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2009年10月

2009年10月31日 (土)

宿場まつり準備万端です

終日、明日の宿場まつりの準備です。
夕方には各出店ブースが出来上がりました。
明日は午前9時までが勝負です。

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本当にスタッフの皆さんお疲れ様です。
あと一日頑張って下さい。

2009年10月30日 (金)

宿場スタッフは個性豊かな集団です

明後日の宿場まつりの開催を控えて準備モード一色です。
次から次へと指示を出します。そしてその指示が次から次へと違った形でフィードバックされてきます。

スタッフ一人一人がやる気満々です。それだけに組織のようにフィードバックされてきた意見を即、却下するわけにもいきません。組織であれば命令という指示命令系統が機能をするのですが、一度はその考えを受け止める必要があります。それから指示の出し直しをしないと自尊心を傷つけてしまうことになります。
そうしたら気持ち良く協力してくれる気持ちを失ってしまうことになります。

だから言葉って本当に大切だと思いますよね。ケースバイケースによっては刃物より鋭い凶器になる可能性も持っています。

宿場まつりのシンボルである「大旗」が東西の入り口に立ちました。

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それにしても、宿場のスタッフは個性豊かな集団です。

今、NHKで放映されている大河ドラマ、直江兼続の居城であった米沢城の城主になった上杉治憲(はるのり)、後の鷹山は、上杉家の窮状(今の日本国の状態に似ているかも知れません)を救うのに日夜苦悶していました。そのような日々を藩邸で過ごしている間に、藩邸にある池を覗いていました。池には鯉もいるし、ハヤ、ヤマベ、ゴリもいる。フナや金魚もいる。その魚たちは実に個性のある泳ぎ方をしているのを見ていて、それらを全て藩士に見立てそれぞれの性格にあった役目を与えたと言われています。

実におもしろい例えだと思います。私にとっては 組織運営の神髄のような気がします。

そしてアメリカ合衆国第35代大統領、John F. Kennedy が最も尊敬する日本の政治家として上杉鷹山だと語ったことにより日本に逆に伝わったことにも興味深いものを感じます。

現在日本文化を本当に理解しているのは外国人かも知れません。

私たちの宿場のスタッフは、自分の役目を、自分の性格を自覚して自主的に動いてくれる素晴らしい集団なんです。

2009年10月29日 (木)

第60回神奈川県総合体育大会報告会

この話題については過去に何回か触れさせていただきました。
好成績だった時には嬉しくて何度も掲載するものです。しかし、私以外の選手が好成績を収めた結果であり、私自身には悪夢の大会でもあります。

そこは選手個人の成績とは切り離して監督として素直に喜びたいと思います。

今夜、神奈川総体(夏季大会・秋季大会)の全ての競技が終わったので大磯町としての報告会ありました。

そこでボウリング部の輝かしい成績に対して、大磯町並びに体育協会から特別表彰を受けました。大磯町としても異例のことです。
こりゃ、また監督をやらせていただいたお陰で良い思いをさせていただきました。
私以外の選手に感謝です。

ボウリング部として表彰は息子に代表していただきました。

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個人(40歳代)で優勝した柳田選手も特別表彰を受けました。

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10月12日に大磯町体育協会55周年記念式典のことを書きました。
当日、ゲストスピーカーとして招いた、大磯町出身の鈴木理沙プロが、1日(日)にBSチャンネル、日本テレビ系列放映のPリーグ戦に登場します。
時間は午後5時30分からです。是非、チャンネルを合わ、応援してあげて下さい。

私はその時間、宿場まつりの後片付けの真っ最中。見ることが出来ません。
ビデオでゆっくり見ることにします。

2009年10月28日 (水)

人が協力してくれるのは心、心を動かすのは言葉

リーダーシップがある人は実に人を動かすのが上手です。
傍目から見ると特別なテクニックがあるの?と思いたくなる時があります。

それがテクニックだと思っている人も多く見受けられますが。

テクニックだと思っている人には共通点があります。
それは待遇や報酬を与えて歓心を買う。もっと端的に言えばお金で歓心を買えば人は動いてくれると思っていることです。

当たり前ですが人はそんなことでは動いてくれません。
最初こそありがたい、感謝され動いてくれるかも知れませんが、それがいつしか当たり前になり、欲求の度合いがより強いものに変わっていくはずです。

私は人が協力し、力を貸してくれるのは心を動かすことがまず第一だと考えます。
そして、心を動かすのは「言葉」「熱意」だと思います。

「言葉」それもまた実に難しいことです。
優しい言葉、それも必要ですがそれだけでは疑われ、踊らされていると思われて協力は得られません。

例えが、母親が子どもに慈しみを持って語る心に似た心境が必要だと思います。
心から発した慈しみの言葉が伝われば人は協力してくれると信じています。

今夜は二つの会議に参加しましたが、どんな組織でも非合理と思えるかも知れませんがこうした情緒的な世界が必要だと痛切に感じました。

私も事務所では管理職、リーダーの一人としてこんな心境で職員と接しているのだろうか?
己に問いただしてみる必要があります。

2009年10月27日 (火)

10月26日付夕刊 よみうり寸評から

野球は大の巨人ファン。
小さい頃から巨人、大鵬、たまご焼き世代です。

しかし、ここ数年は妙に「楽天」に気が引かれていました。
いや「楽天」というより、野村監督のコメントに非常に興味があったという方が正しいのかも知れません。
今年は「楽天」にCSを勝ち上がって欲しいなと密かに期待をしていました。

だから24日の日本ハムとの第4回戦を期待していました。
しかし、終盤の追い上げムードの中で一番期待している岩隈投手が決定的な3ランを浴びて敗れ去ってしまいました。

しかし、野村監督も最後の仕事をエースに望みを託しての敗北であったのが一つの救いかなと思っています。

そして、優勝をした日本ハムの梨田監督の胴上げがありません。敗退をした「楽天」野村監督が日本ハムの選手も混じっての胴上げが行われました。

この場面、感動しましたね。
思わずこのシーンを見せてくれるための敗戦だったのかと思いたくなるくらい感動しました。

そのコメントが26日、読売新聞の夕刊「よみうり寸評」に素晴らしいコメントが掲載されていましたので、借用させていただきます。

優勝チームの胴上げがなくて、負けた楽天の野村克也監督が胴上げされた。相手チーム、日本ハムの選手たちも胴上げの輪に◆こんなシーンは見たことがない。24日の札幌ドーム。監督在任4年目で弱小・楽天を2位に押し上げた功績をたたえ、その日限りでグラウンドを去る人へ何よりのごほうびの胴上げに見えた◆加えて、それは1954年(昭和29年)テスト生として南海ホークスに入団してから55年の長い歩みに対しご苦労さまの思いも込めた胴上げだったと思う◆野村監督は〈人生〉という2文字に「人として生まれる」(運命)「人として生きる」(責任と使命)「人を生かす」(仕事、チーム力)「人を生む」(繁栄、育成、継続)を連想するという◆著書の「野村ノート」にそう書いている。監督は「人を生かす」を実践、選手には「人として生きる」ことを徹底的に教え込んだ◆監督の座になお未練の弁を随分聞いたが、この異例の胴上げには「自分ほど幸せ者はいない」思いを十分かみしめたに違いない。

(2009年10月26日 読売新聞 より転載)

私は文中の「野村ノート」を読んで見たくなりました。
この忙しさが一段落したら求めてきます。

2009年10月26日 (月)

また、また台風の影響です

台風20号が接近中です。
日曜日にスタッフが大磯駅前に立ててくれた、幟旗を緊急避難(一時撤去)しました。
相模守(実行委員長)の鶴の一声で数人が駅に駆けつけてくれて雨の中での作業。
お疲れ様でした。このスタッフの行動力には、ただただ頭が下がります。

会館にご覧のような幟旗の干し物が出来上がりました。

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台風一過の秋晴れ(多分そうなると思いますが)後に一作業です。

今日は、私たちが宿場まつりの会場として使用させていただいている通称旧東海道松並木の整備活用検討委員会がありました。
8月24日の所でも触れましたが、将来の目指す方向性がない中で目先の事業の検討会に若干の違和感を覚えます。

本日も旧道の土手を義木で整備しよう。その義木は今までのより高い方が良いとか。
植栽した松を間引きして移植をしなければならないこと。
並木敷きに花が咲いていたら良い。彼岸花が群生しているからもっと街道一帯に。
いや、コスモスの方が良いとか。

現状より少しでも綺麗になることは良いことだと思います。
それは、清掃や草刈り等のソフト事業を中心に応急的な事業にするべきだと思います。

恒久的な事業は将来のイメージを住民とともに創り上げて、その中で議論をするべきなのではと思いますが?
そのような議論であれば気持ち良く発展的な意見交換が出来ます。

旧東海道を財産と感じるのであれば、将来的に電線を地中化させる。
石畳にしたらどのようなイメージになるか。
その中で一里塚をどのように復元するか。時代に忠実にする?いや、忠実に復元をしながらその一里塚に未来をどのように託すか?
色々な考え方が出てきます。

石畳にしたとすれば、ご年配の弱者等が安全に歩ける道をどう確保するか?
ここを訪れる人の心が安まるプロムナードにするためには?

そのようなイメージが欲しいですよね。

パソコンでちょっと遊んでみました。
石畳を敷いただけでイメージがこんなに変わります。

現在の松並木の状況です。

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パソコンで石畳のイメージを作ってみました。

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今日の Blog を書き終えて気づきました。
台風騒ぎですっかり忘れていましたが、今日は、伊藤博文侯が明治42年10月26日に満州のハルピンで暗殺され、今年で100周忌。その日でした。

2009年10月25日 (日)

私が感じる晩秋から初冬のサイン?

昨日までが比較的に暖かい陽気だったので今朝からの冷たい風は、私のとっては今冬の「木枯らし一号」のような錯覚を覚えます。

歳を重ねてから毎年、秋から冬にかけてお風呂に入る時に異常に脛が痒くなります。
それと共に冬がやってきます。

愛猫「タマ」は布団の上で良く眠っています。
そして彼女も晩秋から初冬になると昼間でも私の作務衣の中に潜り込んできます。

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この結果、様子から今日のこの風は私の「木枯らし一号」の認定としました。

また、冬から春になる時に同じような症状が出てきます。
その時には、タマは作務衣、布団から出て行きます。そうすると、あ~「春が来たんだ」と感じるんです。私の体感、天気予報って結構当たるんですよ。

この強い風のお陰で午前、午後と昨日駅前に取り付けた宿場まつりの幟旗の補強です。
そして、終日、同イベントの協賛広告チラシの作成をしました。

神奈川県、静岡県では参議院議員の補欠選挙投票日ですね。
8月の衆議院議員選挙は選挙民も興味津々で関心も高かったようですが今回は白けています。

川崎市や鎌倉市のように市長選を行っているところではそこそこの投票率になるんでしょうが、我が大磯町ではどうなんでしょうか?
そして、結果はどうなるのでしょうか?

今、20時01分で民主党の金子洋一氏の当選確実の速報が入りました。

2009年10月24日 (土)

今、この時を大切に

時間は刻々と過ぎ去ってしまいます。
歳を重ねていくと、ふっと過去の良き想い出に浸る時があります。

しかし、自分の「こころ」は現在に置いておく必要があるんだろうなと思います。

先を読み、先を見て、未来志向で生活をしていく。この考え方は間違いではないと思います。必要かも知れません が・・・・・・・。

しかし、時機が到来していない未来を予測するのは不可能ですよね。
まして、過ぎ去ってしまったものを追い求めても追いつくはずはないです。
その過去に未練を持って追いかけたり、まだ、予測もつかないことに気を揉んだりすると現在の「平常心」を失ってしまいます。

過去には色々と反省しなければいけないことは沢山あります。
未来もある程度の予測もしなければいけません。仮説は必要だと思います。

それを踏まえた上で「この時」に心を据えていく必要が在ると思います。

と思いつつ、結構流されてしまうんですよね。
逆に言えばこうした考え方を自らに課すことにより若干でも流されることを防ぐ効果はあると思っています。

「光陰矢の如し」「時は金なり」
そう思いつつ、中々有意義に「この時」過ごすのは難しいものです。

今日も、宿場まつりの準備をしました。
大磯駅前も何となく雰囲気が出てきました。

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そして作業の途中から叔父さんの三回忌に行き前述のことを法事中考えて一日が終わってしまいます。

2009年10月23日 (金)

給料日はいつでも嬉しいです

最近は給料が振込になってしまいました。ちょっと寂しいですね。
給料日は子ども達の教育の材料の一つでもあったんですよね。現金支給の時には。

女房がいただいてきた給料を子ども達の前で開封します。そのお給料の中から「お父さんご苦労様でした。」と私にお小遣い。子ども達へのお小遣い。これは何とかの支払いと振り分けていきます。わずかな金額が残ります。このお金で一ヶ月食べていくんですよ。と子どもに言い聞かせている時代が懐かしいです。

これも利便性、効率化させた結果ですが、私には良かった一面を一つ失いました。

世の中、必ず一つ便利になると、良さが一つ失われる反面があることを自覚した上で利便性を追求するべきだと思います。

そうでなければ、便利になる一方で、今までの良き文化等を全て失ってしまう結果になりかねません。

この様な気持ちを持ち合わせていれば「俺はお前達(女房・家族)のために働いているんだ」「誰のお陰で食えると思っているんだ」と言った、世の男どもがたまに口にするような言葉が出てくるはずはありません。

仕事って「家族のために・女房のために働く」のでしょうか?
私は自分を成長させるために、自分のために働くという究極の自己中心的な考え方が必要だと思っています。

その結果が「給料」という形になって「家族等」を養っていけるという、結果論だと思います。

忙しくなったり、自分の思うように仕事が出来なくなるとイライラすることは誰にでもあることです。

こんな時に、仕事に向き合っている姿勢一つで精神状況が大きく変わってきます。

まして、自分のために働いているという気持ちでいれば、忙しささえも生き甲斐に変化させることも可能です。

忙しい人には仕事が集中します。当然だと思います。
こんな私にでも頼ってくれる人がいる。信頼されている。と思われているから仕事を依頼されるんでしょうから。

本当に忙しくて依頼された仕事が無理な時にはきっぱりと断らせていただきます。
きっと理解されると思っています。

だから平素からの姿勢が大事になってくるんでしょうね。

2009年10月22日 (木)

農商工連携フォーラム他

さすがに大部疲れが溜まっています。
終日、宿場まつりのスタッフが事務所にやってきては日々新たな仕事を作ってくれます。
自分の時間をこうしたイベントのために割いてくれることに頭が下がります。

この宿場まつりについては、参加して楽しいから、参加する以上は自らも楽しまなくてはと何度か触れてきましたがこれは皆さんの嘘偽りのない本心です。
こうした積み重ねがあるから疲れも一掃できるんです。だから頑張ってしまう。

今夜も大勢のスタッフが集まってくれました。
明日になると変更も生じるのも日常茶飯事の会議風景です。

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午後、平塚アリーナに「湘南ひらつかテクノフェア」に行ってきました。
この事業の一環で農商工連携フォーラムがありました。
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何か農商工連携が今、ブームのように言われていますが、これこそが過去の縦割り行政の弊害だと思っています。
農業、漁業は粗生産するから第一次産業で農林水産省が所管。
第二次、第三次産業は経済産業省が所管しています。そして農業や漁業でも粗生産した魚や農産物を加工すれば、その所管は第三次産業となり農水省から経産省へ管轄が移ります。同様に付加価値を付け商品開発等を試みれば第二次産業の分野の範疇に及ぶケースも多々あります。当然、経産省の所管になります。

同じように組合員や組織員に商品を供給する生活協同組合があります。これは生活協同組合法により厚生労働省が所管しています。

近代協同組合運動の祖とされているロッチデール原則は、今や大きく崩れて通常の経済行為と何ら変わりはありません。保険等を扱う生協を除いてこれ等の経済活動は経済産業省が行うべきです。

この様に考えれば別段、農商工連携など目新しい事業にも写りません。至極当たり前の日常的な経済活動のはずなんです。

農水省、経産省等から別々に農商工連携の事業実施のために補助金等が出るシステムだから、無駄遣いだ、各省庁間の連携が無く強いては無駄な補助金だと言われてしまうんだと思います。

2009年10月21日 (水)

男はいくつになっても鼻の下は像さんの鼻?

来月か再来月、年一回の県の指導監査があります。あるはずです。
その、事前指導で上部団体から本会の運営・管理状況等のチェックに来てくれました。
結構細かなことまで確認をしてくれました。

これはもう少し後で処理をしようと思っていた箇所まで見てくれました。
あちゃー、これはまだ見てもらわなくても・・・・・・いいのに。
でも、ここまでの長時間、割いて見てくれることに感謝です。

昔、同じ職場で働き結構アバウトな私のことを見ていて、心許なく思い、気遣っていてくれているんだと思います。

仕事が終わって呑みに誘い付き合ってもらいました。
男という動物はいくつになっても女性に付き合ってもらえることは嬉しいんです。
事務所の女性も誘って今夜は両手に花です。

私はこうした気持ちを大切にしようと思っています。

サミエル・ウルマン博士の「青春の詩」
大好きな詩です。私の元気の源です。

今日は美味しいお酒をいただき、酔いも回っているので「青春の詩」の全文を引用させてもらいます。

青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。
優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心,こう言う様相を青春と言うのだ。
年を重ねただけで人は老いない。
理想を失う時に初めて老いがくる。
歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ。
苦悶や、狐疑、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。曰く「驚異えの愛慕心」空にひらめく星晨、その輝きにも似たる事物や思想の対する欽迎、事に處する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。

人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる
人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる
希望ある限り若く  失望と共に老い朽ちる      

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、偉力と霊感を受ける限り人の若さは失われない。これらの霊感が絶え、悲歎の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至ればこの時にこそ人は全くに老いて神の憐れみを乞う他はなくなる。

だから私は今でも青春なんです。

2009年10月20日 (火)

JRウオーキング(駅からハイキング)とコラボレート

昨年から今年に掛けて大磯町商工会と大磯駅の距離が非常に近くなりました。
近くに? 駅、我が事務所 が 移動した訳ではありません。
物理的ではないんです。

昨年から大磯駅(JR)が主催する事業の情報を案内してくれます。
また、駅長が大磯のあらゆるイベントに顔を出してくれます。

自然と大磯駅が身近に感じられるようになりました。

次第に駅からの依頼ごとが多くなりました。
そして我々からも駅へのお願い事が多くなりました。
お陰で毎月1回「ISO市」も定期的に実施することが出来て、大きな成果を上げています。

24日(土)にはJRウオーキングが行われます。
二宮駅から出発して両町を経由して大磯駅が到着地です。
1500人程度の参加者があるので、折角の機会だと二宮町、大磯町の両商工会に物産展を駅前で行いませんかとの呼びかけを受けて、詳細について大磯駅、町観光推進室、観光協会、商工会と打合会を行いました。

これこそ本当のコラボレートだと思います。

そして コラボレートをもう一題

宿場まつりの準備が佳境です。
法人会が会場の一カ所で「エコの原点は江戸にあり」をテーマに「江戸(エコ)長屋」を作ると張り切っています。そして、町の環境美化センターは「ごみ減量化」の普及活動を一緒に行います。また大磯町には女性防火クラブがあります。
消防法及び市町村条例(大磯町は平成23年6月1日まで)により、全ての住宅に火災警報器等の設置が義務づけられています。この条例等、存じ上げていましたか?
この条例は意外と知られていないんですよね。罰則規定がないからかも知れません。

「火事と喧嘩は江戸の華」
火事があっては困ります。が起きてしまったら自らの命を守るために火災報知器を設置しましょうとPRをします。

こうした連携を「宿場まつり」の会場の中で行ってくれることは主催者の一人として本当に嬉しく思います。

そして夜の仕上げの会議は企画部会です。
この部会は意見が活発に出ます。活発を通り過ぎている位です。
だからまとめるのも大変なんです。
だいだい一人一人の思い入れが強いんですから、まとめようとすること自体が無理なんです。

視点を変えると色々な考え方、価値観があることを思い知らされます。
まとまるのかな? 何となくまとまってきました。そして、最終的にまとまるんですよね。これが。不思議ですねー。
それぞれが徹底的に議論しても、最終的には相手を尊重しているから。大磯が大好きだから。大磯に愛着を持っているから。なんでしょうね。

今日も一日、色々な打合せが終わりました。

さあー、頭を切り換えて、ここ一両日がオリオン座流星群のピークです。
しかし、雲が大分出てきましたね。見えるかな?

でも流れ星が沢山現れたらどうしよう?
そんなに一杯、お願いすることがありません。

お願い事はただ一つです。家族全員が健康で過ごせますように!
これだけは叶えて下さい。

2009年10月19日 (月)

四半世紀前の今夜

大磯町子ども会育成団体連絡協議会の副会長だった当時、大磯町では伝説のイベントになった自分の仕掛けた「大磯さざんか祭」の事業への協力を会議で訴えていました。そこに一枚のメモ用紙が届きました。「至急自宅に連絡を入れて下さい」
やっぱりダメか?とそのメモが意味する内容はすぐに理解しました。

25年前の私には3人目の次女が生まれていました。生まれた時からチアノーゼの症状があり、病院に連れて行ったところ先天性の心臓疾患があるとのこと。現在の医学水準であれば手術も可能であったんでしょうが・・・・・・?

しかし、当時は余りにも小さく、体力がない段階ではその手術に耐えるだけの体力がありません。もう少し経過を見て、ある程度成長をした段階で判断をしましょうと、当時のドクターに言われていました。

伊勢原の病院からより専門的な治療が可能な県立子ども医療センターへの転院手続きを進めている段階でした。

すぐに妻を連れて病院に急行しましたが二人が来るのを確認するかのようにわずか50余日の生涯を終えてしまいました。
病院から自分の車で伊勢原から自宅までの距離の長かったこと。時間がとてつもなく長く感じたこと。

あれから25年も経ちました。
50余日しかこの世に存在しなかった娘から大きなことを学びました。お兄ちゃんやお姉ちゃんが良い子に育ったのは美菜子のお陰だと思います。お母さんと力を合わせて子育てが出来たこと。お兄ちゃんやお姉ちゃんがとにかく健康で元気に育ってくれれば良い、高望みはしないと思うようになったのも美菜子、お前を失ったからだと思います。

だから、美菜子の命日だけはお父さんもお母さんと一緒にお墓参りに行きます。
もう少し、お兄ちゃん、お姉ちゃん、そして姪、甥っこを暖かく見守って上げて下さい。
お父さん、お母さんは現世でもう少し仕事をさせてもらいます。

だから成長した美菜ちゃんに会えるのはもうしばらく先です。

2009年10月18日 (日)

孫の初舞台 緊張!

孫の次女のんちゃんは小学生高学年のお姉さんと手をつなぎ小田原市民会館の大ホールに登場しました。長女のひーちゃんはのんちゃんと比べると幾分か堂々としているように見えます。予定外のママも応援出演です。

でも緊張しています。特にのんちゃんは後ろのお姉さんたちや周りの仲間が気になりきょろきょろ。頭と手が落ち着きません。足をかき始めました。その仕草に会場から「クスッ」と笑い声が・・・・・・。余計に緊張してきました。髪をしきりにかき上げています。ひーちゃんを頼って等間隔に立っていましたがどんどんひーちゃんに近寄っていきます。そんな、のんちゃんの様子にひーちゃんも緊張してきます。手がしきりに顔や、髪にと動き始めました。しかし、合唱が始まると大きな口を開けて一生懸命に歌っていました。

ふ~。こりゃ、孫よりじぃじやばぁばの方が緊張するわ!

今日は、日頃から大塚先生が主宰する大磯フレッシュコール(09.08.17詳細を記載)が小田原の教室「梅の里ジュニアコーラス」と合同で小田原市民合唱祭に参加させてくれました。

こんな小さな内から、千人程度を収容できる小田原市民センターをほぼ埋め尽くしている舞台に立てたことは孫たちには大きな経験になったことと思います。

こうしたサークルには縦社会の良さがあります。だから参加させる意味があります。
小学生の高学年ともなれば幼稚園の孫達より体格的に優れていることは言うまでもなく、譜面や歌詞の意味だって理解をしていないで歌っている孫たちより、自分の方が明らかに優位に立っているのが分かっています。だから、その余裕から小さな子の面倒を本当に良く見てくれます。

逆に小さな子どもは言葉には出さないでしょうが慕っているのが良く分かります。移動をする時などには手をしっかりとつながれています。

こうした舞台では大塚先生も表舞台には息子さんを前面に出し、先生は裏方さんに徹していました。今でも、全国各地を合唱指導で廻っている先生には歯がゆいと思う場面も多々あるとおもいます。簡単なことかも知れませんが中々出来なんですよね。自分のやってきたことを譲るという行動が?

市民合唱祭ですね。全員で発声練習です。
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だんだんお姉さんに近づくのんちゃんです。
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最後は大塚先生息子(孝文)さんと記念写真です。
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2009年10月17日 (土)

目指すは「Great country」 !

今日は土曜日ですよね!
9月後半から続いている週末の忙しさがピークです。

朝から宿場まつりに使用させていただく旧工場跡地の草刈りです。
地元の若手、20人程が出席してくれて雑草を一掃できました。
予定していた時間より遥か早く片付き綺麗になりました。お陰で有効駐車スペースが倍近くに広がりました。
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このように民間のボランティアが影で支えていることを行政はもっと知るべきだと思います。土・日だから出られないんではなく、むしろ積極的に自らの意志で参加しても良いと思うんですがね・・・・・・?
民間ボランティアであろうと公務員であろうとその町を形成している一人なんですよ。
そこを基本にして考えれば自然と行動に移せるはずなんです。要はやる気の問題です。
問題意識が低いんですよね。その気持ちが普段の仕事に反映してしまい町民の目線で仕事をしていないと言われてしまうんだと思います。

午後は「水と緑の環境ネットワーク」の仲間がやってきて大磯町内を案内しました。
彼等だって東京・横浜から出てきて午前中は我々が草刈りで時間が取れないと知るや事前に「かながわ海岸美化財団」と連絡を取り合って大磯海岸の清掃をしてくれているんです。

その後に合流して大磯のみかん畑等の状況を見て回りました。
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都会の人は大磯のこうしたところに興味を持っているんですよね。
町民はこのように何もない大磯には都会の若い人には魅力など感じないと思い込んでいるんですよね。

逆なんですよね。大磯に我々が考えるような施設を作ったって、財政規模も大きく違う都市の作る施設に敵う訳がないということをもっと知るべきです。
亜都会など目指す必要はないんです。

大磯を案内した後、「西湘を遊ぶ会」の主宰する「かまどファーム」を見に小田原に行きました。
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雨が降ってきてしまったので「BOKURANOSAKE]、自ら酒米を作り、そこから酒造りまでしようとしている現場には行くことが出来ませんでした。今日も脱穀を大勢で行ったとのことです。ここに参加する多くは都会に住む30歳~40歳代の若者、そして女性も多く、皆が活き活きと活動しています。

同じ田舎でも、西湘や大磯は都会に近いという点をプラスに考えるべきなんです。
土いじりは何も定年後の団塊世代の活動の場ではなく、若い人をも引きつける力があることをもっと、もっと知らなければとつくづく感じます。

大磯は同じ田舎でも「Great country」を目指せば良いんです。

2009年10月16日 (金)

苦しい時の神・・・・・、あっ神がいない

時の経つのが早い。
何とももう少し時間が欲しい。
事務所に行く前に今日一日の予定を立てて行くも、思っている内の半分も出来ないで一日が終えてしまう。猫の手も借りたい・・・・・。

時間があれば解決できる。だから神に頼むほどの窮地でもない。
神 う~ん。今月は神無月。
そう言えば、今月は神に頼みたくとも近所に神さんがいないんだ?

出雲に集結しているんだよね。今月は。
出雲大社に全国の神が集まって一年の事を話し合うため、出雲以外には神がいなくなるんですよね。だから出雲では10月は神在月(かみありづき)と言っているくらいだから。

そうすると出雲地方の人は10月には思いが全て叶うんですかね?

神様も一ヶ月という長期間、地元を留守にする機会があるんだよね。一ヶ月も離れているんだからきっと帰ってきた時には地元に明るい話題等をお土産に持って帰ってくるんでしょうね。11月を期待しよう!

日常は神仏などにまるで無関心です。でも、気持ちが弱くなると思わず神仏に祈って、その助けを借りようとするんですよね。これが人間のもろさでもあり、身勝手さでもあると思います。それが苦しい時の神頼み。

しかし、今月はその願いも無理なんです。だから自分の力で解決をします。

2009年10月15日 (木)

宿場まつりの運営組織

景気が悪いとイベントの協賛金を集める仕事は頭が痛いです。
事務局の立場で集金に廻るのは気が引けるんですがそうばかりは言っていられません。

本日は「相模守(さがみのかみ)」に同行してもらいました。
「相模守」って? 実は実行委員長なんです。

この宿場まつりは善意のスタッフ、ボランティアで成り立っていることは何度か触れました。このイベントは準備段階から遊び心に溢れています。だから実行委員長は「相模守」なんです。

集金担当は「勘定奉行」そして色々な道具等を作ったり、補修してくれる責任者は「作事奉行」その「作事奉行」の下に「○○組」があります。

この宿場まつりを支えているもう一つの組織が「東海道宿駅大磯宿の会」があります。
こちらの組織もユニークなんです。(全て任意の会です)

役職は大老(会長)・老中(副会長)・側用人(顧問)・大目付(理事長)・目付(理事)・勘定吟味役(監査)です。

会議も総登城(総会)、目付会(理事会)、評定会(部会)と万事がこの様です。

宿場まつりに遊びに来ていただくと、スタッフが至るところで「守」(かみ、かみ)と呼んでいるのを耳にすることがあるかと思います。

畏れ多くも頭を高くしないようにお願いします??????。

宿場まつりはこのように遊び心がたっぷりなイベントです。

2009年10月14日 (水)

灯台の塗色は紅白のみ?

大磯港西防波堤灯台デザイン検討委員会なるものに出席しました。
大磯港にある現在の灯台は昭和16年に設置されました。
数年前に防波堤が延伸されても灯台は元の位置のまま。

灯台って突堤に設置するんではないの?素朴な疑問を持っていましたが正に現在の灯台の位置では安全が保てないとのことで、突堤に新たに設置し直すとのことです。ついては地元の方にどのような灯台が良いかとお声が掛かりました。

会議に出席する前には、常夜燈、いやガス燈のイメージか・・・・・?
色々考えて望んだんです。が、まず塗色で色々な制約があるんですね。

大磯港西防波堤 この西がポイントです。
船が入港する際に左舷に見える灯台の塗色は「白」で光源は「緑」
右舷に見える灯台は「赤」の塗色で光源は「赤」と。

「航路標識の塗色及び灯質の選定基準」こと細かに決められています。

この制約の中で大磯らしい灯台を考えなければなりません。
う~ん。こりゃ大変だ。誰か良いアイデアを一緒に考えて下さい。

2009年10月13日 (火)

あ~あ! 書斎が鉄道部屋に?

私たちが現在地に新居を求める時に、設計図の段階からカミさんとの間に一つの争奪戦が勃発しました。
3畳間のスペースの取り合いです。

私は自分の書斎として利用したい。
カミさんは納戸として利用したい。

書斎でも納戸にしても、ちょうど頃合いの広さなんですよね。
まして、我々の寝室の隣なんですから利用価値は高いです。

このスペースです

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最終的には泣く泣くカミさんに納戸として譲りました。
そして代わりに寝室の一角に私のデスクスペース広く確保してもらい納得し現在に至っていました。

その納戸を夏頃から息子とカミさんが片付け始めていました。 う~ん?
何を? と思っている内にどうも息子の鉄道部屋に変身しようとしていました。

最近、未完成ながらほぼ完成をしたようです。

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私も小さい頃にはNゲージにあこがれたていました。しかし、当時はこの様なスペースが取れるはずがありません。
私にとっても嫌いな遊び道具でもないから悪くはないか?

そして、息子がいない間にそっと楽しむとしよう?

2009年10月12日 (月)

大磯町体育協会創立55周年記念式典

大磯町は昭和29年、旧大磯町と旧国府町が合併して現在に至っています。
その翌年の昭和30年に大磯町体育協会が設立され、今年で55周年を迎えました。

当初は4部でスタートしたとのことですが現在では19部の色々なスポーツ団体が加盟して活動をしています。

記念式典の記念講演はプロボウラーの鈴木理沙プロです。
鈴木プロなどどと書くと何となく他人行儀に聞こえます。
彼女がまだまだ幼かった頃から一緒に投げているんですから。高校時代には国体に出場出来る迄に腕を上げ、京都産業大学に入学してからはナショナルチーム入り、そしてアジア選手権では銅メダルを獲得。同大学に在学中は全日本大学ボウリング選手権の13連覇に貢献をして昨年、第41期、ライセンスナンバー444でプロ入りしました。

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プロの世界で生きて行くには実力が第一。早く一勝できればと思います。
若い内は可愛さで色々なところからお声が掛かると思います。
それに実力が備われば鬼に金棒です。
勝つまでには大きな壁がいくつもあります。
しかし、不思議なもので一度勝つと、勝つコツが分かるんですよね。

近い内にその日が来ると思います。
彼女のブログを見て下さい。

2009年10月11日 (日)

近江八幡めぐり

東海道シンポジウムも無事に終わり、近江八幡に移動をして自由散策です。

日牟禮八幡宮

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この日牟禮八幡宮を周辺に「たねや」さんが展開している日牟禮ビレッジをゆっくり見てきました。「たねや」さんの和菓子・洋菓子は「美味しい」の一言以外にありません。

私の感じる「美味しさ」は、スタッフの心遣い、言葉遣い、応対そのものの美しさ。こうした動きが全体的に行き届いているのも「美味しさ」をプラスさせる要素だと思っています。お店の立地などの全体的なローケーションや雰囲気もプラス要素かも知れません。
「たねや」さんはこのロケーションも造ってしまったんです。

ここでは若いスタッフが大勢働いています。そしてそのスタッフの笑顔が本当に美しく、それを見ている私の方まで自然と笑顔になってきますから不思議です。
皆さんそれぞれに将来の夢を持って働いているんでしょうね。その笑顔がそう言っています。

和菓子店にはお店の風格があります。老舗としての重厚な雰囲気を持っています。お店には心地よい緊張感が漂っています。しかし、お客さまに圧迫を感じさせるような緊張感、雰囲気ではないんです。その空気で、つい買い物をしてしまうと良い品物を「買わせていただいた」といつしか気持ちが逆の立場に変わってしまうんですね。不思議です。

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クラブハリエの焼きたてバームクーヘンは最低30分~40分待たないと買えません。焼き上がりを待つしかありません。が併設のカフェで食べることが出来ます。だから食べてきました。

焼きたてバームクーヘン。美味しかったです。

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「売っている」「買ってあげる」日常的に行われている「商行為」ですよね。
商道は、お客の気持ちをこのように逆にしてしまうことが必要だとつくづく感じます。
これは「たねや」さんのことだけではなく全国の老舗を廻って感じることです。

このあと、前回訪れた時に行くことが出来なかった八幡堀をカミさんとぶらぶらと散策です。
水辺の至る所に季節の花を添えて訪れる人の心を和ませてくれます。
スケッチをしてる方も沢山います。絵心ある方には良い絵が描けるでしょう!
俳句や和歌に長けた方にはさぞ良い句が浮かぶんでしょうね!
残念ながらそのような才が私にはありません。
しかし、気持ちを良くした後の散策です。いつもと違った風景をこころの中に納めてきました。

散策中に昨日のシンポジウムで一緒に参加した品川宿の仲間と偶然の出会い。
こりゃまた、お互いに驚き八幡堀のほとりでゆっくりと澄んだ秋のひとときを過ごせました。これもまた、八幡宮の御利益?

八幡堀の風景です。

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散策後には近江牛のすき焼きです。
皆、動いた後の昼食です。美味しくいただき大磯への帰路につきました。

美味しかった近江牛のすき焼き。

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ここまでは順調に、本当に時間通りに動けましたが・・・・・・。

ご覧の通りの渋滞にはまりました。
都夫良野トンネル付近の渋滞です

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東海道の各宿のメンバーと再会をし交流を深め大磯宿から参加したメンバーにも大変喜んでいただき無事にエイジェントの役目を終えました。
この様な喜びが、疲れも半減させてくれます。感謝です!

2009年10月10日 (土)

東海道シンポジウム大津宿大会(なが~い1日)

昨晩の23時に大磯宿を出発しました。
10日、午前5時過ぎに甲賀土山で最終時間調整です。
この時間で駐車場がほぼ満車です。

1,000円高速道路の威力です。驚きました。

明け方前の駐車場です。

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本日の最初の見学地は西国第十三番の札所になっている石山寺です。
早朝のこともあり観光客が少なくゆっくり見学することが出来ました。
堂内の「源氏の間」は紫式部が「源氏物語」を書いたところと伝えられています。

多宝塔(国宝)
ライトアップされている情景は素晴らしいです。
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続いて義仲寺(ぎちゅうじ)に行きました。
このお寺には名前の通り、木曾義仲の墓所でもあり、芭蕉の終焉の地でもあります。
「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」芭蕉の辞世の句です。

この義仲寺の中にある「無名庵」は大磯にある「鴫立庵」と京都の「落柿舎」と日本三大俳諧道場の一つなんです。
従ってこの義仲寺だけは大磯のメンバーを案内したいところでした。

ここで、今回のシンポジウムに久しぶりに参加した落語家の桂歌助師匠は木曾義仲の話も落語にあるんだよなと、義仲の墓所の前で落語をやっているように佇んでいました。

木曾義仲、墓前での 桂歌助師匠

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シンポジウム前の最後の見学地は三井寺です。

そして、第22回東海道シンポジウム大津宿会場の大津市伝統芸能会館・能楽ホールです。

会場前に並ぶ参加宿の木札

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本日のシンポジウム会場の能楽堂です

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パネルディスカッション

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会場を移して大津館で宿場交流会です。

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そして、交流会後には大津祭・宵山の見学に市内へ

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21時に彦根の宿泊先ホテルに

実に22時間の行動。さすがに疲れました。
旅先でアップしているので速度が遅く、ここまで書くのがやっとです。
また、おいおいに感想等を書いていくことにしよう!

2009年10月 9日 (金)

今夜から滋賀県です

第22回東海道シンポジウム大津宿大会に向けて出発です。
3連休になるので夜行での出発になりました。

二十日ほど前にも下見を兼ねて滋賀県に行っています。
今回は大磯宿のメンバー等の旅先案内人です。
自分のペースでは動くことが出来ません。参加者も少ないのでカミさんも引っ張り出しました。

1988年に滋賀県、土山町(現甲賀市)で産声を上げたこの東海道シンポジウムも今年で第22回目を迎えます。

桑名宿から石部宿までの宿の方の東海道に対する思い入れは我々が考える以上に強いんです。

JRの東海道本線は名古屋から岐阜を経て米原の方向に。東海道新幹線も同様のルートです。東名高速道路も同じようなルートから名神高速道路に繋がっています。

宮宿から伊勢湾を七里の渡しを経由して桑名宿へ。
桑名宿から四日市、石薬師、庄野、亀山、関、阪之下、土山、水口、石部宿に続く街道を東海道だと思っていない人って結構いるんですよね。
このままでは東海道が忘れ去られてしまうという危機感もあってこのイベントも始まりました。

1990年代に入ると10年後の2001年には徳川家康が伝馬制度を制定して400年目を迎えることもあり、ちょっとした東海道ブームがやってきました。
2001年には伝馬制度400年を記念して東海道53次で考えるとど真ん中になる袋井宿で記念大会を実施しました。その後は京街道4宿を加えているので現在は57宿で活動をしています。そして翌年の第15回大会は大磯宿で500年目に向けて再出発の意味を込めて同大会を実施しました。

こうしたことに関わりも持ち、参加することにより東海道の魅力にはまってしまってしまいました。

このイベントの続きは旅先から随時アップします。

2009年10月 8日 (木)

台風に備えての緊急体制

猛烈な、非常に強い、最近10年の中で上陸する台風の中では最強の台風と言われた18号。各地で死者や負傷者も大部出た様子です。申し訳ないけれど大磯では大きな被害もなく一安心です。

昨晩から緊急体制を取りました。
女性部の県外研修は一昨日から延期を決定。
本日開催予定の湘南国際マラソン大会や体育協会の県総体の解散式等は昨晩の内に延期を決定。
事務所の周りの風で飛びそうな鉢やその他、諸々の物を事務所の中に避難。

県連への会議は朝の内に断りのメールを入れて早めに事務所に出勤です。
もちろん作業着で。

久しぶりに防災ヘルメットもデスクの上に置き緊急事態に備えました。万全です。
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朝の打合せでは、職員に自らのヘルメット等の手入れを指示。

組織人である以上、ケースバイケースにより家庭、家族を優先しなければいけないことも希にあること。正にこのような台風に備えるのもその一つです。
大震災等が発生した際にも同様のことが言えます。

今回の台風は朝方の上陸で、職員が全員揃っている状況下ですから危機管理の話をするには絶好の機会でした。
こんな話、平時に話してもピンとこない話ですから。

これが夜に風雨等が強くなった場合、自主的に事務所に来てくれるんだろうか?
こうした意識の醸成が出来るように日頃から話をする必要があります。

最悪の時には命令という形で出勤等が発令されるんでしょうが、日頃から心掛けていなければいざという時には指示命令系統も役に立ちません。

昼頃には天気も急速に回復して、台風一過の青空が広がりました。

天気が回復し、横浜に出掛けようと思い気や天気が回復した途端に来客に次ぐ来客。
ついに連絡も忘れて応対に追われてしまいました。

いずれにしても備えが、全くの希有に終わって ほっと! です。
訓練が出来たと思い納得をしよう!

2009年10月 7日 (水)

「宿場まつり」スタッフ会議ほか

今日も様々な会議がありました。
午前中はみなとまちづくり協議会、午後は日本政策金融公庫の管内景況状況の情報交換会。
夜は11月1日に開催される「大磯宿場まつり」の出店者説明会と第3回目の運営スタッフ会議です。

この「大磯宿場まつり」への出店者はリピーターが大変多く、ほとんどの方が常連です。
キャンセル待ちの方も多くいます。

売っている物は現在の品物ですが、会議テーブルやパラソルの使用は出来ません。
戸板を使用したり座売りをしていただいております。

服装もジーパンやTシャツ等での販売もご遠慮願っています。
和服やそれに近い服装で参加してもらっています。
その努力を、店(たな)の見事さ、パフォーマンスを競う店競(たなくらべ)としてイベントの行事の一つにしています。

このように制約ごとの多い街道市(フリーマーケット)ですが、皆さん、長い歴史の中で出店していると、お馴染みさんも結構いるらしく一年に一度の交流を楽しんでいただいています。

主催者側のスタッフも好きな格好で、もちろん私も和服で参加していますが、それぞれが楽しんで参加し、協力してくれます。

イベントはこれが基本なんですよね。
仕掛ける方が楽しんで行っていなければ、来ていただける方が楽しいはずはありません。

規模は小さいですが、東海道随一の「宿場まつり」と評価を戴いているのは、皆が参加して、お金がないから知恵を出し合った手作りのイベントだという自負が共感を得ているんだろうと思っています。

イベントの主役は 私? それともスタッフ or 関係者?
いやいや、主役は天気です。秋晴れの下で実施したいものです。

台風18号さんは、そっと立ち去って下さい。
お願いします。

2009年10月 6日 (火)

台風18号(メーロー)が接近中

昨年1年間は一個も台風が上陸をしませんでした。
どうやら、この台風18号は上陸して日本を縦断しそうです。

8月22日に「日々是好日」のことについて、私が考える「日々是好日」とは、心を自然のままに受け入れることだと解釈しています。
とは書きましたが、台風ばかりは風情を楽しむわけにはいきません。
私にとっては招かざるお客様です。

私は世の中で余り怖がるものはない方だと思います。
しかし、台風は別です。

私がまだ小学生だった頃、大きな風を伴った台風がやってきて、燐家のお店のアーケードが飛ばされ、我が家の(当時は平屋)屋根を突き抜け柱が部屋に突き刺さってきました。

驚きましたね。爆弾が(経験がないか?)落ちてきたのかと思いましたよ。

だから、普段は余り慌てない方ですが、台風と聞くと、もう雨戸から、窓という窓、小さく開いているところは全て閉めてしまいます。
従って家の中が蒸し風呂状態になってしまいます。

私以外の家の者は台風など、どこ吹く風。私の行動が奇異に映っているでしょうね。

今朝は、事務所でもその心配が先に立ってしまいました。
8日は女性部が静岡県方面に研修に行く予定になっています。
心配そうに担当に話すものですから、旅行会社と連絡を取り早速と11月に延期してもらいました。ほっ!「一安心」

俳句や枕草子などの世界では、台風のことを野の草を吹いて分けるところから、野分(のわき、のわけ)と表現しています。野分けだと余り怖そうではありませんね。むしろ優雅にも聞こえますね。

しかし、私にはあくまでも「台風」であって、怖い気象現象なんです。

2009年10月 5日 (月)

長(おさ)の器

衆議院選挙、自民党総裁選と続き次は参議院議員補欠選挙が10月25日投票日で行われます。
神奈川選挙区から補欠選挙に立候補を予定している角田宏子さんの集まりがあり行ってきました。
久しぶりに元気な元衆議院議長の洋平さんも姿を見せてくれました。政治家の第一線を退いてしまうと旧に穏やかな表情になってしまいます。自民党の大敗に心を痛めていると思いますが爽やかな顔をしていました。

でも、心中は穏やかではないでしょうね。自民党、息子の件で・・・・・?
相変わらず息子、太郎節は全開です。
総裁選では健闘しました。都市部では谷垣さんに引けを取らない互角の勝負になりました。議員票では最低でありましたが党員票では善戦しました。

この結果には国民と自民党との大きな意識のズレを感じます。
谷垣さんも平時には良い総裁になるんだろうなと、思います。
臨戦態勢の時にはどうなのかなと?マスコミの論評も近いものがあります。

長たる者が絶対的に兼ね備えなければならない要素に3つあると思います。

「智」・「仁」・「勇」の3つです。

「智者は惑わず」
「仁者は憂えず」
「勇者は恐れず」 おっ! 太郎くん備わっているよ!

迷わずにこれだと思ったら一直線。
例え憂いがあったとしても、その憂いを未来のビジョンにつなげることに邁進。
恐れ、知らないよな?恐れを知らずに常に全力投球。

この3つの要素が備わっていることは良く分かった。
だから、ここ数年の野党暮らしの中でチェンジアップやスライダー、フォークを少しマスターしよう。
そうすれば、太郎くんが目指す「改革」の椅子が自然と近づいてくる。
そう、確信している。

2009年10月 4日 (日)

チャレンジフェスティバル・ママちゃま講演会

今日もイベントのはしごです。朝からOISOチャレンジフェスティバル2009の準備で大磯運動公園に行きました。「大磯逸品の会」や「商工会青年部」が参加して盛り上げてくれました。天気にも恵まれて大勢の町民が参加してくれました。

OISOチャレンジフェスティバル2009に出店した「大磯逸品の会」
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チャレンジフェスティバルの準備も整い、開会して間もなく大磯駅前、聖ステパノ学園の「海の見えるホール」に移動して「エリザベスサンダースホームとママちゃま澤田美喜」の講演会の準備です。澤田先生と苦楽を共にしてきた鯛先生を招いての講演会を行いました。

鯛先生の講演会

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この講演会には町内の方を始め、東京、横浜からも大勢の方が参加してくれました。遠くは鳥取県からの参加者もありました。
鳥取県? って思う方もいらっしゃると思います。

澤田美喜先生のご主人は澤田廉三氏です。澤田氏は元国連大使・外務次官で鳥取県岩美町の出身なんです。澤田先生が戦後、大磯にエリザベスサンダースホームを創立した際に、ホームの目の前の大磯には日本最初の海水浴場があるにも関わらず皮膚の色が違うからと大磯町民は受け入れませんでした。
そこで、ご主人の澤田氏の出身地である岩美町の熊井浜海岸まで連れて行き海水浴をさせました。

私も昨年この鳥取県岩美町「熊井浜海岸」を訪ねました。
地元の古老にもお会いして昔の話を聞かせていただきました。
その両側を小さな岬に囲まれた、とても静かな熊井浜海岸は普段、余り人を寄せつけることのないような海岸でした。暫く女房と佇んで澤田先生のことを偲んできました。
下の写真は熊井浜海岸と岩美駅です。

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昭和30年には昭和天皇、皇后陛下も来園しています。天皇陛下も戦後10年の後にこの地を訪れたのは人間天皇としての確立や、先の大戦で多くの混血児が生まれ、その混血児を一民間人である澤田美喜先生が資産を投げ打って奮闘されている姿に感激され、心からの激励を込めた来園だったんだと私は思います。

「トンネルの向こうはぼくらの楽園だった」このトンネルの前に多くの孤児が置き去りにされました。

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昭和22年に大磯にエリザベスサンダースホームを創立し昭和55年5月12日、スペインのキリスト教の聖地マヨルカ島でお亡くなりになるまで、このエリザベスサンダースホームから巣立った青年達は2000人以上に上っています。

私も何人かのホームの出身者と交友を重ねていますが、今でも「ママちゃま」と慕っています。本当の母親以上の存在なんですね。

2009年10月 3日 (土)

てるてる坊主さん! ありがとう?

昨日、孫たち5人が作ったてるてる坊主さんへ願いが届いたような素晴らしい秋晴れになりました。我が家の子どものテンションが上がっています。娘の子どもたちも多分、そうだと思います。????? あれー と みるみる空模様が怪しくなってきました。

パラパラとまた雨が 小雨が降ってきました。
でも、何とか開始時間をずらして運動会が挙行できました。

3人とも笑顔が素敵でした。
一生懸命にやっている姿につい涙腺が緩んできます。
そして、昨日までの笑いの種だった金○ならぬ金の鈴も無事に割れてグランドの上から孫を眺めていました。
Photo

孫がいなければてるてる坊主なるものは、遥か昔に置き忘れていました。これが世代間を跨いだ家族の良いところだと実感しています。

運動会が終えてから東京へ叔父のお通夜に行ってきました。
都心の週末は以外と静かなのに驚きです。

叔父はめ組の組頭をやっていたので、お通夜の送りが木遣りです。
その木遣りが静寂のビルの谷間に厳かに響きます。

私の結婚式にも木遣りを歌ってくれた、叔父。その姿が走馬燈如く蘇ってきます。
92歳を迎える前でしたが悔いなく生き抜いた人生だったと思います。
そして、そのビルの谷間から十五夜の満月が叔父の一生を称えてくれました。
                                                             合掌!

2009年10月 2日 (金)

あ~した、天気にな~れ!

てるてる坊主が一杯です。
明日の幼稚園の秋季運動会に晴れるように! と家族で作ったようです。
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年長、年中、年少と全ての学年に孫が在籍しているのでプログラムは不要です。
最初から最後まで誰かしらが参加しています。

先日もプログラムの内容について夕食を囲みながら話題に花が咲いていたようです。
そして、その楽しい夕食が長女の一言で、一瞬の内に爆笑に包まれたとのことです。

長女のひーこ、次女の のんこは、プログラムの一つに鈴わりに参加するようです。
どうも紅組のようなんです? 白組かも? 

鈴って昔から金紙と、銀紙で張り合わせて作ってありますよね。
長女はどうも金の鈴を割る方に参加をしたい様子。

その会話が
「ひーちゃんは金の玉の方が良いんだもの」
それをつなげて言っているものだから、ばぁばとママが大爆笑していたようです。

「ひーちゃん、金○ではなく、金の鈴でしょ?」
「違うもん。金○だもん」
子どもの言葉には裏がないのでおもしろいです。
これでは、ばぁばとママは笑っちゃいますよね!

いくらママが言い聞かせても納得できない様子。

オリンピックだって、どんな競技だって「銀」より「金」の方が良いもの。
普段の遊びでも、私の部屋にぶら下がっている、ボウリングで獲得した金メダルが欲しいと、持って行っておもちゃ代わりで遊んでいるんですから、金へのあこがれは強いんです。

大人が考えているほど、深く考えていないのは分かっています。
ゴールドに拘る中から、ゴールドに対するあこがれを持つことは良いことだと思います。

世の中の一部では運動会等で競争、順位を付けることを否定的な考えがあります。
姉妹、兄弟が多ければ、競争しなければいけない時もあります。
競争を通して、弱者への思いやり、勝っても奢らない意識等を自然と身につけていくことが必要なんです。こうした経験がなければ、本当の優しさなんて醸成できません。
本当の優しさは、強い中に存在するんです。
ちやほやされて育った中から真の優しさは育ちません。

これが一人っ子にはない良さだと思います。
週末の我が家の保育園状態は良い環境だと思います。

たまに、静けさが欲しいのも本音ですが・・・・・・。

2009年10月 1日 (木)

百聞は一見に如かずには続きが?

人から何回も話を聞くより、直接見てしまったほうが良いことのたとえですよね。
よく知られている諺です。
私もそう思いますので、話を聞くとすぐに見に行ってしまいます。

しかし、このことわざには続きがあると思います。
私はこう解釈しています。

百聞は一見に如かず から
百見は一考に如かず に
百考は一行に如かず まで発展させる。

聞くより見てしまった方が理解できる。しかし、何回、例え、百回見たって何も考えずに見ていたら見ていないと同じです。では、考えて見れば良いのか?
何も考えていないよりはマシですよね。それでも、百回考えたって、どんなに熟考したって、何も行動に移すことが出来なければ、結局は考えていないに等しいんです。

「百聞は一見に如かず」は、ここまで考える必要があるのでは と思っています。

そして、行動に移す時には、自分の言葉にして、自分の言葉として、自分の耳でもう一度聴き、自分の行動は自分の目でもう一度視て確認をする。

こうした繰り返しが無意識に出来るようになれば と 思っているんですがね。

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