4月のイベント情報

第92回大磯市
    4月15日(日) 9:00 ~ 14:00
    ○会場:大磯港
  ★エントリーの受付期間は4月1日(日)~4日(水)です。
  ※15日の大磯市は荒天が予想されるために中止になりました。

大磯オープンガーデン2017+大磯アフタヌーンティー
      27日(金)~29日(日)10:00~16:00
       ○会場:大磯全域

大磯オープンガーデンお庭めぐり(事前申込)
      27日(金) 9:30~13:30
       ○会場:大磯駅周辺のオープンガーデン参加のお庭

2018年4月22日 (日)

今日は結婚記念日。40周年!

今日は結婚記念日。40周年でした。
毎年この時期の前後には小旅行等をしてカミさんに感謝の意を表していたのですが、今年は仕事に追われてその時間が取れません。
もう少し落ち着いたら?
 
今年はその落ち着いた時がいつなのか、ちょっと目途がつきません。
それでも、お互いに元気にそれぞれのペースで生活できるのが一番の幸せかもしれません。
 
息子夫婦、孫たちがそんな気持ちを察したのか美味しいケーキで祝ってくれました。
カミさんと美味しくいただきました。ありがとう!

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2018年4月21日 (土)

【大磯今昔・西園寺公望3】(Vol.66)

○大磯町観光協会副会長、通称「あこちゃん」のシリーズです。
 最初から通してお読みになる方は、左のカテゴリー「大磯今昔」をお読み下さい!
  まだまだ掲載を予定しているシリーズがたくさんあります。
 なるべく読みやすいように一人、一日で完結するようにアップしていきます。
 
【16.10.03】掲載文
「大磯今昔」のあこちゃん。
今回で、西園寺公も終焉を迎えます。
 
8月に青山墓地にお墓参りに伺ったのですが、どうも墓碑だけで、御骨は、世田谷にあるお墓にある事を、坐漁莊の学芸員の方から教えて頂きました。
 
京都には、お名前のもとになっている、西園寺というお寺もあるそうです。
こうゆうお話を聞くと、居ても立っても居られない、確認せずにはいられない性格のあこちゃんです。
又、皆様にお知らせする機会を作りたいと思います。
 
今回は、公の教育感についてお話します。
第二次伊藤内閣の文部大臣の公は、教養ある市民の育成を重視し、自由主義的な教育を施すべきと考えていらした。
「科学や英語や女子教育を重視せよ」と言明していた。
又「人民が全て、平等の関係において、自他互いに尊敬し、自ら生存すると共に、他人を生存せしむることを教えねばならぬ」とも言明しています。

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公が関わられた学校は*「京都法政学校(後の立命館大学)」全面支援。
*「京都帝国大学」設立支援。~財政難の為に設立が見送られていたのですが、明治27年文部大臣に就任した公は、日清戦争で得た賠償金を基に設立が具体化し、明治30年京都帝国大学が設立されました
*「日本女子大学」設立発起人。
日本女子大学は、少し前の朝ドラの「あさが来た」で有名になった成瀬仁蔵を後援、広岡浅子と共に、大磯に在住の伊藤博文公はもちろん、森村市左衛門、奥様の菊子さん、大隈重信公、奥様の綾子さん、村井吉兵衛、西園寺公望公とお嬢様の新子さん、等が設立発起人となり明治34年に設立されました。
*「明治法律学校(後の明治大学)」の講師を務める。
 
この様に、彼は文化人で有り、陶庵と号した茶人で有り、生来のリベラリスト(自由主義者)でありました。
公は、軍部の圧力が強まる中、「いったいこの国をどこへもっていくのや」の言葉を残して昭和15年興津にて死去されました。92歳でした。
 
公は生涯独身でした(籍は入れられませんでした~子供が女子のみでしたので死後相続でもめさせたくなかった)。
ご冥福をお祈りします。
今回の写真は青山墓地の墓碑と、大正7年に「隣莊」が移築された池田邸文化村跡地です。

2018年4月20日 (金)

【大磯今昔・西園寺公望2】(Vol.65)

○大磯町観光協会副会長、通称「あこちゃん」のシリーズです。
 最初から通してお読みになる方は、左のカテゴリー「大磯今昔」をお読み下さい!
  まだまだ掲載を予定しているシリーズがたくさんあります。
 なるべく読みやすいように一人、一日で完結するようにアップしていきます。
 
【16.09.26】掲載文
「大磯今昔」のあこちゃんです。
今回も引き続き、西園寺公望公について語ります。
前回は、桂氏と西園寺氏が交互に総理を務めたこの時代を「桂園時代」と言われました迄、語った所でした。
 
大正9年71歳の時、第1次世界大戦(大正3年)のパリ講和会議(ベルサイユ講和会議ともいわれ、1919年1月~6月、パリで開かれた第1次世界大戦の戦後処理の為の国際会議)の首席全権を務め、旧友クレマンソー(フランス第3共和政時代の政治家、第1次世界大戦の首相、ベルサイユ体制を主導)との友情のもと、会議での功績(山東半島継承、南洋委任統治権)を認められ大正9年71歳で公爵を授爵し、ともに元老の地位に付きました。
昭和3年に宮中杖を赦され、大勲位菊花章を授けられました。
 
ここで、大磯との関わりのお話をします。
明治32年に滄浪閣の隣に別荘(隣莊)を建て、伊藤博文公と政談を密にしました。又、この頃伊藤公の勧めにより大磯小学校の新入学児童に10銭の郵便通帳をお祝いとして渡し貯蓄心の滋養に貢献しました。明治42年に伊藤公がハルピンで暗殺された時悲しみのあまり公は、大磯を離れようと思われたとか?
 
でも、これまで伊藤公と共に大磯の町民の為の公の功績をこのままに出来ず、大正6年まで引き継がれ、その年に静岡県興津(おきつ)海岸に移られました。
(そちらの建物を坐漁莊といいます。今回の写真は、このお屋敷を載せました)

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興津に移られてからの公は、趣味は読書(漢詩)、フランスの書物、義太夫であり、起床7時、就寝22時、興津海岸を散歩する姿は、長い背丈もある杖を持ち白髪の古老で、眼光輝き仙人のようであったと言われます。公は、2人の女性(結婚という形はとられませんでした)との間に、お嬢さんを2人、養女を1人もうけられ、そのうちの新子様は、大磯でご一緒に暮されましたが残念な事に、スペイン風邪に掛かられ、33歳の若さで亡くなられました。
 
今回はここまでで、次回は公はとても教育に熱心でその事について語りたいと思います。
写真の2枚目と3枚目が大磯に関わりが有りますので、ご案内します。今、興津の坐漁莊はレプリカで本物は明治村に有りますが、この興津の住まいの2階の床の間の床脇は、黒松の一枚板で(大磯町諏訪神社樹齢推定400年の黒松使用~別名プリンスの諏訪の松なのです~大磯3代松の一つです)本当に素晴らしいものです、是非一度見に行って下さい。

2018年4月19日 (木)

パソコンがいつもスクリーンセーバー?

来週末に4月の大磯オープンガーデンが始まります。
それに併せて4月のオープンガーデンお庭めぐりのまち歩きもあり、2週間先には5月のオープンガーデンお庭めぐりも控えていて、受付時期が重なって事務所内はてんてこ舞いの状況の中で、午前中にオープンガーデンの湘南ナパサの取材がありました。
オープンガーデンに商工会等が実施する「城山マルシェ」や「アフタヌーンティ」のPRもしっかり出来ました。
 
午後は神奈川県の方々と、今秋の明治150年事業について旧安田善次郎邸を案内して町と大磯ガイド協会の方も交えて協議しました。
 
事業が集中するときには、重なるものです。
来週の27日(金)には、埼玉県日高市の方々が大磯、高来神社を出発点とする「第3回高麗王・若光ウオーク」への対応もあります。
 
5日の「国府祭」の準備も同時進行です。
大きな歴史的背景を持っている事業等については、昨年から、イベントの単なる告知だけではなく祭りの由来等も広くしてもらうためにチラシを全戸配布しています。
その準備も25日(水)まで。
 
その水曜日も平成29年の事業報告と決算報告をするために事業推進委員会と広報宣伝委員会の2委員会も控えています。
だから事務ワークもしなければ追いつかないのです が。
 
今日のように天気が良いと階下の案内所に大勢の来館者があり、そちらのサポートに回ると事務作業が全く出来ないことになります。
従って、パソコンがいつもスクリーンセーバーの画面になっています・・・・・?
そして、いつしか退社時間が来てシャットダウン。その繰り返しが続きそうです!

2018年4月18日 (水)

会議で飛び回る一日です!

会議等で一日があっという間に過ぎてしまいました。
出席するだけの会議であれば、一日にいくつもあって、時間単位で動いても苦にはなりませんが、会議を開催する側の立場になると、会議への準備等に大きな時間が取られます。
そうすると一日に複数の会議があると結構、ハードになります。
 
朝一番で第30回なぎさの祭典の実行委員会です。
今年のなぎさの祭典の開催日は7月28日(土)です。
今日の実行委員会でメインアーティストも決まりました。
発表はプラダクションとの調整があるので、もう少し後に正式発表になります。
乞うご期待下さい。
 
実行委員会の後は(公社)大磯町観光協会主催事業であった平成29年度に実施した大磯町観光フォトコンテストの表彰式を行いました。

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今年も同事業に200点を超える作品が集まった中での入賞作品です。
平成30年5月8日(火)から13日(日)迄、旧吉田茂邸の休憩棟で「第5回大磯町観光フォトコンテスト作品展」を実施します。
 
この時期は旧吉田邸のバラも綺麗に咲いている頃だと思います。
是非、足を運んでみて下さい!
 
そして午後からは5年前に「新たな観光の核づくり」認定事業を受けた、三浦市、伊勢原市の皆さんと、県庁で意見交換会と懇親会。
 
今まで実施してきた成果と課題の抽出。そして、今後の事業推進の方向性を発表し合い、その中で連携をとりながら事業の推進が出来ないものから等を協議しました。
三浦市と伊勢原市にはそれぞれ「京浜急行」「小田急電鉄」と言う私鉄事業者の強力な支援があることが強みです。
従って大磯町は9つの価値観等を中心としたソフト事業を柱に添えざるを得なくなります。
この9つの価値観は、大磯町が長い時間をかけて受け継がれたきた、今の暮らしに繋がる「自然的」「歴史的」に魅力のある「大磯の文化」を再確認してきたものです。
それを次の世代に継承していこうとの試みです。
他の地域の観光事業推進とは異質なものになりますが、これが大磯の目指す方向性だと思っています。
 
横浜・鎌倉・箱根にプラスして第4の観光という「新たな観光の核づくり」を標榜する神奈川県から見ると、こうした事業に物足りなさを感じるかもしれません。
しかし、こうした価値観は時間をかけて成果が出てくるものだと思います。
気長に進めるしかありません。

2018年4月17日 (火)

高来神社春の例大祭

20日から高麗の高来神社春の例大祭です。
高来神社春の例大祭の由来は高麗寺祭で、もともと高麗寺のご本尊のお祭で、江戸時代の寛永年間の頃に始まりました。
 
農具や種物を商う市が開かれていたその昔、私が子どもの頃、いや、つい一昔前までは通称「植木市」と呼ばれていたものです。
 
その日は学校が午前中で終わり、この植木市に行ったものです。
当時は山王町にある旧東海道から高来神社までそれこそ関東一円から植木屋さんが集まった「市」でした。
さすがに農機具等が並んでいるイメージは私にはありません。

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そして、多くの人が集まる騒がしさを避けるために、高来神社の御霊を神輿に移し、高麗山の上社まで担ぎ上げ、御霊を上社で仮宿させるようになったことが、今日のお祭り初日の金曜日に勇壮な「山神輿」の神事が行われる所以です。
 
神霊を乗せた神輿は喧騒を避けるために高麗山頂上を目指し急斜面の「男坂」を 一気に駆け上ります。
担ぎ手の姿はまさに圧巻そのものの「山神輿」と呼ばれる行事に発展しています。
この勇壮な「山神輿」を是非、一度ご覧下さい!
 
<日時>
4月20日(金曜日)18:00~ 山神輿 上宮渡御
4月22日(日曜日)11:30~ 山神輿 還御
              14:00~ 昇殿神事
<場所>
大磯高来神社(大磯町高麗2丁目9?47)
*天候不良時は時間・コース等が変更になる場合があります。

2018年4月16日 (月)

【大磯今昔・西園寺公望1】(Vol.64)

○大磯町観光協会副会長、通称「あこちゃん」のシリーズです。
 最初から通してお読みになる方は、左のカテゴリー「大磯今昔」をお読み下さい!
  まだまだ掲載を予定しているシリーズがたくさんあります。
 なるべく読みやすいように一人、一日で完結するようにアップしていきます。
 
【16.09.19】掲載文
「大磯今昔」のあこちゃんです。
今週から、サ行に入ります。
西園寺公望公で、進めたいと思います。
 
公は、(1849~1940) 享年92歳で亡くなりました。
公は公家、政治家。贈従一位大勲位公爵、雅号は陶庵、不読、竹軒
第12代、第14代内閣総理大臣。最後の元老。

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大磯には、明治32年に滄浪閣の隣の別荘(隣莊)を建て、伊藤公と政談を密にしたそうです。
では、公の生い立ちからお話していきます。
 
嘉永2年(1849)清華家の一つ徳大寺公純(きんいと)の次男として生まれます。
(徳大寺、三篠、西園寺家の系譜からなります)
4歳で、同族で清華家の西園寺家を継ぎます。
5歳で、侍従となり、孝明、明治、大正、昭和の四代の天皇にお仕えし信任がとても厚かったです。
 
明治4年にソルボンヌ大学に留学し、渡仏10年、帰国後自由民権運動に傾倒して、中江兆民等と東洋自由新聞をつくり社長になりました。
この事は、政府、宮中で問題となり、天皇の内勅(ないちょく~内々の勅命
~天皇のお言葉)により身を引かれました。
 
明治15年伊藤博文公が憲法調査の為にヨーロッパを歴訪した際にそれに随行し、伊藤公の知遇を得、その後伊藤公の後を歩むことに成ります。
 
明治27年第二次伊藤内閣の文相となり教育の振興を図ります。
明治33年に枢密院議長となり、明治36年には伊藤公の後、立憲政友会総裁となり、明治39年に桂太郎の後を受けて第一次西園寺内閣を組織します。
その後、再び桂が総理になり、明治44年には第二次西園寺内閣を組織します
 
このように、桂と西園寺公が交互に総理を務めたこの時代を「桂園時代」と言われました。
今回は、ここまでです。
17日に静岡県興津に有ります、坐漁莊に行って来ました。
次回はそんなお話もします。
 
今日の写真は、現在地に有ります建物は西園寺邸跡地に池田成彬氏がジョサイヤ・コンドルさんの孫弟子にあたる、中条精一朗氏が設計した物で、建物100選に選ばれています。
西園寺公はこの地を大正7年に転居しています。

2018年4月15日 (日)

春季町民ボウリング大会

春季町民ボウリング大会も回を重ねて第22回を重ねました。
12日の木曜日、20時から第1シフトを。そして今日の午前10時から第2シフトを行いました。
 
延べで約50名ほどの選手が参加してくれましたが、今やボウリングはシニアのスポーツの様相です。
一般の部の参加者は1割ほどで、その他の参加者は50歳以上のシニア選手です。
従ってシニアの部は激戦です。
AVE.200点、トータルで600点程度では勝負になりません。

これでは初心者は太刀打ちできないではないかと思います。
その通りです。そのままでは勝負になりません。
ですから、町民ボウリング大会用の特別ルールで、ハウスボールで投げる選手には女子で1G70点、男子には1G50点のハンデキャップを付与しています。
この位のハンデキャップが付くと入賞ラインに手が届いてくるのです。
そして今日も優勝スコアは3G700点弱の好スコアで終了しました。

それでもストライクを6・7発と連発する選手とスペアのスコアメイクが出来ずに100点に届くか届かない選手が一緒に投げることも、この町民ボウリング大会の良いところです!

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2018年4月13日 (金)

毎日が宝探しの日々です!

今月に入りちょっとした改装をして事務所内が明るい雰囲気になりました。
全体がすっきりとしたイメージになりました。
 
しかしです。
今まで小さなフロアに雑然と資料等を出していたのを、綺麗にしたことを機にこの綺麗さを保とうとするのですが所詮は小さな事務所です。
 
元々収容する場所が不足しているので、今までの資料等をまとめてすっきりさせたのは良いのですが、全員で毎日が宝探しの日々が続いています。
 
職員も毎日勤務する体制ではないので慣れるまでには、日々不便さが勝ると思います。
10数年もリニューアルしていないのですから変われば戸惑うのは当たり前です。
 
しかし、リニューアルする先にあるのは今まで以上に便利になり、来場者にも気持ちよく案内所を利用してもらおうとするのでから、これを乗り越えなければなりません。
でも、私も含めて言葉で言うほど簡単ではありません。
 
ここ、しばらくは宝探しが続きそうです!

2018年4月12日 (木)

15日の大磯市は開催中止の決定

大変残念ですが、4月15日に開催予定でした【第92回大磯市】は荒天が予想されるために開催を中止にしました。

今回だけは日曜日の天気予報が変わりそうもないという大磯市実行委員会の判断で今日の段階で早めに決定させていただきました。
魚の朝市も中止です。

今回も大変多くの出店申込もいただき、配置も全て調整が出来ていたのに残念です。

次回の大磯市は5月20日開催。
エントリー受付期間は5月1日(火)~4日(金)です。
どうぞよろしくお願いいたします。
来月、お会いしましょう!

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私と東海道との係わりの源です

西湘を拠点にして色々なプロジェクトを立ち上げて奮闘しています。そして私も遊ばされています。

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