのかも?
いずれにしても草花を相手の事業は、その年の気候に左右されるので難しいです。

1月13日にも旧安田邸の写真を掲載しましたが趣が全く違います。
本日の様子をお伝えします。

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   唐破風平唐門

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  石造・十三重塔

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     持仏堂

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     経堂

①安田善次郎邸庭を見学 → ②島崎藤村の墓 → ③新島襄終焉(しゅうえん)の地 → ④鴫立庵 → ⑤旧島崎藤村邸を大磯ガイドボランティア協会のご協力で約500名の方々に大磯の初夏を楽しんでいただきました。

各所の詳細は大磯町観光推進室 isotabi.com
下記のURLをご参照下さい。

http://www.isotabi.com/miru.htm

2010年5月29日 (土)

梅雨冷えや寝床の夢でブログ書く

いやあー、いやぁーよく寝ました。
36時間とたっぷり寝だめをしました。
寝だめが可能であれば、ここ数日は寝不足がないはずですが?
年休は目的を持って取得をするように普段から言っているご本人が不覚にも体調不良による休暇取得になってしまいました。

総代会も終わり一区切りがついてほっとしたのも事実です。
息を吐く(いきをつく)とは
1.大きく息を吐く。溜めていた息を吐き出す。
2.生きて行く。また、生活する。
3.一休みする。また、一安心する。ほっとする。
それにプラスしてこの所の天候不順です。
体調の保持には充分に気を遣っていたのですがね。

普段の生活の中でもこの呼吸(タイミング)が大切なんですよね。

特にスポーツなどでは、呼吸は吸う息よりも、吐く息の方が大事にされています。
マラソンなどのように持久力を必要とするスポーツでは呼吸を適宜に繰り返しながら長距離を走破出来ますし、水泳でもしっかりと水中で息を吐き出すことによって息継ぎの時に充分に息を吸い込むことが出来る。吐く息が大切なんです。
瞬発力を必要とするスポーツだと充分に吸い込んだ息を吐き出す瞬間に合わせて、自分のパワーを最高の状態に持ち込む。そして限界に挑み、良い結果を出そうと日頃から練習に励んでいます。

だから、息を抜くことは大切なんですよね。
ちょっと、タイミングを間違えた2・3日でした。
そして、床の中で、夢の中で一生懸命ブログを更新しているはずでしたが・・・・・・。

2010年5月26日 (水)

「五月雨」と「虎が雨(とらがあめ)」

五月雨は古来の田植えの時期に降る雨を称します。
「虎が雨」という言葉があります。大磯では5月28日に降る雨を言います。

曾我兄弟の仇討ちで有名な「曽我物語」
その曾我兄弟の兄・十郎祐成の恋人がお虎さん、虎女(とらじょ)とも呼ばれる女性です。

虎は大磯の遊女でした。虎と十郎は出会い、すぐに恋に落ちます。虎17歳、十郎20歳の時です。十郎祐成と弟の五郎は早くから父の仇を討つことを考えていました。仇討ちは成功しても死罪が待っている時代です。将来を考え、死んだ後のことを考え妻に遊女を迎えたと言われています。
現代では遊女というと女性が貧しさの余りに行き着く先という暗いイメージがあります。いやいや室町時代以前の遊女はむしろ大変な知識人、教養人と言われています。
戦国期から江戸時代になると現代のイメージに近くなるかも知れませんね。

1193年5月28日。
頼朝が催した富士の裾野での狩りで兄弟は父の仇の工藤祐経を討ち取りました。
父の仇は成就するも十郎はその場で斬り殺され五郎も生け捕りにされその後処刑をされています。

虎は十郎の妻としてその生涯を送り、十郎の死後に出家し、兄弟の供養を片時も忘れることなく生涯を送りました。
「虎が雨」は俳句の季語にもなっています。旧暦の5月28日に降る雨は虎女の悲しみを後世の人びとが偲んでのことだと思います。

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歌川広重が描いた東海道五十三次の大磯宿の絵は「虎が雨」です。

また、大磯には「虎御石」があります。
この「虎御石」は、工藤祐経が曽我十郎を返り討ちにしようとした折に、十郎の身代わりとなって矢や刀をうけた石と伝えられ、現在、延台寺に所蔵されています。

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虎御前化粧井戸(とらごぜんけわいいど)

虎御前がこの井戸で朝夕化粧していたことから名づけられたと言われている虎御前化粧井戸(とらごぜんけわいいど)もあります。

天気予報を見ましたら、28日は晴の予報です。
今夜は雨です。この記事は雨の方が似合う?だから2日早いけれど今日書きました。

2010年5月25日 (火)

大磯町商工会第50回通常総代会

平成22年度の事業計画案等が承認をされて、真の意味で22年度のスタートが出来ます。総代会は商工会を運営する上で定款を始めとする役員の選任、事業計画、収支予算の決定などを決める機関ですから最重要事業なんです。

大磯町商工会は創立50周年の節目の時を迎えます。
開会に先立ち、重田会長はこの50年を振り返って、これから先の商工会をどうするのかという方向性を出していくとあいさつをしました。

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総代会が終わり後は重田会長を中心に役員、職員が一丸となって本日承認をいただいた、事業を一つずつ、その事業の意義を理解し、着実に実行していくだけです。

2010年5月24日 (月)

総会等が佳境です

本日は(社)大磯町観光協会の総会でした。
同協会が実施している「邸園文化交流園大磯」事業は大磯町に点在する歴史的に由緒ある建物を所有している事業所の協力を得て、そこに観光客を案内しています。本当に大磯らしい事業だと思います。

こうした建物がスポット的ではなく日常的に開放できるようになるともっと違った形で事業が波及するのですが・・・・・・・・。
この事業の何よりの痛手は「旧吉田茂邸」が焼失してしまったことです。
昨日のBlogにも書きましたが、過去には、「旧三井守之助邸」を始め歴史的建造物の多くが取り壊されたり大磯町外に流失をしています。

戦国の武将と言うより茶人で知られた織田信長の弟、織田有楽斎の茶室「如庵」は明治村、与謝野晶子の書斎「冬柏亭」は京都の鞍馬寺に移設されています。
三井本家の山門は熱海のMOA美術館に移設とetcです。

幕末から明治初期の啓蒙者・教育者の哲学者西周(にし あまね)は大磯の別邸で亡くなっています。
岩見国津和野藩(現島根県津和野町)の生家に行くと「大磯の別邸で亡くなった」と記載された看板があります。
大磯に住んでいる方は西周が大磯に住んでいたことすら知らないのでは?それが実態かも知れません。

私はノスタルジーに浸ろうとは思いません。
過ぎ去った時代を懐かしんでも、今の大磯町が変わるわけはありません。

そして歴史は創っていくものだとも思います。
しかし、それはきっちりと過去の歴史を検証して創っていくべきです。

日本が真の意味で国際化に遅れるのは、日本の歴史を知らずして国際化など語ることが出来ないとおっしゃっていた学者がいました。
正にその通りだと思います。

そうした意味では、西行法師の句でよく知られ、日本三大俳諧道場の「鴫立庵」「島崎藤村の旧宅」の管理も観光協会が行っています。地道な事業ですがしっかりと歴史を継承をしながら次の観光事業の創設を考えていただけたらと思います。
商工会としても観光事業とは切り離せません。
今後も協働していきたいと考えています。

2010年5月23日 (日)

「旧三井守之助邸」7年前の出来事です

日本建築学会が「是非保存すべきだ」と強調した、あの、宮内庁御用係木子幸三郎氏設計による、洋風と和風を融合した、近代日本建築史に特筆される「旧三井守之助邸」は残念ながら力及ばずで、解体されてしまいました。
2003年10月11日の出来事でした。

大変残念でなりませんでしたが・・・・・・。

私たちは「町民の共有財産として後世に伝えたい」という、多くの方々の願いを無にしたくないとの思いから、鎌倉の宮大工松本棟梁を招き、その指導の下に、少しでも部材を確保し、将来の再建を期すことにしました。
可能な限り調査し、復元可能な部材を確保しました。

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すべての部材確保は到底、望めませんでしたが、この作業にあたっては、保存のために寄せられた寄付金のうち、「将来の活動のために使ってほしい」と引き続き預託された基金と篤志家の資金計5百万円を充当し、松本棟梁と関東学院大学水沼教授、神奈川大学西教授、横浜国立大学大野助教授、それに各大学学生ほか多くの関係者、ボランティアのご協力をいただき部材を保存しました。

その部材を置いてある場所が諸般の事情により移動しなくてはいけなくなりました。
あいにくの雨の一日になりましたが、その当時に力を借りた大勢の方に再び集まっていただき新たな場所に移動をしました。

現在、大磯町は旧吉田邸の焼失により、この「旧三井守之助邸」のことなど忘れ去られています。しかし、いつの日か復元出来ることに夢を見て作業をしました。

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   大勢の人の手を借りて棟木を降ろしました
   2003年10月11日の想い出

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   棟木を前に感謝込めて記念写真です
   あれから7年の歳月が経つんだ!

2010年5月22日 (土)

大磯版 マルシェ(Marché)

Marché はフランス語で市場のことです。
最近の大磯港は「めしや 大磯港」の開店で久しぶりに活気を呈しています。
そして、神奈川県の大磯港再整備計画により徐々に大磯港が憩いの場になりつつあります。
数年先には間違いなくそのような場になります。

大磯港は将来的に大磯町の核になる場所だと思います。
大磯港では、現在、月一回の朝市が行われています。

そこには食材の安心を求める多くの方が集まってきます。
町外からも多くの方が見えます。
当然です。なんったてその日に定置にあがった獲れたての魚を提供するんですから。
商品に間違いありません。

自分で生産した作物を
自分で丹精を込めて創作した商品を
人間が持っている最高の言葉を交わし合い、コミュニケーションを通して「作る(捕る・生産する)人」と「食べる人」がお互いに納得出来る、獲れたて、収穫したて、創りたての市場が創設出来れば、どんなに素晴らしいことか?

そんな出会いの場を創設することが出来れば良いなと思います。
これが私のイメージする、大磯版 マルシェ(Marché)です。
その芽が少しずつ育ちつつあります。

2010年5月21日 (金)

おおいそオープンガーデン 5月

22日(土)と23日(日)の2日間「おおいそオープンガーデン」が開催されます。
参加している地図はトップを参照して下さい。

5月のみどころはバラのお庭です。
その他見どころが満載です。
見るポイントは大磯ガーデニング倶楽部さんがホームページで詳細にレポートしています。

是非、下のURLを参考にして下さい。

http://oiso-gd.asdesign-a.com/?cid=25061

土曜日は天気が良さそうです。
大磯の初夏をごゆっくり散策して下さい。

2010年5月20日 (木)

驚き!医学技術の日進月歩

7年ほど前になります。
不整脈がひどくて最終的に2泊3日の検査入院をしてカテーテル検査を受けました。
先頃の健康診断で虚血性心疾患の疑いがあるとのことで再検査を受けることになりました。

虚血性心疾患は心臓を取り巻く冠動脈が細くなったり、詰まったりして胸痛や不整脈等が出現する病気ですが、私には自覚症状はありません。
再検査と言われて、また、カテーテルか?と思っていましたが、最近の医学技術の進歩には驚くばかりです。

心臓の検査も最近はカテーテルに代わってCTなんですね。
点滴から造影剤を入れて、CT台に横になるだけです。
その胸の上をカメラがついた輪が高速で回ります。
レントゲンを撮る時の要領と同じで、造影剤が入ると身体全体がほんわかと暖かくなり眠気を誘います。時々「息を止めて下さい」「楽にして下さい」と言う言葉が掛からなければ本当に寝てしまいそうです。

と、思っている内に終了です。
今日は、撮影をした写真等は見せていただけませんでしたが、来週のドクターとの診察で見せてもらいます。どのように写っているのか興味があります。
何かしらの病名もいただくかも知れません?

まあー、その時にはその時で、その結果を素直に受け止めることにしましょう。
いずれにしても、感心して病院を後にしました。

2010年5月19日 (水)

大磯町商工会創立50周年実行委員会

大磯町商工会は今年で50周年を迎えます。
商工会は、法律(商工会法)に基づいて、主に町村部に設立された組織で、全国に約2千あります。

昭和35年2月25日に第34回通常国会に「商工会の組織等に関する法律」が提出され同年4月15日衆議院、5月13日参議院でいずれも全会一致で可決成立し5月20日に公布、6月10日に施行されました。
そして諸手続を経て、昭和35年10月21日に登記完了し大磯町商工会が誕生しました。
従って、全国でも数多くの商工会が50周年を迎えます。

今夜の実行委員会でも色々とユニークな案も提案されました。
最終的には4事業プラスαで進める予定です。
いずれも、50年を迎えた機に、今年から新たにスタートをし、これからの大磯町、商工会の発展を考えることを基準に考えていきたいと思っています。

(1) 全商工会員のホームページ作成事業
(2) おおいそ「まちの駅」の拠点整備事業
(3) 大磯町商工会創立50周年記念式典等の開催
(4) 大磯町商工会創立50周年記念CDの作成

いずれにしても、具体的には総代会後になりますが、こうした事業が具現化されれば50周年を契機にスタートし翌年以降も継続され更に発展させることが出来ると思っています。

2010年5月18日 (火)

おおいそオープンガーデン(Part Ⅱ)

標題の事業が4月に続いて今週の土・日に第2弾が開催されます。

この事業を民間で支えていただいている大磯ガーデニング倶楽部からメールが届きました。参加していただいているお庭にはそれぞれの特徴があります。
主催者としては、是非、参加している全ての庭を見ていただければと思います。

その中でもお奨めのお庭として案内をいただきましたので転用させていただきます。

5月のオープンガーデンの見所を案内させて頂きます。
これはオープンガーデンに大磯に訪れる友人からのメールに返信した内容です。
観光案内所に来られた皆様にも、ぜひご案内下さい。
遠いところが多いので、バス、タクシー等を使う事をぜひおすすめください。
宜しくお願い致します。

オープンガーデンに行かれるのでしたら、駅前の観光案内所でオープンガーデンの地図をもらってください。

5月のオープンガーデンの見所はバラです。

バラのお庭は遠い所に多いため、バスやタクシーを使う事がおすすめです。

見所1:松蔭
大磯駅から二宮方面のバスに乗って八坂神社で降りてください。
松蔭(旧清水庭後)の住宅地です。
地図では3軒ですが今回5軒に増えています。3軒はバラのお庭、2軒は草花のお庭です

見所2:石神台
湘南大磯住宅行きのバスに乗って、湘南住宅団地入り口又は神奈中ストアー前で降りてください。
23番の永嶋さん、32番の東川さん、55番の大野さんが5月の参加です。

見所3:56番岩崎さんのお庭
岩崎さんのお庭は広く沢山の種類のバラが堪能できるローズガーデンです。
自然の緑に囲まれた、森の中のお庭です。
大磯ガーデニング倶楽部のHP<オープンガーデン>のバラのお庭は岩崎さんのお庭の写真です。ぜひご覧下さい。
岩崎さんのお庭にバスで行くには大磯からの直行のバスは有りませんので、二宮から来る松願寺(又は平塚)行きのバスに月京又は天の杜で乗り換え、生沢で降りてください。
車で来られるようでしたら、東の池の所に無料の駐車場があります。

大磯の綺麗なお庭をぜひ楽しんでください。

是非、初夏の大磯をお楽しみ下さい。

2010年5月17日 (月)

「忙しい」のは恥と知れ

佐藤一斎の「言志四録」重職心得箇条の一節です。
キツイ言葉ですよね!
仕事に詰まるとこの本を取り出します。

気持ちの「ゆとり」が無い時には重要な案件に取り組むな。
「忙しい」と思うのは些事に首を突っ込んでいる証拠だ。

普段から「腹が減った」と「忙しい」という言葉を吐くことを口にしないと自負をしています。
とは言いつつ、この「忙しい」という言葉は、何気なく出てくるんですよね。
ポロッと!

佐藤一斎曰く「重職たるもの、仕事が忙しいなどと口にすることは恥ずかしいことと心得よ。例え、本当に忙しくても、決して口にしてはならぬと。ある程度の時間と心のゆとりがなければ重要な仕事を行うことが出来ないと」

そしてそれに続く言葉が身に浸みます。
「もし、本当に忙しいのであれば、それが問題だ。さほど重要でもない細かい仕事に関わりすぎているからだ。」
自分でやってしまった方が早いと思い、自分自身で抱えている仕事がないかを度々チェックする必要があることも確かです。

下に仕事を降ろすにしても、日々こうした訓練、管理者の思いが伝わっていないと仕事を押しつけられたと思われかねません。そこが、難しいんですよね。

まだまだ修練が足りないことを実感します。

2010年5月16日 (日)

商工会青年部壁画製作事業

平成2年、神奈川県では湘南海岸を中心にサーフ’90が開催されました。
商工会青年部では、この事業を契機に海岸の景観を向上させるため西湘バイパスの橋脚に壁画を描く事業を始めました。20年の歳月を経た今では、描き上げた画が浜辺のギャラリーとして町民に愛されています。時折足を止めて壁画を観賞する人も見受けられます。
何より壁画を製作することにより落書き防止に大きな効果があります。

途中、橋脚の耐震化工事により今まで描いた画が全て無くなってしまいましたが、耐震化工事後に地道に活動を続けて浜辺のギャラリーが復活しています。

今日はその壁画事業があり、また、新たに10数枚の画が追加されました。

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   製作に励む参加者

完成した作品は後日アップします。

2010年5月15日 (土)

歴史の道 東海道宿駅会議総会

ウイークデーに3日間越後に上杉の歴史を自分の目で確認に行ってきました。
そして、土・日が仕事です。

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吉原宿に平成22年度歴史の道 東海道宿駅会議の総会に行ってきました。
第23回東海道シンポジウムの日程が次の日程で決定です。

○日時:平成22年10月16日(土)
○場所:三重県(四日市宿)

総会の後、吉原宿を地元の方の案内で探索しました。
吉原宿は漂砂や二度にわたる津波の被害により二度、所替えを行い、さらに二度の火災と安政の大地震による災害続きですっかり衰微してしまったそうです。
吉原の寺院はこうした天災との戦いだったようです。
代表的なお寺を二つ。

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  前富山宝樹院 称念寺

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   今井山 大運寺
  屋根に「鯱」があるお寺。これは珍しいですね。

2010年5月14日 (金)

歴史浪漫、上杉謙信のゆかりの地

春日山城、春日山神社、春日神社、毘沙門堂、林泉寺、御館(おたて)跡を訪ねました。
戦国の名称と言われた上杉謙信は何故天下統一を目指さなかったのか?
謙信の跡目を継いだ景勝も直江兼続という類い希な参謀を抱えていたのにも関わらず天下人を目指さなかったのか?

上杉謙信は戦国の名将であることは間違いがないでしょう。
武田信玄との5度にわたる川中島の戦い。その武田信玄も名将に1人でしょう。
隣国にこの名将がいたことにより越後を離れることが出来なかった不運も要因の一つでしょう。

そして敵将に塩を送ったりしながら、自ら領土拡張のための戦を起こしたことが無かったと言われるほど「義」に篤かった性格。
また、関東管領職を名乗るなど、時代の波に乗り遅れていたことにより天下人を目指す機会を逸したのではと思います。

しかし、最大の要因は天下人より、何より越後をこよなく愛し、「米」(よね)にこだわり越後の土に愛着を持っていたことが最大の要因だとと思います。

跡を継いだ景勝も同じ思いだったのだと思います。
兼続の「愛」の一字を兜の前立てに使用したのは、「師」と仰いだ謙信が愛した「土」「米」に起因して、京の雅より勝っていたのだと思います。

こんな思いを感じた二日間でした。

2010年5月13日 (木)

戦国大名のナンバー2

昨年の大河ドラマ「天地人」の主人公「直江兼続」
そう言えば一昨年の「風林火山」は「山本勘助」が主役でした。

私は高校生の頃までの日本史の授業は大嫌いでした。
歴史的な出来事を、ただ無機的に暗記する授業が嫌いだったのだと思います。
戦国武将に一人の人間としてスポットを当て、一つ一つの戦にどのような時代背景があったのかを「人間・武将」としてのドラマ、この視点で授業を行ってくれていたら、もっともっと早い内に歴史に興味を持ったことだろうと思います。

「上杉景勝と直江兼続」「豊臣秀吉と時代の変遷と共に竹中半兵衛・黒田官兵衛・石田三成「武田信玄と山本勘助」「伊達政宗と片倉小十郎」「徳川家康と本多正信」「徳川家光と土井利勝」戦国時代から江戸時代初期までは混沌とした時代でした。
現在の世界、日本も結して太平の時代とは言い難い時代です。
この様な時代は、組織のトップだけではなく、その補助役ともいうべきナンバー2が注目される時代なのではという気がします。

同じナンバー2でも軍師的タイプ、特攻隊長的タイプ、実務的な官僚タイプ。
型は様々です。

今の時代はどのタイプの、そして私のような組織のナンバー2はどのような役割を果たすのがベストなのでしょうかね?

「直江兼続」に関わる地を今日一日巡って考えさせられました。

実はこの「直江兼続」は殖産事業に大きな力を注いでいました。
ここ数日は日本海の方でも天候異変が気になっています。
本当に寒いです。
田植えを済ました田にはいつもより多くの水が張られていました。
この低温を避けるために田に水が苗の丈と同じくらいの水が張られていました。
低温から苗を守るための措置です。

一寸高い山に行くと5月も半ばというのに残雪が沢山残っています。
米所の越後。この米(よね)が気になり、越後を離れることの出来なかった上杉謙信と養子の景勝、そして藩主を支えた「直江兼続」は生涯の伴侶「お船」と「おしの」という女性から聞きかじった「四季農戒書」を表しました。この書は兼続が米沢藩に移封されてから表した書物ですが文化人「直江兼続」の評価だと思います。

昨晩の宿泊地にデジカメとPCをつなぐケーブルを忘れてしまいました。
従って写真のアップは自宅に帰って修正を加えさせたいただきます。
この日の内容は写真等を挿入して、後日大きく変わりますのでご承知置き下さい。

2010年5月12日 (水)

イヨボヤの里が雅子妃殿下ゆかりの地

イヨボヤとはこの地方の方言で鮭のことだそうです。
ここには日本最初の鮭の博物館。イヨボヤ博物館があります。

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   イヨボヤ博物館   

三面川鮭観察自然館では秋になると三面川の分流・種子川を遡上する鮭の様子がガラス越しに観察できます。平安の昔から鮭が特産として知られ、世界に誇る鮭文化を築いてきました。明治11年には、『人工ふ化増殖』に成功しているそうです。

そして市内にある「まいづる公園」内にある旧嵩岡家等の武家屋敷も見に行ってきました。
この公園内にある建物は、雅子妃殿下の祖母静さんの父又四郎氏(雅子様曽祖父)が、嵩岡家の家族として、この住宅で生活されていたとのことです。

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   旧嵩岡家居宅

さあー、ここは一体どこなのでしょう?

今日は新潟県の北端に位置し山形県と境を接している村上市を訪れました。
村上藩の城下町として栄えた村上市には、今でも「町屋造り」と呼ばれる建築様式の伝統的な家屋が点在していて非常に風情のある町並みも多く残っています。

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   黒壁の塀が続く小径

この黒壁プロジェクトの小径は平成14年から住民の発想から始まった活動です。
「黒壁一枚千円運動」で寄付を募りブロック塀の上に板を張りペンキを塗る工法で子どもから年配の方までが汗を流し黒壁作りが進められました。
そして千人を超える方の協力を得て現在では340㍍の風情のある小径が出来上がりました。

そして、2と7が付く日の午前中に六斎市(市場)が立ちます。
地元の野菜などを始め地場産品がたくさん並びます。
今日は小雨模様なので人の出が悪そうです。

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   六斎市(市場)

芭蕉と曽良も「奥の細道」の帰り際に、ここ村上に寄って多くの作品を残しています。

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   芭蕉と曽良が泊まった旅籠屋
   参詣した石船(いわふね)神社

米どころ新潟です。この環境の中で飼料を食べて育った村上牛も最高に美味しかったです。お米も岩船産コシヒカリ。言うことなしです。

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   江戸庄(村上牛専門店)
この気分転換があるからこそ頑張れるんだよね!

2010年5月11日 (火)

改めて還暦って?

還暦を迎えたことを機に始めた私のブログ。
思いも掛けずに大勢の方に見ていただき、正直、驚いています。
テーマが一定でないために、色々な切り口から見ていただいています。
アクセスを解析すると非常におもしろいです。
一度訪れて、お気に入りにでも登録されたのでしょうか?
定期的にチェックされている方もいらっしゃるようです。
本当にありがとうございます。感謝申し上げます。

ところで改めて還暦って?
ものの本によれば干支が一巡し、起算点となった年の干支に戻ること。通常は人間の年齢について言い、本卦還り(ほんけがえり)ともいいます。

かつては還暦を機に現役を引退する例も多かったし、事実、満60歳を定年とする職場も多かったのが65歳定年のところも大部増えてきています。

私の事務所でも再任用という形で事実上の定年延長が図られています。

さすがに60歳で老人の仲間入りはしたくありません。
「赤ちゃんの暦に還り長寿を祝う」とされてきた還暦祝いの意義は有り難く受け止めようと思っています。
「赤ちゃんの暦に還り第二の人生を歩む」正に私のブログはこの思いから始めました。だから、本格的な長寿の祝いは70歳の古希、77歳の喜寿からにしてもらうことにします。

仕事も総代会を前に一段落しました。
明日からちょっと気持ちを入れ換えるために「旅」に出掛けさせてもらうことにしました。
旅先からもブログをアップします。

そして、いつも気持ち良く送り出してくれる職員に感謝です。

2010年5月10日 (月)

水と緑の環境ネットワークの会からの案内

当会は昨年度に環境保全活動を行うために設立されたNPO法人です。
私も参加させていただいています。

今年は独立行政法人国立青少年教育振興機構『子どもゆめ基金』の支援をいただいて「きれいな川と海で遊び隊プロジェクト」のキャッチフレーズで、神奈川県内を中心に、海と川の清掃を行った後に様々な体験プログラムを計画しています。

大磯町エリアでも6月5日(土)には「相模湾清掃活動&地引き網体験」を、また、9月には「海水で塩づくり体験」等も予定しています。

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そして、現在は大磯町にある竹林再生計画も進行し始めています。
その他自然観察会や虫取り体験プログラムなども用意をしています。

いつから海や川は遊び場所でなくなってしまったのでしょうか?
きれいな海と川をとりもどすため、わたしたちにできることを、今はじめましょう!
そして、海と川で、おもいきり楽しみませんか?

参加を希望される方は、下のファイルを参照して、FAXか E-Mail でお申し込み下さい。

「1.00.doc」をダウンロード

2010年5月 9日 (日)

大磯駅前ISO市・アイスクリームの日・母の日

毎月第2日曜日、昨年の6月から始めたISO市もちょうど一年を迎えます。
その月ごとに特徴があり、この経験は今後のこの事業を発展させていくためにも貴重な一年であったと思います。
暑い時、寒い時、また、今月のように大型連休の後 etc・・・・・・。

主催している川口「大磯逸品の会会長」も今後の展開方法を色々と模索しています。
いずれにしても地道に一年間、継続して色々なことを経験出来たことが次のステップにつながります。

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今日は大型連休後と言うことも影響があったようです。
出足が遅かったように感じます。二年目のISO市に期待したいと思います。

5月9日はアイスクリームの日。知っていましたか?
日本のアイスクリーム発祥の地は横浜馬車道。
私の前任地はその横浜市中区の馬車道のすぐ近くでした。
この日は昼食の後に無料で配られるアイスクリームに舌鼓をうったものです。
今でも色々なイベントが行われているんでしょうね?

明治2年(1869年)に馬車道通りにある「氷水屋」で日本初の「あいすくりん」を販売したことに始まるんだそうです。当時のアイスクリームは現在の価値からすると大変高級品だったようです。

また、今日は母の日。
孫たちがママに花をプレゼントするんだと私の部屋に。

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続いて「ばぁば」が息子夫婦から「花束」をもらったと、その花に負けない位の笑顔で花束を抱えて嬉しそうに2階に上がってきました。
さすがに「ばぁば」の顔写真は花に負けそうなので、もらった「花束」だけ記念に掲載させてもらいます・・・・・・。

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う~ん、でも「ばぁば」は、私のブログファンの一人、良き理解者なんですよね!

2010年5月 8日 (土)

流行?胃腸風邪?

5月に入って急に孫たちが嘔吐や下痢の症状に。
小学校、幼稚園でノロウイルスやロタウイルスなどの病原菌に感染することで起こる胃腸風邪が流行っているようです。その症状が子ども達や息子夫婦にも表れました。
胃腸風邪は感染から発病までの間がとても短く、治るのも比較的に早いのも特徴のようです。

昨日から何となくその影響を受けているようです。私も。
予防法は、水分補給を第一優先にして、胃腸風邪の症状の対処としては、たとえ吐き気がひどくても水分はできるだけ飲むようにすること、そして、後はひたすら休養をとって眠ることらしいです。

ビールの水分補給も十分に取りました。だから、今夜は早めに寝ることにします。

後は、手洗いやうがいをしっかりと予防に心がけましょう。

2010年5月 7日 (金)

ボックスガーデンの勇み足!

4月に第1弾の「オープンガーデン」を実施しました。
5月22日(土)&23日(日)の両日で第2弾の「オープンガーデン」を実施します。
個人の方が庭を開放してくれることに参加に合わせて、主催者側としては商工会館の前や駅前、庁舎の横に「ボックスガーデン」を作りました。

その庁舎に設置していた「ボックスガーデン」の一部が点字ブロックの上にかかっていました。
健常者の私たちにとっては綺麗に咲いている「花」を見て、殺風景な庁舎の一角が、それこそ「花」が咲いたと悦に感じていました。

社会には色々の立場の方生活をしています。自分たちの視点、自分たちの論理だけで物事を進めてはいけないと日頃から気を遣っているつもりでいましたが・・・・・・。
それが、視覚に障害にある方の迷惑施設になっていることも思わずに設置をし続けていたことを本当に恥ずかしく思います。

すぐに、雨の中、点字ブロックにかかっている部分を撤去しました。
大変申し訳ございませんでした。

2010年5月 6日 (木)

「かりゆしウエア」で思う平和

鳩山首相が就任後に始めて沖縄を訪問。
黄色の「かりゆしウエア」の姿を見て日米のと言うよりアジアの防衛問題に本当に真剣に考えているんだろうかとの思いを強く感じました。
普天間問題はマスコミや沖縄県民のコメントが多く発表されています。
私もその通りだと思います。

「かりゆしウエア」を着た鳩山首相は、沖縄県民に対して親しみを込めた演出だったのかも知れません。多分、そうだと思います。しかし、沖縄県民の反応は厳しかったです。

日本は平和なんです。
戦国時代の武将はいつ自分が襲われるか、ターゲットにされるか分からない危険を常に想定して必ず影武者を楯に行動をしたはずです。そこまでの乱世ではないにしても、私はここにいますと目標にされる危険を感ずることもないほど日本は平和だと思っているんでしょうね。

だから今回のような行動、言動も他人事のように捕らえているのでしょうね?

余り政治的な問題には触れたくありませんが、余りにも沖縄県民を始め国民を愚弄している発言だと思います。

2010年5月 5日 (水)

端午の節句 子どもの日 孫の日?

このゴールデンウイークは珍しく五月晴れが続きました。
今日は「立夏」暦通りの陽気です。そして「子どもの日」

私のデスクの前の王城山も若葉が芽吹いてきました。
みずみずしい新緑が爽やかです。

この天気に子ども達が黙っている訳がありません。
余りの良い天気に誘われて孫たちと海岸に行ってきました。
こうした自然で遊ばせるのは、「じぃじ」「ばぁば」の出番です。
最近の若い夫婦のフィールドワークは大型SC等で遊ぶケースが多いようです。

自宅でも家の中。外出先もSCの中で屋内。
自然の中で遊ばせると、子ども本来の姿見えてくるので親にも子どもにも貴重な体験になるんですがね。

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波と戯れている姿は子どもが3人。
しかし、よく観察していると、どう見ていても子どもが4人です。
この、孫を相手にしている時のカミさんの「ばぁば」力に脱帽です。

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上空にはパラグライダーに引かれて「鯉のぼり」が気持ち良さそうに遊泳しています。

「めしや大磯港」の様子も見てきました。

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開店前30分前でこの状況です。
もうしばらく落ち着いてからご来店をした方が良さそうです。

2010年5月 4日 (火)

「無我」&「森羅万象」

最近の政治を見ていると何が善で、何が悪なのか。何が正しくて、何が正しくないのかが全く分からないことだらけです。国民がこれを判断する、その手段の一つが選挙なんですがその基準が非常に難しくなっています。

客観的に見て正しと思われることが判断基準だと思います。
国民一人一人が自分の都合を基準に価値を置いて判断、選択をしていたらこの国は結して良い国になるはずはありません。

真実の姿を見るためには「無我」の境地が必要です。

「無我」って、もともとは仏教用語で、「我」に対する否定を表し、「我が無い」と「我ではない」(非我)との両方の解釈がなされるています。
「無我」を「我が無い」と解釈をして、自我を全て捨ててしまっては、単なる「アホ」に成り下がってしまいます。「非我」だから自我を「他人のため」「社会のため」「家族のため」を中心に考えなくてはいけないのか?
犠牲的精神で考えた場合には、本当に相手側から見て役に立っているのか、自己満足に終わっていないか?を十分に検証をする必要があります。

では、自我を何処に置いたら良いのでしょうか?
行きつく先は、「森羅万象」です。
宇宙に存在するありとあらゆる事象の中に自我を置くことにより「無我」の境地に近づくんだと思います。

ところで、国民の絶大な支持によって誕生した「宇宙人」と呼ばれる彼の方は、こうした考え方に基づいて「政」を行ってくれているのでしょうかね?

私には大きな疑問が残ります。

2010年5月 3日 (月)

義姉の三十三回忌です

個人的な話題ですが私のカミさんは三人姉妹の末っ子でした。
末っ子の筈だったんですがいつしか長女の役目を果たすようになってしまいました。
若い内に二人の姉を亡くして一人っ子、長女の様な立場になってしまったんです。

そして、今日は妻の一番上の姉の命日です。
三十三回忌を迎えました。

結果的に一人っ子になってしまった妻ですが、長男夫婦、長女夫婦に孫たちを含めて十一人で姉の年回忌を迎えることが出来たことをお姉さんにしっかりと報告が出来たと思います。

仏教での三十三回忌は長い修行の締めくくりとして、故人は菩薩の道に入り、「ご先祖さま=守り神」となる節目の時です。さらに、五十回忌、百回忌と続きますが、一般には三十三回忌、もしくは五十回忌をもって「弔い上げ」とし、法事の締めくくりとしています。

「ばぁば」を大好きな五人の孫たちも、小さな数珠を片手に神妙にお坊さんのお経を聴いていてくれました。この様な法要は命の伝承や家族の絆を認識してもらうのには絶好に機会です。

法要を行う度に生かされていることを実感します。
合掌!

2010年5月 2日 (日)

相模川の風物詩 1,200匹の鯉のぼり

子どもに日を目の前にした今日、相模川の風物詩 1,200匹の鯉のぼりを見に行ってきました。
孫を含めての行動となると11人の大集団の移動です。

大磯も田舎町とはいえ、最近では鯉のぼりを見ることが余りありません。
娘の所でもベランダで小さな鯉のぼりが遊泳するだけです。
我が家に至っては姉妹三人、端午の節句とは無縁です。

今年で23回目を迎えるこのイベント「泳げ鯉のぼり相模川」
色とりどりの1,200匹の「鯉」が、元気いっぱいの子どもたちが下から見上げる中を相模川の上空で薫風を受けて気持ち良さそうに泳いでいました。

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     ▲
   相模川を泳ぐ「こいのぼり」(高田橋)

背景の新緑も眩しく感じる一日でした。

「じぃじ」「ばぁば」たちは、この孫たちが健康でスクスクと成長してくれることを願うのみです。

2010年5月 1日 (土)

森の中のコンサート

五月です。五月晴れです。今日に様に晴れると気持ちが良いですね。
「森の中のコンサート」も盛況の内に終了出来ました。
ありがとうございました!

会場の郷土資料館は、全面ガラス越しです。
そのガラス越しの会場に、春の優しい日差しが若葉の緑を運んでくれます。
天空には「雲雀」がさえずり、演奏会場には、ハイドン作曲の「ヒバリ」が天空に向かって奏でられます。自然とのハーモニーです。一時、仕事を忘れます。至福の時でした。

私はイベントを主催している立場ですが、主催者がこの心地よさに酔うことが大切だと思います。主催をしている人間が素晴らしいと思わなくては、わざわざ鑑賞券を求めて来場してくれる方に失礼です。

私たちのコンサートは「おおいそフラワーフェスタ」の一環としてこの事業を実施しています。都会まで行かなくても身近な所でプロの一流の演奏を楽しんでいただきたいと思う一方で、子ども達にも生の音楽の素晴らしさを聴いてもらいたいと、プレーヤーに協力をいただいて、リハーサルを公開しています。

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     ▲
  リハーサル風景

「おおいそフラワーフェスタ」は花を慈しみ、音楽も子ども達に愛しんでもらおうとこの様な企画で行っています。

これも日頃から、商工会は町民の方々が地元の商店をご愛顧いただいていることに対して間接的な感謝の表し方の一つです。

後半の事業も精一杯に実施していきます。

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     ▲
   森の中のコンサート

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