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2009年8月

2009年8月31日 (月)

継続は力なり! マンネリと紙一重

Blog を書き始めてあっという間に1ヶ月が経ちます。
昔、新しいものを始めると三日坊主で終わったことが沢山ありました。

今年こそは一年通して日記を書くぞ! 小遣い帳をつけるぞ!
元日に誓っては二月の声を聞くとそれは、いつの話だっけ???

一つのことを始めると三日、一週間、一ヶ月と止めたくなる周期ってあるんですよね。
それを乗り越えると、習慣として身につく。そこに到達するのが大変なんです。

日々当たり前のことを、当たり前に行う。

本当にこれが出来ないんですよね。

私の身の回りにこの「継続は力なり」を勘違いしている人が沢山います。
特にイベント等は回数を重ねる、確かに第1回、積み重ねて・・・・・・第10回と大変な努力がいります。しかし、毎年、毎年同じ内容を繰り返して行うイベントが果たして「継続は力なり」と言えるんでしょうか?

私は、イベントや自らの仕事について3年を一つのスパンとして考えて行うようにしています。3年間実施してきたら、「守」4年目にはもう一度原点に戻る。「破」5年目にはもう少し今までと違ったスパイスを加える。「離」オリジナルのものに加工し直す。そして、また守・破・離を繰り返す。もし、この行為を検証しないでイベント等を繰り返して実施していれば、これは「マンネリ」「惰性」「前年の踏襲」の他、なにものでもありません。場合によっては実施しない方がかえって良いのかも知れません。

昨日の自民党の歴史的敗北はこの様な考え方から脱却できなかった結果だと思います。

『毎日少しずつ
  それがなかなかできねんだなあ』 相田みつを

2009年8月30日 (日)

湘南邸宅文化ネットワーク協議会シンポジウム in 平塚

昨年と今年にかけて藤沢にあるモーガン邸が放火により焼失しました。3月15日には国の重要文化財に指定されている横浜市戸塚区東俣野町の「旧住友家俣野別邸」も火災により焼失。続いて3月22日には大磯町の旧吉田茂邸が焼失しました。
立て続けに神奈川県にある歴史的な文化遺産である邸宅の火災が発生しました。

こうした火災にあった邸宅の被害を最小限にとどめる方法はないのか?

だから今回のテーマを「文化遺産・湘南の邸園を火災から守る」としました。
会場も、文化財指定されている旧横浜ゴム平塚製造所記念館で開催をしました。

平塚市の横浜ゴム平塚製造所内の敷地に存在していたこの建物は、1912年(明治45年)竣工された県内でも4番目に古い洋館とかと言われています。
現在は平塚市の八幡山公園に移設されて、愛称は「八幡山の洋館」と呼ばれています。

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テーマががちょっと一般受けしないので参加者が少ないかなと、思っていましたが、いや、いや、びっくりしました。想像していたよりはるか多くの方が参加してくれました。
それだけ関心が高いんでしょうね。嬉しい誤算です。

会場に旧吉田茂邸のパネル等も持ち込んで復元に向けての基金の募集も行ってきました。

第45回衆議院議員選挙の投票日でした。
民主党の圧勝。これをどう読むのかは別の機会にしたいと思います。

今夜は台風11号が首都圏に接近しています。
まさに自民党にとっては「暴風雨」。民主党はこれを追い風として利用できるのか?
これだけ強い追い風だと、足元を強固にしないと吹き飛ばされてしまうよ!

2009年8月29日 (土)

酒が呑める日(誕生日・夏を惜しむ会)

今日は一番下の孫、ぺーくんの誕生日です。2歳になりました。
娘が手作りのケーキを持参。3人のお姉さんたちは「ばぁば」を先生にパン作り。
本当に手作りの誕生会です。

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Photo_3 普段、おもちゃ等を買ってもらえない孫たちは、5人の誕生日の時には何かしらのおもちゃ等を便乗して買ってもらっています。
息子、娘夫婦も効果的な与え方をしていると感心しています。

孫たちも次に来る誰かの誕生日を楽しみにしていますのも、普段欲しいモノが誰かの誕生日のお祝いに便乗して手に入るからでしょう。それで良いと思います。

普段から買い与えないからこそ、兄弟、従姉妹の誕生日も、自分の誕生日のように祝えるのだと思います。

夜は「NPO 西湘を遊ぶ会」と「大磯だいすき倶楽部」合同の行く夏を惜しむ会に参加しました。若い人からご年配まで、それぞれ色々な分野で活躍されている方々、実に多士済々のメンバーが集まりました。
特に、「NPO 西湘を遊ぶ会」では現在、大井町で休耕田を再生し、酒米を作っています。そして自分たちの酒「僕らの酒」作りを行っています。このイベントに、都会から若い方の参加が多いのに驚きます。「ちょっと前の日本の暮らし」を実践している方。こちらにも都会からの多くの若者が参加しています。田舎、それも大磯のように都会からちょっと、という感覚で来ることの出来る場所に魅力を感じているようです。
地元の人はこの様な社会行動変化に気づかないのが残念です。

酒も頃合いに入れば、ハワイアン、落語まで飛び出す楽しい集まりです。

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今夜も色々な方を紹介いただきました。

2009年8月28日 (金)

オーダーメイドベルト

先日来オーダーメイドしていた腰痛ベルトが出来上がったので取りに行ってきました。

(左)従前からのベルト(右)オーダーメイドのベルト

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腰痛で悩んでいる方って世間では結構いるんですよね。
この腰痛は他人からは見えないし、分からないし、自身も「病気じゃないから・・・・・・」といって、つい我慢、無理をしてしまう傾向にあります。医者に行けば安静にしているのが一番。そうしていたいけれど中々それは出来ない。出社すれば、周りの人が一生懸命にかばってくれますが、それが負担になってつい無理をしてしまう。

私の症状など加齢から来る軽度の腰痛です。
しかし、これからも、まだまだスポーツに熱中したいですよ。
紹介をされた整形外科の先生はスポーツマンです。
私の話を聞いてくれて、身体にフィットしたオーダーメイドのベルトを作ってくれました。

身体に付けると従前付けていたベルトとは一味、二味も違う感触に、思わず身も心も軽くなりました。
付けた状態でボウリングのフィニッシュポーズ。

「良いね!」そしてドクター曰く「余り無理をして、頑張りすぎて私の所に戻ってこないように」

腰痛は、ちょっとした工夫で痛みを和らげたり、予防することが出来ます。
   
★腰痛予防★
        1.腰背部を支える筋力の維持
        2.腰背筋の疲労解消
        3.日常生活動作の見直し
        4.精神的なストレスの解消
        5.骨粗しょう症の予防    等だそうです。

分かってはいるけれど、実践できないのが人間。

う~ん。ここでももうひとりの自分というライバルが存在します。

2009年8月27日 (木)

向かい風・追い風

人生には向かい風・追い風はつきもの。
世間一般では向かい風は厳しい、大変だと感じるケースの方が多いかも知れませんね。
向かい風を逆風と表現すると、なおさら厳しいと感じてしまうかも知れません。

30日は第45回衆議院議員選挙の投票日を迎えます。
正にメディアの報道では自民党には大変な逆風が吹いています。
一方、民主党には追い風の二乗の風が吹いているようです。

朝から「み~ん、み~ん」と蝉まで応援しているような状況の中で私も目を覚ますんですから・・・・・・? 
これも追い風の一つなんですかね?
結果はどうなるのか分かりません。

このところの社会の動きを見ていてちょっと気になるなる点があります。最近の世の中は give & take の考え方が希薄になってしまい、take & take の考え方が蔓延っているように感じているのは私だけなのでしょうか?

憲法は国民の義務として、教育の義務(26条2項)・勤労の義務(27条1項)・納税の義務(30条)の3つを定めています。

教育に関しては全ての学齢期にある子どもが、等しく教育を受けることの出来る環境はきっちりと整備するべきです。

その教育する中で最近、競争=悪 のイメージを強く受けます。

私は順位を付けることは決して悪いことではないと思っています。順位をつけることが悪いのではなく、成績の順位をその子自身の人間の基本的な価値として判断してしまう考え方に懸念を感じます。それが社会だけではなく家庭、親までもがそのように考えていたら子どもは悲劇です。

家庭の中にあっては、少なくとも学校での成績によって判断しないでその子の存在感を認めてあげることが必要だと思います。

学校での成績や順位がどうであろうと関係はありません。
競争のない社会は存在しません。その中で生きていくためには、競争から逃避するべきではないと思います。

労働の義務を果たすためには就労の場をきちんと確保してあげなければ義務を果たすことは出来ません。雇用関係の政策をきちんと打ち出すべきです。

納税も税金は搾取されているわけではありません。
納めているんです。だから、納めた税金がきっちりと有効に使われているのかをチェックする必要があるんです。

各党が掲げている政策は国民側から見るとtake & take にしか写りません。この take & take が多くある方が選択肢だと言うことに不安を感じます。

風が勝負を分けるヨット競技でも向かい風を利用して疾走します。
スキーのジャンプ競技などは追い風では失速してしまいます。
適度の向かい風があればこそK点越えが出来るんです。

私も自分の人生の中で自分の周辺に吹いている風、この風をどう読み、どのように努力して、利用するかで現状を切り拓くことが出来るのか。心を新たに前進しなければとこの衆議院議員選挙を通して考えさせられます。

2009年8月26日 (水)

観光とは?

今日は湘南地域観光振興会議に出席してきました。
神奈川県では神奈川県観光振興条例の策定準備をしています。
その条例が制定された後に神奈川県観光振興計画(仮称)を策定する、その準備の会議です。

私は時々各地を、訪ねるのも趣味の一つです。
結構色々なところに行きましたが、メジャーな観光地はほとんど訪ねたことがありません。恐らく皆さんが知らないところばかりかも知れません。

「旅」から戻り「何処に行ってきたの?」「○○へ、ちょっと。非常に良いところだったよ。」私の話を聞いて、そこを訪ねる方もいらっしゃるんです。「お前!行ってきたけれど、どこが良いんだ。何もないじゃないか」と

「だから、良かったでしょ!」

人それぞれ価値観が違うし。見る視点も違う。金太郎飴ではおもしろくないです。ただ、私が観光地でもないような所に好んで行くのは、そこに住んでいる方々の「ホスピタリティー」「おもてなしの心」が最高だからです。この心が「良いところに来た」「見せていただいた」と見る景色や食べる「味」まで変えてしまいます。

昨日は「8人の総理大臣が住んだ町」を書きましたがこれだけでも大きな財産だと思います。その政界にプラスして三井、岩崎、住友、浅野 etc の財閥が大磯に住んでいたわけですから資産には恵まれすぎているんだと思います。大磯は!

つい、先日も大磯で晩年(と言っても57歳の若さで亡くなっていますが)を過ごした劇作家、随筆家の高田保の故郷である茨城県、土浦を訪ねてきました。

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写真は高田保の母校で、明治37年に建てられた校舎は国の重要文化財として指定を受けています。今年でこの校舎は、竣工105年になりますが日常的に公開され文化祭等でも使用しています。
当時は土浦中で現在の土浦第一高等学校です。

観光とは、一般に楽しみを目的とする旅行のことを指しています。
旅人の目的をかなえるには、まず、そこに住んでいる人が自分の町を「良い町だ」と誇りを心から持つことから始まるんだと思います。

この「ホスピタリティー」「おもてなしの心」がなければ来ていただける方に失礼ですよね。

これは資金もいらないし、最高に効果がある立派な事業だと思います。これ等を抜きにハード整備を行っても効果はありません。
少なくとも私はソフトの受け皿作りに時間を掛けていきます。

2009年8月25日 (火)

8人の総理大臣が住んだ町

毎月、定期的に県と地域の情報交換を行っています。
実は、この情報交換のテーマ、話題探しが大変なんです。
私の組織の日常業務はルーチングワークが主ですから。
毎月毎月、目新しい事業はありません。そりゃ、日々受ける相談は専門的なことから身近な問題まで実に多様化していますが、この内容を話すわけにもいかないし。

そこで今日の話題は、伊藤博文没後100年にしました。

明治42年10月26日に満州のハルピンで暗殺され、今年で没後100年を迎えます。

大磯町には過去、8人の総理大臣が居を構えていました。
伊藤博文を始め山縣有朋、大隈重信、西園寺公望、寺内正毅、原敬、加藤高明、吉田茂【下の写真は首相官邸HPより転用】の8人です。

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7 8 1896年(明治29年)大磯に「滄浪閣」(そうろうかく)を建てて住みました。

伊藤博文は貧農の子として生まれましたが、持ち前の向上心と出逢いを大切にし幕末の変動期から明治維新を駆け抜けていきました。
長州・萩での松下村塾、吉田松陰との出逢い。松下村塾での同窓、井上聞多(のちの馨)等と学び高杉晋作や桂小五郎や坂本龍馬、エゲレス外交官アーネスト・サトー等との出逢いを明治維新に生かしてきました。

現在、町と伊藤博文没100年の企画展を計画しています。
まだ、町民にリリースをしていないので詳細は後日の機会に案内します。「8人の総理大臣が住んだ町」このテーマだけでブログが一つ出来そうです。

2009年8月24日 (月)

旧東海道松並木・大磯宿

旧東海道松並木・大磯宿

大磯町は江戸から数えて8番目の宿でした。
しかし、往時を偲ばせる宿場のイメージはほとんどありません。
唯一、旧東海道の松並木が残っています。

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慶長5年(1600)の関ヶ原の合戦に勝利をおさめた徳川家康は、翌年の1601年に、東海道宿駅伝馬制度を設け宿場の整備を行いました。
また、36町を1里(約3.9km)として一里塚をつくり、街道筋にはマツやエノキなどが植えられました。

今日は、町の旧東海道整備活用等検討委員会に出席をしました。
私たちも宿駅伝馬制度400年を迎えたその年の2001年に旧東海道に記念事業の一環として松の記念植樹を大々的に実施しました。この松がかなり育っています。

しかし、この旧東海道のマスタープラン等が出来ていないので松の移植もままならない状況になっています。ここは昭和63年に景観形成事業の一環として県と町が事業を計画して、その事業計画の内容が住民の意見を反映していないとの理由で頓挫をしている経緯があります。

個人的には色々なアイデアは持っています。その目的を達成するために秋の一日「大磯宿場まつり」をこの旧東海道を会場に実施してるんですから。
まずは障害になっている課題を町と住民がきっちりと話し合って共通の認識をもっていかなければ先には進みません。

この旧東海道松並木は、大磯や東海道を愛する者にとっては貴重な財産です。住民達にも納得できる整備が出来ればと願っています。

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大磯の宿場の中心はこの写真の化粧井戸の付近にあったと言われています。化粧井戸は日本三大仇討ちの一つ、曾我兄弟の兄十郎祐成との悲哀物語で知られる虎御前もこの近くに住み、朝夕この井戸の水を汲んで化粧をしていたことからこの名がつきました。

東海道 松並木でGoogleを検索すると一番上に大磯宿が出てきますが現在では、残念ながら御油・舞阪の松並木の方が勝っています。

2009年8月23日 (日)

ライバルは自分自身

子ども達にとっては最後の日曜日かも知れません。
5人の孫たちは、朝から町営プールへ。海岸には大勢の海水浴客が来ていました。
私はこのところ腰の調子がイマイチという口実でデスク周りが雑然としていましたので、雑巾がけ、埃も取り去り綺麗になりました。
(自分に優しいんですよね!)
良い週末です。

今日の神奈川新聞に山形県で職員の飲酒による懲戒免職処分が多いので、職員提案により金曜日の飲み会をセッティングしないとの記事がありました。これって提案する内容なの?

最近の社会面のニュースを見ていると不可思議な出来事が余りにも多すぎます。そうするとやれ、政治が悪い。教育が悪いだのと責任を外に向けていきます。確かにそうしたところにも責任の一端はあると思います。

一流のスポーツ選手等にライバルは? と、問われるとライバルは自分です。自分に厳しくという意味合いだと思います。

今、第12回世界陸上選手権最終日の女子マラソンで尾崎好美選手が銀メダルを獲得のニュースが流れました。
おめでとうございます! 正に自分に勝った結果なんでしょうね。

その点、芸能界は甘いですね。
一連の覚醒剤騒動などを見ていると自覚がなさ過ぎます。過去にこうした覚醒剤等の事件を起こした芸能人の何人かがカムバックしています。一つの芸に秀でている者だから許される?
私には理解できない世界です。

私もいつも、もう一人の自分自身と向き合っています。
夜、遅くブログ等をアップしようとすると、もう一人の自分が、「もうこんな時間だよ早く寝ようよ!」と誘ってきます。「仕事?何も今日やらなくったって明日やればいいじゃん!」負ける時も日常茶飯事です。もう一人の自分に勝たないと、楽な方へどんどん流されてしまいます。こうした思考を持つことは大切だと思っています。

しかし、これも精神的に、肉体的に健康だから出来ることだと思います。心が疲れているとか、本当に体調が悪い時には、本音の自分に時としては妥協してあげることも大切です。

その見極めが難しいんですが!

2009年8月22日 (土)

日々是好日!

この時期、朝は行く夏を惜しむ蝉の合唱で目が覚め、夜になると来る秋を待ちかねる「こおろぎ」等のBGMで床につきます。

日々是好日、好きな言葉の一つで、このブログを書き始める時のタイトルの候補にもしました。ともすると世間では、この言葉は毎日が良い日ばかりと解釈している方も多くいます。

世の中、そう良い日ばかりあるはずはありません。
むしろ嫌な日の方が多いかも知れません。

どのような天気であろうと、どのような状況にあろうとこれを素直に味あう。暑い時は暑い時でしか体験できないことを、晴れの日は晴れを、雨の日は雨を楽しむ。そしてうれしい時には笑い、悲しい時には涙する。

私が考える「日々是好日」とは、心を自然のままに受け入れることだと解釈しています。

心を自然のまま、そうは言っても受け入れるとは難しいことです。

例えが忍という字です。
忍の字は心の上に刃が置かれています。この状況でじたばたしたらどうなるんでしょうか。じたばたと騒げば、上に乗っているのは刃ですから切れてしまいます。それが大きな怪我につながります。
だから忍とはじっと現状を受け入れて耐えるんだと思います。

その時々の状況を受け入れるように心掛けています。

だから私は毎日が「日々是好日」なのかも知れません。

2009年8月21日 (金)

かつをぶしだよ人生は

Photo お昼休みにNHKの「金曜バラエティー」に同局で現在放映されている「天地人」で直江兼続の幼少時代・与六を演じ、評判となった加藤清史郎くんが生出演していました。

現在「みんなのうた」でオンエアされていて、9月にレコードデビューをするんだそうです。

その歌のタイトルが「かつをぶしだよ人生は」
猫を主人公にした歌を清史郎が可愛く歌いあげていました。
どんな気持ちでこの歌を歌っていますか?との問いに「猫の気持ちになって歌っています」と。実に可愛い。

私も思わず、今日はこの歌を愛猫「タマ」に捧げたいと思い、今日のブログのテーマを決めました。

当事者のタマはPCの傍らで歌より本当の「かつおぶし」の方が良いといった顔をしていますが・・・・・。

だからあげました。かつおぶしを。満足そうに食べています。

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    猫に生まれてよかったよ
  気ままに生きても誰も文句はいわないよ
  まいにち毎日猫の手を
  借りたいなんて人聞は
  エ~忙しそうにしてるけど
  貸してくれよと 頼んでこない

本当にそうですよね。お前!忙しいんだから手伝えって言ったって「ニャー」の一言だものね。本当に分かっているの?
でも本当に猫には癒されます。

今夜は企画部会の集まりでした。
地域ブランドについて良い意見が沢山出ました。
都会で活動をする若手の事業家にもゲストで参加してもらいました。
彼は西湘・湘南地域で交流の輪を着実に広げています。

活動の内容は http://seisounoseikatsu.seesaa.net/ 

是非、ご覧下さい。

大磯には違った角度からの視点で刺激、影響を受けて繁栄してきた経緯があります。
私はこうした目で見る価値観を大切にしたいし必要だと思います。

2009年8月20日 (木)

人生我以外皆我が師なり

今日も一日、多くの方に会い、色々な話をさせていただきました。
永く人生をやってくると、ストレスを溜め込まないようにするのも大きな課題です。人とコミュにヶーションをはかることは楽しみである一方でストレスを溜める要因の一つにもなります。

私は人に始めてお会いする時には、性別や年代、成長してきた環境や価値観の相違から「合うはずがない」とのスタンスでお会いすることにしています。

最初から合うはずがないと思っていれば、期待を裏切られることもありません。自分と価値を共有が出来るところを見いだしていけば良いのですから。気持ちは楽です。つまり積み重ね、加算方式です。

逆に、世の中って結構、減点主義で人と接している方を見かけませんか。減点主義の顛末はあの人は!あいつは!あんなやつは!と
人の批判、悪口になってしまうことも多々あると思います。

そこで素敵な言葉をプレゼントしたいと思います。
「宮本武蔵」「新平家物語」で著名な作家・故吉川英治氏の言葉です。
「人生我以外皆我が師なり」

この言葉を持って人と会うと楽しみの方が大きくなる魔法の言葉なんです。

明日もどんな出逢いがあるんでしょうか?楽しみです。

2009年8月19日 (水)

東海道は57次。えっ!53次ではないの?

東海道、実は57次なんですよね。皆さん、ご存じでしたか?
広重が描いた「東海道53次」の浮世絵イメージが強く、そして余りにも有名になりすぎてしまったようです。
その結果が「東海道は53次」に。

また、大津、大坂間を上方の人々が好んで「京街道」と呼んでいたために伏見、淀、枚方、守口宿が東海道であることの認識が薄れてしまったのでしょうね。
大坂から京都に向かう街道は「京街道」逆に京都から大坂に向かう街道は「大坂街道」と呼んだり、この区間は街道より淀川の水運が非常に発達していたので余計に存在感が薄くなっているのかも知れません。

私はこの東海道が好きで東海道を通した活動をライフワークの一つにしています。その一環で昨日も、品川宿から小田原宿の仲間が集まる情報交換会に戸塚宿に行ってきました。

そこで東海道の魅力とは?
私が思うに東海道は、海山の変化に富む美しい景観に恵まれ、その中に歴史的な名所が数多く存在することかなとも考えます。
宿場間の距離が長くもなく短くもない。これも良いですね。

江戸時代に参勤交代で往来した大名がこの東海道をどんな想いで往来したのか。そんな視点で見ると更に違った東海道が見えてきます。だからおもしろいんです。

今夜は『大磯宿場まつり』のスタッフ会議でした。
この催し物も今年で16回目を迎えます。
11月1日(日)には旧東海道の面影を残す街道が江戸時代の風景に代わります。是非、着物でぶらっと遊びに来て下さい。

スタッフも全員が、善意のボランティアです。
でも、皆さん、東海道が好きだから、宿場まつりに参加するのが楽しいからと集まってくれます。

この「宿場まつり」の魅力はスタッフ自らが楽しんでいることだと思います。だから、「まつり」に来街してくれる方も同じ視点で楽しんでくれるんだと思います。
スタッフ全員が「嫌々」「義務」で行っていませんから。
各地で宿場まつり、街道まつり等が行われています。
しかし、『大磯宿場まつり』は東海道随一のまつりと自負しています。

10月10日(土)には「第22回東海道シンポジウム」が大津宿で開催されます。東海道57宿の仲間が一年に一度会えることを楽しみに集まります。
私はこの東海道を通して多くの「人」の財産を得ました。
もちろん、各宿場の良いところや知識も広がり、町並みを見る楽しさ、視点も大きく変わりました。

シンポジウムと言っても学術的、歴史的な考察、そのような堅苦しいシンポジウムではありません。
Photo_2 写真は「第20回東海道シンポジウム箱根宿大会」でコーディネーターを務めさせていただいた時の写真です。
是非、機会がありましたらご参加下さい。

2009年8月18日 (火)

第45回衆議院議員選挙

今日は衆議院議員選挙の公示です。
自公民連立から民主党を中心にした政権交代が実現するのか?
色々な視点で有権者として考える必要が在ると思います。

その国の政治レベルは国民が造っていることに間違いないんですから。議会民主主義の意義を国会議員はもう少し考えて欲しいと思います。民、民と国民の考え方に耳を傾けることは実にありがたいし、そうあるべきだとも思います。

しかし、国民一人一人の価値観は違うんです。穿った見方をするならば国民の判断基準は自分にとってプラスかマイナスかで判断する場合が結構あるんですよね。

一人一人の想いの色を混ぜ合わせたら最終的には限りなく黒に近いダークグレーになるはずです。決して私たちが望む希望の色、綺麗な色にはなりません。

日本国民も国会議員もこのダークグレーを日本国が目指している色とするならばそれでも良いと思います。

しかし、違うでしょう!
為政者というものは現段階では多少の困難や障害があっても、それが日本国にとって必要と思う政を行うのが本来の政治家でしょう。

私はアメリカ合衆国第35代大統領の John F. Kennedy 就任の演説の内容を今一度自分なりに考えてみたいと思います。

Ask not what your country can do for you.
Ask what you can do for your country.
January 20, 1961

今夜は、夕方から東海道の仲間の集まりがあり戸塚に行ってきました。明日も地元で、宿場まつり会議があります。
明日は宿場についてコメントを書こうと思います。

久しぶりにあった仲間と呑んでかなり酔っています。
宿場のことについて書き始めると夜が明けそうです。う~ん。眠い

2009年8月17日 (月)

BGMがコーラス

朝から事務所に似つかわしくない可愛い子ども達がやってきます。
月に何度か子ども達のコーラスの練習場所として会館を開放をしています。指導しているのは大磯小学校の校長等を歴任して退職をした大塚先生です。音楽教育に大変熱心な先生で、在職中にNHKやTBSの合唱コンクールで何度となく日本一に輝き合唱の大磯小学校とコンクールの常勝校として導いた先生です。
その合唱が2階から聞こえてきます。
ウイーン少年合唱団に負けないくらいの元気な歌声が階下に響いてきます。子どもの歌声は聞いていても気持ちが自然と和んでくるから不思議です。

実は私も大塚先生に教わった生徒の一人なんですよね。
半世紀近くも前ですが、先生が着任すると音楽教室にステレオが置かれました。当時としてはステレオなんてまだまだ珍しい音響機器です。左右両方のスピーカから流れてくる、今まで聞いたことのない音色に驚いたことを思い出します。

生徒全員でたて笛の練習もさせられました。50人を越えるクラスメートがいる時代です。その中で一人くらい間違って吹いたって分からないと思うでしょう。子どもなら?

それが間違えると必ず、間違った生徒に注意が飛んでくる!
注意だけじゃない。チョークが飛んできました。それも正確に。
どうして? 分かるの? 不思議でしたね。当時は。

そんな先生が、退職後も地域の子ども達に合唱の楽しさを教えています。息子や娘も先生の世話になり、そしてこの合唱の会に最近では孫まで参加させていただき、お世話になっています。
もう、先生とは半世紀のお付き合いになります。
これからも健康にご留意されて末永くこうした活動を続けて欲しいと願っています。

今夜は久しぶりのリーグ選(ボウリング)に行ってきました。
腰の状況も50%程度は回復したようです。
600up(3G)出来るとストレス発散になります。
これが、思うように投げられないとストレス発散に行ってストレスになってしまうと。そこで健康に投げられることに感謝すれば良いのに、気持ちが(若さ)そうさせてくれないんです。

2009年8月16日 (日)

お掃除デー・送り火

2階の網戸の張り替えをしました。
古くなったからではないんです。
タマが網戸クライミングが好きでよじ登って、はがしてしまうんです。張り直して1時間で破られることもあります。

猫は本当に新しい、清潔な物に興味を示します。
綺麗になった洗濯物の中に埋まって気持ちよさそうにウトウトしていることなど日常茶飯事。

Photo この写真のガチャック。
書類等をまとめるのに使用する文房具ですよね。本来の使用用途は。しかし、我が家は使用目的が全く違うんです。我が家の出窓の網戸と網戸の反対側の窓をこのガチャックの玉で開かないようにしているんです。タマが外に出て行かないように。

じぃじとばぁばが2階でこの作業をしていると階下ではママの総指揮の下でリビングと玄関先の拭き掃除が始まりました。Photo_3 
また、この拭き掃除がタマが好きなんですよね。
最初は総監督気分です。しかし、自分の近くに雑巾がくると遊んでくれるとでも思うのか、すぐにちょっかいを出し始めます。

最近の子どもは雑巾の絞り方も知らないとか?
こんなことも核家族化の弊害の部分かも知れません。
お嫁さんは大変かも知れませんがじぃじ、ばぁばがいることのプラスを考えてくれば良いなと思います。

「家に一老あるは、一宝あるがごとし」
これは昔からの諺です。おばあちゃんの器用な手先とか、おじいちゃんの知恵とか、生活の場では老人たちの長い経験がここぞという時に生きてくる。色々と教えてもらう機会があったり、家事を手伝ってもらいながら学べることがうれしいことだ。家に老人がいるというのは宝があると同じだと言う意味です。
そして一方では、「ありがたきもの、舅にほめられる婿、また姑に思われる嫁の君」平安時代の清少納言の言葉です。

夕方は娘夫婦と孫二人もやって来ました。その中で玄関前でお盆中にお迎えをしていた精霊に送り火をたいてお墓に帰っていただきました。

Photo_4 こんなひ孫、玄孫(やしゃご)の成長した様子を見ていただき爺様、婆様や親父、お袋たちも目を細めて見ていてくれたでしょう。来年来る時にはもっともっと逞しくなっていると思います。

今年も良いお盆でした。

2009年8月15日 (土)

合掌!黙祷! えっ!いただきます???

終戦の日です。午後零時が食事中になってしまいました。
一昨日、長女と次女が娘夫婦の家にお泊まり。
その余韻が残っているのか孫たちはお疲れモード。

早お昼を食べて早めにお昼寝タイムにしようと。
食事中に午後零時になってしまいました。

今日は終戦の日なんだよ。戦争で沢山の方が亡くなりその方達のご冥福を祈ります。じぃじとばぁばが、合掌、黙祷と手を合わせたら長女が思わず「いっただきま~す」と???

食事中だものね。手を合わせるのは「いただきます」「ご馳走様でした」それしかないよね。
じぃじの時間的な配慮が足りませんでした。

私たちは60年・70年安保闘争等を通して日本の将来・平和について仲間と議論をしてきた世代です。

もっとも60年安保は小学生の時代。
教室では意味も分からずにテレビの映像と同じように「安保!反対!」「安保!反対!」とスクラムを組んで友だちと騒いで先生によく怒られたものです。

70年安保闘争は学生時代のまった只中。戦争・平和・恋愛etc、
何でも議論のテーマにして、時としては夜を徹して議論をしました。
その時代を懐かしく感じます。

繰り返してはいけない戦争等の行為は、これからの世の中を背負っていく世代に、きっちりと語り継いでいかなければなりません。
絶対必要だと思います。

命半ばで自分の人生を断たれた310万人を越える英霊に申し訳が立ちません。今の平和をもう一度自分なりに考える必要があるんです。

この8月は6日の広島・9日の長崎の被爆。15日の終戦の日と命の尊さを、お盆で先祖を迎えた中で「命の大切さ」を考えるには絶好の時期だと思いませんか?
少なくとも私はそのようにしたいと思います。

                                             合掌!

2009年8月14日 (金)

時間は平等!

日々、色々な方とお会いします。
打合せや会議も頻繁に入ります。
だからあっという間に1日が終わり一週間が経過してしまいます。

本当に忙しいんですが仕事を楽しんでいます。
日々新たな出会いがあり、そして色々なことを再認識させてくれます。

現在の日本社会には格差があると、しきりに言われています。
現実に私もあると思います。
私は人間に与えられている平等は数少ないと思いますが、その一つに「時間」があります。

私も忙しくなるとつい時間がない、もう少し時間が欲しいと言ってしまいます。しかし、どのような貴人であろうとも与えられているのは1日24時間なんです。これだけは平等。

だからこの時間の使い方が大切だと思います。
そして1日24時間なんですが、一方で、時間は生み出すものでもあると思います。無駄な時間を省くことは当然。実はこの無駄を省いて生まれた時間を何に再投資をするかが問題なんです。

世の中、コストカットが企業の存続に繋がり、費用対効果ばかりに目が向いているように感じます。生み出した時間を業務のみに再投資をすれば当面の利益は確保できるかも知れません。しかし、組織を疲弊させることにもなります。

個人の問題で考えればアフター5に投資するべきです。
グルメや時に飲みに行くのも良いでしょう。
メタボの道への投資では何にもなりません。
自分の人間性を高めるために投資するべきです。

無用の用の所でも書きましたが余裕を持っていないとこうした「無用の用」に気づかないでしょうね。

組織を支えているのは人。従業員は材料 人材ではありません。
財産、人財! だと思います。

そうすると私は人財に恵まれているのかも知れません。
家庭でも同じです。

と、言いつつ今週も週末を迎えてしまいました。

2009年8月13日 (木)

お盆です!人間社会もデジタル?

今日はお盆の入りです。

お盆は、孟蘭盆会(うらぼんえ)のことを略していいます。毎年、七月十五日を中心に、十三日を迎え盆、十六日を送り盆といい、十三日から十六日までの四日聞がお盆の期間となります。
私の住んでいる大磯は月遅れでこの行事を行っていますので8月の行事になります。

私の家には10人の仏様がいます。
新年を迎えると今年は誰の年忌かなと考えることから始まります。
何せ10人もいるんですから誰かしらの年忌を迎えることになります。子どもたちに先祖を大切にと言っても中々理解できるものではありません。しかし、親が毎朝、お茶、お水を供えることを習慣にしていると孫たちも仏壇で手を合せることを自然のことと感じてくれます。今や息子に嫁いできてくれたお嫁さんがそれを実践してくてれます。孫たちもいただき物があるとまず仏壇に供えることをいつしか覚えてくれました。

逆にお仏壇のところには必ず食べ物があると分かっているので、そこからお菓子などを持ってくることもちゃっかり覚えました。

それでも良いんです。戴きますと持ってくる約束が出来れば。

私たち夫婦にも両親がいました。その両親にも親はいました。私たちをスタートにして10代遡れば直系の親だけで二の二乗で1024人いた筈です。2.4.8.16.32.64.128 パソコンのデータではありません。親の人数です。日頃から便利にパソコンを使用していますが人間の世界も二の二乗の世界だと思いませんか。

この10代遡った親、1024人の △ の頂点に我々が存在するわけです。この観点からすれば、誰の助けも得ずに自分一人で生きているんだ などと いきがっていく訳にもいかないはずです。
私たちは生かされているという感謝の考え方を学ぶ必要が在ると思います。

また、逆三角形 ▽ この一番下に我々が存在するとの見方をすれば、色々あった過去を含めて自らが現世を支えているという自分の力で生きる。生きているという自負、誇りが必要になります。
だから一生懸命生きることが出来るのだと思います。

私たちはこうした考え方を子どもに伝えてきました。

今日も娘夫婦が孫たちを連れて迎え火を焚きにやってきてくれました。そして我が家の全員で迎え火を焚きました。

それにしても、久しぶりに我が家に戻った親たちはいつの間にか賑やかになったものだ・・・・・・・。落ち着けないかな?

でもきっと皆、心から歓んでくれていると思います。

そして、この様な国民行事は大切にして欲しいと願います。

2009年8月12日 (水)

無用の用 2件

1985年8月12日午後6時56分、日本航空(現:日本航空インターナショナル)123便、羽田発大阪行のジャンボジェットが群馬県上野村の御巣鷹の尾根に墜落して24年。四半世紀なんてあっという間に経過してしまうんだ。520人の亡くなった方々に改めてご冥福を祈ります。

あっという間に経過した四半世紀だと思っている内に、それでは25年先は? えっ!85歳。さすがにここまで先の展望は出来ない。しかし、私流のプラス思考で考えれば25年先を今考えたら、今日のこの日が一番若い時。これだけは間違えがない。だから今の若い内に色々とやらなければと思います。

お盆を前にした事務所は来客を始め電話等の問い合わせも非常に少ない時期です。
そこで職員全員で身の回りや全体ののゴミ出しを敢行。
1年も整理しないと書類は溜まる一方。事務所の建設費用を考慮したら大変な金額に相当するスペースを不要な書類に占拠されていということです。

腰の調子がようやく良くなってきたのでリハビリを兼ねてと強がりを言ってやりましたが、ふーぅ 疲れた。

事務所から帰ってほっとしていたら携帯電話がコール。
直接仕事とは関係がありませんがお呼び出しの電話です。
内容の詳細は書けませんが、これも無用の用。

荘子や老子は無用の用のことについて難しいことを書いています。
特に荘子は
およそ有用――役に立つということは大事なことに違いない。
   だが、浅はかな人間の知恵で推し量られる有用が、
   本当の有用であるかどうか。もう一つ上の、“道”
   (タオ)の立場から見れば、凡俗の輩の有用などは取
   るに足らぬこざかしさ、いや愚かさに過ぎず、
無用とされるものの方に却って大用――真の用があるとも
       言えるようではないか、

哲学者荘子は、無用の用をこのように強調しています。

私は大好きな言葉です。そして私流に今日のことを解釈すれば、事務所で仕事をするのはゴミ出しなどは仕事ではない。身の回りの整頓をするために事務所に来ているのではないと思うかも知れません。
また、若い人には不評を買うかも知れませんが、お茶出しなどするのは仕事などとは思わず、女性蔑視の最たる行為のように受け止められています。

どうも世の中「無用とされるものの方に却って大用」に価値を見いだすことが出来ないみたいです。前にも書いた子育てにも通用する考え方だと思いますが・・・・・・・。 
如何でしょうか?

2009年8月11日 (火)

環境によって育ち方が? 猫も(PartⅡ)

緊急地震速報・緊急地震速報 静岡県、山梨県、神奈とラジオから聞こえたその時に揺れを感じました。
揺れる前に初めて聞いた緊急地震速報です。
例え、3~5秒程度であったと思いますが事前にインフォメーションがあると心構えが違うことを実感した今朝の地震でした。
静岡方面では多くの方に被害があった様子ですが人命に被害が及ばなかったことが何よりです。
被災地の方には心からお見舞い申し上げます。

さて、今日は愛猫2代目、タマの話題です。
先代のミーコが亡くなってから女房はミーコの可愛さを忘れられずに新しい猫を探していました。結構色々なところを見に行きました。
猫の里親制度等が沢山あることもこの時に知りました。

ネットで可愛い子猫を探しては問い合わせをしていました。
しかしすぐに見つかると思っていましたが思いもしない条件がありました。その断られる条件は「小さいお子さんがいるんですか?」
小さいお子様のいるご家庭には子猫を譲るわけにはいきませんと。
これが決まり文句でした。

ある時に娘が大型施設の掲示板で子猫が産まれました、
「子猫譲ります」とのチラシを持ってきて、女房は早速に問い合わせ。その日の内に・・・・・・。そして、待ち合わせ場所に。

Photo 子猫は皆可愛い!。見たらもう最後です。その場で連れて帰りたい気持ち。あと一週間お待ち下さい。来週お渡ししますと。
(女房より自分の方が欲しかったんだけれど)

当時、我が家には5人の孫がいました。
週末は臨時保育所の状況です。
狭い家の中を孫達が走り回る。その後からタマが一緒になってついて行く。子猫の時から猫を忘れて自分もその仲間の一員と思っていたようです。猫の仮面をした人間とでも思っているのでしょう。

その中で一緒に遊んでいるんですから落ち着いて育つわけがありません。それでもいつしか孫たち、人間には敵わないと悟ったのか、隠れていて孫たちの足に絡む遊びを覚えました。
猫可愛がれる行為も迷惑に感じます。猫には。

猫は瞬発力はありますが持続力がありません。
疲れるとタンス等の高いところに乗っては孫たちを見下ろし優越感に浸っているようです。また誰にも邪魔をされない梁が大好きです。
猫は学習能力が非常に高い動物です。
Photo_2 引き戸はもちろんのことドアノブもぶら下がっては開ける。開けて自分で閉められたら最高ですが? さすがにそれは出来ません。
孫たちがその度に「開けたら閉める」との言葉はさすがに「犬に念仏 猫に経」状態です。

また、猫の聴覚は犬よりも数段優れています。
私が帰宅すると徒歩でも、車でも誰よりも早く気づいてくれてお迎えに出てくれます。

紫煙を揺らし始めると暫くはソファーにゆっくりと座ると分かるのか膝の上に来ます。

孫と猫を一緒にするわけにいきませんが、命あるものには気持ちを受け止めてあげれば、必ず心を開いてくれるくれることだけは間違いのないことを痛切に感じます。猫からもたくさんのことを学びます。

2009年8月10日 (月)

環境によって育ち方が? 猫も(PartⅠ)

今日は夏休みです。
台風9号の影響か?朝から断続的に強い雨が降っています。
久しぶりに完全休養日です。

我が家の先代に愛猫・ミーコがいた。非常に優しい猫でした。
高校生だった息子が高校の部室で「にゃー、にゃー」と可愛い声で鳴いている猫を見て、目を合わせたら「私を連れてって」と言っているので思わずナップサックに入れて我が家に連れてきたんです。

ナップサックから飛び出る子猫に「にゃー、始めまして」という挨拶に女房は可愛さの余りコロリ。自然と我が家の一員に。

当時の我が家は女房の両親と息子、娘の6人家族。
それぞれが大人だったので、猫が一匹増えても大きな変化はなく、義父と義母の部屋に一日中二人のお相手をして育ちました。

翌年、ミーコと名付けた猫が太い声を出し鳴き始めた。
何のサイン? と思っていたら間もなくして義父が他界しました。
ミーコは義父が亡くなるのが分かっていたんだ・・・・・・?
なんて勝手に解釈していたら2ヶ月に一度くらいこの太い声で鳴く
(我が家ではこの時期をごろにゃんと呼んでいる)
どうも定期的に来る「さかり」の一連の行動らしいと言うのが後で分かりました。義父が亡くなった後は、一人残された義母のお相手を亡くなるまでしてくれました。

こんな環境で育った「ミーコ」は優しい思いやりのある猫に育ったんです。

時を経て息子に嫁さんが来た時に初めて迎えた新参者。
私の方が先輩だというような態度を取っていましたが、それも敵わないと気づくと、すぐに従順な姿勢に変じました。

    Photo_10

Photo_11

孫のひーこが生まれた後は添い寝もしてくれるような穏やかな猫で晩年は私より先に布団に入り込みご主人の私を待っていてくれるような優しい猫でした。
亡くなる前には最後の力を振り絞って私のベットにもぐ込んできたのが昨日のようです。
そして私が事務所に行っている間、静かに息を引き取ったと携帯が鳴りました。

そしてその後に来た2代目のタマは(続く)

 

2009年8月 9日 (日)

第60回神奈川県総合体育大会

同大会のボウリング競技大会に参加しました。

団体総合の部で準優勝。
4人チーム選で第3位。
40歳代(年代別)の柳田選手が優勝と見事な成績でした。

Photo_5 Photo_7

私は? 選手兼監督で出場したものの皆の足を引っ張るばかり。

スポーツにタラ、レバはありませんがあと少しで打っていれば優勝も夢ではなかった。

う~ん やはり悔いは残るな。

チーム選はヒーローがいる反面、引き立て役もいる。
その引き立て役を監督兼選手だった自分が演じた分、良しとするか。
皆が気持ちよく投げることが出来て良かった。

人口3万人足らずの選手層の薄い大磯町の選手が横浜市や川崎市のような大都市の選手と堂々と渡り合って得た成績なんだから誇りととしよう。

腰の調子がイマイチなどと言っても今日9日は64回目の「長崎原爆の日」去る6日は広島と。平和な時代に生きる我々がこのような大会に参加出来ることを幸せだと思う。
日本は世界唯一の被爆国。核のない世界で平和を願うしかない。

平和な世界に生かされていることに 感謝!

2009年8月 8日 (土)

身体のお手入れ

身体のお手入れと言っても美容等の美しいものではない。
2週間ほど前から腰の調子が芳しくないので整形外科に。
明日の県総体ボウリングに出場するために本当に投げることが出来るかどうかのチェックをしてもらう。
ドクター曰く、まー、加齢からくる多少の変形は見られますが無理をせずにゲームを楽しんで下さいと。

そうは思っていてもレーン上に立てば気持ちは若者。
そうはいくかい。
闘争心がムラムラと・・・。その気持ちの方が勝ってしまう。
明日は投げることが出来ることに感謝してゲームに望もう。

夕方、買い物から帰ってくると長女(ひーこ)の顔に大きな擦り傷。
最近、自転車に乗る特訓を父親、ばぁばから受けていたがあと少しで独り立ちできるところだった。

それが今日はちょっとの距離だけれど一人で乗れたと。
彼女も一人で乗れる嬉しさに感動したんだろうな!
ちょっと目をそらしたすきに壁にほっぺをキスしてしまった。
それでも擦り傷の痛みより一人で少しでも乗れたことの方が嬉しかったのか懲りた様子もなく、最高の笑顔に一安心。

こうした一つ一つの出来事に子どもたちは成長していく。
私も孫たちを見習って気持ちを日々新たにしていかなければ。

2009年8月 7日 (金)

立秋! いきなり厳しい残暑

今日は立秋。
今年は余り暑いという感じがしないままに、昨日までは何気なく暑中お見舞い申し上げます。盛夏の候・・・・・。と使っていました。
今日からは、残暑お見舞い申し上げます。ですね。

横浜へ会議に行ってきました。
普段は木立の中を通る風や潮風を受けているためか都会の風はことの他、熱風に感じます。いきなりの残暑が堪えます。

妻(ばぁば)は娘と息子のお嫁さんと孫5人でひまわり畑に行った写真を見せてくれました。こちらは青空を背景にしたひまわりがキレイに写っていました。そのひまわりの迷路の中にチビさんたちが駆け回っているのが目に見えるようです。

Himawari

2009年8月 6日 (木)

ばぁば(妻)の孫育て

孫は絶対的に可愛い。
目に入れても痛くない。
孫に対しての表現は今も昔も色々と論ぜられている。
その通りだと思う。
自分の子育ての時のように責任がないのだから。

孫もばぁば、じぃじと二人の所に良く来てくれる。
だから、本当に可愛い。

私たちが子どもを育てている時にも私たち夫婦にも両親がいました。
その両親に物で子どもの関心を買うのは止めて欲しい。
おもちゃ等を買い与える時には誕生日とクリスマスだけにして欲しいとお願いをして子育てを実践してきました。だから孫たちにも同じようにしています。

子どもには一定の不自由さ、ガマンが絶対的に必要だと思います。
その不自由、ガマンを克服するためにどうしたら良いのか。
それを考えることによって創意工夫も生まれてくるのだと確信しています。

だから、おもちゃ等を普段から買い与えることをしないんです。
その結果が段ボールが電車になったりトイレットペーパーの芯がオリジナルの玩具になる。子どもは遊びの天才であるはず。

ある面では我が妻、ばぁば(妻)も天才なのかも知れない。
孫に接する時には目線を孫に合わせる。
孫の気持ちを受け止めてあげる。
これは私にも理解が出来る。私もそうしているつもりですから。

しかし、孫に合わせる レベル がだ!。
頭では理解できてもそこまで下げることなど出来るものではない。
う~ん、これは逆立ちしても私には出来ない。

おもちゃなどを与えなくても孫がばぁばを受け入れてくれるのはこうした妻の愛情なのだとつくづく感じる。(その瞬間だけ精神年齢を下げることが出来る???)

相手は幼い孫であっても「こころ」と「心」の信頼関係が成立しているのが分かっているようである。

2009年8月 5日 (水)

娘の逞しい子育て奮戦記

娘も自由奔放にして良い娘に育った。
勉強嫌いだった彼女はテニス一筋に頑張るのかと思いきや実に朝練等のサボりの名人だった。センスは息子より良かったのに。
そして高校は自らが選択して職業高校に進学した。
高校を卒業したらどこかに就職でもするのかと思っていたらある日突然に進学をしたいと言ってきた。
職業高校から進学するのは大変。だから普通高校を受験すれば良かったのにと思うのは親ばかり。自らの手で高校の推薦を取り付けて自分で探すと。それからの彼女の高校生活は学業はこっちに置いておいて部活の部長を自ら志願して部長になり、次は立会演説会の原稿を書くので手伝ってくれと。
何事かと思えば生徒会に立候補するからと・・・・・?
当選して生徒会活動に没頭。そして学校と掛け合って志望校の推薦を自ら取り付け晴れて女子大生へと。親も信じられない。

私は子どもたちにこうしなければいけないとかと言った覚えはあまりない。女房も同じ考えだった。その代わり自らの答えの出し方のアドバイスはかなりしてきたつもり。
決定は子どもたちにさせて自己の責任でやらせる主義だった。

この教育方針は彼女もしっかり受け継いでいるようである。
彼女も今や、二人のわんぱく坊主の母親。
しっかりと母親業を実践している。この景気が低迷している中、自分も社会に出て働き、家計の助けにしたいと思う反面、子育ては大変だけれど楽しい。こうした子育てに自分の生き甲斐を見いだしてくれることに親としては嬉しい。(孫も幸せだ!)

何も職を得てキャリアを積むだけが女性の社会進出だけではないだろうと日頃から考えさせられる。
(私の年代の男性がこのような発言をするとすぐに女性蔑視だと反論されそうだが?)

しかし子どもが一番母親を必要とする時期、一番子どもの可愛い時期に、成長が日ごと確認出来る時期を他人に任すなんってもったいない。反面、そのように思っていても働かざるを得ない家庭があることも承知はしている。

娘もこのように子育ての価値を認めてくれる旦那に巡り会って幸せだと思う。娘婿にも感謝したい。
子育てはリセットが出来ない。ちょっと間違えたから2歳児に戻そうなんって。それだけに真剣勝負だ。その真剣勝負に挑んでいる娘夫婦を女房と見守る今日この頃である。

娘の子育ては彼女のブログを見て上げて下さい。
http://ameblo.jp/kekenekofamily/

2009年8月 4日 (火)

家族とスポーツ(ボウリング編)

毎週月曜日は健康増進と日頃のストレス発散のためにボウリングをしている。
このボウリングも女房や息子、娘婿も誘いリーグ選に参戦をし楽しんでいる。
最近、息子も腕を上げて650up(3Gトータル)ハイレベルの勝負を挑んでくる。
若いから右肩上がりにアベレージを上げてくる息子に、こっちは腰が痛いだの今日は会議でブラインド(お休み)だの、投げる機会もめっきり減り、最近の景気の様に下がる一方。
昨日も腰の状況も芳しくなく見学。ボウリングは膝で投げる方向を定める。そしてボールの重みを利用して振り子運動で最後は腰の回転を利用して投げる。この単純な繰り返しのスポーツだ。
1~2年前だったらオヤジの状況がどうであれ勝てば喜んでいたのが、最近はこの状況下では勝って当たり前の涼しい顔をされている。体調を整えて彼の挑戦を受け止めていかなければ。親子で県総体に出場できるのも嬉しいものである。

振り返れば運動音痴だった息子の逞しさは中学校入学の時に遡る。小学校時代の運動会、特に徒競走等はカメラに息子の姿を納めるのは楽だった。一番後ろに被写体を合わせれば常にその中に息子の姿があった。

その息子に中学に入学する際にソフトテニスを進めた。
私もそれまで月に何度か行っていたゴルフを止め、ゴルフバックを封印して家族全員のテニスラケットを購入してテニスを家族全員でやり始めた。

このテニスが息子や娘を大きく成長させてくれた。
いや、テニスだけではなく家族の輪も大きくなった。

2009年8月 3日 (月)

my Family紹介

これから私のブログに登場する主立ったキャストを紹介します。

30年以上連れ添った女房

息子夫婦と孫の3人姉妹(ひーこ、のんこ、まーこ)

娘夫婦と孫の2人のわんぱく息子(のすけ、ぺー)

我が愛猫(たま)がくり広げる物語の始まりです。

Photo

2009年8月 2日 (日)

還暦を迎えて

還暦
先頃、息子夫婦や娘夫婦たちが還暦を祝ってくれた。
息子や娘にも妻と夫がいる。子ども(孫)もいる。
その皆が我ら夫婦を温泉に招待してくれたのだ。

それぞれが良き伴侶(古臭いか?)を得てくれた。
舅を祝ってくれることなど中々出来ることではない。
そしてお世辞でも我ら夫婦を目標にしているなど殊勝なことを言われたら親は言葉がない。

今、家族の絆が希薄になったと言われている時代にこのような祝ってくれる家族に感謝したい。
とりわけ女房の影の力は大きい。
言葉に尽くしきれない。

還暦!一念発起 
ブログを通して子ども達や孫の成長、家族のこと、社会のことについて、自分の考えを書いてみることを還暦記念の一念発起としてみた。

昔の青春日記を懐かしみながら徒然に書いてみよう!

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私と東海道との係わりの源です

西湘を拠点にして色々なプロジェクトを立ち上げて奮闘しています。そして私も遊ばされています。

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