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2010年2月 1日 (月)

大磯初めて物語り(その4)

暖かい大磯で今夜は粉雪が舞っています。
その寒い中で今日の話題は海水浴場とは?ちょっとイメージが違うかも知れません。

日本最初の海水浴場。それが大磯海水浴場です。明治18年、当時の初代軍医総監であった松本順先生によって日本最初の海水浴場として開設されました。

当時の賑わいです。禱龍館と海水浴場

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松本先生は明治10年頃から大磯・照ヶ崎海岸が海水浴場として適していると強く推奨していたようです。それから10年近く経ってようやく開設が実現しました。

いつの世も初めて事を起こそうとすると大変な労力がかかるものです。

町営プールの横に「松本先生謝恩碑」があります。
題字は時の総理大臣の犬養毅によって書かれました。

大磯の海水浴場が保養地として発展したのは明治20年7月11日に大磯駅が開業したのも大きな役割を果たしているんでしょうね。

大磯駅の開業に伴い禱龍館を始めとする海水浴客向けの旅館が多く建設されました。

明治30年代には伊藤博文、山県有朋、陸奥宗光らの政治的領袖や、三井・三菱といった財閥関係者などの財界の重鎮がこぞって大磯に拠点を求め、また別荘等を構えました。当時、大磯には160を越える別荘があったそうです。
そして尾上菊五郎、中村吉右衛門、片岡仁左衛門といった歌舞伎俳優なども大磯に足を運んだようです。

上の禱龍館と海水浴場には分かりにくいですが大勢の歌舞伎役者等の名前が見えます。

そして、明治41年には、日本新聞社が実施した避暑地百選の全国投票で、第二位の軽井沢に大差を付け、大磯が最高得点を獲得、見事第1位にも輝きました。
「海内第一避暑地」の碑は大磯駅前にあります。

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海水浴場はそ時代の流れとと共に現在では夏の代表的なレジャーへと成長を遂げましたが大磯町ではちょっと海水浴場としては時代に乗り遅れたようです。

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