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2010年2月 8日 (月)

大磯初めて物語り(その5)

江戸時代に小田原の崇雪が大磯の鴫立庵にある標石に「著盡湘南清絶地」と景勝を讃えた言葉を記録したことにより大磯が湘南発祥の地であると称しています。
湘南ということばが記録として残る最も古いものがこの標石なのです。
鴫立庵にあるこの碑はレプリカで、本物は大磯町郷土資料館にあります。

0208

湘南の由来は中国の湖南省南部地域の地名であり、そこが非常に風光明媚な場所でこの大磯の地が似ていることから来ています。

そして湘南発祥の地であると言われている大磯ではありますが、現在の「湘南」から受けるイメージはどのようなものが「湘南」なのでしょうね?

昨今は「海・太陽・若者」などを舞台にした映画やドラマが湘南のイメージとして放映されるなど大磯の現在の状況とはちょっと離れている様な気もします。個人的には。

確かに明治期の「湘南」のイメージは、山と川が織りなす景観を持つ相模川以西地域に限られていたと考えられます。それが、その当時に別荘文化を享受したきた大磯と合致していると思います。

近世になって湘南を売り出してくれたのは何と言っても徳富蘆花の「湘南雑筆」を含む「自然と人生」でしょう。そして戦後に入り、この湘南を最もイメージづけたのは、現東京都知事石原慎太郎氏の短編小説「太陽の季節」だと思っています。その作品は石原裕次郎のデビュー作でもあります。

続いて「海・太陽・若者」にサウンドをプラスさせて登場した「若大将」こと加山雄三。
続いてそのイメージを受け継いだのが、同じ茅ヶ崎出身のサザンオールスターズの桑田佳祐でしょう。

このように確かに当初は相模川以西に限定されたのが「湘南」なのでしょう。しかし、時を経ていつしか「湘南」は相模湾に面した地域一帯を指すようになり、相模湾に面する地域で「湘南」を共有する様になっています。
私はそれは非常に良いことだと思っています。

大磯町は湘南の大磯ではなく、あくまで大磯町なんです。
でも「湘南」発祥の地が大磯町であることは忘れないで下さい。

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