« 日本風景街道関東交流会 | トップページ | SASUKE STORE 鎌倉&ドン秋谷店 »

2010年1月28日 (木)

大磯初めて物語り(その2)

今日の初めて物語はサフランです。
ヨーロッパでは紀元前から香料・染料として利用されていたそうです。
古代ギリシアではサフランの黄色が王族だけが使うことを許されるというロイヤルカラーとされた時代もあったほど珍重されていたサフランです。

このサフランの栽培が今日の大磯初めて物語り(その2)です。

以下の解説は「参考文献 大磯町史民族調査報告書 三」を抜粋しています。

相模国中郡國府村でサフランを初めて栽培した家がある。
辰五郎は弘化元年(1844)にサフランを薬用として栽培、商品化に成功した。
明治19年知人に託して5円でサフランの球根5個を欧州から購入したのが始まりだという。植え付け後3年目に3輪の花が咲いたので、めしべを陰干しにして見本と比べ確かにサフランであると確信を持つ。
その後、添田家ではかなり大規模に栽培するに至り、開花すると一面が紫色に染まりすばらしい景色だったという。当時は花が咲くと国府や二宮の小学校の全校生徒が見学に来たという。その時の記念品として配ったセキヒツが今も残っている。
松本順は毎日のように訪れ、伊藤博文は夫人と二人で「おじいさんいる」と声をかけながら来られたという。当時、大磯に別荘を構えていた政財界人も度々訪れている。
添田家では、宮中にも献上し数々の礼状が残されている。明治38年、昭和天皇が2歳の時に鍋島侯爵のところへ来られた際、お忍びで寄られたこともあった。いずれも対応は辰五郎夫妻だけで、他の者は近づけなかったという。
明治後期から大正中期にかけて、国府地域のみならず、西小磯、大磯、平塚方面でもサフランを栽培する家が増え、農事に少なからず影響を与えた。

以上ここまで「参考文献 大磯町史民族調査報告書 三」から

0128

0128_2

その後、辰五郎の栽培した球根が大分県竹田市へ伝わり、今や同地はサフランの名産地になっています。現在、日本国内の約8~9割が同地で生産されているそうです。

「大磯宿場まつり」では、数年前からこのサフランが大磯で初めて栽培されたことのPRを行い、サフランの効能・効果として、イライラや不眠などの更年期障害や女性病、喘息等の鎮静効果や香味料として食品に利用出来ること。サフランを使ったレシピ等を案内しながら球根を配布しています。
着実にサフランのファンが増えてきています。

そして、宿場まつりでこの事業を中心になっているのが竹田市から嫁いできた方だと言うことに縁を感じます。

« 日本風景街道関東交流会 | トップページ | SASUKE STORE 鎌倉&ドン秋谷店 »

地域情報」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/544481/47414632

この記事へのトラックバック一覧です: 大磯初めて物語り(その2):

« 日本風景街道関東交流会 | トップページ | SASUKE STORE 鎌倉&ドン秋谷店 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

facebookで私の交友を見てください

イソタビドットコム

私と東海道との係わりの源です

西湘を拠点にして色々なプロジェクトを立ち上げて奮闘しています。そして私も遊ばされています。

きれいな水と美しい緑を、再生し、育み、守るために活動しています

NPOな人 椎野修平ブログ