« 衣食足りて礼節を知る | トップページ | 知人の訃報で思い出す「大磯カーニバル」 »

2010年1月13日 (水)

安田善次郞 別荘(安田不動産大磯寮)

県連の職員人事管理員会と理事会が本会で開催されました。
折角、県下各地から大磯での会議に出席するために来ていただいたので、会議後に旧安田財閥の創始者である安田善次郞翁の別荘を観ていただきました。

この別荘は浅野総一郎邸を譲り受けて別荘として使用していた建物です。
浅野は安田とは同郷(富山県)の出身で安田善次郎や渋沢栄一の協力により、第一次世界大戦の特需を受け一代で浅野セメント(後の日本セメント、現在の太平洋セメント)や浅野造船所(後の日本鋼管、現JFEエンジニアリング)など多数の会社を設立し浅野財閥を築いた実業家です。

安田善次郞翁は安田銀行(後の富士銀行。現在のみずほフィナンシャルグループ)を設立し損保会社(現在の損害保険ジャパン)、生保会社(現在の明治安田生命保険)を次々と設立し、金融財閥としての基礎を築いた明治期の実業家です。

大正10年9月28日にこの大磯別荘において刺殺されるまで大磯の地をこよなく愛し、良くこの別荘を利用していたようです。

屋敷内には主屋、経堂、持仏堂の外に大磯でアトリエを持ち活動していた日本画家の大家、安田 靫彦(ゆきひこ)設計による法隆寺聖霊院厨子を模した唐破風平唐門などがあります。
また、国の重要美術品に認定された『嘉元三年(1305年)』銘の石造・十三重塔があります。

建物は純和風住宅の平屋建で想像しているよりはるかに質素です。
政治家の別荘の方が豪華です。

唐破風平唐門

0113

玄関

0113_2

茶室内

0113_3

持仏堂&石造・十三重塔

0113_4

経堂

0113_5

今でも東京大学の安田講堂や、日比谷公会堂等は安田善次郎の寄贈によるもので残っていますが、この様な慈善活動に翁の人柄が忍ばれ、また別荘からその様子が伺われます。

「五十、六十はなたれ小僧 男盛りは八、九十」とは安田翁の言葉です。
この言葉を信じましょう。
私は、まだまだはなたれ小僧だ。男盛りはこれからだ!

« 衣食足りて礼節を知る | トップページ | 知人の訃報で思い出す「大磯カーニバル」 »

地域情報」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/544481/47285859

この記事へのトラックバック一覧です: 安田善次郞 別荘(安田不動産大磯寮):

« 衣食足りて礼節を知る | トップページ | 知人の訃報で思い出す「大磯カーニバル」 »

2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

facebookで私の交友を見てください

イソタビドットコム

私と東海道との係わりの源です

西湘を拠点にして色々なプロジェクトを立ち上げて奮闘しています。そして私も遊ばされています。

きれいな水と美しい緑を、再生し、育み、守るために活動しています

娘の子育て奮戦記です

NPOな人 椎野修平ブログ