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2009年9月

2009年9月30日 (水)

9月も終わりですね!

9月もいつも間にか、じゃないです、あっという間に終わってしまいました。
暦年で言えば今年も残りあと3ヶ月。
私の事務所で言えば、今年度も半分が終わってしまいました。
それにしても日本の組織はどうしてこう会議が多いんでしょうね?
今夜も企画部会があり夜遅くのご帰宅です。

昨晩は秋の虫の四重奏を聴き、今朝起きれば目の前の山はいつしか深グリーン一色から所々に赤みを帯びた樹木がちらほら見え始めています。

10月3日は十五夜、中秋の名月ですね。
忙しい時期こそこのような歳時記を大切にしなければとつくづく感じます。
それこそ「こころ」を失って仕事に忙殺され、鬱病の世界に入ってしまいます。

秋は名月の季節です。澄んだ夜空に浮かぶ、まんまるお月様は格別です。
昔は、月見の日には、おだんごや、ススキ、サトイモなどをお供えして月を眺めたものですが、しばらくやっていませんね。
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孫たちも大きくなったので・・・・・・。孫たちと一緒に虫の音をバックに、秋の夜長をのんびり過ごしてみましょうか。月を愛でながら。
ところで肝心の週末の天気は?
えっ! 天気予報のチェックを入れたら「曇り時々雨」
たまにこんなことを考えれば雨?
普段やりつけないことを考えるからと言われそうです。

昔から「十五夜をしたなら、必ず十三夜もしなければいけない」という伝えがあります。
これはどうしてでしょうね?
これはまたゆっくり調べ、考えてみましょう。

十三夜は10月30日です。

2009年9月29日 (火)

秋の夜長の四重奏

横浜で会議がありました。
旧友と久しぶりに呑んできました。心を許せる友と呑む酒は酔いの回りも早いものです。

9月も月末になるとすっかり秋本番です。
気持ちよく呑んで心地良く、秋の虫の音をBGMにパソコンに向かっています。

鳴き声から察すると
チリッ チリッ チリッ チリッ これはクマコオロギ
リーン リーン これま間違いなくスズムシですね
ギー チョン ギー チョン 時々聞こえるこれはキリギリス
コロコロコロコロ リーリー これはエンマコオロギ
ガチャガチャガチャガチャガチャ 時々うるさい鳴き声 クツワムシですね

その他、耳を澄ませるともっと聞こえているんですが聞き分けることが出来ません。
絶対音感のような耳を持っていれば分かるんでしょうが・・・・・・。
残念です。そのような耳の持ち合わせがありません。
従って、これ以上の実況は出来ません。

それでも私にとっては素晴らしい四重奏なんです。

2009年9月28日 (月)

デュアルシステム研修生受け入れ終了

本日で無事にデュアルシステム研修生受け入れが終了しました。
前途ある青年を一ヶ月近く受け入れて研修するんですから、責任は重いです。正直疲れます。

社員として入社している訳でもありません。いくら鍛えて訓練しても戦力になる訳ではありません。限られた時間の中での研修です。かと言って雑用ばかりやらせることも出来ません。

どうしたら実社会で役立つのか?常に考えるところです。
就職を出来た暁にはその組織が改めて即戦力となるようにとガイダンス等があるでしょう。
従って、私の組織の仕事を理解させて出来るようにしても役には立ちません。
そうすると、ケースバイケースで対応できる、今後の業務に望む精神面についての心構え等についてレクチャーをしてあげる方が役に立つと思い、こうした面に力点を置いて研修を行っています。

毎日、知ったかぶりをしてレクチャーをするんですが実に忘れていることの多いこと。
その度に過去に読んだ本を今一度読み返すとか、むしろ、研修生より私の方が研修をしているようです。

だから私にとっても初心に戻れる良い機会なんです。

私の事務所に来る研修生は実に良い青年ばかりです。
こうした青年たちが良い出会いを得て社会人に育ってくれることを期待しています。

2009年9月27日 (日)

第19回しながわ宿場まつり

東海道の関連事業で「第19回しながわ宿場まつり」に行ってきました。
いつもこのイベントは雨にたたられるんですが今日は絶好のイベント日和です。

品川橋の橋の上が大磯宿の「かんなぎ座・「大磯・若睦会」と三島宿の「三島囃子」・小田原宿の「外郎口上」の会場です。

品川橋

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三島囃子

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外郎口上売り

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かんなぎ座

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ここに行くと品川宿のメンバーは元より近県の色々な宿の方とお会いできます。
だから、終日会場にいても楽しいんです。

そして、このメンバーが皆、11月1日の「大磯・宿場まつり」にも駆けつけてくれます。

2009年9月26日 (土)

大磯版フィッシャーマンズワーフ

夕方から大磯港活用プロジェクトの会議がありました。
大磯版フィッシャーマンズワーフの第一歩がスタート出来そうです。

フィッシャーマンズワーフは、もともとはアメリカ、カリフォルニア州サンフランシスコ湾内でイタリア人漁師の船着場として栄えた所が、現在では、ショッピングや海産物を使った料理を提供する食事の出来るサンフランシスコ有数の人気観光スポットとなっています。国内では、釧路等にあるフィッシャーマンズワーフMOOなどが大型施設としてよく知られています。

私はこの釧路や銚子、若狭にも個人的に遊びを兼ねて見てきました。
港を抱えている私には魅力的な施設です。

まだまだ、この様な姿に出来るのは数年先の話です。この未来の姿に向けてパイロット事業をやろうという計画です。

相模湾には葉山や逗子のように人気スポットのマリーナはあります。
湘南港(江ノ島)もそうかも知れません。

大磯は漁港・商港なのでもっとバタ臭い漁夫の賑わいを前面に出した事業に出来れば良いなー と夢見ています。

2009年9月25日 (金)

週末の慌ただしい一日です

仕事の内容等については意識的にコメントを書いていません。
お陰様でこのBlogを見ている人が大分増えてきました。
今日一日誰と会ってどのような内容の話をしたとか、今日の会議の内容はどうだったのか?ますます具体的に書きにくくなりました・・・?
しかし、たまには私の仕事の一部を日記風に書いてみたいと思います。

朝一番に、いつもの通りの朝礼を始めました。
そこに、役場の中堅職員が打合せに来館。ちょうど良い機会だと朝礼に参加をしてもらいました。打合せ中に、もう一人、また、役場の職員が打合せに来ました。これまた、ちょうど良いと朝礼に参加をしてもらいました。

私の事務所の各個人が行っている事業内容や、事業の経過報告等について一緒に耳を傾けてもらいました。私の事務所では日常の職場風景です。これがなければ一日が始まりません。
彼らも日常的に会議等は行っているはずですが、全て縦の流れの中で行われる打合せだと思います。このような横の連携の打合せをする機会は少ないはずです。参考になればと思います。

朝礼が終わってから彼等と情報交換。
情報交換後に大磯駅へ。

今日は、川崎宿から20人ほどの方が大磯にスケッチを目的に来磯しています。絵手紙のグループです。スケッチをする場所も含めて大磯の歴史等について簡単な説明をして欲しいとの要請を受けていましたので、駅前の案内地図を利用して簡単に大磯の概略について説明をさせていただきました。そして全員で記念写真。

それにしてもお天気が良くて良かったです。さぞ、素晴らしい絵が描けると思います。
行ってらっしゃいと! お見送りをして事務所に。

昼まで月曜日に最終日を迎える研修生への最後のレクチャー。

昼食後には大磯警察署交通課・警備課・刑事課に行き、11月に開催する「大磯・宿場まつり」の概要説明をして、協力を要請してきました。
昨日の湘南国際マラソン大会では輸送計画や警備計画についてかなり厳しい指摘を受けていましたので、いつもの年に比べて綿密な打合せをしてきました。
要するに警察といえども、主催者の熱意や誠意がどれだけ伝わっているか?それによって信頼関係が出来ているかがポイントだと思います。
気持ちよく協力をいただけることでホットして事務所に戻りました。

15時からは県政総合センターの商工労働部長との打合せです。来年4月以降の神奈川県、労働行政について、大きな機構改革等が行われるとの説明を受けました。その後は県政、町政についての意見交換。

続いて16時からは明日の大磯港活用計画の打合せに関しての情報交換と会議の進め方について打合せをしました。そして明日の会議等の役割分担について確認。

打合せ後は、19時から開催する「大磯宿場まつり」運営スタッフ会議の資料作りをして21時まで会議です。今日も大勢のスタッフに集まっていただき、イベントの概略は出来上がりました。後は一つ一つ内容等について詰めていくだけです。

そして一日が終われば、今日も自分のデスクに落ち着いて座り、仕事が出来ない一日になりました。

2009年9月24日 (木)

連休明けの会議等

5日間も連休が続くと朝から電話、来客で大忙しです。
10月の予定がどんどん埋まっていきます。

午前中は貯まっている郵便物の書類整理やら9月から受け入れている研修生の終期が来週月曜日に迫っているのでジョブカードの自己評価の指示出しをしたりで午前が終わってしまいました。

ジョブカードとは訓練生の訓練期間内における職務内容と職業能力についての評価をして今後のキャリア形成の参考にする書類なので、忙しいからと適当に書き上げるわけにはいきません。

甘く採点すれば、このジョブカードを参考にして採用した企業があるとすれば、採点する私の組織や、そして採点者の管理者としての資質が疑われてしまいます。
しかし、正直17日間の「短期間では、本来の業務を任せるわけにもいきませんので、どの程度のスキルがあるのかの見極めも難しいのも事実です。

第一、人を評価すること自体が大変難しい作業なんですから。

評価者は、人を評価する際には、どうしても自分の能力を基準にしてしまいがちです。
私もそうだと思います。
従って、自分の長所としている点について、他人の能力が少しでも劣っていると非常に低く評価し、自分より優れていると非常に高く評価する傾向にあると思います。

日頃の会話を通して、色々な問題をどれだけ知っているのかではなく、知識を知恵に変える力がどれだけあるかを判断する必要もあります。そして「減点主義」ではなく「加点主義」で判断をしなければと心掛けています。評価対象者は自分の息子より若いんですから余計です。それでもどれだけ冷静に、大局的に判断出来るのかの不安は常に持っています。

夕方から11月8日(日)に開催される湘南国際マラソン大会実行委員会に出席をしました。42.19㎞のフルマラソンに15,219人、10㎞ランに10,880人、合計26,099人のエントリーがあり当日は23,564人の実走を予定しています。

この人数はランナーの参加者数で付き添いの家族等の人数は含んでいません。
このことに関して警察署からイエローカードが出されました。輸送計画そのものの見直しを迫られました。大磯駅、二宮駅のキャパを考えたら隣接する平塚駅や、もっと広範囲に小田急、厚木駅等からのシャトルバスについて検討する等の必要性を求められました。

この件については、もう一度見直しが必要だと考えます。

実行委員会が終わって事務所にすぐに戻り、三役会を兼ねた総務部会です。
本日は7本の議題にその他といえども2本の重要な審議内容の議題を控えての会議です。

無事に提案した議案の承認を得てホットですが、承認を得たからには今度は実行に向けての準備です。12月まで忙しい日々が続くと思います。

従ってBlogの話題には事欠かない事業がスタートします。

2009年9月23日 (水)

我が家の政権交代? 近し!

一日家を空けるとタマの様子がおかしいんです。
今日も終日、我ら夫婦の後を追いかけて姿が見えるところに移動してきます。
そしてパソコンの横にこうした状況で何をしているの?と見ています。

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政界は自民党から民主党に大転換の政権交代。敗北を喫した自民党も次期総裁を選ぶリーダーを選択する選挙がベテラン、若手としのぎを削っています。

我が家でもそろそろ政権交代を考える時期に来ています。
現在、財務大臣(女房)が野党の党首(息子)とシャドーキャビネット次期財務大臣(娘)と我が家の財政等について協議をしています。

政権交代をするために我が家の居城である外壁や、屋根などの将来的な投資は数年前に行ったので当面は大きな投資をせずに済むと思います。しかしここに来て一点、破風の修理等の目先の事業が気になります。現、財務大臣がどのような方針を打ち出すのか注目をしているところです。現党首としてはこれ等が一番気になるところです。後は家のローンを中心とする債務を将来的にどのように償還するかが次期党首の大きな課題です?

日常的に発生する水道光熱費等の義務的な財政出動は目に見えるから把握しやすいんです。しかし、固定資産税や子どもの教育費等これから負担が増えると思われる、見えない財政出動をどのように計算するかは、新たな党首の考え方、方針に寄るところが大となります。

野党に回る私は、娘に閣外協力も依頼しなければいけないと思います。
新党首も娘に閣外協力を求める必要があります。

財産等何もない我が家ですが相続の時に家族間の仲が良かったと思っていたのが崩れるケースを嫌と言うほど見てきていますので・・・・・・。

こうして見ると我が参謀である財務大臣兼官房長官の果たす役割がいかに大きいかが分かります。亭主の力など口ほどにないと言う証です。

いずれにしても党首会談をそろそろする時期かなと思います。?

今日はお彼岸の中日。
最近はお寺への付け届け、お墓のお花などは息子夫婦が孫たちを連れて行ってくれます。
こうした一つ一つを今からやっていることが政権交代が実現した時にはきっと役に立つだろうと思います。外交(世間との付き合い)政策も私が現役の内は良いですが政権交代後の小さな政府(家族)にしておいてあげなければと思います。

こんなことをお墓参りに報告できることが幸せだと思い布施餓鬼法要に行って参りました。

2009年9月22日 (火)

シルバーウイークの効用

昨晩は三重県、亀山市、ビジネスホテルのリビングホテル亀山に宿泊。今まで何回もビジネスホテルを利用していましたが朝食時にレストランに行って驚きました。
若いカップルから子ども連れのヤングファミリー、私たち夫婦よりご年配の方まで、どこかの温泉宿に宿泊したようです。

私たちの普段の行動パターンは休日を避けて、ウイークデーを利用しての「旅」の方が多いので、今までもこのような光景は日常的であって私が気づいていなかった一面なのかも知れません。

日本は観光というと団体行動を主体にしたツアー等も多く、また、宿泊施設も団体客を対象にする方が圧倒的に多いです。個人単位で「旅」する時にはツアー等から比較すると宿泊代など割高感は拭えません。本当に高くつきます。実感! しかし、今回、シルバーウイークを利用して宿泊も朝食付きの二人で¥7,000。ビジネスホテルといえども綺麗な大浴場にサウナまで備えていました。夕食を外で済ませ、交通費が¥1,000。となると「旅」の行動スタイルは大きく変わっていくだろうという予感を感じさせます。

関宿の寛永年間から350年以上続く老舗「深川屋 陸奥大豫」の服部さんを訪ねました。
深川屋さんは、銘菓、関の戸(せきのと)を、350年以上、14代にわたり、変わらない製法と味で作られている和菓子です。赤小豆から作られたこし餡を柔らかいお餅で包み、和三盆がまぶしてあります。関宿に行った際には是非寄って下さい。

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昼食は同じく関宿にある、「うなぎの初音」。関方面に来ると必ず寄る店なんですが、売り切れ等で結構振られるお店なんです。午前11時が開店なので、今日は30分前に行きました。それでも13番目。我々の前に40数人。開店する頃には広い駐車場が既に一杯。開店時に入れなかった方には整理券を。11時半頃お見えになった方はもう、昼間の分は売り切れました。

「御ひつまぶし」と「うな重」を注文。久しぶりで美味しかったです。
関東風の蒸した鰻と違い、ウバメガシの黒炭を使い秘伝のタレに鰻をくぐらせ、丹念に焼き上げた鰻を、まずはそのまま茶碗によそって一杯。二杯目はわさびとねぎをかけて、三杯目は出汁とわさびとねぎをかけて混ぜて食べる「ひつまぶし」の食べ方。関東にはない食べ方です。これがクセになってしまいました。地元の人はもちろん、大阪、京都ナンバーの車、ようするに他県からの来店者がこれだけ多いお店も珍しいです。
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腹ごなしが十分に出来てから鈴鹿峠を越えて土山宿の「あいの土山宿場まつり」に行ってきました。ここ、甲賀市土山町は「歴史の道東海道宿駅会議」の拠点がある場所です。私の東海道への関わりを持った原点の地です。
理事長等に歓待され、また、土山宿に行けば必ず寄る、築200年近い旧家を改造した「民芸・茶房うかい屋」を営む鵜飼さんと会い、交友を深めてきました。

Photo_4 帰りは大渋滞が予想されたので、音羽蒲郡まで国道1号線の東海道を走って帰ってきました。高速道路¥1,000乗り放題を有意義に活用させていただきました。

2009年9月21日 (月)

高速道路 1,000円 初体験

シルバーウイークを利用して滋賀県から三重県にやって来ました。

大渋滞のニュースが話題になっているので午前1時過ぎに家を出て、明け方迄に出来るだけ目的地に近いところまで・・・・・・。と思っているのは皆同じ。深夜にもかかわらずどこのPA&SAも多くの利用者で場所によっては満車。

皆、車の中で仮眠。中には毛布等をしっかりと持参して対策は万全の方も。

八日市場ICで高速道から出る際に割引1,000円の表示に安さを実感。

最初の目的地は近江商人の里「五個荘」
江戸時代、近江地域には、天秤棒を肩に、お客様の喜ぶ笑顔を心の糧として北は北海道から南は九州まで、全国各地を行商をした近江商人が沢山いました。
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近江商人が暮していた近江商人屋敷や美しい歴史的な町並み五個荘金堂地区が、国の重要伝統的建造物群保存地区として遺されています。

五個荘から草津を経由して、戦国時代に、今で言う「まちおこし事業」の地域産業に力を注いだ「蒲生氏郷」の生地「日野町」を訪ねました。
蒲生氏郷が築いた松坂や会津若松などこの「日野町」の地名や産業の原点があります。日野椀など会津若松の漆器など全てこの日野町に原点があります。
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Photo_7 五個荘もこの日野町を祖とする近江商人の行商は郷里や上方の産物を地方へ持ち下り、また地方の産物を仕入れて上方で売りさばくという方法をとりました。これが近江商人ののこぎり商法です。
行商の往復とともに商品の販売と仕入れを行うという無駄のない商業活動に今でも通用する商法の原点を改めて感心をした一日です。

明日は関宿、土山宿で東海道関連の仲間と交流を深めます。

2009年9月20日 (日)

世阿弥「風姿花伝」より(その2)

「初心忘るべからず」昨日も書きましたが世阿弥が編み出した我々が最もポピュラーに口にしている言葉だと思います。

ここは、間違ってはいけないので、ホームページを引用させていただきます。
http://www.the-noh.com/jp/index.html  引用元です。

世阿弥は、風姿花伝を始めとして、度々「初心」について述べていますが、晩年60歳を過ぎた頃に書かれた『花鏡』の中で、まとまった考えを述べています。その中で、世阿弥は「第一に『ぜひ初心忘るべからず』、第二に『時々の初心忘るべからず』。第三に『老後の初心忘るべからず』」の、3つの「初心」について語っています。

 「ぜひ初心忘るべからず」

若い時に失敗や苦労した結果身につけた芸は、常に忘れてはならない。それは、後々成功の糧になる。若い頃の初心を忘れては、能を上達していく過程を自然に身に付けることが出来ず、先々上達することはとうてい無理というものだ。だから、生涯、初心を忘れてはならない。

 「時々の初心忘るべからず」

歳とともに、その時々に積み重ねていくものを、「時々の初心」という。若い頃から、最盛期を経て、老年に至るまで、その時々にあった演じ方をすることが大切だ。その時々の演技をその場限りで忘れてしまっては、次に演ずる時に、身についたものは何も残らない過去に演じた一つひとつの風体を、全部身につけておけば、年月を経れば、全てに味がでるものだ。

 「老後の初心忘るべからず」

老齢期には老齢期にあった芸風を身につけることが「老後の初心」である。老後になっても、初めて遭遇し、対応しなければならない試練がある。歳をとったからといって、「もういい」ということではなく、其の都度、初めて習うことを乗り越えなければならない。これを、「老後の初心」という。

かって、東京ディズニーランドを運営する東京オリエンタルランドの方とお逢いした際にテーマパークの出演者は毎年、オーディションを行う。それに合格したアクターのみを翌年も採用するとおっしゃっていました。当時は、単純に「初心忘るべからず」の精神なのかなと思っていましたが、実に今想えばこの様に奥深い「初心忘るべからず」を考えていたんだろうと考え直しました。

また、この「初心忘るべからず」は今年の5月に「放浪記」で2,000回の舞台上演を達成した森光子さんのためにある言葉かも知れません。とも感じました。

歳を感じさせぬ容貌とバイタリティは、毎日スワットを行っているとか、こうした努力は当然あるんでしょうが実は「ぜひ初心忘るべからず」「時々の初心忘るべからず」「老後の初心忘るべからず」こうした3つの「初心忘るべからず」を舞台を重ねるごとに修正を加えて積み重ね、内面から湧き出てくる美しさを作り上げ、その経験と自信が若さを保っているのではと思います。

見習わなくては!(いつも言葉だけ! 情けない)

2009年9月19日 (土)

世阿弥「風姿花伝」より(その1)

世阿弥は能なのどの演劇について観客の興味をひくにはどうすべきか、後継者を育てるための組織論に具体的なアドバイスを記したものが、伝書「風姿花伝」です。
この「風姿花伝」には、何気なく私たちが日常的に使っている、誰でも耳にしたことがある、このことば「初心忘るべからず」などは世阿弥が編み出したものなんです。

時に用ゆるをもて花と知るべし

物事の良し悪しは、その時に有用なものを良しとし、無益なものを悪しとする、という意味です。

昨日、先の衆議院選挙で歴史的な大敗を喫した自民党の総裁選が公示されました。
ベテランの谷垣氏、中堅、若手から河野氏、西村氏の3人が立候補しました。

河野氏などと書くと書きにくいものです。普段から支援をして太郎ちゃん、太郎さんと呼んでいるせいかもしれません。私は自民党員でもありません。従って選挙権はありません。
しかし、心情的には太郎ちゃんに頑張ってもらいたいなと思います。

「その時に有用なものを良しとし、無益なものを悪しとする」
先の選挙結果では「子育て支援」や「高校の授業料無料化」「脱官僚政治」etc を有用とし、一方では八ツ場ダムや川辺川ダム建設を筆頭とする公共事業投資を無益と国民が判断した結果なのでしょう。

これが本当に国益なのかどうかは歴史が検証してくれるでしょう。

本来、国がやるべき大きな政策は「防衛も含めた外交政策」「等しく教育を受ける権利の確保」「公平に税金を収納し社会保障等への適正配分」「エネルギー、環境分野への経済支援等を含めた経済政策」こうした分野以外は地方に権限委譲するべきだと思いますよね。そうでなければ「小さな政府」なんって実現するはずはありません。

それを派閥単位の政治で行おうとすれば自民党はこれから先の浮上はないでしょうね。

さあー、太郎ちゃん、もう一度、国民の声に耳を傾けて「その時に有用なものを良しとし、無益なものを悪しとする」をゆっくり考えてみようよ!

2009年9月18日 (金)

最後の夏休みです!

夏休みが取れるようで中々取れないのが実情です。
まあ~、自分は別として職員がきっちりと取得できれば良いと思っています。
それにしても、夏休みっと言ったって、涼しすぎて夏休みのような気がしません。

普段、中々まとめることが出来ない作業を行いました。自宅であれば来客や電話で中断させられることもありませんし、細かなまとめものが出来ます。場合によったらビール片手に熟考も出来ますし。

だから、こうした休みの時を利用して処理しています。

パソコンの前で作業していれば事務所のグループウエアをチェックすれば来客、電話の内容も把握できます。

これは宿泊等で旅に出掛けた際にも実行していることです。

何も、休みの時、旅に行ってまでパソコンを持参しなくったって?
旅先で仕事のことなど考えなくっても? と思われるんでしょうね。

個人の考え方で大きく変わると思います。
緊急の用があれば携帯電話のコールがあるでしょう。
緊急以外でしたらグループウエアの自分のフォルダにそれなりの伝言等が入っているでしょう。確認が必要な内容でしたらファイルも添付されています。旅先等で出来ないことは人に会うことだけです。それ以外はほとんど、何処にいても電波があるところであれば解決できます。

一番の悲劇は旅先で不意にやり残してきた仕事を思い出してしまうことです。
戻るに戻れず・・・・・・。この様な時にパソコンを持参していれば、その場で内容をまとめて事務所に送れば解決できますし、その後は気持ちも晴れ晴れとします。

要するに自分の意志で仕事を追っている。自分の意志でパソコンを持参して旅に行く。
自分の意志で携帯電話を持っていると考えていれば気持ちは楽になるはずです。

これを受身的に考えると仕事に追われている、パソコン、携帯電話を持たされていると負担に感じてしまうかも知れませんね。

気持ちの持ち方一つで楽しくも苦しくもなるものだと思います。

2009年9月17日 (木)

水と緑の環境ネットワークの会設立総会

今夜は題名の総会に仕事を終えてから浅草に行き参加してきました。
海は私の住んでいる大磯でも子どもの頃から比べれると綺麗さは明らかに違います。大きな差があります。

河川の護岸はコンクリートで固められ、周辺にあった鎮守の森は切り倒され開発が行われました。その結果、最たる川下の海には山や森、周辺の町から川を通じてあらゆる物、プラスチック類の自然に帰属することのない物質が流れ込んできます。生活を豊かにしている物質が、最終的には海を生活の場としているウミガメやイルカ、クジラなどの生態系に大きな影響を与えています。

それでも我々は水や緑が大切だと言葉ではしきりに言っています。

こんな現象を根本的なことから解決をしようと地道に活動をしようとある省庁の役人達が立ち上げた会です。生半可な活動では解決の糸口を見いだすのも大変です。

そんな場所にお呼ばれをして参加をしてきました。(役に立つのかな?)

集まったメンバーは皆、30、40歳代の若者です。役所ではキャリアと違うノンキャリアの集団です。だと思います。だって皆、考え方が私と合います。私と合う役人はどことなく危ないんです。皆、途中で辞めてしまうとか・・・・・・・!

09.09.04 のところで役人って本当にダメなの? のところでも書きましたが日本の将来を憂い、夜遅くまで自分の時間を費やして活動をしている若手がいるんです。
だから、日本の将来は明るいと思います。導くリーダーがしっかりすれば、結して悲壮感の漂う暗い社会ではないんです。

民主党も事務次官会議を廃止するようです。
私はむしろこうした会議は積極的に行わせて、各省庁のトップにいるんですから横の調整を図り事業を推進することにより無駄な事業を廃止していくという方策をとるべきだと思います。

政治家を各省庁に何人送り込んでも、従前と同じように縦割りで業務を行っていたら何も変わりません。

今日のノンキャリアの集団はその枠を外れて一生懸命に頑張っていました。
この様な若い集団に声を掛けてもらうことに感謝。本当にありがたいです。

2009年9月16日 (水)

大磯運動公園の草刈り

午前中、気持ちの良い汗をかきました。
今年の2月に大磯運動公園の斜面にカワズサクラ17本と、オオシマサクラ3本を植栽しました。私たち夫婦も結婚記念30周年と称して記念植樹として便乗させていただきました。私たち夫婦のサクラの先には相模湾を見渡す展望が開けています。ここの部分の草刈りをしました。非情に景色の良いところですよ!
下の写真は私たちが植樹したカワズサクラです。

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Photo_2 この事業は、国土交通省が主唱する「日本風景街道」を受けて歴史街道「ぶらり大磯」(Slow Life In OISO)の名称で私たちは「大磯版」の事業としてを推進しています。大磯のビュースポットとしての運動公園の斜面をその一箇所として位置づけ、季節ごとの花を咲かせようと計画しています。

この事業は、植栽を希望している方から若干の負担金をお預かりしています。
この考え方も非常に大切だと思っています。

花を見て怒る方は少ないと思います。
こうした事業は地道に行うしかありません。まして、花などの言葉を言わない植生を相手にすればするほど根気が要ります。

行政が音頭を取り実施していくものでもないと思います。自発的にやることが大切なんです。自分の出来る範囲の中で、自分の時間を一寸だけ地域や、人様のことに割いていただければ出来ることなんですから。そして、このような手伝いを出来ることにありがたさを感じることに幸せを感じます。

行政が音頭を取り実施していくものでもないと思います。

とは言いましたが、何かしらのサポートは必要だと思います。
許認可等に関しては最大限の協力が必要だと思います。環境等に大変関心の高い世の中になっています。CMではありませんが「地球に優しい社会」など、どこかで多少の我慢を強いなければ成り立ちません。

町も環境政策を重点に置いていると言っているんですから、エコマネー等を絡めてこうしたボランティアを実施する町民にエコポイントを地元商業者と協働して発行するとかの政策が欲しいものです。

環境政策に500万円分のエコポイントを付与する予算をつけたとすると1時間100ポイントのエコポイントをプレゼントすることで5万人分。1人が1日3時間ボランティアに携わるとしても16,666人分足らずの予算です。

こうした環境投資により、環境問題にも自然と関心が高くなるでしょうし、行政もボランティアに対してこうした評価をしてくれていると思える効果は大きいと思います。

今後も税収等は大きく伸びることは考えられません。

仮に500万円という数字を例示しましが、こうした行政投資は高いんでしょうか?
それとも安いんでしょうか? 私は大いに検討余地がある政策だと思います。

午後の仕事が大変でした。本音!

2009年9月15日 (火)

複雑な気持ちの「自殺予防週間」

9月10日(木)から16日(水)までの一週間は自殺予防週間だそうです。
この期間自殺を防ぐために「国、地方公共団体が連携して、幅広い国民の参加による啓発活動を強力に推進」するとされています。何か悲しい啓蒙週間ですよね。それだけ世の中、何かおかしいんでしょうね。

日本の自殺者数が平成10年以降連続して3万人を上回り、減少が見られないということです。この背景には言うまでもなく厳しい経済情勢があります。雇用情勢も悪化して経済・生活問題等の深刻化しているのも自殺の要因の一つになっているのだろうと思います。

平成20年度の交通事故による死者は 5,155人 だそうです。
この数字からしても自らの命を断つ人いかに多いか。あきらかに異常です。

しかし、何故、この様に簡単に自らの命を絶ってしまうんでしょうか?
「幸福(しあわせ)」の価値観に大きな変化があるような気がします。

個人個人が何を基準にしているかで幸福度は大きく変わります。
貧しくとも幸せであると感じる方もいます。金持ちでも不幸せであると感じる人もいます。幸福度は何も、財産等のあるなしで決まるものでもありません。他人が判断するものでもありません。

もっと極端な言い方をすれば、橋下に住むホームレスの方でも、世の中の煩わしさを感じずに、この生き方が最高だと思っている方もいるでしょう。逆に、世間の羨望の眼差しで見られている六本木ヒルズの様な場所で、一ヶ月に何百万円もするような豪華マンションで生活する人の中にでも幸せを感じない人もいるでしょう。

何を価値にしているかで幸福度は大きく変わります。それは他人が決めることではなく自分で決める価値観です。

従って、このように自殺希望者が多い異常な混乱状態から抜け出すためには、新しい価値観が必要になってきています。

戦前の日本は儒教や仏教の価値観に基づく社会でした。敗戦により、それ等は葬りさられました。そして経済中心主義、即ち、お金や不動産所有の多寡が幸せの尺度、成功者のシンボルだと考えられるようになりましたが、今や完全にそれが行きづまっています。

今後の価値観は、これらを払拭してお金や不動産が財産であるといった唯一絶対という価値観ではなく、複数の多様化した価値観を持つべきだと思います。その中心になる一つが「小欲知足」の価値観の転換ではなかろうかと思います。

そしてその「小欲知足」の価値観の最たる中心は「家族」という無形財産にもっともっとスポットを当てていくべきだと考えます。いつしか、道徳教育なるものがどこかに行ってしまいました。確かに戦前の天皇を中心とした「神国化」は問題があったかも知れません。そのような是非はともかくとして、社会の最小集団である「家族」。この信頼する家族があればこそ生きていくことが出来るだ と言う考え方が必要になってきます。

経済状況がこの様な閉塞感が漂う中にあれば、いつ、職等を失うかも知れないという危機は誰にでもあります。そうしたことにより築いてきた不動産等を失うことがあるかも知れません。しかし、家族が残れば良いではありませんか。

病気等を煩い働けなくなることだっあります。そのような時には一時的に生活保護を受けることは何も恥ずかしいことではありません。再起が出来た時に恩返しをすれば良いではないですか。家族がいれば、自分の信頼できる人が傍らにいれば良いではありませんか。

今こそ、この様な考え方が必要だと痛感します。
そして、「自殺予防週間」なる週間がなくなることを祈ります。

2009年9月14日 (月)

祝 イチロー選手9年連続200本安打

イチロー選手、おめでとうございます。
本当に偉大な記録を打ち立てMLBに新しいページを加えてくれたことに感激です。

今日はイチロー選手の偉大さもさることながら改めてMBLの歴史も再認識しました。
イチロー選手が追い抜いた過去の記録はウィリー・キーラー(オリオールズなど)選手が1894年から1901年の19世紀から20世紀の初頭に掛けて作られたもの。その間108年も破られなかった記録を更新する快挙を成し遂げたんですから凄いとしか表現のしようがありません。次から次へと偉大な記録を作った過去の選手を改めてクローズアップさせる。きっとウィリー・キーラー選手なども喜んでいるのでは?

その頃の日本って? 明治天皇が生まれた頃ですよ!
そんな時代にMBLは歴史が始まっていたんですから驚きです。

そして21世紀の初頭からイチロー選手の記録が始まり、ついに今日の記録更新になりました。

野球選手は4月から10月頃までがレギュラーシーズン。この間は全くの野球漬けだと思います。これ以外のオフシーズンの数ヶ月の過ごし方は自らを律し、厳しい練習を積み重ねることは大変なことだと思います。正に自分との戦いですよね。
バットをこの期間にどの程度振るのか知りません。それこそ何百回、何千回と振るんでしょう。それもひとつひとつイメージを抱きながら振るんだと思います。漠然とは練習をしていません。

200本目のヒットがショートへの内野安打、イチロー選手らしいヒットですよね。
イチロー選手はヒットはヒット。形には拘らない。ヒットになる結果が大切だと。
どのようなボールがきてもヒットになればイチロー選手にはそれがストライクなんだと思います。

イチロー選手はメジャーリーグに参戦する前に日本では7年連続首位打者に輝いています。

イチロー選手は「敵を知り己を知らば百戦危うからず」これを実践したんでしょうか?
「孫子の兵法」の有名な一節です。「敵を知り、己を知れば、百回戦っても負けはしない」との文字どおりの意味です。『戦に勝つための方程式』です。

敵を知り とは MLB の球場のほとんどが天然芝、クレーのグランドです。日本の球場は今や、ほとんどが人工芝の球場です。足の速いイチロー選手は最初からこの特性を計算していた。通常で3割は打てるだろうと想定した。そしてMLBの球場では天然芝であるが故に打球が遅くなる分2割程度の内野安打プラスできる。そうすれば3割はなんとか打てる。こんな計算もしたのでは? 実際に23%が内野安打。この数字が物語っているような気がします。

だから、普通の打者はピッチャーが投げたボールを十分に手元まで呼び込んで、少しでも長い時間ボールを見極めてからコンパクトなスイングで強い打球を打つというセオリーを、イチロー選手は自分の不利なコースであっても内野を抜くボールと判断すれば彼のストライクゾーンに変化してバットが自然と出てくる。結果的にヒットにしてしまう。並の選手が凡打の山を築けばお前はセンスがないとレギュラーから外されることにもなりかねません。それをいとも簡単そうに見せてヒットを量産する。これはもう芸術ですね。

こうなれば想いはもう来年です。怪我などしないで是非、ピートローズが達成した10度の年間200安打を、10年連続という形で実現してもう一ページを作って欲しいものです。

来年の今頃を楽しみにしよう!

2009年9月13日 (日)

今日も盛況! 大磯駅前ISO市

6月から毎月第2日曜日、午前9時から午後12時まで大磯駅前ISO市を実施しています。
製造小売業を中心にした「大磯逸品の会」の会員が行っています。

この市を利用して日曜日のお昼ごはんにと、また、大磯のまち巡りをする方々のお弁当、おやつ代わりにと次から次へと売れていきます。今日も沢山の方がお見えになりました。

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Iso_3_2 私のお昼ご飯も、このISO市で調達をして女房と食べました。

全ての商品が ¥150均一 を売りものにしているだけにお得感はかなりあります。
そして、ISO市ならでは、友月堂さんの「湘南バターどら焼き」と新杵さんの「西行饅頭」の組み合わせ商品があるなど趣向も凝らしています。
「パンの蔵」「風月洋菓子店」「ミートショップナガオカ」「笹屋肉店」「よろずや」「真壁豆腐店」「さかえ鮨」「ビーンズマートオイコス」さんのお店の自家製品が一杯並んでいます。

今月で4回目を迎えましたが、現在参加しているお店に「農産物」等がプラスされるともっともっと賑わいのあるISO市に発展していくと思います。今後の課題です。

本日もご来店ありがとうございました。

来月は10月11日(日)です。

2009年9月12日 (土)

大磯港活用の夢物語

まだまだ若かりし頃の30年ほど前、大磯港の活用計画に夢中になっていた時期がありました。それこそ夜を徹して議論を重ねた時もあり、今、想い出すと懐かしいー。

その計画を考える以前よりさらに遡ること十数年前の私が中学生の頃には、そこには大きな磯が残っていました。私などの小さい頃の夏は朝、海に行ったら夕方まで家に帰ってこない。謂わば海が、磯が私たちを育ててくれたと言っても過言ではないほど生活の一部になっていました。

海に潜って捕ってきた魚の焼き方を漁師が教えてくれました。そして、この魚は食べてはいけない。この魚は美味しいけれど油が強いから食べ過ぎないように。まもなく上げ潮になるからこれ以上の沖に行ってはいけないとか・・・・・・。漁師が海の先生でした。

下の写真は私が遊んだ、遙か昔、明治時代に海水浴場が開設された頃の浮世絵です。

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今の大磯港の姿が良いのか悪いのか、評価は分かれるでしょう。
しかし、一つ言えることは1964頃に今の大磯港が出来上がってしまった以上、元の懐かしいと思う磯の姿に戻すことが出来ないことです。そうであるならば、今ある姿に何かしらのスパイスを加えて魅力をアップさせることを積極的に実行に移すべきだと思います。そのスパイスは、官であれ、民であれどちらでも良く、もう評定の時期は終わったと言うことです。一歩踏み出すことが必要だと思います。

今日もこのような話を仲間達と集まって議論をしました。
おぼろげながらの目標も決まってきました。詳細を書くことが出来ませんが、今後更に詳しい内容を書くことが出来ればその時には大磯は大きく変わると思います。

30年来の構想なのですから。

2009年9月11日 (金)

考え方を変える言葉!

「子どもに負けちゃったね。静かにしなさい、と言って静かにしてくれるのは大人。静かにしなさいと言っても騒いでいるのが子ども だよ!」

私は若い頃から良き先輩に恵まれていたと思います。
学生時代からボランティアの一環で地域の「子ども会」で活動をさせていただきました。

当時、町では春の一大イベントとして「春のレクレーション大会」が行われていました。その進行役に学校を出て間もない若輩者の私を充ててくれました。私なりに進行方法を考えました。しかしです、当日が雨で校庭から体育館に場所が変更になりました。

その状況で一生懸命に司会を進行してきました。パニックてる中で次のプログラム、続いて町長さんからのご挨拶をいただきます。って言ったって体育館の中は騒然。
さー!これから町長さんのあいさつがありますから静かにしましょう! 何度か言ったと思います。状況は全く変わりません。

ついに「うるさーい!静かにしろ!!!」 さすが会場は しぃ~ん。
さー!それでは町長さんにあいさつをしていただきます。

満足そうな顔で舞台の袖から降りてきたと思います。その時に言われた言葉が冒頭の言葉です。当時の教育長を私は大変尊敬をしていました。その方から言われた言葉です。

だからどうしろとは言いませんでした。自分で考えるんだな! と 言われているような気がしました。

それから子ども達を相手にする集まりに対応するために手遊びや振り付けの伴う歌を覚えました。
その後は、挨拶を聞いてもらいたい前にこうした手遊びを行うことを実践してきました。
多少時間はかかりますが効果は最高でした。
強権的に使う言葉はその場だけしか通用しません。それは嫌と言うほど痛感しました。言葉は気持ちが通じなければ言葉がないに等しいのかも知れません。

これが35年以上も経過した今でも孫と接するのに生きてくるんですから貴重な経験でした。
当時、覚えた「鬼のパンツ」は大受けしました。そして今や、孫にも大受けです。

2009年9月10日 (木)

愛猫、タマの新たな疑惑?

猫は朝が早い。
私も最近は早起きです。
私が起きるのを待って、階下の洗面所へ顔を洗いに、歯ブラシに行く時、一緒に降りて来ます。そしてタマはトイレが引き戸なので自分で開けてトイレの出窓から朝の外の様子を眺めるのがタマの一日の始まりなのです。

私は洗面後には珈琲を入れて2階に上がり、メールのチェックやら今日一日の仕事の準備をするためにパソコンの前に座るのが私の一日の始まりです。

今朝もいつもの通りタマと私の一日が始まりました。

そこへ女房が2階に駆け上がってきました。タマがトイレで用を足しているという新たな疑惑を持って。トイレの臭いを嗅いでみるとタマがトイレで用を足している気配がある。これは間違えがないと言う主張です。しかし現時点ではまだ状況証拠です。

現行犯でその場を確認しないと確信犯とは言えません・・・?

我が家の階下のトイレは義父が車いすを使用することを前提に作ったので1坪の広さがあります。車いすを前提に設計してありましたので入り口も引き戸にしました。
だから、タマも簡単に入ることが出来、頃合いの遊び場でもあるんです。

そして、孫たちと一緒に年柄年中トイレに入っていますし、そうした日頃の人間の様子を見ているタマには、ここがトイレであるという認識は持っています。従って女房の言っている状況証拠はかなりの確率で確信犯に近いものがあります。

ネットで見てみると躾の行き届いた猫がトイレで用をする例もかなりあるんだそうです。
しかし、そのためには、猫用のおまるを人間がその時々に便座の上に乗せて上げて用を足させるようです。しかし、自分でそのようなものを使用できるわけはありません。タマにはそのような訓練もしていません。

だから下の写真のような、この場所が用を足すところとタマ自身が解釈しているようです。

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この場所で?ちょっと複雑な気持ちです。
いずれにしても学習能力は高い愛猫、タマにはやりかねない行為です。

これは真実なのか? 本日から張り込み開始です。

2009年9月 9日 (水)

神奈川総体、打ち上げ

ちょうど一ヶ月前が第60回神奈川総体のボウリング競技でした。
09.08.09 付けの Blogで書きましたが、大磯町は総合で準優勝、四人チーム選で第三位の成績を収めて大磯町ボウリング競技大会の一つの歴史を作りました。

選手にその慰労を兼ねての打ち上げを行いました。

私はその大会にプレーイングマネージャーで参加しましたが個人の成績は散々たる成績。従って今夜の酒はほろ苦い酒です。

10月にはこのメンバーでプライベート大会を開催することで話がまとまりました。
その時までには腰の状態を完璧にし、リベンジを果たします。

ほろ苦い酒でも美味しく飲みました。
だいぶ酔いがまわっています。
だけど、頭がまわっていません。 う~ん。今夜はこれでお休みです。

一ヶ月前の想い出。開会式の写真を掲載します。

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2009年9月 8日 (火)

猫と人間の体感温度差?

このところ朝晩がすっかり秋らしい気候になりました。
窓を開けて寝ていると涼しいのか自然の内にタオルケットを探しているようです。

そしてタオルケットを掛け直して再び夢の世界へ。そのうちに何となく暑くて目が覚める。
??? タマがいつの間にかタオルケットの中で夢心地。
おまえ、暑くないの? 「にゃー」の一声。

昼間は、暑ければ涼しいところを探して手足を長々伸ばして、また、風の通り道に寝そべってはお昼寝。

クーラーを付ければ吹き出し口の下で長々となってスヤスヤと。

そんなタマと私の間には体感温度の違いが相当あるようです。
私が暑いと思う時には彼女は相当の暑さに感じ、私が涼しいと感じる時にはもう、タマには寒いと感じるくらいの差があるようです。

一つここで考えることは猫にも目線を合わせる必要があることです。
夏場はエアコンの冷たい風が足元にたまります。私たちが感じている温度より低い温度になってしまっていることもあり、逆に冬場は、上の方だけが暖かくなり、床面は私が感じているより寒い場所なのかも知れません。
そうすると私もたまにはタマと一緒になって床に這いつくばる必要が?

ここまで考えてくると猫馬鹿だよね!

しかし、タマも気がつくと年がら年中寝てますよね!。起きていれば網戸クライミングといたずらばかり。

人が Blog を書き始めるとソファーが空くと見るや空席キラー。
さっと移動してソファーを占拠。

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夜になり、夫婦で2階に移動すればタマも2階に移動。
人がいるところ、人がいるところにいるくせに、それでいて手を出されると「嫌々」をする。
本当に猫はマイペース。
自分が膝に乗りたい時だけ来てくつろぎ、無理矢理に膝にでも乗せれば1分は義理でいてくれてもすぐに逃げてしまうし。

しかし、このわがままが何とも言えない。
仕事をこんな猫的な性格でこなせれば最高かもしれないな?

2009年9月 7日 (月)

お嫁さんのお弁当

私の事務所はレストラン等が近所にないので皆、お弁当を持ってきます。
お弁当がないときにはコンビニ等でお昼ご飯を買ってきて食べています。

Blogを書き始めたのが8月でしたので、この一ヶ月、女房の愛妻弁当を持参して行きました。
孫たちの幼稚園が夏休みでしたので? 夏休みとお弁当。余り関係がないようですが実は大いに関係があるんです。
女房がお弁当を作ってくれると言うことは当然といえば当然なんですが。
我が家では孫が幼稚園でお弁当がある日には、娘(お嫁さん)が私のお弁当まで作ってくれるんです。その時には、女房は娘に「お願いね」とあっさりと攻守交代です。

子どもたちのお弁当を作るついでだからと言って気持ちよく作ってくれますが、中々舅のお弁当まで作れるものではありません。
「本当に感謝!感謝!」
その気持ちが嬉しくて、お陰様でいつも美味しくお昼ご飯をいただいています。

女房が作るお弁当と違うところ?
娘の作るお弁当は、卵焼き一つとっても一口サイズ(私にとって)で食べやすいんですね。
なにしろ孫サイズですから。

でも、このお弁当をいただいていて安心するんです。
孫もバランス良いお弁当を食べていると思うと。

そして、何より、最初に一口食べる卵焼きで娘の朝のコンディションが何となく分かるんですよね。(一寸意地悪かな?)

悔しい時や怒っている時は、感情の高ぶりにより体が緊張した状態になるため、「交感神経」が働くので味が濃くなります。嬉しい時や穏やかなときには、体をリラックスさせる「副交感神経」が働いているので薄め、卵焼きがちょっと甘めの味になります。

そんなことを自分流で、一人想像しながら今日も美味しくいただきました。
息子は毎日外食なのに、じぃじが良い思いをさせてもらい申し訳ないようです。
と言いつつ「ごちそうさまでした。」また、明日もよろしくね!

2009年9月 6日 (日)

一周忌法要

今年は、本当に残暑の厳しさが余りありません。
今日も日差しは強いのですが、からりと晴れ上がり清々しい天気でした。

叔母の一周忌法要に行ってきました。

ご住職のお念仏をいただいている時に叔母のことを回想したり、時には今週のスケジュールを思い出し仕事のことを考えたりと結構、雑念と戦うものです。

住職の繰り返して唱えるお念仏の回数を、手にしている数珠の玉を回しながら数えているとか?

そこで改めてお数珠って?
宗派によってお数珠、使い方が違うことを知りました。この歳になって始めて知りました。

平安時代初期の「最澄の天台宗」、「空海の真言宗」、そして鎌倉時代に「法然の浄土宗」、「親鸞の浄土真宗」、「栄西の臨済宗」、「道元の曹洞宗」、「日蓮の日蓮宗」等の宗派が成立し、念珠もそれぞれの宗派の教義の違いによってそれぞれに独特の形式を生み出してきました。だから宗派によって若干の相違がある。当然ですよね。

しかし、どの宗派も、数珠の数についてはおおよそ108珠を基本としているようです。
さらに1080、54、42、27、21、14のものがあり、またこれらの数字は、百八煩悩或いは金剛界百八尊、五十四位、四十二位、十八学人と九無学、二十七聖賢、二十一位、観音十四無畏などを象徴するものとして意味づけられているんだそうです。

まあー、私は住職でもありませんし、本当のお数珠の真意は分かりません。でも、お数珠を片手にしてご葬儀や回忌等に列席させていただいているんですから、ご葬儀の時にはお亡くなりになった方の分まで一生懸命に生きていくことをお約束し、回忌の時には、仏様に元気に家族仲良く暮らしている報告が出来ることが最善だと思います。

お数珠の玉の数等はどうであれ、必ず輪になっていることだけは確かです。棒状のお数珠などはあり得ません。玉の中を通している糸が人と人とを結びつけているんだと思います。

そしてそのつながりで心を輪のように丸くして、穏やかに生活をさせていただいていると仏様に、ご報告することが最高の供養だと思います。今日もお念仏の間中、お数珠の玉を一つずつ回していました。 合掌。

2009年9月 5日 (土)

草取り・創業フォーラム・外郎売の口上大会

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毎年、8月後半から11月に掛けての土・日は非常に忙しくなります。
今日も午前中は大磯ルネッサンス03の草取りです。
私たちの団体は国土交通省が提唱するボランティアサポートプログラムの一環として旧東海道松並木に植栽事業等’03年から行っています。

この事業により旧東海道松並木には春にスイセンやクリスマスローズ等が綺麗に咲き,道行く人の目に安らぎを与えています。

今日は国土交通省の協力も得て草刈りを行いました。久しぶりの残暑でしたが午前中から良い汗をかきました。何よりも綺麗になり気持ちまで晴れます。

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午後は県の創業フォーラムに行ってきました。フォーラムの事例発表をしてくれたのは大磯で脱サラからパン屋を開業した「パンの蔵」さんです。
若い人から現役を退く一歩前の方まで大変多くの参加がありました。
大磯でも廃業も多いです。しかし、一方では創業に意欲を持つ方も沢山いらっしゃることが感じられました。

次の予定があるので途中で小田原に移動をし、第6回外郎売りの口上大会に行ってきました。

外郎(ういろう)さんは名字だと言うことを存じていましたか?
外郎家は現在24代当主、600年の歴史を持っている家系なんですよ。

この外郎売の口上は、歌舞伎役者二代目市川團十郎さんによって作られました。
今から300年ほど前の享保年間、團十郎さんは痰と咳の病気で台詞が言えず舞台に立てなくなって役者をあきらめかけていました。ところが「ういろう」の薬のことを聞き、服用してみると、たちどころに病気が治りました。うれしいやら感激するやらで思わず團十郎さんは外郎家へお礼に参上しました。当時の外郎家は諸大名も認める家柄、格別に偶されています。そんなことから團十郎さんは玄関先で挨拶だけして帰ろうとしました。しかし引き止められ隠居の藤右衛門さんの温かいもてなしを受け、更にお互いに嗜みとしていた俳句の話ですっかり盛り上がってしまいました。そこで團十郎さんはお礼として舞台上で外郎の効能を延べ、恩返しをしたいと申し出ます。しかし、外郎家側では「宣伝になるから」と言い断りましたが、「この霊薬を広く知らせることは人助けであり世のためである」と主張され許可をしました。そして「外郎の口上売り」ができ、以来、現在の第十二代目市川團十郎さんまで市川家の歌舞伎十八番として上演されています。そして、現在でも役者やアナウンサーの練習などにも使われているそうです。

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この伝統、歴史のある「外郎の口上売り」の伝承を小さい子どもたちに早口言葉の楽しさを教えながら自然と「外郎の口上売り」を教え込んでいる日頃の活動は本当に素晴らしいと思います。

2009年9月 4日 (金)

役人って本当にダメなの?

今日、ある省庁の役人がふらっと訪ねてきてくれました。
彼は公務員らしからぬ公務員ですから、私もお付き合いをさせていただいています。

先の衆議院選挙で308議席を納めた民主党は国家公務員、主に高級官僚のことを言っているのでしょうが省庁の役人を全く信用していない様子です。
しかし、国家公務員の中にも、我の利のことを考えずに真剣に国の将来のことを憂いている公務員がいることの存在を理解してもらいたいと思います。

民主党の議員、あなた方が優秀なことは分かります。
しかし、優秀だから各省庁に100人程度を送り込むことにより、それが官僚主導から政治主導になるんだという考え方が理解できません。

それは国家公務員を人材と考えているからでしょう?
人財と考えればもう少し違った視点から政策を考えることが出来るし幅も持たせる余裕が生まれるはずです。

天下りの問題。これは私たちが考えてもおかしいと感じている部分ですから大いにメスを入れていただきたいと感じます。

しかし、あなたがたの選挙民に選ばれた優秀なスタッフを各省庁に送り込んでもその先で働くのは一人の人です。公務員を否定するスタンスで乗り込んでは、あなた方に素晴らしい理念があったとしても実現するのは難しいでしょう。
議員の貴方も一人の人。国家公務員も一人の人です。
ここを理解しなければ、そして国民のご機嫌取りをしているようであれば、グローバル的な観点から日本は取り残されることは必至でです。

今夜も企画部会で夜が遅くなりました。
今夜は港の再生と農業面の休耕田をどのように活用するかということでクラインガルデンについて討議をしました。

私たちも真剣に日本の将来を憂いて夜遅くまで頑張っています。

2009年9月 3日 (木)

ダイヤモンド富士山・見ることが出来ませんでした

ダイヤモンド富士とは富士山頂に夕日が沈む瞬間に、ダイヤモンドのように輝く光景が見られることです。私は宝石のダイヤモンドには余り興味はありません。しかし、自然の芸術が織りなすこの風景は大好きです。富士山が見えるところであればどこでも見ることが出来るわけではありません。富士山が西の方向に見える場所で、それも一年に2回しか見ることが出来ないんですから。

富士山が東の方向にあれば太陽が昇る瞬間にダイヤモンド富士を見ることが出来ますが大磯ではそれは不可能です。

今年は春先の4月9日と10日の2日間が見ることの出来る絶好の機会でした。
天気は晴れていて、行きたい気持ちが疼いていましたが残念ながら会議等の都合で海岸に行くことが出来ませんでした。

そして昨日の9月2日と今日の3日がその日です。
今週も今日だけしか夜に会議等が入っていないので仕事を終えたらすぐに照ヶ﨑海岸に駆けつけようとしましたが、雲に太陽が阻まれて・・・・・・。う~ん、残念でした。

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掲載した写真はネットから借用させていただきました。
山梨県、忍野から見たダイヤモンド富士だそうです。

2009年9月 2日 (水)

部会での出来事!

今夜は観光部会の会議がありました。
冒頭から昨年までの部会長が自分の仕事が忙しいので職を解いて欲しいとの意見で始まり最初から波乱含みでスタートしました。その方は普段から本音で意見をおっしゃる方なので申し入れを尊重することにし、新たに部会長を選出しました。

新たに選出された部会長は元の部会長に相談役なり顧問として残って欲しいと敬意を表してお願いをしましたところ、ご本人は副部会長として協力させていただきます。との言葉に新部会長は大変戸惑ってしまいました。

その真意はどうなのか。新部会長と目配りを通してご本人の希望を受け入れることにしました。世間では、例えどのような小さな組織であろうと一度頂点の職に就いた方が改めてその下で新体制を支えるなんて出来そうで出来ないことです。

昨日の衆議院総選挙で大敗を喫した自民党の中にも、かって総理大臣を退いてから、その後に請われて大蔵大臣に就任した方がいましたね。

1991年(平成3年)に72歳にして内閣総理大臣に就任した宮沢喜一氏です。
宮澤氏は55年体制で自民党が営々と築いてきた長期支配、最後の首相となった方です。宮澤氏は第15代自民党総裁だったために、同じく15代目で政権を明け渡した徳川慶喜、また、第15代を持って倒幕された室町時代の足利幕府にちなんで長期政権の鍵は15代目だと、当時の私は思っていたことを思い出しました。

それよりもっとすごい人が過去にいました。「達磨大臣」と言われた高橋是清は総理大臣を経験した後にも8度、大蔵大臣に就任をしました。総理大臣まで経験したのですからあえて大蔵大臣などに就任しなければ二・二六事件で青年将校達に暗殺されることもなかったのにと思います。

例えが日本国のことなので、ちょっとスケールが違いすぎるかも知れません。しかし、比喩の大小はあるかも知れませんが、本質的には今夜の元部会長の行動は私は大変な英断だと思います。

大磯町には観光資源がありそうでないんです、が、私は気づいていないだけなんだと思っています。

この観光資源って一体、何をいうのでしょか?
ものの本を読むと、観光客が魅力と感じるすべてのもの。施設とか、自然景観、気候、史跡、文化、行事、人的資源などを総称しています。

今夜の会議を通して、観光について私の考え方をもう少し詳しく今日は書いてみようと思います。観光は非日常を楽しむ一種の人間行動だと思います。
東京ディズニーランド等などはその典型的な施設です。
先に観光の所でも書きましたが、私は、ちょっとした田舎に行くのが好きです。と書きました。片田舎、表現に語弊があるかも知れませんが、どのような田舎に行っても、行った先でも人間が生活しているんですし、そこに住んでいる人々の日常生活があるわけです。普段見ている日常的に見る風景もそこにはあります。

しかし、日常的な生活であっても、そこを訪れる人が自らの住んでいる地域と違っている時にはそれが立派な観光資源となりうる場合があります。
だから、地元の人が気づかない落とし穴があるんだと思います。

これを本当に見直すことから始めなければと思います。
足元を見直すことから考えないと痛切に感じます。

2009年9月 1日 (火)

デュアルシステム研修生受け入れ

毎年、何人かのデュアルシステム研修生を受け入れています。
そして今日からまた、9月28日までの17日間研修生を受け入れました。

私の組織は特殊法人なので一般の営利を目的としている企業とは趣を異にしています。従って、事務所で行っている実務を教えても実社会で役に立つことは余りありません。

パソコンの習得や職場のスタッフとのコミュニケーションの取り方や実践的なビジネス文書の作成等についての初歩的なことを教えてあげることしか出来ません。

私の事務所のように小さい所では雑用はありません。
だから、どのような些細な仕事であっても与えられた業務の意義を考えて行わなければ全てが雑用になってしまいますし、また、雑用にも感じてしまうでしょう。

私の事務所ではお客様がお見えになったら必ずお茶を出してもらいます。

天下分け目の合戦「関ヶ原の戦い」で西軍を率いた石田三成は豊臣秀吉に幼少の時に見いだされて武将になった人物です。
豊臣秀吉と石田三成にはどのような出会いがあったのでしょうか?

「三椀の茶」です。まだ少年で茶坊主であった幼少の時に、豊臣秀吉があるお寺に立ち寄りお茶を所望しました。応対したのが当時は茶坊主の石田三成です。秀吉がお茶を一杯飲ませて欲しいという要望に三成は「温めのお茶」を出しました。喉が渇いていた秀吉は一気に飲み干しました。「坊主、もう一杯お茶を所望したい」と言われた三成は「先ほどより一寸熱いお茶」を入れてきました。更に秀吉は「坊主、もう一杯お茶を所望したい」今度、三成は「熱いお茶」を出しました。

このお茶の出し方に人の心を読む機微を感じた秀吉は住職に頼んで自分の家来にしたんですから。たかがお茶出しと思わないで下さい。面倒臭そうに出したらそのお茶の味はいかがなものでしょう?

私の事務所のお茶は安いお茶葉でも美味しいんです。心がこもっていますから。
だから、お茶を出すことなど仕事ではない。女性蔑視などと言わないで下さい。

それはそのように言わせる、思わせる上司が悪いんです。雑用と思えるような仕事にもやる意義があるんです。それを教えないから雑用だ、女性蔑視だとの声が大きくなるんだと思います。

研修生が研修後に将来どのような職業を目指したいのか?
その希望・夢を聞いて一緒に考えてあげることしかできません。

最近の雇用情勢には大変厳しい現実があります。
折角、このような研修を終了しても、世の中は就職の氷河期。史上最悪の有効求人倍率が0.5を切っている現実を突きつけられると本当に大変だと思います。

今まで、私の事務所に来る研修生は皆さん大変に良い青年たちです。
この17日間、研修生と原点に戻って私も共に学ばせてもらいます。

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