1月のイベント情報

●初日の出(甘酒のサービス)
    1月 1日(日・祝)6:30~
    ○会場:大磯港西防波堤開放エリア

大磯の左義長
      13日(土)点火18:30
     (11日から12日までスタンプラリー他)
    ○会場:大磯 北浜海岸

第89回大磯市 
      21日(日) 9:00 ~ 14:00
    ○会場:大磯港
  ★エントリーの受付期間は1月1日(月)~6日(土)です。

2018年1月17日 (水)

阪神・淡路大震災からきょうで23年

6434人が亡くなった阪神・淡路大震災から、今日で23年です。
神戸市など大きな被害を受けた地域では、地震が起きた午前5時46分に合わせて遺族などが黙とうし、犠牲者を悼む催しが各地でありましたが、犠牲になられた方々に改めてご冥福を祈りたいと思います。

この震災では、近代都市と防災対策に対し、多くの教訓と課題が明らかになり、震度情報の重要性が強く認識され提供方法等も充実されました。
耐震設計基準も再検討されて、安全基準の普及・対策も図られました。

政府等の緊急連絡体制が確立されて、特に災害時の初動、危機管理体制も大幅に強化されました。

しかし、これらの対策が講じられてもその後に発生した東日本大震災を始め、地震以外でも予想を超える異常気象によって大きな災害が数多く発生しています。

予期せぬ災害は防ぎようがありません。
まして、地震王国の日本です。
いつ、自分の近くで地震が来るかは分かりません。

自分の住んでいるところだけは安心という、安全神話を捨てて日頃の準備をしていかなければいけないのでしょうね。
と言っても個人の力では限界があります。

6434人の魂が語りかけている一日だと思います。

それにしても大相撲初場所の横綱稀勢の里は大丈夫ですかね?
今日も琴奨菊関に敗れて4日目で3敗です。
横綱白鵬も負けて2敗目。初場所が荒れています。
一方では幕下の大磯町出身の湘南乃海は2連勝。こちらは楽しみなのですが。

2018年1月16日 (火)

【大磯今昔・岩崎弥之助2】(Vol.21)

大磯町観光協会副会長、通称「あこちゃん」のシリーズです。
最初から通してお読みになる方は、左のカテゴリー「大磯今昔」をお読み下さい!

【15.11.23】掲載文
「大磯今昔」のあこちゃんです。
前回は、岩崎弥之助氏について語りましたが、三菱の事業の多角化を図り、基礎を築いた2代目でした。
1893年、弥之助は三菱の事業を会社形式に整えて、合資会社を設立し、弥太郎の長男である岩崎久弥に社長を譲りました。

その後、4代目日銀総裁に就任したが、公定歩合で政府と対立し、病気を理由に辞任。
そして、晩年体調を崩し、大磯や箱根の別荘(現・ホテル吉池)で、静養する事が多くなったと言います。
(因みに奥様は、後藤象二郎の娘)

弥之助も、残念な事に明治41年57歳の若さで亡くなりました。

久弥は経営を引き継ぐと共に、大磯の別荘も明治43年久弥が相続しました。
では、大磯の別荘について少しお話させて下さい。

大磯駅前に、現在2か所のご門が有りますが、左側が明治23年頃の当時のままの御門です。
看板は、澤田美喜記念館と有ります。
右側の御門には、エリザベスサンダース・ホーム、と、聖ステパノ学園の看板が掛けて有ります。

中に入りますと、右に陽和洞というトンネルが有りますが、エリザベスサンダース・ホーム、が設立された当時(昭和23年)この入り口と出口を、天国と地獄を繋ぐトンネルの様に言われた事が有りますが(後に、澤田美喜さんの時に語ります)、愛宕山を切り抜き抜けた所から相模湾の海を一望にした作りになってます。今は、海の見えるホールが建ち、当時を偲べます。そんな所に、別荘が建っていました。(敬称略)

次回へ続く。
写真は、ご門と陽和洞と箱根のホテル吉池

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2018年1月15日 (月)

【大磯今昔・岩崎弥之助1】(Vol.20)

大磯町観光協会副会長、通称「あこちゃん」のシリーズです。
最初から通してお読みになる方は、左のカテゴリー「大磯今昔」をお読み下さい!

【15.11.16】掲載文
「大磯今昔」のあこちゃんです。 
 
前回は、三菱の始祖岩崎弥太郎でしたが、51歳という若さで亡くなりました。
そして2代目を継いだのは、17歳年下の弟、弥之助です。
(2代目というと?そんな言葉を払拭するような働きをしていきます)

0115_2時代はどんどん変わり、三菱を支援していた大久保利通が暗殺され、大隈重信が「明治の政変」で失脚、三菱へのバッシングが強まり、海運業主体にしていた三菱に対抗して共同運輸会社を設立し、三菱と熾烈な値下げ合戦を行いました。
共倒れを危惧し1885年に合併し、日本郵船会社(現・日本郵船)を設立しました。

それまで三菱の中核事業は海運でしたが、日本郵船会社が設立された以後、海運業から手を引きますが、元々は海運業が主体でしたので起点として、造船業、当時は船舶燃料は石炭でしたので(今まさに、朝ドラの「あさが来た」を見て頂くと時代を彷彿させます)、鉱山経営に進出、高島炭鉱を買収します。
これがのちの三菱鉱業(現・三菱マテリアル)、さらに石油販売、石炭化学、石油化学と事業を多角化していきました。

三菱といえば、丸の内界隈に本社ビルが林立し、通称「三菱村」と呼ばれるビジネス街の基礎を作ったのも弥之助です。
当時、丸の内は藪たたみの荒れ地だったので、こんな広い場所を買ってどうするんだと?

明治23年、大磯駅前もそんな感じだと思いますが約32000坪の土地を、母堂美和の為に購入しています。
この先見の明は凄いものだと思います。次回に続く。

写真は、先日行って来ました、三菱1号館と、大磯駅前に現在もご門は残っています。

2018年1月14日 (日)

幕下の取り組みからも目が離せません!

今日から大相撲初場所初日が始まりましたが、4場所連続休場からの再起を期す横綱稀勢の里は、新小結貴景勝にとったりで敗れ、初日から土がつき不安なスタートになりました。

同じく4場所連続休場だった横綱鶴竜は平幕北勝富士を引き落としで白星発進と明暗を分けました。
稀勢の里は2場所連続で同じ相手に敗れ、相手の押し相撲に併せた負け方に不安が残ります。

それでもまだ初日。あと14日間あるのですから・・・・・・?
と気持ちの切り替えが出来れば良いのですが!

相撲はこうした横綱・大関の相撲だけではありません。

今場所、幕下で初めて一桁の東9枚目まで番付を上げてきた大磯出身の「湘南乃海」です。
今日の初日で白星を上げて、幸先良いスタートをしました。
ここで大きく勝ち越して三月場所では十両に王手を掛けて欲しいと思います。

もう一人、先場所から少し番付を下げてしまいましたが西36枚目 高麗の国にも期待が掛かります。
そして大磯出身の二人の力士に加えて期待したいのが平塚市出身の東2枚目の朝弁慶です。
こちらは今場所勝ち越せば十両・関取の誕生に限りなく近づきます。

関取とは十両以上の力士の呼称であり、力士として一人前に扱われる関取と、力士養成員扱いの幕下以下とでは、待遇等にに雲泥の差があるため、俗に「十両と幕下は天国と地獄」と言われる所以です。

今場所はこうした幕下の取り組みからも目が離せません!

2018年1月13日 (土)

英語でご案内:大磯左義長体験ツアー

大磯の左義長、賑やかでした。
多分?

今夜は駅前の観光案内所を午後8時までオープンして観光客の案内をしていましたので、午後6時30分に9つのサイトに火が入る時には北浜海岸に行くことが出来ませんでしたので現場の状況が良く分からないのです。

しかし、今冬、最強の寒波が襲来しているとのことですが、昼間は陽がさし風もなく穏やかな左義長日和だったので大勢の方がお見えになったことと思います。

案内所には夕方になると左義長のパンフレットを埼玉県や千葉県などの遠方の方が求めに来場いただきました。

0113午後から外国人向けの「英語でご案内:大磯左義長体験ツアー」の昼間の部だけ同行させてもらいました。

皆さんには左義長の映画やお仮屋、火が入る前の9つのサイトを海岸で見学してもらった後に、左義長の木札の作成、お団子作りを体験してもらいました。

そして磯じるを食べ、自らが手を掛けた団子をサイトで焼いていただくツアーです。

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この事業はNPO大磯だいすき倶楽部が主催で昨年から実施して(公社)大磯町観光協会が後援している事業です。
スケジュールの詳細は1月6日(土)のブログを参照下さい。
 http://oisoharu.way-nifty.com/blog/2018/01/2018-80d8.html

皆さんには大磯の異文化を堪能してくれたと思います。
今夜の左義長の下の写真は(公社)大磯町観光協会の森川理事から提供いただきました。

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2018年1月12日 (金)

一年前の初場所を再現!

大相撲初場所が14日に初日を迎えます。
4場所連続休場中の横綱・稀勢の里が出場に踏み切ったようです。

昨年は初場所で初優勝して横綱昇進し、続く場所では横綱として怪我を押して連続優勝を果たし稀勢の里にとっては絶頂にあったと思います。その後は、左上腕を痛めるなど満身創痍の場所が続き、どん底にまで落ち込んだ1年になってしまいました。

4場所連続休場からの再起をかける今場所の稀勢の里は初日に新三役の小結貴景勝、2日目は東前頭筆頭の北勝富士との取組も発表されました。
勢いのある若手の挑戦を受けます。

全休を除いた前場所を除いて左上腕を痛めて途中休場している間に、多くの金星を配給しました。

その金星の配給が、若手から見れば○○関が勝ったんだから自分も勝てると言う気持ちで向かってこられると、かなりの苦戦を強いられるでしょう。

大相撲も元横綱日馬富士関の貴ノ岩関への暴行事件等で解決にもすっきりとしない状況にあるので、稀勢の里には、もう一度一年前の初場所のフィーバーを再現して欲しいと思います。

2018年1月11日 (木)

七所参って八所(ヤアトコ)せ

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左義長も松の内(1月7日)が明けると各地区の道祖神に自宅の前に飾った門松やお飾りが集まります。
その門松やお飾りでお仮屋の周りを囲って子ども達が集まれるスペースを作ります。

ちょっと少ないとお隣の町内に松やお飾りを調達にしに行ったり。
逆に調達されたりのいたちごっこも懐かしいです!

そして七輪などを持ち込んでお餅を焼き、みかんなどを食べながらトランプ遊びなどに興じ、最後の楽しみはお賽銭を子ども達で分けてとても良いお年玉になることでした。

現在では松やお飾りを集めるにも苦労をしているようですが
それでも昨日の内から八所でお仮屋が出来ました。

(公社)大磯町観光協会ではこの八所の道祖神を巡るスタンプラリーを明日まで実施しています。
是非、お子様を連れて「七所参って八所参り」をしてみて下さい。

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2018年1月10日 (水)

今日は「110番の日」

今日1月10日は「110番の日」です。
非常に分かりやすい語呂合わせです!

昭和60年に警察庁が定め、平成27年中の110番通報の受理件数は約923万件もあるそうです。
この件数は約3.4秒に1回、国民約13.8人に1人の割合で通報したことになります。

110番通報を受けるとパトカー等に指令してから平均7分6秒で警察官が現場に到着しています。
これが早いのか遅いのか?

しかし、着実に早く到着できるには、年々緊急性がなく、本来は110番に掛かるものではない苦情や要望は増え続けています。
こうした緊急の対応を必要としない相談などで110番通報をすると、緊急の事件や事故への対応が遅れる要因にもなります。

警察庁は、緊急性のない場合は相談専用ダイヤル「#9110」番を利用するよう呼びかけています。

いずれにしても「110番通報」をしない、無くなるような世の中になるのが理想ですが・・・・・・?
正直、余りダイヤルしたくない番号です!

2018年1月 9日 (火)

【大磯今昔・岩崎弥太郎2】(Vol.19)

大磯町観光協会副会長、通称「あこちゃん」のシリーズです。
最初から通してお読みになる方は、左のカテゴリー「大磯今昔」をお読み下さい!

【15.11.09】掲載文
「大磯今昔」のあこちゃんです。
前回、岩崎弥太郎(敬称略で、ごめんなさい)が海運業に乗り出したお話をしましたが、早速続けます。

明治7年の佐賀の乱に三菱は、台湾出兵に際して軍事輸送を全面的に引き受けることに成ります。
最初、三菱の中核事業となる造船業は、海運業に付随する船舶修理を起源としていました。
そして、当時「台湾出兵」は半官半民で、「日本国郵便蒸気船会社」は、消極的だったことから時の権力者、大久保利通、大隈重信を激怒させました。

当時、長崎には幕府が設立した造船所が有りましたが、明治政府は民間に払い下げる事を、決定します。
政府は、官有船の使用を三菱に認可すると同時に「郵便蒸気船会社」を解散させ、1884年(明治17年)、長崎造船所は三菱に貸与され、1887年(明治20年)払い下げられました。(現在、三菱重工業長崎造船所)

そして、弥太郎はこの激動の時期に残念だったと思います、1885年(明治18年)に、胃がんで51歳の若さで無くなります。
1887年は、奇しくも弥太郎3回忌の年でした。

0110_2次回から語ります、2代目弥之助は船舶修理中心だった長崎造船所に、積極的な設備投資を行い、世界的な水準を誇る造船所に成長させました。

この頃に、大磯の駅前に別荘を構えます。
昨日、皆様は大河ドラマ「花燃ゆる」をご覧になりましたか?
あの西南戦争(明治10年)でも、軍事輸送を全面的に引き受け、後の三菱財閥の発展の財政的基盤を築いていきました。

追記~三菱のマークについて一言。
三菱印は岩崎家本来の紋章である「三階菱」を岩崎弥太郎が人字形の「三菱」に変形したもので、のちに三菱事業の発展とともに世界の隅々まで、スリー・ダイヤモンドとして広く知れ渡るようになりましたが一説には、このマークは藩主山内家の紋章である「三つ柏」の形にヒントを得たものであると、「三菱銀行史100年」に載っています。
~因みにあこちゃんの旦那様は三菱銀行員でした。

(左の)写真は、今年長崎の軍艦島に行く途中に三菱長崎造船所の写真を撮りましたが雨が降っておりあまり鮮明ではありません、お許しください。

2018年1月 8日 (月)

平成29年度大磯町成人式

大磯町では今年267人(男 139人、女128人)が新成人になりました。

新成人の該当者が平成9年4月2日~平成10年4月1日生まれですので、総務省が発表する2017年12月31日、2018年1月1日現在における「戌年生まれ」の人口と「新成人」の人口の推計データとは異なります。

その結果によると戌年生まれの人口は976万人で、今年の新成人の人口は123万人との推計となり、新成人の数は去年2017年と比べると同じだそうです。
また昨年に続き8年連続で総人口に占める新成人の割合が1%を割り込むことも確認されています。

成人を祝う儀礼は古くからあります。
古くは男子には元服・褌祝、女子には裳着(もぎ)・結髪(けっぱつ)などが代表的な祝いでしょう!

戦後の1948年に公布・施行された祝日法により、「おとなになったことを自覚し、みずから生きぬこうとする青年を祝いはげます」の趣旨のもと、翌1949年から、1月15日を成人の日として制定されました

その後、1998年の祝日法改正(ハッピーマンデー制度)に伴って、2000年より成人の日は1月第2月曜日へ移動しています。

「いそべぇとあおみ」も新成人達と沢山の写真を撮ることが出来ました。

0108
それに比べて、昨日の北九州市で行われた成人式。
ネットでのタイトルが「【修羅の国2018】北九州市の成人式が今年もスゲェェェエエエ! 世界が驚くド迫力新成人44連発ッ!!」
この写真を見たら「絶句!」

https://rocketnews24.com/2018/01/07/1004918/

いつまでのサイトは残っていないと思いますが、興味ある方はご覧下さい。

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私と東海道との係わりの源です

西湘を拠点にして色々なプロジェクトを立ち上げて奮闘しています。そして私も遊ばされています。

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