« ライバルは自分自身 | トップページ | 8人の総理大臣が住んだ町 »

2009年8月24日 (月)

旧東海道松並木・大磯宿

旧東海道松並木・大磯宿

大磯町は江戸から数えて8番目の宿でした。
しかし、往時を偲ばせる宿場のイメージはほとんどありません。
唯一、旧東海道の松並木が残っています。

Photo_2

慶長5年(1600)の関ヶ原の合戦に勝利をおさめた徳川家康は、翌年の1601年に、東海道宿駅伝馬制度を設け宿場の整備を行いました。
また、36町を1里(約3.9km)として一里塚をつくり、街道筋にはマツやエノキなどが植えられました。

今日は、町の旧東海道整備活用等検討委員会に出席をしました。
私たちも宿駅伝馬制度400年を迎えたその年の2001年に旧東海道に記念事業の一環として松の記念植樹を大々的に実施しました。この松がかなり育っています。

しかし、この旧東海道のマスタープラン等が出来ていないので松の移植もままならない状況になっています。ここは昭和63年に景観形成事業の一環として県と町が事業を計画して、その事業計画の内容が住民の意見を反映していないとの理由で頓挫をしている経緯があります。

個人的には色々なアイデアは持っています。その目的を達成するために秋の一日「大磯宿場まつり」をこの旧東海道を会場に実施してるんですから。
まずは障害になっている課題を町と住民がきっちりと話し合って共通の認識をもっていかなければ先には進みません。

この旧東海道松並木は、大磯や東海道を愛する者にとっては貴重な財産です。住民達にも納得できる整備が出来ればと願っています。

Kewai_ido2_3

大磯の宿場の中心はこの写真の化粧井戸の付近にあったと言われています。化粧井戸は日本三大仇討ちの一つ、曾我兄弟の兄十郎祐成との悲哀物語で知られる虎御前もこの近くに住み、朝夕この井戸の水を汲んで化粧をしていたことからこの名がつきました。

東海道 松並木でGoogleを検索すると一番上に大磯宿が出てきますが現在では、残念ながら御油・舞阪の松並木の方が勝っています。

« ライバルは自分自身 | トップページ | 8人の総理大臣が住んだ町 »

地域情報」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/544481/46020763

この記事へのトラックバック一覧です: 旧東海道松並木・大磯宿:

« ライバルは自分自身 | トップページ | 8人の総理大臣が住んだ町 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

facebookで私の交友を見てください

イソタビドットコム

私と東海道との係わりの源です

西湘を拠点にして色々なプロジェクトを立ち上げて奮闘しています。そして私も遊ばされています。

きれいな水と美しい緑を、再生し、育み、守るために活動しています

NPOな人 椎野修平ブログ