「吉田茂と大磯の歴史的魅力を考える」シンポジウム
午前中、確定申告指導会で3社の確定申告をまとめて標題のシンポジウムに出掛けました。
私が東京に出掛ける時にはご覧の様に多くの会員が確定申告指導に来館していました。
吉田茂元首相
1967年(昭和42年)
10月20日 大磯の私邸で永眠。89歳でした。
10月31日 戦後唯一の国葬が執り行われました。
高校3年生の時でした。中間試験の真っ直中で執り行われた吉田茂元首相の国葬。当時としてはまだ珍しかったテレビで中継がありました。私邸を出棺し10分足らずで自宅の前を通ります。
テレビの中継に併せてその様子を見に出たことを良く覚えています。
本日の基調講演をいただいた五百旗頭(いおきべ)眞 防衛大学校長。
この防衛大学校を築いたのも吉田茂です。
当時の野党から「自衛隊の存在は違憲ではないのか」「自衛隊は軍隊となんら変わらない」と追及されても吉田は「自衛隊は戦力なき軍隊である」とさらりと答弁しました。
ユーモリストとしての一面があって、公私に渡りユニークな逸話や皮肉な名台詞を沢山残しています。
松沢神奈川県知事、パネルディスカッションのコーディネーター國學院大學准教授の柴田紳一先生も共通していたのは、日本の教育は近代史を疎かにしている。「歴史を知らない民族は滅びる」と。松沢知事は高校生の日本史を必修科目にしたそうです。
旧吉田茂邸の再建は、戦後の繁栄を享受している我々の生きた学びの場として活用したいと言うことで一致していたようです。子どもたちに歴史を継承していくことは大切です。
是非実現をして欲しいと思います。
ユニークな逸話や皮肉な名台詞の一部です。
○「秘書官は務まりませんが、総理なら務まります」
○居留守をして「本人がいないと言っているのだから、それ以上確かな事はないだろう」
○「GHQ (General Head Quarters) というが、実は “Go Home Quickly” の略語だ」
○宮中園遊会で昭和天皇から「大磯は暖かいだろうね」と声を掛けられ「はい、大磯は暖かいのですが、私の懐は寒うございます」
極めつきは
○心筋梗塞を発症し、この時に駆けつけた甥の武見太郎(医師会会長)の顔を見て
吉田「ご臨終に間に合いましたね」
武見「まだ、生きたいんですか?」
吉田「このだらしのない世の中が心配で死ねるか」
吉田茂が生きていたら今の国会の状況を見てどのようなユーモアのある発言をするんでしょうかね?
是非、聞いてみたいものです!
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